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白い女

 俺はワニの奴に噛まれてボロボロになりながらも随行して飛行するドローンを止め、背中に担いでいる相棒を下ろしてやると、コンクリートで出来た地下道を眺め回す。

 周辺には汚水は流れておらず、それらしい音も聞こえない。


 既に使われなくなったエリアだろうか。

 それにしても、この一帯は小奇麗にされている――

 と言っても、しっかりとした整備がされているという訳ではなく、相変わらず鼠はいるし、何だか肌寒いし、今までに比べればずっとマシという程度に過ぎないが。


「待ってろよ、お下劣女。ちょっとマンホール見つけてくるからよ」


 俺は眠り姫と化したお下劣女を壁際に預けてやると、一声だけかけ、周囲の探索を始めた。

 起きて元気になった時には、嫌になる程に俺の武勇伝を聞かせてやるからな、なんて思いながら首を動かしては歩く。


 しかしこの文明社会にも、ちょっと地下に降りれば妙な空間が広がっているものだ。

 今ある空間にしたって、大昔には使われてもいたのだろうが、用済み、あるいは使えないと判断されれば元通りに戻される事もなく放置され、その内に誰からも忘れられたまま残り続けるって事なんだろう。

 掘ったり破壊したりするのは簡単でも、それを元通りに戻す事は極めて難しく、また、莫大な費用、労力もかかるせいなのかもな。

 何だか創作活動にも似ていると思うが、今現在、こうして俺たちにとっての中継地点じみた物になっているのだから、世の中何があるかわからないものだ。


 俺は考えながらも素早く足を動かし、忙しく首を回しては駆けるようにして歩き、丹念に周囲を調べ上げるが、付近の空間自体は狭いため、さして苦労する事もなくそれを見つけた。

 壁際に付いている梯子。そしてその真上、数メートルほど上には脱出口となるマンホール。

 かつてこれ程までに待望されたマンホールが世界にあっただろうか。


 思わず顔を緩め、声を上げたくなる俺だったが、その瞬間、まるで不意打ちでもするかのように物陰から絶叫が張り上げられた。

 突然の出来事に俺は物陰の方を振り向き、軽く構えると同時に目を凝らして声の主の姿を確認する。


 そこには、白い服を着た白い女がいた。

 年の頃は十代後半くらいであろうか。その透き通るような白い肌に、カーテンみたいな薄く白い服を着たその女は怯えと恐怖の色を孕んだ表情を浮かべながら座り込み、ただ震えていた。

 腰元までかかるような長い黒髪を服ごと両腕で掴み、それでも視線は外す事なく。

 彼女はただ、怯える目で警戒するように俺を見ていた。


 女のその姿に、ようやく自分の今の姿がよっぽどとんでもない事になってるんだろうなって気付いた俺は、構えを解く事にする。

 そして、その場からは動かず、出来る限りの微笑みを浮かべながら口を開いた。


「誰だか知らないが、助けてくれねえかな」


 思いがけず口から出て来たその台詞に、俺は作り笑いも吹っ飛んじまって、本気の笑いがこみあげてきちまったね。

 何故なら、俺はこんな風にストレートに人に助けを求めた事なんて、なかったからさ。



※※※



 白い女の行動は迅速だった。

 彼女は華奢な身体で地下道を走り、親愛なる俺の相棒の容体を確認すると、身を翻して駆け出し、梯子を昇って地上へと出て行くと、五分もしない内に小さな鞄を持って降りて来て、お下劣女の元へと駆ける。

 その素早い動き、手際の良い姿は、さっきまで震え上がっていたとはとても想像出来ない。

 医療の心得でもあるのかと俺は思ったが、さっきから医療用小型デバイスと睨めっこしているのを見るに、そういう訳でもないらしい。

 医療用デバイスなんて俺は使った事もないが、こいつを使えば簡単な病気ならば即時診断出来る。

 きっと、医療AIによる自動診断の結果でも見ているのだろう。口を出さずに見守っていると、やがて彼女は白い指を滑らせ、デバイスを操作し終わると口を開いた。


「あの、診断結果が出ました。大天使様の啓示によると、呪いの名称は【レジオネラ症】と言って、放置さえしなければ重篤な病ではないらしいです。それで、治療方法なのですが、適切な薬を投与すれば程なくして回復する可能性が高いと、啓示が出ました。幸いなことに薬なら私が持っていますし、あなたの大切な家族はきっと快復されるでしょう」


 白い女は思慮に満ちたような声で言うと、お下劣女に薬を飲ませ始める。

 だが、女の言っている意味がわからない俺はというと、目を丸くするばかりであった。

 今、確かに天使とか呪いとか啓示とか言ったよな、この女。


 ちょっと聞きなれない言葉は混じっているものの、今はそこに突っ込む事もしない。

 何故なら助けて貰った時に第一に言う事なんて、感謝の言葉以外にないからだ。


「ありがとな、助かったよ。俺は弦次郎っていうんだ。君の名前を教えて貰ってもいいかな?」


 感謝と同時にさりげなく名前を聞いてやると、彼女は丁寧に返してくる。


「私はリリーと申します。では、弦次郎様。次はあなたの治療です。横になって下さいませ」


「いや?俺はいいよ。こっちは大した怪我はしていない。この程度は自然に治るからさ」


「いけません、弦次郎様。人はそのような楽観を元に呪いを受け、体を蝕まれるのです。第一、今のあなたはどこから見たって、大した怪我をしております。さあ、横になってください」


「待った待った。気持ちは有難いんだけど、そういうのは自分で出来るからさ。ちょっと待ってくれって」


 見た目にはいかにも大人しそうに見える白い女――

 リリーは、どこか目を輝かせるようにして包帯やら軟膏やらを手にすると、傷ついた俺の体に触り始めた。

 ぺたぺたと体に触れるその白い手の柔らかい感触に、俺は痛いんだか気持ちいいんだかよくわからない不思議な感触を感じている内に眠ってしまっていた。

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