魔王
また一つ、デンジャーな冒険を乗り切った俺たちの歩みは絶好調だった。
強く凛々しく、ハードでタフな俺は勿論の事、親愛なる相棒であるお下劣女の方も負けず劣らず絶好調だ。
今となっては、リリーから薬を貰うまで絶不調だった事が信じられないくらいの動きをしているし、むしろ、こいつと言ったら、それ以前に比べても機敏で俊敏で溌剌であり、時には進んで俺の前へ立とうとまでしていた。
傍から見ていると俺の動きに付いて来れるとは、このお下劣は一体、何者なんだと思うが、男たるもの、有事の際に腕力を持ち出す事はあっても、女の過去を無闇に掘り出そうとするものではない。
俺たちは以前と同様に、そして以前以上に協力し合い、無駄口を叩き合い、降りたり昇ったり、洞窟に入ったり抜けたり、道端の小虫にクラシックを聞かせてやったりと、さながらデスマーチも歌って歩かんというばかりの状態であり、端的に言えば無敵であった。
やがて幾つかの洞窟を抜けた後、久しぶりのコンクリート地帯で一休みする俺は、お下劣女に問いかける。
「おい、お下劣女。買い物も通報も助かりはしたがよ。そいつはこの地下水路において、一体何の役に立つんだ?」
「これかい?こういう時こそ、自然の恵みが必要かと思ってね。気力の充填になるだろう」
お下劣女は観葉植物を両手に抱き、匂いを嗅ぎながら答えた。
「そんなのでエネルギー充填出来るのかよ」
「弦次郎くん、植物の秘める力を侮ってはいけないよ」
「別に侮ってはいないさ。何しろ奴らは愚痴ってものを言わないからな。尊敬すべき友人だってのは理解している」
本当にわかっているのかねぇ、とお下劣女は小さく笑って言った。
「目には見えないからわかり難いけれど、植物には色々な効果があるんだ。空気清浄、フィトンチッドの放出。それらはあたし達に大きな恩寵を与える」
「ちょっと何言ってるんだかわからねえ」
「だろうね」
言いながらお下劣女は観葉植物を俺の鼻先へと近付け、続けた。
「簡単に言えばストレスの軽減効果だよ。どうだい、弦次郎くんみたいな感性豊かな人間には覿面に効果を発揮すると、あたしは思うんだが」
「へえ。言われてみれば何となくリラックス効果がある気がしないでもないな」
その匂いを嗅ぎながら俺は言った。
今まで進んで植物なんか弄った事もないから正直、よくわからなかったが、そういう風に言われてみるとそんな気がするから不思議なもんだった。
「もうすぐ埼玉だねぇ」
「もうそんなに来たか?」
俺は小型デバイスを通して位置情報を探る。本当だ。意外なほどに指定のマンホールに近付いている。
「何だかすっかり面白くなっちまって、忘れてたぜ。何事も夢中でやってると気付いた時にはゴールに辿り着いてるもんだな」
「弦次郎くんは本当にいい加減な奴だな。だが、言っている事はいちいち的を射ているから始末に負えないね」
俺たちは笑い合う。
麦酒を片手に煙草を吸い、観葉植物の匂いを嗅いでは言い合い、笑い合う。
ひとしきり、そんな風に暖かい家族の真似事でもしていると、お下劣女は急にどこか憂いを帯びたような表情を浮かべて、ぼそりと言った。
「ねえ、弦次郎くん。君はまだ東京フェアリーランドへ行きたいかい?」
「そりゃあ行きたいさ。それに、俺はやると言ったらやり遂げる男なんだ。それが何であってもな」
俺が即答すると、お下劣女は妙に畏まったようにして座り直し、口を開く。
「弦次郎くんに出会ってから今までというもの、あたしは一度も自分の目的に関して話してはいなかったよね」
「目的も何もないさ。フェアリーランドに行くんだ。妖精に会いに行くしかないだろう」
考える間もなく返す俺に、お下劣女は首だけを動かし、その長いまつ毛に彩られた切れ長の瞳をぶつけてくる。
「半分は正解だけど、もう半分は違うね。弦次郎くんには悪いけれど、あたしはあの妖精どもを一匹残らず、ぶち殺しに行くのさ」
クラシックを流す傷だらけの執事こと、ドローンは曲目を変え、シューベルトD32番【魔王】を流し始める。
静かに流れるその曲調に乗せ、お下劣女の口から返ってきた答えは、なかなかにユニークでインパクトのある言葉だった。
※※※
これは、前にも少しばかり語った事だが、女の過去を知りたいならば藪から棒につつき回すのではなく、自分から語り始めるのを待つ事だ。男と女ってのは不思議なもんで、長く一緒に居続ければ、その時は必ず訪れるものだからだ。
どこでこんな話を聞いたか見たかは忘れたが、そういう男らしくエクセレントな信条を俺は大切にするし、それ以上に守っていく事に決めている。だから今まではこいつに何も聞かなかった訳だが、やはり信条を持つという事は大切だと言えた。何故なら、お下劣女はとびきりインパクトのある台詞を放ったかと思うと、それを皮切りに次々と事情を静かに語り始めたからだ。
俺は黙ってこの親愛なる相棒の話に耳を傾けていた。
それというのも、今までにこんな事はなかったからさ。
「実の所、憧れの妖精に会いたくてたまらない弦次郎くんには黙っているつもりだったんだけどね。ここまで旅を共にし、自分の危機を助けて貰っておきながら、だんまりを決め込んでいるのは幾ら君が相手だとしても無礼が過ぎると思ってね」
「随分と勿体ぶるじゃねえか。だんまりを通すのか全てを話すのか、どっちかにしてくれよ」
「そう言わないでくれ。あたしも何から話したものかと悩んでいたんだ。これについては順を追って話す」
困ったように微笑むお下劣女に俺は黙って微笑み返すと、耳を傾ける。
すると、その口からは意外な人物の名前が飛び出してきた。
「ジョージ・マッケンスキー」
そいつは確か、東京フェアリーランドを取り仕切る最高責任者にして支配人の名前だ。
突然出てきたその大物の名前に俺は首を捻る。
「弦次郎くんは忘れたんだろう、あたしの名前を。ジョージ・マッケンスキー。これがあたしの名前だ」
「はあ?そりゃあもしかして、自分はあの東京フェアリーランド最高責任者と同姓同名だって自慢しているのか?」
「違うね。あたしこそが彼、ジョージ・マッケンスキーだ。これは、出会ったばかりの頃に言ったはずだよ」
俺は記憶を手繰り寄せる。
以前、手記にも書いた気がするが、あの時の寒い冗談の事だ。
確かこいつが自分の車を失ったから乗せてくれって、頼んできた時だ。
あの日、よりにもよって、このお下劣は自分をジョージ・マッケンスキーだと名乗ったんだ。
それを聞いた俺は、おそらくは行きずりの相手に本名を言いたくないのか、初対面の時によくやる冗談の一環だろうと思って、深く突っ込まずにいたんだっけ。
それに、女一人で正体不明の男の車に乗り込もうってんだ。偽名を名乗って身分を誤魔化す事自体、珍しい話でもない。
だから俺は、その冗談をまるで気にも留めなかったんだ。
「お前、本気で言ってるのかよ。第一、ジョージ・マッケンスキーっていったらお前、壮年の男じゃねえか。こう、英国紳士風の男でさ。少なくとも女でもなければ巨乳でもないし、こんな所にいるような人物でもないぞ。第一、あの男ならテレビに出て会見していたんだから顔を見ればわかるぜ」
「テレビに出ていたあいつは偽物だ。本物のジョージ・マッケンスキーはこのあたし」
全然答えになってなかった。
「ねえ、弦次郎くん。あたしがいつか言った事を覚えているかい?妖精とは、可愛らしい容姿をしてはいるが、時に酷い悪戯をする曲者にして災厄を撒き散らすクソ虫だって話をさ」
「酷い悪戯をするって部分は聞いたが、少なくともそのセンスに満ち溢れる味付けの言葉の方は聞いてないな」
「そこは気にしなくていい。いずれにしても、意味が変わる事はないのだからね」
茶化す俺をよそに、お下劣女は一つ、息を吐くと神妙な面持ちで続ける。
「シンプルに結論から言おうか。東京フェアリーランドは突如として現れた奴ら、妖精に乗っ取られた」
シューベルトがこの世に残していった『魔王』の曲調に合わせ、踊るように動く女の口から真相が語られる。
俺はこの時、自分でもどんな顔をしているのかわからなかった。




