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妖精

 敷地内を飛び回る妖精の数が目に見えて減少するのを確認した俺たちは、すぐさま飛び出すように降車し、中央庭園を目指して走り出す。

 俺はこの身一つで。何やら荷物を漁っていたお下劣女はドローンの奴を起動させ、外へと放り出し、車のドアも閉める事なく、地へと降り立つと同時に二人、駆け出す。

 その行動がよほど想定外だったのか、残った妖精たちは丸い目を更に丸くして仰天しているようだったが、奴らのそんな反応に構っている暇なんてない。奴らがどう出ようと、ここまできたら突撃あるのみだ。


 俺たちは全速力で夢と幻想の国を踏にじるようにして駆ける。

 耐久自慢の執事こと、ドローンを後ろに従えるようにして駆ける。


《何してるの》


《だめだよ》


《降りたらだめだよ》


《そこまでしてわたしたちに触りたいの》


《言うこと聞かないとひどいよ》


《ひどい目にあう》


《二度と甘いものを食べられない程度には》


《ひどい目にあうよ》


 走る俺たちの上方からは妖精どもの囁くような挑発の言の葉が迫る。

 その口から出る音は言葉の意味に反して耳に心地いいが、逆に言えばそれだけだ。俺の心にはもう全く響く事もなかった。

 無視を決め込み、ひた走るが、次には妖精ども、ふわふわと飛びながら襲ってきやがった。

 俺は勢いを止めずにフットボール選手もさながらの動きで前へと突進していると、すぐ隣にいるお下劣女の手元から、ごおおっという音が鳴った。


《ふぎゅぅ》


《ぶぎゃっ》


《びぇぇっ》


 同時に何匹かの妖精が軽く呻くと、その動きを鈍重にする。

 俺は何が起きたのかと相棒の手元を見てみると、そこには虫よけスプレーが見えた。


「この害虫どもは酷く素早い。こいつらと戦う時はね、何でもいいから動きを鈍くして捕まえるんだ」


 叫ぶように言うお下劣女は動きが鈍くなった妖精の二、三匹を掴み取り、地面に叩き付ける。

 激しく叩き付けられたその妖精たちは、出血する事もなければ痛がるような事もなかったが、その代わりに幾つもの小さな光の粒になり、空へと散っていく。

 お下劣女はそのまま駆けながら言った。


「こいつらは君たち人間と違って、明確な死や痛みは存在しない。一時的な無力化は出来てもすぐに復活する。人にわかりやすく伝えるならばゾンビのようなものだと言っていいだろう。だから、本気でやっていいが、本気になりすぎるな」


「本気でやっていいのに、本気でやりすぎるなってのも、おかしなもんだ」


 わらわらとやって来る妖精たちへとタックルをかましながら俺は言った。


《ぎゃぉっ》


《くえぇっ》


《ぶきゅっ》


 正面からタックルを受けた奴らは無数の光の粒へと変化し、やはり空に消えていく。

 よし、戦える。というより、弱い。妖精ってのは、こんなに弱いのか。


 俺が確かな手応えを感じていた瞬間、残った奴らの動きが変化する。

 宙に留まったままでいる奴らは、ついさっき俺が空に還してやった光の粒の元を素早く駆け抜けるように飛ぶと、俺の手が届かないよう中空に留まったまま、ふすふすと奇妙な笑い声を立てながら見下ろしてきた。

 攻撃のパターンを変えるつもりかと、俺は思わず応戦の構えを取るが、隣を駆けるお下劣女に首を掴まれる。


「足を止めるんじゃない。さっきも言った通り、本気でやりすぎるな。きりがないんだ、こいつらは。見てみろ、あれを」


 お下劣女は宙に留まる何匹かの妖精を見ながら言う。

 特別に大きく笑っている何匹かのそれは、手元にある光の粒を揉むようにしているが、それも束の間、まるで手品のようにして光の粒が妖精の姿へと変わり、それらは先ほど俺が喰らわせてやったタックルの事などもう忘れたというような顔をし、笑いながら飛び回ると、よくもやったねとか、もっと遊ぼうとか言いやがる。


「こいつはゾンビなんかより、よっぽどたちが悪いぜ」


「だから言ったでしょ。こいつら相手に本気になっても時間と体力の無駄なんだよ」


 俺たちは一目散といった風にして駆け出した。



※※※



 退散するような動きをするも、その実、敵の総大将の元へと駆ける俺たちへ向け、妖精の迎撃態勢は激化した。

 ある時は群体を作り、体当たりを。またある時は、緩急を付けた動きでの突撃から髪や耳の掴み取り、引っ張り。更に個体ごとの時間差を付けての連続攻撃コンビネーション

 俺はそれらを突進して薙ぎ倒し、討ち漏らした妖精の何匹かを掴み取り、いつかのワニのようにかぶりを振り、お菓子のおまけのフィギュアみたいな小さな妖精の身体をちぎっては投げといったようにして都度、奴らを光の粒に変えてやるが、こいつらときたら恐怖も痛みもまるで感じないようで容赦のない攻撃は延々と続く。


 それでも俺なら大抵の攻撃は耐えられた。しかし、体重が軽いお下劣女はそうはいかない。

 群体を作ってからの体当たりを受けようものならば、押し返されてしまうのだ。

 俺は体に纏わりついてくる妖精どもを振り払いながら、群体による一斉体当たりを察知次第、お下劣女へと突進してくる奴らを力任せに蹴散らしてやる。


《つよ~い》


《ちょう強いよ》


《面白いね》


《お兄さん、ちょう面白い》


《騎士様みたい》


《こんなお兄さん、昔いたね》


《シェイクスピアくんじゃない?》


《ちがう。もっと昔》


 妖精どもは、まるでシェイクスピアに会った事があるような物言いをする。

 こいつら一体いつから生きているんだと思うが、そんな事に構ってはいられない俺は暴れ馬のごとく手と足を激しく動かし、お下劣女と共に中央庭園を目指して駆ける。

 何しろこいつら妖精どもは非力なんだ。女の体はともかく、俺の強靭な体に有効打は与えらない。


《オーライ、オーライ》


《バック、バック》


《右、右、左、右、左》


《重いよ》


《はんそく攻撃》


《だけどこれ、車じゃないよ》


 続く妖精の囁きに、上方を見上げる俺はぞっとした。

 急ぎ、身を捩じらせ、繰り出される攻撃をすんでの所で躱すと同時に、ごおん、と地面を叩く重い音が鳴り響く。

 投げ飛ばされた物の正体は俺たちの後ろを付いて来ていたはずの耐久お化けの執事こと、ドローンであった。


「執事!」


 思わず声を上げるも当然の事ながら無口な執事からは返事がない。

 聞こえてくるものといえば妖精どものユニークな嘲笑の声だけだ。


「執事がやられた!」


「構うな、走れ!」


 すまない、執事。俺は後ろ髪を引かれるような思いを感じるも、再び走る。

 かつては共にワニと戦った仲間である執事を置いてけぼりにして駆ける。

 ようやく庭園が見えてきた。もう少しだ。


――くつくつ。ふすふす。


 妖精たちは妖しい音色を発して笑い続ける。

 すると、今度はずっと後ろの方にいる元・渋滞仲間であり、現在は妖精の虜といった人間様たちの絶叫に近い怒声が響き渡った。


「妖精様を拉致しようとしている裏切り者がいるぞ!」


「ひどい!人間の風上にも置けない!」


「妖精愛護の精神に反している!」


 それらの怒声は連鎖し、伝染し、鬼か何かを思わせる足音が近付いてくる。

 この妖精ども、俺の大切な渋滞仲間を焚きつけやがったのか。なんて奴らだ。


 空には笑う無数の妖精。

 後ろには鬼気迫るといった様子の人間様の群れ。

 敷地の外からは徐々に大きくなっていく騒動音。

 しかし、前にはもうすぐそこに庭園が見え、その先には塔があり、元凶がいる。


 駆けながら俺たちは二人、不敵に微笑んだ。

 この絶望的な状況に反旗を翻すようにして笑ってみせた。

 そうさ。諦めるにはまだ早すぎる。

 世の中、大抵の事は何でも諦めるには早いもんだ。

 俺たちは誰よりもそれを知っているから、笑って駆けてやる。

 この一挙手一投足に、自分の未来を、東京の未来を乗せて。


 俺たちは、ほとんど同時に庭園へと飛び込むように入った。

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