ショートカット
俺たち三人は牛浜って野郎を後ろから追うように迷路みたいな路地裏を進んで行く。
「それにしても臭ぇ所だな。お前らみたいな地下世界のドブネズミどもにはお似合いのいい場所だ」
「お兄ちゃんたちみたいな渋滞野郎が時々、小便しに来るからな。まあ若い女の方はと言えば、お花摘みには来ちゃあくれないがねぇ」
「だったら俺はクソでもして行ってやろうか。今よりは上品な匂いになるぜ」
「そいつは遠慮しておこう。俺みたいな奴には上品な香りってもんが理解出来ないからな」
前を歩く牛浜は振り返りもせずに毒吐き、俺もそれに応じられるような冗談を返しながら歩く。全く、こいつらと来たら下品な冗談の勉強ばっかり得意なものさ。
およそ、世渡りには役に立たないどころか、足さえ引っ張るようなやり取りを幾度か繰り返す内に、俺たちは少し開けた場所へと出た。
そこには元々は小さな物置用のプレハブでも建っていたのだろう、日も当たらないような小さな空き地があり、古めかしく前時代的な縦長のテントが張られていた。
「ねえ、弦次郎。何か怪しくない?デバイスは通話状態にしてあるの?」
その怪しげな光景を見た綺羅星ちゃんが一言、心配そうな声を上げる。
そうだ。そういえば忘れていた。
面白そうな事になったらデバイスは通話状態にしておく事になってたんだっけ。
俺はズボンのポケットに無造作に突っ込まれているデバイスを指で操作していると、豚小屋にするにも狭いであろうテントの前で牛野郎こと、牛浜は立ち止まり、口を開いた。
「さて、お前が俺たちのことを許してくれる礼に、俺がお前にどんな利益を与えてやれるかって話だったな、お兄ちゃん」
「その豚も拒絶するような汚くて狭いお前のマイホームでもくれるってのかい。こりゃあ飛んだ不動産屋もいたもんだぜ」
「まあそう話を急ぐなって。なあ、東京フェアリーランドを目指す渋滞野郎こと、デストロイヤー・弦次郎さんよ」
牛浜は下卑た笑みを浮かべ、訳知り顔をして言った。
「ネズミの皮を被った牛野郎が探偵の真似事か。この俺の昔話でも聞きたいのかよ、お前は」
「わざわざ探偵の真似なんかしなくても俺らの界隈じゃ、お前の暴れっぷりは誰でも知ってるさ。お前、北海道全域を一か月もしない内に締め上げたんだってな。そんな大物がこんな大渋滞でいつまでも立ち往生してるんだ。目的の場所だなんて容易に想像が付く」
「そんな大昔の話は忘れたな。俺は過去には縛られねえし、行きたい時に行きたい場所へ行くだけだぜ」
「まあお前の目的や思想なんて、どうでもいい事さ。重要なのは、俺たちは渋滞野郎であるお前に益となるものを与えられるって事だ」
蛙みたいな目玉を光らせる牛浜は口元を釣り上げながらテントを開き、続ける。
「もっとも、極稀にどうやっても素性を掴めないおかしな奴も見るがねぇ。まあまずはこれを見てみろよ、デストロイヤー。伸るか反るかはまた別問題としてな」
上等じゃねえか。
俺は一歩、前へと靴を進めると開かれたテントの中に目を凝らす。
すると、家具も生活用品も灯りさえも無いその場所には、無機質なマンホールだけが見えた。
牛浜はそのきつい体臭にも負けないくらいの汚らしい笑みを浮かべて続ける。
「埼玉まで繋がってる。自信があるならショートカットしてみるかい」
※※※
「流石のあたしも、こんな情報は知らなかったよ」
隣に綺羅星ちゃんを侍らせ、空き地に座り込む俺はデバイスを通してお下劣女と話していた。
「それで、この牛野郎の言ってる事は信用出来そうなのかよ?」
「理屈としては正しいね。しかし、ここ、宮城から埼玉まで続いているっていうのは、眉唾な話だ。下水道としては、幾ら何でも距離がありすぎる」
「下水道の事なんて俺にはよくわからねえが、信用ならないなら牛野郎を潰してステーキにでもしてから帰ろうか?」
「しかし埼玉までというのが眉唾でも、ショートカットが出来るというのは事実だよ、弦次郎くん」
マンホールの下に続く地下水路を通っての隠しルート。
牛野郎が提示した礼は、俺の想像していたものとは違っていた。
どうも奴ら、牛鬼と称するドブネズミどもは秘密の裏道開拓に手を染めているらしく、ここ最近は地下水路にご執心らしい。
奴ら、何年もかけて、幾つかのマンホールをこじ開け、内部の探索を続け、裏道として利用可能なルートを多少ながら見定める事に成功したと言うのだ。
しかしこの言い分を聞くに、野郎は礼をするだなんて言ってはいるものの、実際の所、俺たちにその確認役をやらせてやろうって腹なんだろう。
更に奴ら、何が目的か知らないが、三下野郎を交代制で渋滞列に並ばせているらしい。
つまり、計画の内容としては現在、埼玉で亀のように進んでいる奴の部下の車を俺たちが頂戴して進むという事になる。
牛浜の言が事実ならば、俺たちはここ、宮城から埼玉まで渋滞をすっ飛ばして行ける事になる。もちろん、真っ直ぐにもなっていない地下水路を埼玉まで歩くとなれば、よっぽど足が棒のようになる事だろうが。
ちなみに、ここが宮城だってのは、さっきの話の流れで漸くわかった。
右腕に組み付いている美少女の柔らかな細腕が、その見た目とは裏腹に大きな力を込めてくる。
綺羅星ちゃんは深刻な顔をして言った。
「ちょっと、嘘でしょ。ねえ、弦次郎。まさか、行かないよね?こんな奴の言う事、絶対に嘘に決まってる。それに、こんな所危ないよ。人が入るような場所じゃないし、弦次郎の喧嘩の強さだって、あんな地獄みたいに冷たくて暗くて、じめじめした場所じゃ何の役にも立たないんだよ?」
これでもかってくらい腕に力を込め、柔らかい胸を押し付けながら。
彼女は捲し立てるように言葉を続ける。
「ねえ、弦次郎。聞いてるの?弦次郎ってば!行かないよね?私を置いて、こんな汚くて暗くて、臭そうな酷い所へ降りて、埼玉まで行くなんて言わないよね?」
叫ぶ彼女にも俺は、黙っているしかなかった。
目も合わせないようにして、黙っている他になかった。
「弦次郎、私の事好きなんだよね?十八になったら、正式に付き合うって言ったよね?ねえ、弦次郎。もしかして、私の事、嫌いになったの?」
嫌いなんかじゃない。
嫌いなんかじゃないさ。
俺が君の事を嫌いになったりするもんか。
「私たちがトラブルばかり起こすから嫌いになったんでしょ?ちょっと、流星!突っ立ってないで、こっち来て弦次郎に謝りなさいよ!あんたのせいなんだからね!」
その声が悲鳴のようになった時、俺はついに音を上げた。
「悪いな、綺羅星ちゃん。俺は行くぜ。こいつはチャンスなんだ。大いなる飛躍のチャンスが俺の目の前にある以上、そいつに乗らない訳にはいかない」
俺の言葉に綺羅星ちゃんは、とうとう泣き出してしまった。
人目も憚らず彼女は泣き、より一層の力を込めて俺の体へとしがみ付くが、俺にはそれ以上の事は言えなかったし、何より俺が言い出したら聞かない奴だって、彼女はよく知っていたからだ。




