英語がわからない翻訳家
「…という訳なんだが、小瀬川くん、君に翻訳をお願いしたいのだが。」
「いやいや、黒田社長。国際学部だからといって、英語は出来ませんよ。」
「まあ、そんな冗談は止めておくれよ。さあ、SMITH社長が来ているから早く。」
私、小瀬川 歩美は人生最大のピンチを迎えている。
株式会社「菓子化」社長、黒田信夫に、会社の命運を左右する取引の翻訳をやってほしいと言われたのだ。
私は偏差値50の国際学部卒業の入社1年目。
頭は良くも悪くもないという所だが、見た目は自他共認める美しさを持っている。
街で歩いていたら、チャラそうな男子に声をかけられたり、
同級生や先輩に告白された回数は...足の指を使っても数えられない。
どうしてこんなにモテるのかはよくわかないけど、
「スタイルの良さや豊満な胸は男の子を魅了するのよ。」って友達が言っていたので多分私はそうなんだと思う。
そんな私は、見た目がいいだけで、英語なんて出来っこない!
HelloとかHi!とかHey!とかしかわからないし、国際学部で英語が出来なかったのは私だけだった。
勉強に英語を使うときもあったので、正直卒業できるか不安だった。
ぎりぎりの点数で卒業した私は、日本国内でお菓子を製造し、販売している「菓子化」に就職して今に至る。
「無理ですって社長!第一、会社の取引なんですから、社長が会話すればいいじゃないですか!」
すると社長は顔をしかめて、
「実は、自分は英語ができなくて、HelloとかHi!とかHey!とかしかわからないんだ。」
「私もですよ!」
「君は国際学部を卒業したのだろう?なら大丈夫だ。」
「いやいや。会社には英語が出来る人が沢山いますよ!」
「君は会社で一番の美人だろう?だから君が翻訳すると、向こうの社長さんが取引をOKしてくれるから!」
普通に今のセクハラでしょ!
君が美人だから取引をOKするなんて、どんな社長だ。
いくらアメリカ人の社長だからといってそれはあり得ない。
こんな人が社長で会社がよく成り立ってるな。
「まあ、とりあえず当たって砕けろだ。小瀬川くん。頑張りたまえ。」
そう告げると、会議室兼応接室に向かって歩いていった。
「もう...。どうやって翻訳すればいいんだろう。」
そもそも翻訳って直訳しちゃいけないって聞くし、お金の話しもするんでしょう。
絶対間違っちゃいけないのもあるし、どうすればいいんだろう。
とりあえず、肇くんに聞いてみるか。
肇くんと私は同期で、英語の検定試験に合格したとか話していたはず。
「ねえねえ肇くん。翻訳の仕事をやってほしいんだけど。」
必殺!つぶらな瞳!
この瞳で見られた男性は全員私の言うことを聞く!
必殺技をもろに食らった肇くんは、翻訳の仕事をやってくれる。
うふっふふ。ごめんねー、私が可愛くて!
「こ、こせがわさん!翻訳の仕事?なんですかそれは?」
ふっ。効果は抜群だ!
このまま攻撃すれば簡単に落ちるはず。
「米国の人とちょっとだけ話して欲しいだけ!」
「ごめんなさい!今仕事が立て込んでて...。本当にごめんなさい!」
え?
ワタシノコウゲキガキカナイダト。
アリエナイ。
「小瀬川さん!アドバイスとしては笑顔で接することです!小瀬川さんの笑顔なら誰でもイチコロですよ。僕みたいにね...」
最後のほうがよく聞こえなかったけど、笑顔で接するしかないのか。
仕事なら仕方がない。
「ごめんね、肇くん。アドバイスありがとう!」
「力になれず、すみません。」
肇くんは忙しそうに仕事を始めたので、そっと席から離れる。
あー。どうしよう。
肇くんに相談したけど、結局翻訳の仕事をやってくれなかった。
もうこうなったら、自分の力でなんとかするしか無い!
そう意気込んで会議兼応接室に向かった。
と意気込んだのは良いものの、
「Hi! My name is James SMITH. Please call me Smith.」
「・・・ーーーh、hello.」
まじでなんて言ってるかわからない!
は?何?私の名前はジェームズ スミス ってとこまでは分かったんだけど、その後がわからない。
ぷりーず、こーるみー、すみす。
callってどういうこと?
発音的にはコールセンターのコールでしょ。
てことは、
「社長。スミス社長は『私をコールセンターにいれてほしい』と仰っています」
私すごい!
大学時代、英語のテストは聞き取りすら出来なかったのに、リスニングができたぁ。
しかも意味もわかっている...はずだし!
目覚ましい進化を遂げている自分に拍手!
「おお、ちゃんと出来るじゃないか!きっと『クレーマー対応でもこの会社に入りたい!』とこの会社に感動しているんだ。そういうアメリカンジョークだよ。理解できないかね、小瀬川くん。」
私には理解ができません、社長。
そもそも、クレーマー対応を自分から好んでやるアメリカ人なんている訳ないでしょ。
「ああ、なるほど。で、なんて伝えます?」
スミスさんが、返答が遅すぎて苛つき始めたので、社長に聞くと
「えーっと、『今日は宜しく』って伝えて。」
と言ってきた。
今日は英語でtodayでしょ。
よろしくはgood!みたいな感じ?
「Today good!」
すると、スミス社長が苦笑いで
「I’m fine. Let’s get this deal going.」
と言ってきた。
これ行けそうじゃない?
このまま、笑顔と上目遣いで言えばなんとかなりそう。
で今言っていた言葉は
「『私は元気です。ゴールへ行きましょう!』と言っていますが、なんと返しますか?」
今言われた言葉は、知っている単語しか無かったので、完璧に翻訳できたと思う。
しらんけど。
「なるほど。ゴールとは株式会社『菓子化』の理念である『日本のお菓子を豊かに』のゴールを目指して行きたいと言っているのだろう。我が企業のことをきちんと調べてくれている!素晴らしい社長さんだ。『今回作成したいのはクッキーで、小麦粉を輸入したい』と伝えてくれ」
う、これは難しい。
今回作成したいのはクッキー?
これは
Cooking Cookie で伝わるでしょ。
でも小麦粉はどうやって伝えよう。
小麦粉って漢字で小さい麦って書くから、Mini teaじゃない?
麦って麦茶とかに使うし。
「Coking Cookie and Mini tea!」
「You make cookie.I understand. I’ll sell you flour for $2/kg. Do you want to buy?」
ふむふむ。わからない。
あなたはクッキーをつくる。で、次の文が・・・私も...つくりたいって言ってるんじゃない?
で、セルはExcelのマスでしょ。
あれ、知ってる。細胞って意味。
しっかり大学で習ったことを覚えている私って天才かも!?
それはさておき、sell youってことは、「あなたの細胞」って意味だから、あなたの細胞は$2ですってことね。それを私は欲しいと言っている。
つまり、
「『あなたはクッキーを作る。私も作りたい。あなたの細胞は$2だから、それを欲しい』と言っていますけど、どういう意味ですか、これ。」
社長は一瞬頭を抱え込んだが、すぐに
「閃いた!私もアナタのクッキーづくりに参加したいから、クッキー作りの細胞、つまり我々の力を借りたいと言っているんだ!だから、スミス社長の企業が主体となってクッキー作りを行ってくれるんだ!しかもその費用がたったの2ドル!素晴らしい企業だ!こんなに安い費用でクッキーまで作ってくれるなんて。『$2ではクッキー作りを任せたくありません。1000ドルあげるので、是非取り組んでいきたい。』と伝えてくれ。」
二ドルではクッキー作りを任せたくありませんは「No $2」と言えば伝わる。
問題はその次の文だ。
1000ドルあげるので、是非取り組んでいきたいって何て言うの?
そんな時だった。
「あ、肇くん!」
ドアの外を肇くんが歩いて通っていくのが見えた私は、すぐさま肇くんに質問をする。
「肇くん、『是非取り組んでいきたい』って何て言うの?」
「あ、小瀬川さん。え?『是非取り組んでいきたい』の英語ですか?」
「そうそう。」
「『I would love to work on this』で伝わると思います。ごめんなさい、急いでいるので。それじゃあ」
そういって肇くんは足早に去っていった。
まじで助かったー。
訊き忘れたけど、「1000」って英語で何て言うっけ?
ワン...ミリオンだっけ?
なんかそんな気がする!
多分ミリオンだ!
100でコンマみたいな点をうつから
ミリオンで間違いない!
応接室に戻った私はすぐに
「No $2!ワンハンドレッドミリオン円!えーっと、I world love to work this!」
なんか途中で言った言葉が肇くんに言われた言葉とちょっと違った気がしたけど、多分気のせい。
するとスミス社長が
「100 million! That’s a fantastic deal! I will be returning to the country, so please transfer the money!Yeah!」
と満面の笑みで話し、社長に握手をしたのだ。
それに対し社長は
「おー!べーりーぐっどさんきゅー!」
と慣れない英語で返した。
なんとか翻訳の仕事が出来てよかったと思う私であった。
おしまい。
と終わるはずだった。
あれから6ヶ月が経ったある日、
「社長!黒田社長!国際電話の1番から電話が来ています!」
私は大急ぎで社長室に飛び込んだ。
「おお、小瀬川くんか。どうした、そんなに急いで。」
「そんな呑気に茶なんか飲んでる場合じゃないっすよ!アメリカのスミス社長から電話が掛かってきています!」
「おお!やっと新作のクッキーが完成したのか。長らく待たされたが、完成したなら良かった良かった。」
「とりあえず社長!早く電話に出てくださいよ!」
「まあ、わかったわかった。通訳は君でいいかな?」
「今肇くんに頼んできましたよ!スミス社長はお怒りのようです!」
「え?なんで怒っているんだ?完璧な契約だっただろ?」
「とりあえず来てください!」
そう言って強引に社長の手を引っぱり、受話器の元へ連れて行く。
すると、肇くんが深刻な顔をして話していた。
「We are very sorry. What? The money was not transferred!? ok. I’ll ask him.」
そういって消音機能ボタンを押すと、
「社長!ちゃんとお金振り込みましたか?お金がいつまでたっても振り込まれないとお怒りです!もう怒りの限界だそうで、『マスコミにこの情報を売るぞ!』と言っています!」
すると社長は
「あ、そうだったね。お金、振り込んでなかったね。『今振り込んでくるから、許してね!』と伝えといて!」
と事態の深刻さを理解していないようだ。
「We are very sorry. I’m transferred the money now.」
と言って、通話を切った。
「小瀬川さん、あまり疑いたくないですが、きちんと通訳しました?」
「え? い、いやきちんとしたよ、うん。全力で。」
やっべぇ。私は翻訳を全力でやったよ。
うん。
全力で。
「目が泳いでいますよ、小瀬川さん。全くもう。」
社長がお金を振り込んできて、肇君も一安心だったはずなのだが、
次の日、
「社長!会社の株価が大暴落しています!」
私の部の先輩が会社の株価を確認すると、一株当たり60円だったのが、一日で20円ほどまで暴落していたのだ。
「朝から騒がしいな、小瀬川くん。9時のおやつタイムを楽しんでいたのにー。」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ!」
すると他の部署の人たちも社長室に押し寄せて、
「社長!クレーム電話が殺到しています!」
「株価が、株価が大変なことに!」
「おいおい、そんなに慌てるな。ちょっとまってよ。今確認するから。」
そういってパソコンを起動した社長だが、
「なんだねこれは!」
そう、社長のパソコンはスマホと連動しているのだが、スマホのメールが1000件を超えているのだ
「なになに、『週刊書き売りに載っていたことは本当ですか?』だとか、『週刊書き売りを読んで、会社の株をすべて売ってしまいました。』とか来てるぞ。週刊書き売りにやられたんじゃないか?」
週刊書き売りとは大手週刊誌会社で、その雑誌に会社の闇などが書かれた会社は幾度となく倒産している。
「おい!小瀬川!近くのコンビニで週刊書き売りを買ってこい!」
言われるがまま週刊書き売りをコンビニに探しに行くが、
「社長!近くのコンビニをすべて回りましたが、完売だそうです!」
「なんだって?ネットニュースでもなんでもいいから探せ!」
社員はパソコンを開き、ネットニュースを見る者と、一目散に街に走り出す者に別れた。
そして、
「社長!ニュースサイトの一番上の最新ニュースに『株式会社菓子化 米国の大手お菓子会社に特殊詐欺発生』と書かれてあります!」
と肇くんが見つけたのだ。
私も詳しく中身を読むと、日本人を名乗る女が慣れない英語の翻訳を行い、$100million、日本円にして140億円で契約を結んだものの、お金が振り込まれない詐欺の被害に遭ったという内容だった。
やばくない?
この日本人を名乗る女って私のこと?
そして、私が千ドルだと思って言った言葉って140億円のことだったの?
あまりの間違いに驚きを隠せない。
こんな時こそ、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス...。
「小瀬川さん、まさかと思いますが、140億円の契約をしたのって・・・」
「社長!大変申し訳ございません!」
私がしたミスがあまりにも大きすぎたので、私は頭が床に付くくらいまで深々と謝った。
「小瀬川くん、落ち着きたまえ。私の責任でもある。とりあえず、記者会見を行わないとな。」
その後、社長は記者会見を行ったものの、会社は復活せず、株価は大暴落。
スミス社長の会社に裁判を起こされ、会社のお菓子の仕入れ先が材料の提供を止め、お菓子作りができなくなる。
そして、週刊書く売りに掲載されて早3日で会社は倒産した。
あれから私は、記者会見をしたり、仕入れ先に謝りに行ったりと大忙し。
また、取引の証拠として録音されており、私の翻訳は瞬く間に世界中へ広まった。
その後私は無職となり、街をぶらぶら歩いていた。
「ママ!あの人って、テレビに出てた人でしょ!」
「太郎!静かにして!見ちゃいけません!」
私の人生はたった一つと言ってはあれだが、契約一つで崩壊した。
どこへいっても、小瀬川だからといって就職を断られ、大家に家を追い出され、実家に戻ろうとしても家に入らせてもらえず、ネットカフェで寝泊りをしていた。
絶望の毎日を過ごしていたある日、新宿駅の近くでぼーっと立っていると、
「小瀬川 歩美さんですか?」
「あ、はい、そうですが。」
目が青く、きりっとしたスーツを着た外国人の男が話しかけてきた。
「小瀬川さんですか!私はずっとあなたを探していたのです!」
「はぁ。なんの用ですか?」
「私は、『world company insolvencyのボブと申します。 日本語訳すると、世界会社倒産会社の代表取締役のボブ』って感じですね。主に、敵企業を倒産させる仲介みたいなもんです。」
慣れない日本語で言い放たれた言葉は、私には理解できない日本語だった。
「ごめんなさい。何を言っているんですか?」
「あー。いきなり会社名を言われてもわかりませんよね。私は、同じ業界で敵企業を倒産させるために雇われる仲介業者です。普段は、相手の会社の住所を書いて、裁判長に『今回の裁判はよろしくお願いします。』と書いて送るようなことをしていますね。あと、週刊書き売りさんと手を組むこともあります。」
なんかやばい人に声をかけられたのかな。
まあ、仕事に就けるなら、水商売以外ならいいけど。
「で、私に何の用ですか?」
「貴方の翻訳を聞きました!素晴らしい翻訳です!あれほどの才能がありましたら、どんな会社でも倒産させることができます!」
「はあ。」
「ぜひ、1000万ドル、日本円で14億円ほどで、私の会社に入ってくれませんか?」
14億円?そんな大金があれば、一生遊んで暮らせる。
もう、どんな会社でも構わないや。
会社が倒産してから、無職になっていた私にとっては、仕事があることはとてもうれしいことだ。
まあ、危ない企業でもお金が稼げるし、いいや。
「あ、わかりました。」
「おー!ありがとうございます!」
こうして、危ない企業に入社することになった私だが、
「小瀬川さん!今日はgoooglleさんを倒産させる依頼が来ています!依頼は20億円だそうです!」
「あ、わかった。今行く。」
入社して1ヶ月間、真剣に翻訳を行うことで、数々の有名企業を倒産させ、大金を手に入れていた。
そして私は歴史上に残る「リーマンショック」などの出来事を行い、ついた二つ名は
「Ms.英語不明の翻訳家さん!今日もお仕事です!」
「だからその名前やめてよ!」
という、ものすごく物騒な名前だ。
これはこれで、気に入ってるけど。
こうして私は世界中でも有名な翻訳家となった。
真剣にやった翻訳が今もどこかの会社を倒産させているかもしれませんね!
私の行った翻訳が資本主義の考え方を覆すのは、また別のお話。
読んでいただき、ありがとうございました!
よければ評価、ブクマ登録よろしくお願いします!
今回の作品を作っていると、英語テストの勉強をやらないといけないことに気づき、急いでパソコンを閉じましたが、このコメディーを書けばなんとかなるでしょ!という謎の理由で勉強を疎かにしました。
おかげ様で、英語テストは過去最低の点数でした...。