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東京フェアリーランド

 やがて、俺たちは求めし花園の入口まで辿り着くと、トンネル脇にいる厳つい顔をした案内係の従業員どもから、二言、三言、声をかけられ、無言で頷いてみせる。

 話の内容としては、決して妖精様に危害を加えるなとか、妖精様から許可が出た際に愛でるのはいいが捕らえるなっていう簡単な決まり事の説明であった。

 これまでも同じ事をもう何万回も話してきたのだろう、奴らの説明は極めて簡潔にして明瞭であり、学校ぼくじょうトップがよくやるような長いだけで中身のない話という訳でもなかったし、やる事と言ったら、ビデオカメラやデバイス等、映像や音声の記録媒体の一時没収くらいなもので武器の方はというと、チェックさえしない。

 まあ元々俺は武器なんて持っちゃあいないが、面倒な取り調べじみた事がないのは本当に助かった。


 簡素で退屈なチェックが済むと俺たちを乗せた車は、のらりくらりとした動きをして吸い込まれるように妖精の国へと続くトンネルへ入って行く。

 内部には灯りという物がなく、頼れる物といったら車のライトだけであったが、それでも前にも後ろにも車が並んでいるため、トンネル内は別段、暗いという訳でもなかった。


 程なくして前にいる車が止まる。俺もそれに倣うようにして車を止める。

 すると、トンネル内のそこかしこから、薄ぼんやりとした無数の光体が見え始めた。

 例えて言うならそれは蛍の光のようであったが、それよりはずっと大きく、おまけに幻想的で、変に生々しい妙なオーラを放っているような気がした。

 俺はその光体たちの正体を探ろうと目を凝らすが、その確認が済むよりも前に、四方八方から奇妙な笑い声とも鳴き声とも付かないような音が聞こえてくる。



――りんりん。きゃっきゃ。ふんふん。ふすふす。いぇっいぇっ。



 俺は耳を澄ます。

 その音は、人間の子供が放つ囁き声のようにも聞こえるが、虫のさざめきのようにも聞こえる何とも不可思議な声で、それはまるで聞く者の耳を通さずに脳へと直接染み込むような妙な音であり、変に耳に心地が良い。

 こいつを無理に人間の言語表現で例えるならば、酒を飲みながらお気に入りの一曲を聞いている時のような、そんな悦びを全身に覚える感覚に近い。


 こいつが妖精の声だというのか。だとすれば、確かにこの世のものではない。

 俺は思わず助手席に座るお下劣女の方を見やるが、こいつといったら、まるで響かないようで、微動だにせず前だけを見つめている。

 やがて、周囲をふわふわと飛ぶ無数の光体は俺たちの車を囲むようにして近付いてくると、その内の何十体かがフロントガラスからサイドガラスに張り付き、一斉に声のようなものを上げ始める。


《そんな難しい顔しないでよ、格好いいお兄さん》


《ずっと、わたしたちに会いたかったんでしょう》


《会いたかったんだよね。尊かったんだよね。わたしたちが》


《あなた、難しい言葉使いすぎ。尊いってなによ》


《じゃあ言い直す。わかりみが深い》


《それ、今の人間世界じゃ古すぎて通じないよ》


《とにかく、長旅お疲れ様。そしてありがとう》


《会いに来てくれてありがとう》


《噂に違わぬ愛くるしさでしょう》


《だからって、拉致したらだめだよ》


《違うよ。してもいいんだよ。わたしたちに人間の法は通じないもの》


《じゃああなたがされて》


《ねえ。可愛いわたしを褒めて》


《お兄ちゃん、獣みたいで格好いいよ》


《わたしはポエムがいい。二百文字程度の文章でわたしの可愛さを表現して》


《それ、わたしも欲しい》


《若きウェルテルが煩悶するかのような詩がいい》



――りんりん。きゃっきゃ。ふんふん。ふすふす。いぇっいぇっ。



 俺は集まってきた妖精たちの美麗そのものといった姿を確認し、息を飲んだ。

 そして奴らは、その女の手の平程度しかない小さな身体に纏った薄く透明感のある羽をはためかせながらも、蕾のように可愛らしい小さな口をかしましく動かして。

 世にも美しい音を支離滅裂といった具合に撒き散らして。


 俺たちを、歓迎した。


 どうやら妖精ってのは、本当にいたようだ。

 ただし、そいつは思っていたよりも厄介な性格をしていそうだと、俺は直感的に思った。

 どうしてって、この世に無邪気ってやつほど極まった厄介なんてないからさ。



※※※



 夢見心地だった。

 きらきら光るトンネルを、ゆるゆると走る車という車。

 そしてそれに乗り、導かれるようにして進む運転手とその同乗者たち。

 右から左から集まってくる妖精たちに、皆が一様に目を向け、また、一瞬にして心を奪われていた。

 どいつもこいつも、すっかり骨抜きといった具合にだ。

 ただし、そいつは俺と復讐に燃える自称・ジョージ・マッケンスキーこと、お下劣女以外の話にはなるが。


 しかしこいつはデンジャーだなって、今までにないくらい強く思う。

 こいつらのこの感じ。態度。発言。

 それは、少なくとも俺たち人間でいう所の『悪』と呼べるような代物ではなかったかもしれないが、いずれにしてもこいつらは、ここにいるべき存在じゃないなって、そう感じたね。

 もっと正確に言うならば、人と妖精の共存は不可能だろうなって、そう思った。


《こっち、こっち。あっちだよ》


《あっちって、どっちよ。こっちでしょ》


《車から出たらだめだからね》


《出たらひどいよ》


《ひどい目にあう》


《けれど、出なければ連れていってあげる》


《天国なんかよりもずっといい所へ》


《イエスやシッダールタの元よりいい所へ》


《エルドラドよりもずっといい所へ》


《クレオパトラよりも可愛らしいわたしたちの世界へ》


《誰よ、それ》


《誰よ、それ。クレオパトラって実は可愛くないよ》



――誰よ、それ。誰よ、それ。誰よ、それ。



 きらきら光る幻想的な光景と、いつまでも続く鈴の音を転がすような蠱惑的な美声。

 しかし、妖精たちの会話の内容はと言うと、その美しさに似合わず、要は自分たちこそが最も可愛いのだと、そう主張したいのだろうが、奴らの美しい姿を見ちまったら間髪入れずにその主張を否定するのは誰にとっても難しいだろう。大袈裟な話ではなく、それくらい奴らは美しく、可憐だったのだ。


 俺たちは騒ぎ立てる妖精に導かれるようにしてトンネルを進み、程なくして外へと抜けた。

 そこには、広大な敷地が広がり、色とりどりの花が咲き乱れ、様々な乗り物が放置されるようにして建っているのが見て取れた。

 更に状況把握のため、俺は首を軽く動かし、外周寄りの方を見渡してみる。


 中央から逸れた場所には土産物屋やレストラン、記念館などが立ち並んでおり、軽く見た限りでは規模が大きいだけの普通のテーマパークだと感じる。ただし、立ち並ぶ建造物には客らしき人間が一人もいない。普通なら人間でごった返しているであろう数々の店には、屋根から棚から無数の妖精たちが潜んでいるだけだ。

 それら、妖精の一部は、俺の視線に気付くと目を輝かせて微笑み、幾つかの群体を作っては、自由気ままといった風に飛び出し、気分の赴くままに車の群れへと寄って来ては、愛嬌を撒き散らす。

 そんな光景が出来上がると、仲間に呼応するようにして別の妖精たちも飛び回り、近付き、車たちに張り付いては、中にいる全ての者を魅了せんとするかのような動きと声をもって車中の来客者たちを歓迎する。


 同時に、列を成して移動する車たちからは感激と感嘆の叫びが上がる。

 それもプロの応援団も真っ青になるような大きな歓声だ。

 その光景といったら、何とも面妖で幻想的で、それでいて、まやかしのようでさえあって、正直、俺はそんなものは見たくも聞きたくもなかったんだが、奴らの放つ声も人々の興奮する姿も、否が応でも俺の耳に届き、また、目にも入ってくる。


「まさか、こんなに増えていたとはね」


 波に揺られるようにして車を進める中、お下劣女が囁くように言った。


「羊の代わりに数えたら逆に眠れなくなっちまいそうだぜ」


「この期に及んでも弦次郎くんは変わらないねぇ。いつもの調子で結構だよ」


「で、いつまで進めるんだ?」


「もう少し。中央から近い位置まできたら車を降りて塔まで駆ける。」


「それって、いつになるんだよ。こんなペースじゃいつまで経っても――」



――どおんっ。



 言い切る前に突如として大きな音が鳴り響き、俺たちは顔を見合わせる。

 音の出所は遠い。敷地の外だろう。しかしこれだけの轟音が外から響いてくるという事は、おそらくは――


「おい、お下劣女。今の聞こえたかよ」


「嫌でも聞こえるよ。多分、大暴動が始まったんだろうね」


 次いで、大勢の人の叫び声のようなものが耳に届いてくる。

 ここにいる他の人間連中の方は、それに気付いているのか気付かないのかわからないが、相も変わらずその目を妖精たちに向け、釘付けのようにしたままだ。

 だが、そんな人間たちの動きに反して、妖精たちの動きはまた変わっていた。

 敷地全体を自由に飛び回る奴らの半分ほどが、ふすふすといった妖しい笑い声を立て、中央に見える塔の屋上まで飛んで行くのだ。


「なあ、チャンスなんじゃねえのか」


「そのようだね。何より大暴動は止めなければならない」


「奴らを倒せば暴動も止まるのか?」


「元々は妖精が悪いんだ。争いが激化して原因さえ必要のなくなった戦争になりさえしなければ止まると考えるのが自然だろう」


 お下劣女はサングラスにマスクを外すと急ぎ、荷物を漁りながら言う。

 俺は軽いストレッチをして決戦に備える。

 そうして、今までの旅路の事をほんの少しだけ思い返しながら、親愛なる相棒へと言ってやった。

 それもとびきりのスマイルを浮かべてな。


「どうやら俺にとっての最もハードでデンジャーなミッションは、この東京を救う事になりそうだな」

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