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第三十九話 初めての恋人

 俺とつなちゃんは両想い。

 だけど付き合うことはできない。

 何故なら年齢差があるから。

 俺は未成年で、つなちゃんは大人だから。


 頭の中でずっと同じことがぐるぐる回った。

 目の前のつなちゃんも話は終わったと言わんばかりに上着をかけたり、うろうろ歩き回ったりしている。

 早く何か言わないと……。

 このままじゃ終わってしまう。

 そんなの、嫌だ。


「……」


 だけど、俺は何も口にすることができなかった。

 一瞬何か穴を突くような論を思いついた気になっても、すぐ冷静になってその論がさらに穴だらけな事に気付き、口をつぐむ。

 つなちゃんが圧倒的に正しいから、言えることがなかった。

 だから、ここからはわがまましか言えない。

 ただ真っ直ぐに思っていることを話すしかない。


 両想いなのに付き合えないなんて、そんな不幸なことないと思うから。


「サキュバスに法律とかルールなんて、通用しないんじゃなかったんですか?」

「……」


 俺の言葉につなちゃんは動きをやめた。

 ベッドに腰を掛け、再び俺を見つめる。

 どういう感情なのかはわからないけど、彼女の顔は少し無機質に見えた。

 俺はお構いなしに続ける。


「じゃあいいじゃないですか。俺、誰にも言いません」

「もっとよく考えてよ。五歳差だよ? 君が二十五の時、私は三十だよ? 君が思ってるより歳の差ってのは残酷なんだよ」

「……」

「いつまで付き合えるかもわからないのに、一時の感情に任せて私なんかで人生めちゃくちゃにするのは良くないよ」


 やけに突き放すような事を言われて、心臓がきゅっと締め付けられるような感覚に陥った。


「長く付き合えたとしても、他の若い子に気が移っちゃうかも」

「そんなわけないじゃないですか」

「……ごめん。色んな子の告白を断ってまで私に告白してくれた瑛大君に言うことじゃなかったね」

「い、いや。謝らなくても」


 ぎこちない雰囲気が続く。

 すごく、居心地が悪い。

 明確に否定されもしない分、どうすればいいのかわからない。

 付き合わないと断言されず、付き合わない方が良いと言われている現状にもやもやする。


 だからこそ、俺は聞いてしまった。

 若干卑怯な事は自覚しつつ、この現状を打開するために聞いた。


「俺の気持ち、迷惑ですか……?」

「そ、そんなわけないじゃん」

「……」

「なんか瑛大君、変わったね。ちょっと強引だし、意地悪」

「ご、ごめんなさい」

「あはは、私たち謝ってばっかりだ」


 ようやく笑ったつなちゃんに、俺も笑う。

 手招きされたので、そのまま彼女の横に腰を掛ける。

 するとぎゅっと抱きしめられた。

 シーツの擦れる音がやけにリアルに感じられて、えっちだ。


「……私で良いの?」

「つなちゃんがいい」

「……わかったよ。私も、こんな子逃したくない」


 つなちゃんはそのままいつもみたいにキスするわけではなく、俺の体に腕を回したまま密着していた。

 上着を脱いでいる分、彼女の柔らかさが直に伝わってくる。

 ただハリがあるだけではなく、俺の体で潰れている胸の感触に幸福感を感じた。

 ようやく、想いが通じたんだ。


「ごめんね、突き放すような事言っちゃって」

「い、いえ。気持ちはわかるので」

「あはは。さっきまで堂々としてたのに、急にいつもみたいにどもり始めちゃったね」

「あ、あれ」

「ほんと可愛い」


 無意識だったから指摘されて恥ずかしくなった。

 猛烈な勢いで顔が熱くなってくる俺につなちゃんは笑った。

 そして頭を撫でてくる。


「でもこれからはあんまり子ども扱いしちゃダメだね。彼氏なんだから」

「そ、そっか。俺が彼氏なのか」

「どんな感じ?」

「えっと……幸せです」

「それはよかったです」


 肩が触れ合うような位置で話して、俺達はどちらともなく手を握った。

 以前からキスしたり濃密な関係性ではあったけど、やっぱり今とは違ったんだと気付くことができた。

 なんだか心のゆとりが違う。


「俺、初めて彼女できました……」

「奇遇だね」

「え?」

「私も瑛大君が初彼氏だよ」

「えっ?」


 全く予期しない言葉に、俺は思わず二回聞いてしまった。

 俺が初彼氏って、どういう……?

 じっと見つめているとつなちゃんははにかむ。


「サキュバスだからって誰彼構わずでいいわけじゃないんだから」

「そ、それはそうですね」

「あと前も言った通り、年下の方が好きだし」

「な、なるほど。え? じゃあ今までどうやって精気を補充してたんですか?」


 俺と出会ってからは俺とキスしたりすることで補充していたみたいだけど、それまではどうしていたんだろう。

 不思議に思って聞くと、つなちゃんはさらに悪戯に笑った。


「何? 私が処女かって聞いてる?」

「え!? い、いや! そういうわけでは……っ!」

「反応し過ぎじゃん。でもまぁいいよ、隠すことでもないし。私はまだ経験ないよ」

「……え?」

「意外だろうね。だけど、サキュバスだからってみんながえっちに夢中なわけじゃない。やっぱり初めては好きな人とって決めてるし」


 先ほど以上に思ってもみない返答を受けて、俺は照れるよりも驚いてしまった。


「だから、今度ね?」

「……そ、そっか」


 改めて言われるとドキドキしてきた。

 付き合うってわけだし、やっぱりそういうのもあるよね。

 よし、恥をかかせないよう、恥をかかないように頑張ろう。

 色々予習しておかないと……。


 心の中で謎の意気込みをしているところ、つなちゃんは続ける。


「私はハーフサキュバスだから精気もそこまでいらないし、今まではあんまり男の子と接触してこなかったの。でもこの歳になるとどうしても溜まっちゃって。それで相手を探そうとした日に、君を見つけた」


 言われて思い出した。

 そういえばあの日、ブランコで項垂れていた俺につなちゃんは『人探しをしていた』と言っていた気がする。

 そういうことだったのか。


「ごめんね。瑛大君のこと童貞とか馬鹿にしてたけど、別に私も経験はないの」

「そ、そうなんですね」

「うん」

「なんか、ちょっとよかったです」

「あはは。君だけのサキュバスだね」


 君だけのサキュバスという言葉が、強く耳に残った。


 そのまま、俺達は時間通りに部屋を出た。

 付き合い始めることができたから、手を繋いで。

 何はともあれ、人生で初めて彼女ができて、幸せな気分だった。

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