忠告
奇妙で奇天烈で摩訶不思議で、おまけに幻想的ですらある真相とか、重大な選択問題だとか、そういう話を終わらせた後にも、俺たちの足を止められるものなど何もありはしなかった。
それからの冒険といったら、お下劣女が倒れたりワニが襲ってきたり、人攫いに軟禁されている少女が出てくる事もなければ、それ以上の危険が迫り来るような事もないもので、俺たちは余裕綽々だったから、さして書き留めるような事もないってのが正直な所だ。
以前のように。あるいは以前以上に。
俺たちは悠々と水路を闊歩し、洞窟を抜け、麦酒を飲み、手と足と口を動かし、時には頭を働かせながら前へと進む。そんな風にしている内に目的地となるマンホールの元へ辿り着く。
「ちゃんと開くみたいだぜ、お下劣女。牛浜の野郎、口ばかり達者な割に大事なとこだけは嘘じゃねえんだな」
金属梯子を辿った先にあるマンホールを揺らして言う俺に、お下劣女はドローンが運んでいる荷物を指して言う。
「そうかい。だったら、こいつの出番はなかったようだね。備えあれば憂いなしとは言うけれど、憂いなど元々無いに越した事はない」
「持っておきゃ何かの役に立つだろ。その何とかカッターってやつさ」
「プラズマアーク・レーザーカッターだよ。その手のプロが使う物だ」
「そりゃあまた御大層な名前が付いてるもんだ」
俺は梯子に登ったまま腕に力を込め、マンホールを動かそうとするが、突然体に重力を感じると、あっと言う間もなくそのまま短い梯子を転がり落ち、おまけに言えば変に柔らかな感触をこの手に覚えた。
「ふふん。ついにゴールだね、弦次郎くん」
いつの間にやら仰向けに転がる俺の体の上にはお下劣女が乗り、そいつは悪戯な微笑みをして言う。
お返しに俺もそんな笑みをして返した。もちろん右手で握った柔らかなそれを離す事はなく。
「だが、これから指定の車を見つけてまた渋滞に並ばなきゃならない」
「そんな事、これまでに比べれば楽なものだ。ご褒美をあげようか?」
「そいつは目的の全てを果たした後にでも頼もうか」
「意外に固いんだねぇ。もしかして、心配があるかい?あたしはジョージ・マッケンスキーだが、女であるのは事実だよ」
「お前の方こそ変な心配はやめるんだな。言わずともそいつは感触でわかる」
「だったら――」
上に乗るこの相棒の顔色が変わり始めた時、俺はこの手に掴んだままでいる特大のマシュマロからすぐさま手を引っ込めたが、そいつは少しばかり遅かったらしい。気付いた時にはお下劣女の平手が俺の頬を叩く。
「だったら、そのいやらしい手の動きをやめるんだな」
「お前が俺を引きずり下ろしたんだろうが!」
さっきも言ったように、俺たちはその後、病気やらワニやら軟禁された少女やらの招かれざる事件に遭遇する事はなかったが、一つだけ何か変わった事があるとするならば、俺たち二人の絆は随分と強くなっていたって事くらいだ。
※※※
久しぶりのお天道様の光が降り注ぐ中、お下劣女は気持ち良さそうに伸びをした。
下水道から抜け出した俺は位置情報から現在地を確認する。場所は、埼玉県・朝霞市を示していた。
それからいつまでも太陽の光を有難がっている相棒をよそに牛浜へと連絡した俺は、一分にも満たない破局寸前の恋人みたいな最低限の会話を済ませた後、野郎から送られてきた渋滞に並ぶ部下の車を示す位置情報を受け取り、今度は相棒と二人、人の山の中へと入って行く運びとなった。
牛浜から示された位置は和光市。
そこで奴の部下から車を頂けば、後は東京フェアリーランドがある荒川区まで一直線だ。
まあ和光市までは、人でごった返す中を歩いて行かなければならないが、今までの冒険に比べればそれは、砂糖を入れた後に蜂蜜を注いだ珈琲も同様に甘い物だ。
俺たちは手を繋いで人の山の中を逸れないようにして共に歩いて行く。
波にでも揺られて海を流れるメッセージボトルか何かのように。
塩辛い水の代わりに欲望と希望と波乱と混乱が渦巻く街を。
ただ、前を向いて我が物顔で練り歩くように進む。
そうして、俺たちは何の苦もなく指定の車へと辿り着き、牛浜の約束通りに車を譲って貰った。
事の運びは不気味なくらいにスムーズに進んだと言えるだろう。
少なくとも地下水路を抜け、ここに至る時点までは。
だが、俺にはこの妙な順風満帆ぶりが、嵐の前の静けさのように思えてならなかった。
これに関してはフェアリーランドが近いせいもあるだろうが、荒川区にあるその場所へ着くには、まだ時間がかかるし武者震いをするには早すぎるんだが、俺といったら、この時点で胸騒ぎのような物を覚えていたんだ。
程なくして、その妙な予感はある一つの連絡によって確信めいた物に変わる。
『東京フェアリーランドへと続く道路一帯で、きな臭い動きがある』
突然連絡してきた牛浜は、もう自分たちの契約、協力は終わりだと、前置きをした上でそう伝えてきた。
その抽象的すぎるメッセージを訝しむ俺が詳細を問いただしてみると、野郎は続けてこう返答した。
「長い旅を終え、目と鼻の先にまで妖精の国へ近付きながらも未だ、渋滞の中にいる野郎どもが痺れを切らし始めている。およそ、歓迎も出来ない渋滞野郎に街を占拠されている野郎にしても同様だ。そのおかげで周辺では多くの小競り合いが数知れず勃発し、警察もまるで抑えきれねぇ。このままじゃ空前絶後の大暴動へと発展するのも時間の問題だぞ」




