ゾディアック
狭苦しい地下道の中、飛び起きるようにして目を覚ます。
相変わらず太陽の光が届かない地下では今が朝なのか夜なのかもわからない。
起きた側から体に違和感を覚えた俺は、自分の体に触れてみると、頭や足にはいつの間にやら包帯が巻かれていて節々から鈍い痛みを感じていたが、そんな事よりもお下劣女だ。俺はすぐ脇に寝ている相棒の元へ近付き、容体を確認する。
道中色々あったから顔も体も汚れているし、未だに目を覚ます事がないものの、血色はいいし、熱も下がっているのが見て取れ、すやすやと寝息を立てる相棒の顔を見て安堵した。
これでひとまずは安心だろう。
そういえばあの子――
リリーの姿が見えないな、と思いながらも恐れ多いならず者、ワニの噛み付きによって負傷兵と化したドローン、執事の側にある鞄から栄養食品やら缶詰やらを出し、適当に齧っているとやや上方から、ごりごりとマンホールを動かす音が聞こえてきた。
程なくして僅かな明かりの中からリリーが金属梯子を伝って降りて来る。
その姿を確認した俺は紳士的に微笑み、軽く手を振った。
「弦次郎様!」
梯子を降りたリリーも笑顔で応え、こちらへ駆け寄ると口を開く。
「弦次郎様、お体はもう大丈夫なんですか。どこか痛む所はありませんか?」
「俺なら平気さ。それより、お下劣女の体の具合は随分良くなったみたいだよ。ありがとうな、リリー」
「そのようですね。強力な呪いではなく良かったです。けれど、弦次郎様の傷だって酷いものですよ。しばらくはここでゆっくりと体を休めて行きましょう。あなた様が十全に回復なさるまでは私が介抱しますから、どうかご安心を」
「おいおい、その弦次郎様ってのはやめてくれよ、リリー。俺は王様でもなければ貴族でもないんだぜ」
「でも、殿方様です。乙女たるもの、殿方様には礼節の限りを尽くす。それがゾディアックの教えです」
どうもさっきから話が嚙み合わないというか、この子の言っている意味がわからない。
悪い子ではないのだろうが、これは少しばかり現状を整理する必要があるだろう。
一つ一つ。紳士的に。なおかつスマートにだ。俺はリリーに問いかける。
「わかった、リリー。何だか体がむず痒くなるが、呼び方は今の所はそれでいいぜ。それでさ、俺も聞きたい事はたくさんあるんだけど、とりあえずはシンプルな質問といこう」
はい、と頷き顔を寄せてくるリリーに俺は続けた。
「ここって、どこなんだ?」
※※※
時刻は午前六時。
最低限の会話の後、リリーは夜になったらまた来ます、とだけ言い残し地上へと出て行った。
寝袋に寝かせたお下劣女は今も気持ち良さそうに眠りこけている。
その隣に座り込む俺は、珈琲を飲みながら現状について考えていた。
まず、ここがどこなのかという俺の質問についてだ。
彼女は『厳律・ゾディアック教会』とだけ答えた。
話によればこの教会は男子禁制だそうで、多分上はその教会の土地に繋がっているのだろうが、問題はその場所という訳ではない。リリーは、その教会がどこにあるのかを知らなかったのだ。
不審に思った俺は自分のデバイスを通して位置情報から現在地を調べたが、データとしては福島県となっている。
その事をリリーに告げてみると、福島県って何ですかと、いかにも不思議そうな顔をして首を傾げる一方だった。
正直、不思議な顔をしたくなるのは俺の方ではあったのだが、元々は北海道の暴れん坊ジェネラルであり、社会の闇ってものに人並以上には触れてきた俺だ。この時点で大方の予想は付くというか、彼女の言動から考えられる事はたった一つしかない。
何より彼女が度々発する【天使】や【呪い】といったキーワードは、容易にそれを想像させる。
もしかしたら彼女の所属しているらしい厳律ゾディアック教とやらはデンジャーな宗教か何か、怪しい団体なのかもしれない。
そこまで考えた俺はデバイスに指を滑らせ、とりあえずは厳律・ゾディアック教とだけ打ち込み、検索をかける。
しかし、予想に反して怪しげな情報などは全く出てこない。
いや、それどころか情報自体がないのだ。宗教として確立されているという情報自体がない。
「こいつはデンジャーだな」
いつもの調子でお下劣女の方へ声をかけてみるが、相手は寝ているのだから何の反応もない。
何だかこいつがこうも大人しいと調子が狂うが、こうなっては仕方ない。しばらくはここで一休みといこう。
そのついでと言っちゃあなんだが、俺たちを助けてくれたリリーに何か出来る事がないか探してみよう。急がなくてもフェアリーランドは逃げやしないんだからな。
温くなった珈琲を飲み干した俺は暇潰しに筋トレでもする事にした。




