貰い手
俺たちは二人の少女から事情を聞くと迅速に行動に移った。
そうだ。あの日、リリーが俺にしてくれたようにだ。
時刻は午後十一時を回った所、暗く鬱蒼とした敷地内を二人の少女に連れられ、そろそろと歩く。隠密行動にライトを使う訳にはいかないおかげで古びた敷地内は地下道以上に暗く感じるが、二人の小柄な少女はどこ吹く風で目立たない場所を通り、俺たちを先導するかのように早足で前を歩き、大柄な俺は身を縮こまらせてこそこそと後ろを付いていく。
ややあって、裏口らしき木製の扉へと辿り着くと、二人の少女がこんこんこん、と交互に三度叩く。
すると、扉は小さな音を立てて開き、人一人分がやっと入れる程度の隙間が出来た。
「弦次郎様、こっちよ」
「お下劣女さん、こっちよ」
お下劣女の名前も聞いているのか。
正確には名前という訳ではないのだが、その俗称に突っ込んだり笑ったりしている暇もない俺とお下劣女は無言でするりと扉を抜け、真っ暗な教会内へと侵入する。
そこで少女の一人は俺たちを先導し、右手側へと歩き出す形になるが、もう一人の少女は脇に見える木製階段を音もなく上がって行く。
俺たちは手筈通り、右手側へと歩き出す少女の方を追い、一階廊下部分にある床下収納庫まで辿り着いた所で少女が黙って指を指した。
ここか。俺は黙って頷いて見せると収納庫扉の取っ手を掴み、静かに引き上げた。暗がりに目を凝らして見ると、そこには簡素な石造りの階段が見える。
俺たちは息を潜め、潜り込むようにして中へと入って行った。
※※※
「ここが懺悔部屋ってやつか。奴ら、大分頭がイカれてやがるな」
床下収納庫の先に広がる空間に降り立つと俺は呟く。
お下劣女の方は無言のままで警戒するように出入口階段付近に立つと、先導してきた少女が口を開いた。
「弦次郎様、ライト使って。でも、電気は点けないでね」
頷く俺はライトを点けて狭い空間内の間取りを簡単に確認してみる。
懺悔部屋と呼ばれるこの地下室は四畳半ほどの広さになっていて、隅には段ボールや工具箱などが雑多に置かれており、よくある出番の少ない物を考え無しに突っ込むような物置と言っても良いものだったが、目を凝らして奥を見れば、何か細長い奇妙な黒い鉄の箱のような物が置いてあるのが見て取れた。
それは一見すると、ただの箱のように見えるのだが、俺からすると棺桶か何かのように感じられてそりゃあもう薄気味の悪い物だった。
「リリー、助けに来たぞ!」
俺は声を上げ、奇妙で不気味な存在感を放つ箱まで駆け寄ると手をかけて軽く叩く。
しかし箱は何の反応も示さない。おかしい。ここに閉じ込められているんじゃないのか?
脇に立つ少女が心配そうに見守る中、収納庫出入口付近に立ったままのお下劣女はこちらを一瞥すると不快そうな声音で言った。
「おそらく遮音ボックスだ。音と多分、光も完全に遮断されている。こじ開けるしかないね」
音と光を閉ざされているだと?
発されたその声音に負けないくらいおぞましい言葉を聞いた俺は、箱に付いている南京錠を握り、力を込める。
「弦次郎くん、力任せじゃ無理だよ。あたしが道具を取ってくる。何かしら使える物があるはず――」
がきん。
お下劣女が言い終わる前に南京錠は情けない悲鳴を上げて、その役目を終わらせた。
脇で不安げな表情をしている少女の顔がぱっと明るくなるが、まずはリリーだ。俺は急ぐように箱を開けると、そこには弱りきったリリーの姿があった。
「リリー、しっかりしろ。大丈夫か!」
リリーは薄く目を開け、膝を震わせていたが、俺の姿を確認すると目が覚めるような顔をして箱から飛び出してくると叫ぶような声を上げる。
「弦次郎様!」
「リリー、無事で良かった。こんな場所に閉じ込められてよっぽど怖かっただろう」
「弦次郎様、怖かったです。私、もう何年間も閉じ込められている感覚に陥って……。弦次郎様、ありがとう、ありがとう……」
「大丈夫だぜ、リリー。もうデンジャーゾーンは終わった。これからは全て上手くいく。最もハードでデンジャーなミッションをこなせる男である俺が、全てを上手くいかせてみせる。あの日、リリーが俺にしてくれたようにだ。俺が全てを解決してみせるからな」
「ありがとうございます、弦次郎様。ありがとうございます……。メリーもありがとう。弦次郎様を連れて来てくれて」
「ううん、リリーが無事で良かった。でも、弦次郎様は聞いていたよりもずっと恰好いいね。大司教様とも司祭様とも全然違うから私、驚いちゃった」
安堵の表情を浮かべて答えるメリーと呼ばれた少女を尻目に、俺は涙声で感謝の言葉を続けるリリーを胸に抱きしめてやる。
そうして、しばらくの間、赤ん坊をあやしつけるかのようにして、リリーの心を落ち着かせていた。
※※※
「全く、弦次郎くんの馬鹿力には驚くね」
収納庫石段付近で警戒を続けるお下劣女が呆れた風に言った。
「おっと、力があるってのはその通りだが馬鹿と言うなら奴らの方だぜ。今時、こんなレトロな南京錠なんか使いやがって。この手の鍵なんざ、腕力だけで破れるさ。百年以上も前に流行った言葉で言わせるなら力こそパワーであり、力こそ正義であり、パワーこそ俺だ」
「言っている意味がわからないが、奴らが底なしの馬鹿だというのはあたしも同意しよう」
冷たい床に座り込みながら言い合っているとリリーが俺の手を握ってくる。
リリーは幾分か落ち着きを取り戻したようで、その顔は不安こそ拭い切れないものの、血色を取り戻し、体の震えも治まっていた。
俺はその柔らかい手を握り返しながら本題へと入るが、これがなかなか上手くいかない。
「で、救出作戦は成功させた訳だけどよ。これからどうする?やっぱ大司教と司祭の野郎をぶちのめしておくか」
「そんな、大司教様を殴るだなんて、呪われますよ。それに、今回の事だって、大司教様たちは林檎を食べた私に反省を促すために刑を執行なされた訳で……」
「司祭様は凄く強いよ、弦次郎様。大天使様の加護に守られていて、暴力も兵器も効かないって聞いた事あるよ」
このように、少しでも俺が武力行使に動こうとすると、彼女たちはこうした反応を示してくるのだ。
俺は頭を抱えたくなったが、辛抱して話題を変える。
「ところでリリー。今、林檎を食べた刑罰を受けたって言ったな。それはどうして奴らにバレたんだ?」
突然の話題変更にリリーは面食らったような顔をするも答える。
「それは、あの……。私、もうすぐ卒業なんです。私もつい最近になって聞いたのですが、『貰い手』が見つかったようでして、それで……」
貰い手という言葉に良からぬものを感じるが、俺は頷き、先を促すとリリーは俯きながらも続ける。
「それで、いつもよりその……。穢れが無いかのチェックが厳しくなっているようでして。まさか、口の中まで事細かく調べられるとは思わなくて」
「いつもだったら、みんなで裸になって黙って立っていればすぐに終わるんだよ」
絞り出すような声で言うリリーの隣にいる少女、メリーが付け足すように言う。どうやらまた一つ、秘匿されていた事実が明るみに出たようだ。
しかしリリーはともかく、こっちの少女、メリーはまだ十歳かそこらに見えるもんで俺はこのクレイジーな真相に軽く眩暈を覚えたが、だからといって怒りに任せた獣の咆哮を上げる訳にもいかない。男たるもの、こういう時こそ冷静に、クールに行く事にする。
「わかった。大体の察しは付いた。もうその事は喋らなくていい。それで、その貰い手ってのは何だい。ここは孤児院か何かの役目を担っているのか?」
俺は聞くが、リリーもメリーもコジイン?と首を傾げるばかりで、どうしたものかと思った所、お下劣女がこちらを振り返り、冷静な口調で少女たちに問いかけた。
「リリー、メリー。君たちの名前は本当の名前かな。その名は生まれた頃から持っている名前で、生まれた時から君たちはここにいるのかい?」
「違います」
「いつからここにいるかなんて、忘れちゃったよ」
「みんなそれぞれ違いますが、私は物心付いた頃にはここにいました」
少女たちは交互に答えると、お下劣女は得心がいったという風な顔をして言った。
「どうやらこの子たちは非合法に集められた可能性が高いねぇ。口ぶりや知識の程度から察するに、外界と隔絶された環境で育てられているのだろう」
という事は、この少女たちは捨て子かもっと悪ければ――
悪い予想が過るが、本人たちの前だ。それは口には出さないでおくとリリーが続きを語り始める。
「でも、私たちは十八になれば然るべき男性様に引き取って貰えるのです。あの、それで大司教様たちは、その日を恙なく迎えるために修練の日々を積ませてくれております。全ては神様にお仕えする一人前の乙女となるために」
一人前の乙女ときたか。
全く、若い女ばかり集めたがる場所ってのは、それがいつの時代でも、どんな場所でも変わる事がない。女の純潔ほど需要がなくならない物もないせいだろうが、俺から言わせりゃ洗脳教育で作られた純潔ほど不純なものなんてない。
しかし、ここまで事情を聞いた俺は、ふと良い作戦を思い付き、静かな怒りに震える心中とは裏腹に笑みを零しそうになっていた。
俺はそれを懸命に我慢し、神妙な、あるいは深刻そうな顔を作ってリリーに語りかけた。
「実を言うとな、リリー。こいつは隠していた事なんだが……」
「は、はい。何でしょう。弦次郎様」
思った通り、純真無垢な乙女として育てられたリリーは疑う余地もなく食い入るような目で俺を真っ直ぐに見つめてくる。そんな彼女に俺はより一層に真面目ぶった顔をして続ける。
「君の貰い手っていうのは、俺なんだ」
やや間を置かれ、放たれたその言葉を受けたリリーは絶句しながらも頬を紅潮させ、期待に満ちたような眼差しを向けてきた。




