シール社会
うるさく鳴り響く目覚ましに起こされ、不快感と共に目覚ましを止めた。昨日仕事が終わったのが12時で寝たのが深夜の2時というのに、7時には起きなければいけないのは私のような朝の弱い人間にはつらすぎる。
しかし仕方ない、ろくにいい仕事に就くことが出来なかった私はそれでももこの仕事にしがみつかなければならないのだから。
キッチンに行き棚からコーヒーと書かれたシールを体に張ると、口の中がコーヒーの味で満たされなんとなく眠気も冷めてきた。そのあと朝食と書かれた見玉焼きと牛乳の絵が描かれたシールを貼るとちんけな味の目玉焼きの味がし、てそれを流すこむように牛乳の味が口を満たした。
「まったく楽な社会になったものだ」
私は独り言を言いながらアパートを出てバスに乗り込み職場に向かう。バスの車内には多くの広告が私の購買欲を刺激してきた。
『高級寿司シールが今なら20%off』 『今話題の歌手オスシリンダーのニューアルバムシール発売中』 『10日分のトレーニングを貴方にマッスルシール』 などどれも色鮮やかでキラキラしていて欲しくなるが私の給料じゃどうしようもない。それに…
私は急にこの仕事を続けることの意味や、恋人もいない自分への絶望感が襲いほかの乗車客にばれないようにこっそりと懐からシールを取り出すと周りから見えないように脇腹にシールを貼る。
すると多幸感に包まれ、自分自身が皆に認められ愛されているような錯覚になる幸せな気分になった。
鬱屈した気分になるたびに張る『幸せシール』、これがとても高くそのため他のシールを買う余裕がないのだ。
このシールを買わずちゃんと貯金や有意義な物を買う生活が出来れば自分も今のような貧しい生活から抜け出て、あるいは恋人ができるかもしれないのに、簡単に幸福になれるこのシールを手放すことは出来ない。
この幸福のシールによって貧乏になり生活が貧しくなり不幸になってまたシールを使うという悪循環なのはわかっているが無くすことは出来ない。
バスが停車し職場に向かう、私の職場はコーラシール工場。流れて来るコーラを特殊な機械にはめ込みプレスするすると『プシュー』と空気の抜けるような音がする、するとコーラのシールが出来それを包装し運ぶ。つまらない仕事だが仕方ない。
そんな生活をしばらく続けているとある日突然首を宣告された。理由は景気がどうだとか勤務態度がどうだとかそんな理由でよく覚えてはいない。
アパートを追い出され食うにも困るようにもなったがそれでも幸せのシールを買うことは止めれなかった。知り合い、消費者金融、闇金とだんだん薄暗い存在に金を借りるようになり最後はとうとう堅気には見えない連中につかまってしまった。
私は車に乗せられどこかに連れていかれた。海外で一生働かされるのか。それとも臓器を取られてしまうのか。そんなことを考えぶるぶると震えたがポケットの中に隠していた最後の一枚の幸せシールをこっそりと貼って現実から逃避した。
なぁに何とかなる、私は愛されている、この世から祝福されているのだと多幸感に包まれながらニヤニヤとすると、私が逃げぬように両端に座る一人の男がそんな姿を見て鼻で笑った。
しばらくして、ついた先は工場だった。なるほどここで私は働かされるのだなと少し安堵した。中からは聞きなじみのある空気の抜ける音が時折聞こえる。
しばらく工場内で待たされると、歯の抜けた清潔感のない初老の男が入ってきた。見た目とは裏腹に私を連れてきた黒服たちはその男に対して礼儀正しく気を使って接していた。
その男は工場長と呼ばれ私の経歴が書かれた紙をじっと見るとニヤリと口角を上げて
「300枚分ぐらいはできるかな」
と、語った。いったい何の話か分からず幸せのシールの効果が切れてきた私は少し怖くなった。自分が何をされるのか気になり聞くと男はまたにやりと笑いながら
「コーラからはコーラの味がするシールが作れる。美容液からは肌が美しくなるシールが作れる」
「人が幸せになれる『幸せシール』は何から作られるんだろうな」
そういって笑った。工場内では聞き覚えのある『プシュー』と、空気の抜ける音が不気味に響いていた。
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