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ミッション

「嘘吐き!」


「連れてってよ!」


「貰い手様じゃなかったの!」


 高く掲げられ、振り下ろされる竹箒。ぽこり、ぽこりと鳴り響く打撃音。

 落胆と怒りを乗せた少女たちの総攻撃は幾度となく俺の頭から体まで打つが、この強靭な体を本当の意味で傷つけられるはずもない。

 まあ少しばかりは痛いが、こうなったら根気勝負といこうじゃないか。

 俺はノーガードで立ち尽くし、一つの攻撃も漏らす事なく受け止めてみせる。

 そうしてしばらくの間、俺が黙って竹箒による連続攻撃を喰らっていると、やがて少女たちは息を切らし、攻撃の手を休め始めた。

 

 その時、どたどたという大きな足音が礼拝堂の外から聞こえてきた。その音は慌ただしさを隠す事もなく、徐々に音量を上げ、礼拝堂扉の前で止まる。

 俺たちは急な来客に動揺する事もなく、一斉に出入口付近を見やると、その老朽化した木製の扉は無遠慮に開けられ、一人の人物が顔を出して叫ぶように言った。


「警察だ!お前たち、そこを動くんじゃないっ」


 突如として現れた強面の髭面警官を呆然とした風に見る少女たちは、警察って何?とか、また男性様が来たとか、あれが貰い手様なのとか、戸惑うように言っていたが、竹箒からやっと解放された俺が髭面の警官に向けて最初に言うべき事はたった一つだった。


「魔女になる練習をしてたんだよ。ほら、見てくれよ。今から箒で空を飛ぶ所さ」



※※※



 髭の警官はまるで今にも異端審問でも始めようかといった厳つい顔をしていたが、その実、話のわかる男で、何より長話は趣味ではないらしく、どんな事件があろうが最低限の会話だけで済ませるのが自分の美学だと語るイカした紳士だった。

 そのおかげかわからないが、元々警官の相手なんて得意じゃない俺も、こいつはやけに話しやすい気がしたね。何て言うか、無駄がないというか、態度こそ大きいものの、決して高圧的ではないんだ。

 俺が大方の事情を話し終わると警官は若干、態度を軟化させ、呟くように言った。


「この辺に厳律・ゾディアック教っていう、危ない宗教があるらしいって噂だけは聞いていたんだけどねぇ」


 溜息を漏らす警官に俺はすぐさま返す。


「だったら、さっさと強制捜査して検挙しろよ。俺たちの血税を無駄にするんじゃねえ。その立派な髭を今すぐ剃ってやろうか、警官様よ」


「そう言われても所詮は噂だ。確たる証拠もない。第一、調べるにしたって私たちは個人で動く訳には行かないよ。証拠を積み上げに積み上げて、やっと調査する権利を上から貰うんだ。君だって、いい年してるんだから、それくらい知ってはいるだろう」


 内部なんて入ってみなきゃわからねえのに、証拠もクソもないもんだと思うが、いちいち下っ端と言い争いしても仕方がない。俺は黙って警官に今後の事をよろしく頼むとする。

 つまりはこのうら若き乙女たちとも、いよいよお別れって事だ。俺はそれとなく礼拝堂の隅へと目を向ける。

 そこには、先行きに不安を感じているのか、輪を組むようにして立ち、俯いている七人の少女たちがいた。


「弦次郎様。本当に、私たちを置いて何処かへと行ってしまわれるのですか」


 視線に気付いたリリーが落ち着き払った声で俺へと問いかけてくる。


「ああ、俺には行きたい所があるんだ。妖精に会いに行くのさ」


 俺はリリーの元へとゆっくりと歩きながら言った。


「外の世界には妖精がいるのですか。私も聞いた事があります。何でも可愛らしい姿で酷い悪戯をするとか、そんな話を昔、教会にある民間伝承をまとめた本で読みました」


「でも、ファンタスティックだろ。会ってみたいんだよ。どうしてかわからないけど、運命を感じるんだ」


「そちらは遠いのですか?」


「ああ。遠いし、凄く時間をかけて並ばなければならないな。けれど、行きたい場所へ行くためには誰でもそれなりの苦労をしなきゃならない。外の世界はそういう風に出来ている」


「行きたい場所……」


「そうさ。行きたい場所、叶えたい夢を手にするためになら、みんな喜んで苦労するのさ。何故なら、その中にこそ欲しい物を掴めるチャンスがあるからさ。リリーには行きたい場所ややりたい事はないのか?」


 俺はリリーへと近付き、その澄んだ目をじっと見つめる。

 リリーは息を飲み、無言で見つめ返してくる。

 僅かな沈黙の後、震えるその口は勇気ある一歩を踏み出すかのように動いた。


「私にはまだわからないですが、弦次郎様の元へと行ってみたいです。私はいつか、弦次郎様に泣きながら貰い手になりたいと言わせてみたいです。そしたら……。外の世界を一緒に見て回って……」


「そいつはいい夢だ。外の世界に出て落ち着いたら、今よりいい女になって追いかけて来いよ、リリー。いつか、俺を捕まえてそいつを言わせてみな。なあに、お前くらい美人なら難しい事じゃない」


「弦次郎様――」


 涙ぐむリリーを、俺は抱きしめて最後のミッションを下す事にする。

 そうだ。今度は現状を打破するためのミッションではなく、明日へと繋がるミッションを。


「リリー、俺からお前に最後のミッションを与えるぞ。みんなを連れて、ここにいる警官に付いて外へ行ってくるんだ。そしてここで起こった事、覚えている限りの経緯を全て話せ。そうしたら、きっと色々な道が開ける。例えば、俺と再会するような道さえもだ」


「今度は嘘ではないですよね、弦次郎様」


「もちろんさ。だが、これは最もハードでデンジャーなミッションとなるだろう。何しろ今度は竹箒も通じねえんだからな。出来るか、リリー」


 俺たちは互いに目を合わせる。

 そして幾ばくかの時――あるいは、刹那の時だったかもしれない。

 そんな一瞬とも永遠とも付かないような時間を経てからリリーは微笑むと、力強く答えた。


「はい。必ず、全うしてみせます」

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