悪役らしく攻略させて頂きます
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王立魔法学園の昼下がり。廊下ですれ違ったフローラが転倒したのを見た私は、無様に転がる彼女に対して嘲笑を浴びせかけた。
「あら失礼、足が当たったかしら?まさか子爵令嬢に過ぎない貴方が、私のすぐ横を素通りするとは思いませんでしたわ。怪我はありませんこと?」
「う、うう……」
「ジュリエッタ!」
あら、もういらしたわ。麗しの婚約者様であらせられる、オーブリー・フォン・ベトレア第一王子殿下その人が。流石に機敏ですわね。
「ジュリエッタ!これ以上露悪的に振舞うんじゃない!君のやっていることはただのいじめにしか見えないぞ!」
「あら殿下。下級貴族を躾けていただけですわ。なにか問題でもありまして?」
矛盾した言葉ですこと。婚約者である私がこんな悪し様に振舞えば、当然殿下の名に傷が付きかねませんのに。正義感の強いこの人なら怒るに決まってますわ。
「もういい、これ以上醜態をさらす前に消えろ!」
「ええ、私もそこのボロ雑巾を眺めているのにも飽きたところですわ。では、ごきげんよう」
ボロ雑巾というよりカカシかしらね。私みたいな小悪人から突かれるわ、転んだら立ち上がれないわ、散々だもの。
「ボロ雑巾だと……!?その言葉を訂正しろ!!おい、ジュリエッタ!!」
「あ、あの!私は大丈夫です。ありがとうございます、オーブリー様」
「フローラ……」
殿下の刺々しいお言葉と、歯が溶けそうな甘いやり取りを無視して、軽やかな足取りを気取って階段を下りていく。これで一つ、イベントフラグとやらを回収できたことになるのかしら?
制服のポケットから、小さな手帳を取り出して中を確認する。10月4日……廊下ですれ違いざまに、悪役令嬢ジュリエッタ・カルパンティエから足をかけられて転倒し、王子に救われて好感度アップイベントをこなす。その際に悪役令嬢は、殿下に対し下級貴族を躾けただけだと言ってのける……今ので間違いないわね。
「さて……次は、と」
その手帳の表紙には、あの女の字で"攻略手帳"と書かれている。
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『お嬢様、お嬢様。オーブリー様がいらっしゃいましたよ』
『え?……うん』
殿下と私の婚約が決まったのは、お互いに10歳になった頃。恋に恋するような年頃で、庭師見習いの男の子の事が気になってきた頃に、私と殿下は出会った。
『こんにちは、オーブリー・フォン・ベトレアです』
『……』
『お嬢様』
『え?あ、はい。はじめまして、ジュリエッタ・カルパンティエです』
あれは一目惚れ、というやつだったのだろうか。人形のような顔立ちと、空を思わせる青い髪、そして海のような青い瞳。全てが私好みの形をしていて、逆にこの男の子と本当に結婚するのだろうかという、違和感にも似た現実味の無さを感じていた。人は完璧すぎるものを目にすると、無意識に自分のものではないとして遠ざけてしまうらしい。私の場合、殿下がそれだったような気がする。
『剣と魔法の両方をつかえるのですか?』
『はい。おうぞくたるもの、どちらにも秀でるべしと父上から教わりましたので』
『お休みの日はなにを?』
『読書と、政務のおてつだいです。はんこが押されてるかの確認くらいしかさせてもらえませんけどね』
私から見た殿下はどこまでも完璧だった。国を守るために学ぶべきものを学び、そこに不満を持っていない。私は今日まで、公爵令嬢として恥ずかしくないように、ただ真面目に歴史や作法、好きな植物の勉強を続けてきただけだったのに。
『あの花は見たことないですね。ジュリーが植えたのですか?』
『はい。ハートエイクと呼ばれる毒草です』
『毒草……ですか?』
『そのまま使えば毒ですが、調合次第では筋弛緩剤に転用できる薬草でもあります。好きなのです、毒の中から薬となるものを見出すのが』
『知らなかった……ジュリーは本当に博識ですね!きっとおうぞくの僕よりいっぱい勉強してるのでしょう!すごいですよ、尊敬します!』
唯一殿下と並び立てる領域。それが、私にとってはお勉強だった。だからたくさん勉強した。植物の事もそうだし、魔法の事も、政治の事も。お勉強だけでは足りないとわかったら、お茶会に出た際に駆け引きについても実習した。
勉強して、勉強して、勉強して。
ただその一点だけでも、殿下のお隣に立つのにふさわしい人間になろうとしてきた。
『ジュリー。僕は君と結婚できることが本当に誇らしい』
『失礼な申し上げようかもしれませんが、私もです、殿下』
殿下が困った時はすぐに助言が出来るように。
『僕らはきっといい夫婦になれるよ』
お互いにお互いを支え合えるように。
自分は王妃様になるのだから、そうするのが当たり前だと信じてきた。
その信念を破壊したのは、たった一冊の手帳だった。
殿下と出会ってから5年後、私と殿下は同じ学園に通い、卒業後には結婚することを誓い合っていた。交際の方はどこかぎこちなく、順調とは言えないやや淡白なものだったけど、大きな問題も無かったと思う。少なくともこの日までは、そう信じていた。
「あら?ねえ、落としましたわよ?」
その手帳を手に入れたのは、入学してから2か月ほど経ってからのこと。殿下と教室が別になった私は、たまたまお手洗いから教室へ戻ってくる時に、あの子が落とした手帳を廊下で拾い上げた。しかし新入生同士のおしゃべりに夢中だった彼女は全く気付くこともなく、殿下と同じ教室へ入っていく。
「困りましたわね。もう時間もないし、次の休み時間に届けるようかしら。名前は確か……ん?攻略手帳……?」
少々拙い文字でそう書かれていた手帳には名前が無かった。無作法かなと思いつつ、表紙の裏側に書いてあることを期待して中身を開く。
しかし1ページ目に書かれている内容で完全に固まってしまった。
私の情報が赤裸々に書かれている。誰にも、それこそ殿下にも話したことのない秘密も、公爵家の秘密に関わることまで、事細かく。プロフィールという名の、調査報告書と言っていい深刻な内容だった。
無作法であることも忘れて、手が震えるままに次のページをめくると、今度は殿下と王家に関する重要機密が書かれていた。そこには「フローラに初恋をする」という残酷な一文の後に、「真面目なばかりで面白味の無いジュリエッタを疎んでおり、婚約破棄を画策している」と書いてある。
創作だと思いたかったが、希望的観測を抱こうとした自分自身を、王妃教育で培ってきた実利主義的な政治感覚が叱咤した。もしもこれが創作ではないとしたら、かなり内心に踏み込む形で調査を進めていることになる。現実的な脅威を無視することは出来ない。
「……ああ見えて敵国の間者なのかしら」
現在ベトレア王国では、この大陸においては貴重な天然ガスの輸出によって財政が成り立っている。魔法絶対主義を掲げ、それ以外のエネルギー資源を極端に軽視するアンスラン王国のような国は例外として、周辺諸国にとって我が国の天然ガス資源は垂涎の的だ。留学生を装った間者を学園に送り、王族に取り入ろうとする輩は少なからずいる。だが……。
「それはありえませんわね」
ベトレア王国も馬鹿ではない。留学生に対する許可証の発行には極めて厳しい審査を設けており、細部にわたる身元証明を経た上での一時留学しか認めていない。
それほどまでにこの国の天然資源に対する囲い込みが厳重である中、こんな機密情報がたっぷりと書かれた手帳をうっかり落とすような女子生徒が間者である可能性は極めて低いだろう。これ一冊を入国管理局に提出してしまえば、それでアウトなのだから。
「じゃあわざと私の前で落としたのかしら?……ううん、やる意味がありませんわね。となると、あくまで自分の為に調べて持ち歩いていたってことかしら。それも、ちょっと普通では考えられないことだけど……」
だが、今はそれしか考えられない。詳しい目的を知るためには、手帳の中をさらに点検しなくてはならないだろう。本来なら人の手帳を覗き見るのはマナー違反だが、それが機密情報の塊ともなると話は別だ。
手帳をさらにめくると、複数の男子生徒に関する情報が書かれていた。好みの服、好みの女性像、好みの話題。そして調査結果の先にあるのは……予言だった。
【10月4日……廊下ですれ違いざまに、悪役令嬢ジュリエッタから足をかけられて転倒し、王子に救われて好感度アップイベントをこなす。その際に悪役令嬢は、殿下に対し下級貴族を躾けただけだと言ってのけるので、その後王子に対して「気にしていない」と苦笑いを浮かべればフラグが立つ】
書いてあることの半分は意味が分からなかったが、最後のページに書かれていた一文だけは理解できた。
【全てのフラグを立てれば、真実の愛を見出した王子と無事結ばれ、卒業パーティーで婚約破棄イベントが起こる。悪役令嬢ジュリエッタは破滅し、国外追放される】
もしや、これが目的なのか。次期王妃候補である私を破滅させ、自らは殿下と結ばれることが、最終目的だと?
「愚かな女ね……こんな予言書に従って王妃の座を奪おうとしても、私に指摘されない程度の教養がなくては、愛妾扱いが精々でしょうに」
だが、この予言は少し気になる。自分の性格を思えばありえない話ではなかったからだ。確かにこの通りに彼女が動けば、私は彼女の至らなさを指導し続ける中で苛立ちと嫉妬、やがては憎悪を抱き、過激な苛めへと発展する気がしないでもない。そこに殿下の正義感も加味すれば、ありえない展開とも言い切れなかった。
「もしこれが本当に予言書であれば……これはチャンスかもしれませんわ」
殿下が私を疎んでいて、婚約破棄を画策しているのが事実だとしたら、むしろその通りにして差し上げるのもありかもしれない。私は王妃に相応しい伴侶とは言えないから。
たまたま有力な公爵家に生まれて、たまたま私以外に女子が居なくて、たまたま王妃教育を覚えるだけの記憶力があっただけ。しかしどこまでも利己的に考える私には、王妃になる上での適性が無い。
責任放棄を現実的な未来として見据えた今でさえ、苦労するかもしれないベトレア国民の未来に対して胸が痛まない私に、王妃となる資格などあるはずがないのだ。これはある意味天啓だろう。
「ふふふっ……そういう事なら、この台本通りに踊ってみるのも面白そうですわね」
国外追放されると分かっているなら、事前にやれることは多い。たっぷりと準備してから追放されましょう。資産を外に逃がしておけば、貧乏暮らしとは無縁でいられるでしょうし。
「貴方が予言する一世一代の茶番劇、精々楽しませて頂きますわよ」
私は久しぶりにウキウキした気分を味わっていた。ずっと王妃となるべくお勉強を続けてきた私だが、一度でいいからやってみたかったのだ。
悪役ってやつを。
「な、なんですか、お話って……」
下校時間になってすぐ、私は手帳を落とした女子生徒……フローラさんを呼び出した。ここは校舎裏になっていて、下校時間になると誰も通らない。秘密のお話をするならここが一番だ。
初対面なのにこの怖がりよう……私が悪役令嬢なる役割であることを知っているからですわね。
「これ、貴方の手帳ですわね?」
「あっ!?」
あら、わかりやすい反応。分かっていたけど、まずは黒で確定ね。
「実に興味深い内容ですわねぇ?公爵家や王家の秘密や、重要機密に通じているのみならず、予言みたいな物語まで書かれているなんて。まるで未来が見えているみたいですわ」
蒼褪めている所をみるに、やはり底の浅い欲求で動いていただけで、敵国との関係は無さそうだ。
「そ、それは……ち、違うんです!それは私の妄想で!」
「妄想の産物であっても、公爵家と王家の秘密が諸々書かれてしまっている事に違いはありませんし、書かれている事が細かすぎて信ぴょう性が高すぎますわ。これを敵国のスパイが拾い上げたらどうなると思っていますの?もしも私がこのまま王国に提出すれば、貴方と家はとっても面白いことになりますわよ?ふふふっ」
「そんな!?」
いや、そんなって……言い方はわざとアレにしましたけど、言った内容としては常識の範囲内よ?むしろ黙って憲兵や王家に提出しなかっただけ良心的だと思ってほしいくらいですわね。……なんて論法は、脅迫する側や詐欺師の理論なんでしょうけども。
「安心なさい、そんな卑劣な真似はしませんわ。私は貴方の味方よ」
「どういう意味ですか……?」
「貴方の台本に乗ってあげようって言ってますの。貴方が王妃に成り替わろうとしているのとは逆に、私はむしろ王妃になりたくないの。ましてや好かれてもいない相手との政略結婚だなんて真っ平ですわ」
とりあえずこういう時は本音を隠さずに全部吐いておくに限る。相手に信用してもらうには、自分の手札もある程度見せておかないとね。
「嘘……!?い、いいんですか?でも、ジュリエッタ様がご婚約されたのだって幼少の頃からですよね?ずっと王妃教育も頑張ってらしたでしょうし、殿下のことも少なからず、お慕いしているんじゃ……」
…………やはりこの小娘、妙に詳しすぎますわ。特に人の内面に対して、どこかで透かし見てきたかのよう。でもこれはある意味好都合。調査能力にせよ観察力にせよ、人の内面を正確に推し量れる能力があるなら、王妃になった後の政治闘争でもご活躍いただけることでしょうから。物は考えよう――
『知らなかった……ジュリーは本当に博識ですね!きっとおうぞくの僕よりいっぱい勉強してるのでしょう!すごいですよ、尊敬します!』
…………幼き日の殿下の笑顔が、何故今になって浮かぶのかしら。別にそっちはどうなったって良いでしょう?私の事を疎ましく感じている殿下のことなんて。
無意識にだろうが、左手にいらぬ力が込められていた。
「それを貴方が言うの?いい度胸ですわね」
「あ……い、いえ!ただ……」
「確認するわ。これは予言なのよね?この通りに動けば、殿下は私との婚約を破棄して、国外に追放する。間違いないわね?」
「…………予言と言えるかは、わかりませんが……それに近いものです。未来の一つといいますか」
あらいけない、つい語気が強くなってしまったわ。大事な交渉なのだから、お互いにリラックスしないと。笑顔笑顔。
「よろしいですわ。とにかくこの手帳は今日一日私が預かります」
「何に使うんですか?」
「写させてもらうだけよ、物語の部分だけね。写しそこねがあるといけないから、悪いけど原本は私に譲って頂戴ね。それと悪いですけど、機密情報に関わる部分は焼却させて貰いますわ。貴方も国家転覆容疑で一族郎党処刑なんて御免ですものね?」
「は、はい!お手数をおかけして申し訳ありません!」
「結構。今日から貴方と私は共犯者よ」
共犯者という言葉を何度も呟くフローラからは、イマイチ覚悟が感じられない。だがこの子の覚悟など関係ない。
「それとこれは単に老婆心から言わせてもらいますけど、良い子ぶるのは今日までになさい。貴方はもう良い子ではいられないわ。私を破滅させようとしてこの手帳を作った事実は消えないのですから」
「……!!」
手帳を落とした時点で貴方は詰んでいますのよ、うっかりさん。
「それじゃ、ごきげんよう。また明日ね?」
せっかくこちらから挨拶をしたというのに、フローラは俯いたまま何も返さなかった。まあいい、長々とお返しのご挨拶を貰うより、今は少しでも早く殿下の馬車に乗りこまないといけない。公爵邸まで送り届けて頂くのは私達の日課みたいなものだから。
「お待たせいたしました、殿下」
「そうでもないよ、ジュリー。さあ、帰ろうよ」
いつもより遅く馬車に乗り込む私を、殿下はいつも通り温和な笑顔で迎え入れてくれた。そういえば、この人が私を裏切ったことなど、これまで一度も無かった。それが何を間違えたら、私を疎むことになるのだろう。
「殿下。今日は一つお話がございます」
「うん?なんだろうか、ジュリー」
優しい笑顔ですこと。この人が私との婚約破棄を画策しているなどと、俄には信じられないわね。
「ジュリー?」
いつから私は、疎まれ始めていたんだろうか。この笑顔の裏で、私に対して鬱陶しいと感じていただなんて。本当に王族って生き物は残酷で、狡猾だわ。
「どうしたんだい、なんだか顔色が悪いよ」
「失礼しました。殿下、一つお聞きいたします」
「なんだい?」
「私の事が疎ましいのですよね?真面目で、面白くないから」
カタカタと揺れる車輪の音だけが、やけに大きく聞こえる。恐らく停車していれば、顔色を急変させて呼吸を乱している殿下の心音が聞こえてきたことだろう。
「…………そ、れを……どこで?」
ようやく絞り出された声は、喉が言う事を聞かないのか掠れきってきた。
「婚約破棄をお望みであられる」
「……っ!」
「そして今は同じクラスのフローラという子爵令嬢に恋をされている。それも初恋……私には感じなかったトキメキを感じておられる」
顔色を七色に変化させつつも、殿下は何も言わない。いや、何も言えないのかも知れない。内面を暴露されたばかりか、それを一番知られたくないであろう婚約者に知られていたのだから無理もない。だけど無駄な心労だ。いずれは自分から暴露するのだから、堂々としていればいい。
「まあ、私にはあの小娘をお慕いになる気持ちは全く理解できませんが。もしそのお気持ちが本物なら、どうぞ成就なさいませ。その代わり、お約束して頂きたいのです」
「や……約束とは……?」
「私は学園生活で彼女の不出来を理由に虐げますので、どうぞ王子様らしくお救いください。殿下は悲劇のヒロインを助ける王子様という筋書きですわ。そして卒業パーティーで私を断罪して、婚約破棄の後に国外追放を宣言して頂きたいのです」
「そんなッ!?」
殿下が大きな物音を立てて腰を上げたものだから、外で護衛する騎士からどうしたのかと声を掛けられてしまった。どうにか騎士に何でもないことを伝え、話を続ける。
「何もそこまでする必要は無かろう……!?」
「そう思うなら無視しても構いませんが、私には不出来を叱らない理由もありません。まして私は公爵令嬢……王族である殿下が無視してしまえば、あの小娘は誰からも救われないままでしょうね。周囲へ私の悪評だけが流れ出て、王妃に相応しくないとの機運が高まっていく。王子らしく、正義感を見せた方がお得だと思いますわよ」
とはいえ実際は彼女を虐げること自体には興味は無い。王妃教育を受けてこなかった彼女に対し、マナー面で口頭教育を施す程度のものだ。実際、あの手帳に書かれていた内容も概ね正論しか書かれていなかった。少々台本からずれるだろうが、多少アレンジを加える程度なら問題はあるまい。
「そ……そんな……脅迫のつもりか!?嘘だと言ってくれ、君はそんな人じゃないだろう!?」
「脅迫ではありませんわ。何もしなければ誰も得しないというだけのお話です。それとも、やはりフローラさんの損は殿下の損という訳ですか」
「そんな、つもりでは」
……少し言い過ぎたかしら。駄目ね、私もどうやら感情的になっているみたいだわ。でも、どうして感情的になっているのかしら。
「言葉が過ぎたようですので、撤回させて頂きます。ですが殿下、私は元々利己的で、王妃には相応しくない人間です。殿下を不必要に狼狽させている時点で、伴侶としても相応しくありません。どうぞ心置きなく恋に生き、私のことなど忘れてくださいまし」
「どうしてそんなことを言うんだ……っ!あの日だって、僕を好きだと言ってくれたじゃないか!」
ああ、幼い頃に言ったことがありましたわね。でもそれはお人形のようだったオーブリー様に対してですわ。
「今は嫌いです」
「なっ!?」
「まだわかりませんか?浮気者を好ましいと思えるほどお人よしではないと言っているのですよ。それに私は政略の中でも純粋に恋愛をしたい質ですから」
「ッ!?」
「それでも身を引くばかりか、円満に破滅をした上で、婚約者を初恋相手と結ばせて差し上げようと言うのです。これ一つでも十分過ぎる程お人よしだと思いますわ。違いまして?」
殿下の顔は青を超えて白くなっている。図星を突かれた人間は、剣で貫かれた時と同じかそれ以上の痛みを感じると聞いたことがある。私は殿下に対して、一体何本の剣を刺しているのだろうか。
「ジュリー……」
「屋敷に着きましたわね。ありがとうございました。では殿下、ごきげんよう。明日からは送迎も不要ですわ。誤って仲良しと思われては、婚約破棄に際し不自然になりますから」
それに何故刺されていないはずの私の胸まで痛むのやら。理解不能ですわね。
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ジュリエッタを公爵邸まで送った後、僕は彼女の顔と言葉をずっと思い返し続けていた。あれは僕が最近感じていた、彼女に対する負の感情を暴露するものだった。まさか、彼女に全部バレていたとは。
それに彼女の言う通り、僕は何も知らなかった。まさか、あのジュリエッタが――
「……王妃に相応しくないと、思っていたなんて。君が王妃に相応しくないなら、一体誰が相応しいと言えるんだろうな」
つくづく真面目な娘だとは、昔から思っていた。同時に彼女は大人たちの期待から外れたことは一度も無かった。知識を求められれば人一倍勉強し、知己が必要ならば相手の事を調べ上げた上で歓待する。同年齢とは思えないほど成熟した精神と、王妃教育によってますます磨かれていく彼女は、未だ未熟な自分との対比になっているかのような錯覚を覚えるほどだった。
若くして王妃であろうとする彼女は、あまりにも輝かしく、気高く、そして遠すぎた。
結婚する相手が自分でなくても、きっとあの子は夫を盛り立てながら、どんな貧家でも支えてみせてしまうのだろう。転じて僕がこの美しい少女と結ばれるに値する理由など、王族である以上には存在しない。人よりも勉強をしてきたと思うし、鍛錬も積んできたつもりだが、彼女の夫でなくてはならない理由が無い。
どうして彼女と結婚するのか何度考えても、いや考えれば考えるほど分からなくなった。いつしかジュリーとの結婚が憂鬱になっていた。
こんな劣等感を感じるだけの婚約など無くなってしまえばいい。僕に相応しい女性は、僕と支え合える女性だ。独りで立てる女性ではない。そんな風に考えていた時に学園で出会ったのが、あのフローラだった。
勉強はあまり得意そうに見えないのに、不思議と小テストでは満点を取る。笑顔が可愛らしく、未成熟な部分こそ多々見えるが、所々で大人っぽい顔を見せる。運動神経はあまりよくなくていつも転びそうになっているのに、魔法の行使だけは誰よりも上手い。そのアンバランスさが僕の庇護欲を刺激して、放っておけない気分にさせられた。
彼女から目が離せない。彼女を見ていると心が弾む。そして送迎でジュリーと一緒にいる度に、フローラとの時間と比較してしまい、より強い劣等感を刺激させられた。
あの辛く憂鬱な送迎の時間から解放される。願っても無いことに思えた。だが……。
「本当にこれでいいのか?僕は何か、取り返しのつかないものを失いつつあるんじゃないのか……?」
確信にも似た疑問は、いつまでも焦げ付くように僕の胸に残り続けた。
ジュリーはその日から宣言通り、フローラに対して一際厳しい態度を取り始めた。初めは小さな小言から始まったそれは、一日を終えて、月を跨ぐたびに過激になっていく。
【6月24日。悪役令嬢は急に主人公を呼び止め、挨拶の声が小さい事を、上級生も見ている前で堂々と大きな声で指摘して嗤う。それを見た第一王子が仲裁に入り、ジュリエッタを注意する。主人公は笑顔で耐える】
「フローラさん、挨拶が小さすぎますわ!私は貴方よりも遥か高みにいる公爵令嬢なのよ!?もっと大きな声で言いなさいな!!」
「申し訳ありません!おはようございます、ジュリエッタ様!」
「よ、よさないかジュリエッタ!朝の挨拶の声量一つで、そうも悪し様に責める必要はなかろう!」
僕の耳を可憐にくすぐるはずの声が、とにかく歯痒くて仕方ない。フローラの声は確かにやや小さいが、聞こえない程ではないではないか。だが……ジュリーの言うことにも一理ある。学園ならまだしも、王城ほど広い場所ではこの声量では聞こえないだろう。ましてや屋外では尚更だ。
他に何を言えばいいのかわからず、臍を嚙んだ。気まずそうなフローラに対し、ジュリエッタだけが楽しげに笑っている。左手を強く握りしめながら。
【8月12日。悪役令嬢はわざわざ主人公を公爵邸まで呼び寄せて、学園での不出来を挙げては叱責する。主人公は無言でこれを聞き、反論せずに耐える。後日、ジュリエッタが第一王子から庭で叱責されているのを偶然、公爵邸の外から聞く】
「ジュリエッタ!何も学園の外で彼女を責める必要はあるまい!?どうしてそこまでするんだ!」
「マナーの特訓をして差し上げたまでですわ。子爵家だからといって、行儀が悪くていい理由にはなりませんでしょう?事実彼女の礼儀作法はあまりにも未熟すぎますわ」
一切悪びれる様子の無いジュリーに対して言葉を重ねようとするが、ふとその先に小さな人影が歩き去っていくのが見えた。もしや、今のやり取りを見ていたのだろうか。
「今のはフローラ……?ジュリー、君が呼んでいたのか?」
「いえ、違いますわ。これは盗み聞きした件についても後日指導が必要ですわね」
「たまたま通り過ぎただけかもしれないじゃないか!」
「偶然じゃない可能性をまず指摘したのは殿下ですわよ?」
悠然と紅茶を飲む彼女は、左手を除けばリラックスしているようにしか見えない。演技には見えないが、少々出来過ぎている気がする。今の邂逅は運命的なものなのか?それとも……?
【10月4日……廊下ですれ違いざまに、悪役令嬢ジュリエッタ・カルパンティエから足をかけられて転倒し、王子に救われて好感度アップイベントをこなす。その際に悪役令嬢は、殿下に対し下級貴族を躾けただけだと言ってのける】
目の前でフローラが転倒した。だが明らかにあれは一人で足をもつれさせて転んだだけで、ジュリーは偶々近くにいただけに過ぎない。そうとしか見えなかったのに。
「あら失礼、足が当たったかしら?まさか子爵令嬢に過ぎない貴方が、私のすぐ横を素通りするとは思いませんでしたわ。怪我はありませんこと?」
ジュリーはまるで自分が転倒させたかのように振舞っていた。事実そう誤解した周囲の人間が、ヒソヒソと噂話を始めている。このままでは、本当に彼女の悪評が広まるばかりではないか。
「ジュリエッタ!」
気付いた時には声を上げていた。言葉を選ぶ余裕など無い。焦燥感に駆られるまま、彼女を止める事だけを思い、大声を張り上げる。
「ジュリエッタ!これ以上露悪的に振舞うんじゃない!君のやっていることはただのいじめにしか見えないぞ!」
焦りからか、それとも拭い切れぬ劣等感からか、どうしても強い言葉を選んでしまう。どうしてもっと気の利いた言い回しが出来ないのだ。これではまるで、彼女が本当に虐めを行っていると宣伝しているようなものではないか。なんとか彼女を悪者にせぬよう、言葉を重ねて補強しなければならない。
だが、彼女はそんな隙すら与えてはくれなかった。まるで言質は取ったと言わんばかりに、僕の言葉を悪意に取って嘲笑の形で返してくる。
「あら殿下。下級貴族を躾けていただけですわ。なにか問題でもありまして?」
カッとなった僕は、もうジュリーをまともに見ていることすら出来なくなった。彼女の左手が強い力で握られていることにも気付かないまま、とにかくこの場から彼女を離れさせようと叫ぶ。
「もういい、これ以上醜態をさらす前に消えろ!」
違う。こんな言葉を吐きたいわけじゃない。これ以上君が、周囲の人間から軽蔑されているのを見たくないだけなんだ。それだけなのに。
心の底にこびりついた卑屈な性格と、初恋のフローラが虐げられていることのストレスが、僕から冷静さを奪い去っていた。明らかに僕は狂っている。辛うじて残っていた冷静な部分が、僕を責め立てた。
「ええ、私もそこのボロ雑巾を眺めているのにも飽きたところですわ。では、ごきげんよう」
「ボロ雑巾だと……!?その言葉を訂正しろ!!おい、ジュリエッタ!!」
もはや否定することが出来ない。これ以上彼女が傷付くのを、僕は見ていられないんだ。だが彼女の心を裏切った僕がいくら取り繕うとも、彼女の心には絶対に届かないだろう。
「あ、あの!私は大丈夫です。ありがとうございます、オーブリー様」
「フローラ……」
フローラを見ているといつも感じられた胸の高鳴りが、今は焦燥感と喪失感に対する不安によって痛みすら伴っている。僕は一体、どうしたいんだ。ジュリーを裏切って、婚約破棄をして、フローラへの恋心を選び取った先で、本当にこれで良かったと満足することが出来るのか?
真実の愛がフローラとの間にあると、胸を張って言う事が出来るのか?
【11月12日。ジュリエッタの誕生日である。第一王子はジュリエッタに対して野花を投げ渡し、「悪に染まりつつある君には野花がお似合いだ!」と叫ぶ】
今日はジュリエッタの誕生日だ。だが、何をすればいいのか分からない。去年は確か、花を贈った。だが、今年はどうすればいい?何をすれば喜ぶ?
そもそも裏切り者である僕が、彼女の誕生日を祝う資格などあるのだろうか。
「何の用ですか?殿下。またあの子爵令嬢に関して、物申すおつもりですか」
「……君は……っ」
言葉に詰まる。あそこまで悪し様に責める理由が、フローラにあるとは思えない。だがジュリーが言わんとするところも、ここ数ヶ月ずっと見ていれば流石の僕にも理解できる。僕がフローラに感じる庇護欲とは、護らないといけないという使命感からだ。それはすなわち貴族として彼女が弱いからに他ならない。
これから先、王妃として生きていくことを考えれば、そしてこれからの王妃教育のことを思えば、むしろジュリーの指摘など生優しい指導だ。
では彼女が貴族として弱い存在ではなくなったら、何が残る?守ってやらなくてもいいほどの立派な淑女となった時、僕はフローラに対して恋心を抱き続けることが出来るのだろうか。フローラがジュリーのような立派な王妃候補になった時、疎ましいと感じることなく愛することが出来るのか?
そもそもそんなことで失われる気持ちが、本当に恋なのか?僕の初恋は、本当にフローラだったのか?フローラに対する胸の高鳴りよりももっと穏やかで、だけども何年経っても劣化しない温かなものが、もっと身近にあったんじゃないのか?
お前は承認欲求をただ満たしてくれる存在を求めていただけなんじゃないのか?オーブリー・フォン・ベトレア……!
花を握る右手に、痛みを感じるほどの力がこもった。もう僕にジュリーを非難する資格など無い。僕にこれを渡す資格も、既に失われているのではないのか。
「どうぞ?」
僕にだけ聞こえる声で、艶やかな笑みを浮かべた彼女が囁く。嘲笑とも受け取れる曖昧な笑みが、僕に何かを決意させてくれたような気がした。
「……誕生日おめでとう。こんな野花しか用意出来なくてすまないが、受け取ってくれ」
それだけ言って、僕は足早に教室を去った。あそこで踏み留まらないと、きっと一生後悔するような予感があった。婚約者である僕が、超えてはいけない最大の一線があるとするなら、彼女を婚約者として認めないことだろう。婚約を破棄するにしても、恋に決着をつけるにしても、僕が彼女の婚約者であるという現実を捨て去る訳にはいかないんだ。
教室に残された生徒たちはヒソヒソと僕らの関係を噂し、廊下にいたフローラが憂いの表情を浮かべていたのが目の端で確認できた。
--------
「ジュリエッタ様……殿下まで……」
教室の外からその様子を眺めていた私は、台本から外れた殿下の様子に呆然としてしまった。殿下は迷っている。ジュリエッタ様の所業が、ただ悪意のためではないことに気付いて、このままではいけないと考え直しているんだ。
攻略手帳……あれは私の中に残っていた前世の記憶を元にして書いた攻略本だ。他にも何か思い出せないかと思い手帳にまとめ、思い出した時にすぐに追記できるように持ち歩いていた。子爵令嬢に過ぎない私でも、あの攻略情報に従えば王妃様になれる。半分以上本気にしないまま、冗談半分で実行してみようと思っていた攻略情報が、まさかこんなことになるなんて。
「あの花……マーガレットよね?確か花言葉は、真実の愛、君を忘れない、だったはず」
このゲームでは、最後に真実の愛を私に見出し悪役令嬢を断罪するというのに。本当にこれは、ハッピーエンドに向けて攻略が進んでいるのだろうか?
どうしてあんな手帳を持ち歩いてしまったのだろうかという深い後悔で動けなくなっていた中、ジュリエッタ様が私に気付いて声を掛けてきた。
「フローラさん」
「は、はい!」
「これ、花瓶にでも刺して教室に飾っておいて頂戴。それと、放課後に少し話をしましょう」
打ち合わせが必要ですわ。ジュリエッタ様の淡白な言葉が、何よりも私の胸を抉るようだった。
いつもの校舎裏で、腕を組んだジュリエッタ様と向かい合って立つ。この打ち合わせも何度目になるだろうか。これまでは攻略ルートの上を走れているかどうかの確認だったが……。
「まず、本題に入る前に」
「はい……」
「本当によく頑張ってるわね」
一瞬、本当に何を言われているのかわからなかった。褒められたのか?ジュリエッタ様に?ど、どうして?
「意味が、よく……」
「王妃教育のことよ。いえ、正確には予備教育とでも言うべきかしら。私の叱責なんてほぼ演技みたいなものなのに、ちゃんと要求に応えようと努力をしているじゃない。声も最近はマシになってきたし、食べ方や言葉の選び方も良くなってきた。公爵邸での勉強も、私よりも覚えが早い気がするし。大したものだわ」
手放しの賞賛をされた記憶なんて、前世を含めても数えるほどしかない気がする。私はいつだって中途半端だった。前世の攻略情報があるからテストの答えは覚えていたけど、その答えがどうやって導き出せるのかまでは理解しているとは言い難い。
それでもジュリエッタ様が私の為に時間を割いてくださっていることだけは理解できたから、必死になって勉強した。すごく厳しかったけど、褒めるところは褒めてくれた。きっとこの人は、本気で私を王妃にするつもりなんだと思ったから。ジュリエッタ様には及ばなくとも、殿下を支えるに足るだけの存在にしようと、押し上げてくれているのが伝わってきたから。
「それにしても……まさか殿下があそこで私を責め立てないのは意外でしたわ。攻略手帳通りに進めば、あそこで決定的なフラグとやらが立つはずでしたのに。来年の誕生日ならそうなるかしら。フローラさんはどう思いまして?」
でも……ジュリエッタ様から直接王妃教育を受けてみて、よくわかった。この人は学園に入るまで、本気で王妃として相応しくあろうと努力を重ねてきたんだ。だからこそゲーム内でのこの人は、人一倍他人に厳しくて、自分にもとても厳しかったんだ。
だからゲームでも国外追放を甘んじて受け入れていたんだろう。
「フローラさん?」
いけない……このままでは、いけない!私の中途半端な気持ちで、お二人の人生を破壊するなんてことがあっちゃいけないんだ!この物語は私だけのものじゃないんだから!
「ジュリエッタ様。私、決めました」
自分の物語の進め方は……自分で決める!
「攻略手帳の事を、殿下にお話しします。これまでのことも全てです」
「なんですって!?」
「だからジュリエッタ様も……もう一度、殿下と向き合ってもらえませんか?きっと殿下もそれを望まれているはずです」
ジュリエッタ様。今の貴方に悪役は似合いません。貴方が演じるべき役割は――
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「フ、フローラ……!?それにジュリー!?」
「殿下……」
「こんにちは、殿下。今日はフローラさんと一緒に馬車で屋敷まで送って頂きたいのですが、よろしいですか?」
学園の裏以外で機密性の高い場所と言えば、殿下がいつも使う馬車くらいしかない。護衛の関係上、殿下に校舎裏まで呼びつけても護衛兵が付いてきてしまうだろうから、秘密の三者面談をするならこの馬車しかなかった。
「……あ、ああ。それは、もちろん構わないが……」
殿下。大変麗しゅうございますわ。私では遠く及ばない程に。
馬車の中を支配するのは、カタカタと鳴る車輪の音だけだ。この音こそが馬車の遮音性を高めてくれているのだが、走行している以上あまり時間も無いだろう。本題から入る必要がある。
「殿下、これをご覧ください。フローラさんが書いたものですわ」
「攻略手帳……?なっ!?こ、これは!?」
機密情報を焼却し、予言だけが残った攻略手帳。その中身を見た殿下は、何も言わずに手帳の中身を凝視していた。そこにはこれまでに行われてきた茶番劇とその顛末、そして結末に至るまでが細かく書かれていた。
「見ての通りですわ。殿下は私達に踊らされていたのです。正確には、より踊りやすくするために、私達が舞台を整えてきたと言うべきでしょうか」
「そんな……だがありえない、この内容はあまりにも正確すぎる!まるで未来を見てきたかのような……ではまさかフローラは!?」
「……予言者、という事にさせてください」
フローラさんは語った。自分には前世の記憶が一部残っていること、その記憶の中に未来の物語が含まれていたこと、前世の記憶を取り戻すために手帳に書き留めてきたが、本気でそれを実行するつもりが無かった事。
私と茶番劇を演じ、傷つく殿下をこれ以上見て耐えられなくなった事も、全て。
「申し訳ありません……!!お二人の仲を裂いたのは、紛れもなく私の記憶と、その手帳です!!どんな罰でもお受けいたします!!」
殿下の表情が曇った。憎悪でも、憤怒でもなく、自分自身に対する義憤と嫌悪。この人が表情をネガティブに歪める時というのは、いつだって自分を責める時だ。
「……いや、フローラは気にしなくていい。君は特に何か悪事を働いた訳ではない。破滅を僕らに知らせようとしなかったのも、未来を不用意に変える危険性を思えば当然の配慮だ。だが……」
「その通り。私は別ですわね。なにせ全て分かってて、殿下と接触する機会も十分にあったというのに、全て放棄して殿下との婚約を破棄しようと暗躍している訳ですから」
左手の力を抜かなくてはならない。でも出来ない。感情をコントロールすることを覚えた後でも、耐えがたいストレスを左手に集中させる甘さだけは、遂に私の身体は捨てることを許してくれなかった。
「ああ、考えてみればこれ一つで十分、婚約破棄の理由付けになりますわね。この場でそれを成し遂げますか?私は構いま――」
「あの!!」
私の言葉をフローラが遮った。彼女が私から主導権を奪おうとするとは思わず、一瞬だが怯んでしまう。そしてその隙を逃すまいとするかのように差し込まれた言葉が、私の仮面にヒビを入れた。
「ジュリエッタ様は、本当はまだ殿下の事をお慕いしているのではありませんか!?」
「……っ!?」
「ジュリー……!?」
殿下が私に釘付けになったのを、努めて無視した。出来ない。まだ殿下の心に正面から向き合うことなど、私には出来かねる。
「馬鹿なことを!私が婚約破棄を希望していることは貴方にもお話ししたでしょうに!」
「じゃあなんでいつも、攻略手帳通りに話を進める時だけ左手に力が入っているのですか!?左手を握りしめてる時にいつも引き攣った笑顔を浮かべるのは何故ですか!?あれはジュリエッタ様が不満を抱えている時の癖ではなかったのですか!?私は予言者だから何でも知っています!もうご自分を偽るのは止めてください!」
くそ、忘れていたつもりでもないが……この娘は私や殿下の内面について、異様なほどに詳しすぎる……!
「貴方の演技が下手だから、それにイラついていただけよ!」
「今も左手を握りしめてますよね?それも私の演技が下手だからですか?違います、演技が下手なのはジュリエッタ様の方です!殿下の方をちゃんと見て話してください!ジュリエッタ様はどうなんですか!?殿下の事を本当はどう思われているのですか!?」
殿下の事を……私がどう思っているか?そんなの、決まっている。私は殿下に相応しくな――
「ジュリー……」
口から出ようとした言葉が、殿下の目を横目にすると消えてしまう。言いたい言葉はそんな立派なことじゃないんだ。もっとシンプルで、感情的で、人が聞けばつまらない一言。
……そうだ。王妃の適性だとか、国民を憂う気持ちが薄いだとか、そんな小難しい大義を問題に思っているんじゃないんだ。
フローラさんに促されるまま、殿下の方に向き直る。両手の力を抜いて、真正面から殿下を見て、深呼吸して。
言いたいことは山ほどある。幼い頃の言葉は嘘だったのか?フローラに対してどうしてもっと本気にならないのか?私に対してマーガレットを贈ったのは何故?
嵐のように渦巻く私の心に、最初に浮かび上がった気持ちは。
「……嘘つき」
「……っ」
「殿下の……嘘つき……!」
恋慕を裏切られた事への、怒りと悲しみだった。
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馬車の小窓からこぼれ出る夕暮れは、ジュリーの涙を隠すどころか、茜色の輝きをもたらした。
「私の事……ほめてくださっていたのに……っ!」
そうだ、僕は確かに彼女を褒めた。
真面目であること。勉強が出来る事。
他にも王妃らしさを身に付けていく彼女の事を。
何度も、何度も。
「王妃に相応しいって……っ!いっぱい頑張ってて偉いって、言ってくださったのに……っ!」
確かに言った。僕の妻に相応しいと。
君と婚約出来て良かったと、確かに幼い頃に言った。
そして愚かな僕は、この時になってようやくわかった。
彼女は大人たちの期待を叶えてきたんじゃない。
「殿下……!!殿下が褒めてくれたから、私はずっと頑張ってこれましたのに……っ!!頑張った私を嫌うなんて、そんなの……あんまりじゃありませんか、殿下……っ!!」
僕の気持ちに応えるためだけに、彼女は頑張ってきたんだ。それを僕は勝手に羨んで、妬んで、いつしか彼女を通して自分を見ることが不快で仕方なくなっていたんだ。
彼女が虚勢を張る僕を尊敬するのが、耐え難いほどに恥ずかしかったから。
「……ごめん、ジュリー。そしてフローラも。僕は、どうやら間違えてしまったらしい」
彼女の本音を受け止めることが、自分の気持ちを伝えることが、こんなにも辛いことだなんて知らなかった。王としての器だとか、王子としての矜持だとか、そんなものが些末なものに思えるほどに、彼女と向き合う試練はあまりにも重く、痛みを伴うものだった。
「僕は君達に甘えていたんだ」
「甘えていた……?」
「ああ。ジュリーはなんでもできる娘だと思っていた。僕よりも勉強が出来て、僕よりも器用で、そして既に王妃としての器量すらも備えているように見えていた。僕から見た君は、あまりにも完璧すぎたんだ。だから……僕は君を妬んだ。君が僕を尊敬の眼差しで見るほど、自分の未熟さが浮き彫りになるようで、辛かった」
僕はあの日から何一つ成長していなかったんじゃないのか?王妃になろうと努力を重ねる彼女の横で、僕は彼女の夫になろうとどれだけの努力を重ねてきたというのだ?
自分のことしか考えてなかったんじゃないか?だとしたら、僕はなんて不誠実で恥知らずな男なのだろう。
「でも、そんなのは甘えだ。努力しない自分に対する言い訳だ。努力する前から庇護できるフローラで自分を慰めて、満たされる気持ちを恋心だと勘違いして……二人を徒に傷付けた」
僕はなんて愚かなのだろう。無条件にジュリーが自分より下であるはずと決めつけて、彼女の努力を軽視して。今の僕が、彼女に相応しい男であるはずが無いじゃないか。
「殿下、違います。私こそ、殿下に裏切られたと思うあまり、フローラさんまで巻き込んで……っ!ごめんなさい、ごめんなさい、フローラさん……殿下……っ!!私がいけないんです!私が!!」
こんなにも彼女を傷付けるような男が、婚約者のままでいていいはずが無い。
「ジュリエッタ様……」
「本当にすまなかった、ジュリー。……君を傷付けてばかりだったが、せめて君の望みを、一つ叶えさせてくれ」
「殿下!?待ってください、ジュリエッタ様は――」
「卒業パーティーで、君との婚約を破棄することを宣言しよう。フローラと君に対する、せめてものけじめとして。……今まで、本当にすまなかったね」
「で……殿、下……」
目を見開いて、夕暮れの残滓を瞳に映す彼女が見出したのは、情けない僕の姿だったのか。それとも、望みが叶った先の未来だったのか。
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一体いつの間に自分の部屋に戻ってきていたのだろう。殿下とフローラさんとの秘密会議を終えた私は、呆然としたまま自分のベッドに座り込んでいた。時計を見ると随分遅くなっている。夕食も食べずに、ただ茫然としていたのか。
婚約破棄。私が望んでいた成果。そして私が心から望まなかった未来。お互いの気持ちを打ち明け合って、やっとやり直せると思ったのに。
「こんなのあんまりですわ、殿下……っ!やっと……殿下と正直な気持ちで話し合えたというのに……!!」
この涙が枯れるのはいつになることだろう。
「――ジュリエッタ。少し良いか?」
控えめなノック音が私を現実へと引き戻した。
「……お父様ですか?」
「ああ。お前宛に小包が届いているよ」
送り主の名前は書いてないが、こっそりと結ばれている青いリボンは王室のもので間違いない。……もしや殿下?
そんな、プレゼントなんてありえない。私は殿下から別れを告げられたのだ。一体何が入っているのだろう。
手が震えてしまって上手く動かせないでいることに少し苛立ちながらも、慎重に小包を開いた。その中身を見た私は驚きのあまり言葉を失い、逆にお父様は満足そうな笑みを浮かべた。
「ほお、どうやら順調に仲を深めているようじゃないか。その調子で卒業まで頑張りなさい」
お父様が部屋を出た後も、私は呆然としたままその荷物を眺め続けていた。涙が止まらない。喜びのせいなのか、後悔のせいなのか、それともそれ以上の感情がそうさせたのか。
小包の中身は、マーガレットの押し花で飾られた手製の栞だった。この花に込められた花言葉は――
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あの日から、私がフローラさんを虐げる理由は無くなり、殿下も必要以上に私達と接触することは無くなった。色々あったフローラさんとは友誼を交わせるまでになったけど、彼女も殿下とは同じクラスなのに授業以外で話をすることも無いという。まるで、徹底的に私達を避けているかのようだった。
そしてぽっかりと空いた距離感を埋められないままに迎えた卒業パーティー当日。飾られたダンスホールと、着飾った卒業生たちから離れて壁の花となっていた私とフローラさんだったが、壇上から殿下の一声が響き渡った。
「諸君!そのままで聞いてほしい!」
何が始まるのかと、参加者の目が殿下に集中した。
「諸君らも知っているだろうが、我が婚約者であるジュリエッタ・カルパンティエは、フローラ・ボードリエ子爵令嬢に対して教養の不足を度々指摘し、時に過剰とも言えるほどの叱責を行った!そんな彼女に対して、僕は毎日のように過剰な態度を指摘してきた!だがそれも過去の話となる!!僕はこの学園生活において、ついに真実の愛を見出したのだ!!」
その姿は凛々しく、正義感に溢れ、弱きものを助ける理想の王子像に見えた。事実しか言われていないのに、まるで本物のナイフのように私の胸に痛みを与えてくる。
「フローラさん……私……!」
「大丈夫です、ジュリエッタ様。殿下を信じましょう」
早くこの断罪劇を終わらせてほしい。野花と押し花の夢を抱いた今なら、きっとこの先も強く生きることが出来ると思うから。
「今ここに、ジュリエッタ・カルパンティエ公爵令嬢との婚約を破棄することを宣言する!!」
無数の剣が心臓を貫くような、激しい痛みと苦痛を伴った。殿下。あなたをお慕いしていたこと、もっと真っ直ぐにお伝えしたかったですわ。
「何故ならばジュリエッタこそが、僕が真の愛を傾けるに相応しい女性だからだ!!彼女は何も悪くない!!彼女がフローラ嬢を虐げた訳ではないことは、今も二人が友情を育んでいることからも明らかである!!僕の不明が、却って学園でのジュリエッタの名誉を傷付けたのだ!!」
「…………え?」
ざわつくパーティー会場に困惑が広がっていく。婚約を破棄したかと思えば愛を語り、虐待者と思われていたジュリエッタがその相手と仲良くなっている。学園生活での印象と、現実とのギャップに整理が追いつかないのだろう。
「殿下は、ずっとジュリエッタ様のことを見てましたよ」
「殿下が……?」
「仲裁をする時も、花を贈る時も、いつも殿下の瞳の先に映っていたのは私ではなくジュリエッタ様でした。そして教室でも、話題の中にはいつもジュリエッタ様がいました。女としてはちょっと悔しいですけど、きっと最初から心の奥では……」
フローラさんの目端が、晴れやかな笑みとは裏腹に濡れていた。吹っ切れたような微笑みは、こうであるべきだと納得しているかのように見えた。
「政略結婚を放棄することの重大さは承知しているが、僕は彼女を誤解していた自分をまだ許すことが出来ない!!よって僕の責任において婚約を正式に破棄し――」
…………殿下。子供じみた癇癪で全部を台無しにしてしまったこと、深く後悔していますわ。今も殿下は一人で汚れ役を担おうとしてくださっている。だから、私も殿下とお約束いたしますわ。
「親同士の政略によってではなく、僕自身の誠意と愛で、再び彼女の心を振り向かせることをここに宣言する!!卒業生諸君!!どうか卒業後も僕達の事を見守ってもらえるよう、宜しくお願い申し上げる!!」
殿下を攻略対象としてではなく、一人の男性として意識し、愛を育みますことを。
拍手を最初に鳴らしたのは、フローラさんだった。それを見た周囲の人々が徐々に拍手をはじめ、会場の中は護衛の騎士も含めた全員の拍手によって満たされる。
壇上から降りて私へと歩み寄る殿下の顔は、幼い頃に向けられた純粋な好意と、大人としての熱い恋慕によって、赤く燃え上がっていた。きっと、私も。
「ジュリー。学園生活と婚約期間を締めくくる最後のダンスを、僕と踊ってくれないか。そしてこれを、僕達が共に歩み出すための最初のダンスにしたい。……受けては貰えないだろうか」
殿下。心よりお慕いしております。本当に、心から。
「……はい!喜んでお受けいたしとうございます!」
再び掴み取った殿下の手は、幼い頃よりも温かくて、ずっと大きくなっていた。
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「……これで良かったんだよね」
パーティー会場を抜けた私は、卒業生のために用意された休憩室に入り、暖炉横のロッキングチェアに腰掛けた。全部終わったのかなと、深いため息をつく。ギシギシと響く控えめな鳴き声は、パーティー会場の音楽を消すまでには至らない。
「あーあ……なにもこんなタイミングで全部思い出すこと、無いのになぁー……」
お二人のダンスを見た瞬間、私の頭に前世の記憶が全て蘇っていた。ここは死ぬ前にプレイしていたゲームとよく似た世界。そしてあそこで踊っていたダンスは、主人公と殿下が踊る曲目と同じもの。トゥルーエンドと呼ばれる、一番のハッピーエンドで流れるムービーだったはずだ。
「でも私が主人公なんて、やっぱり柄じゃないよ。私はただ、未来を見ただけの予言者……王子様を相手に略奪愛を狙えるほど、強くもなれない。中途半端なのは死んでも変わらなかったってことだね」
私はポケットから二冊の手帳を取り出した。一つはジュリエッタ様のポケットからこっそり抜いてきた原本、もう一つはかつて、ジュリエッタ様が私にくれた写し。
「えいっ」
パチパチと木の割れた音を立てている暖炉に2冊とも投げ込むと、面白いくらいすぐに燃やし尽くされた。この世界にあっちゃいけないものだから、その方が良い。
「ふぅー……さーてと!」
…………どうしようかな、この後。もうゲーム攻略とか関係なくなっちゃったし、なんだか疲れちゃった。ちょっと一休みしたら――
「あの……フローラ嬢、ですよね?」
「うわお!?」
あまりに予想外の声掛けに、ご令嬢らしからぬ声を出してしまった私は、ロッキングチェアから落下しそうになるのをギリギリで防いだ。
声の方向に目を向けると、この会場を護衛している騎士の一人が立っていた。見覚えのある顔だ。あれ、でも確かこの人って……?
「カルパンティエ家の庭師さん……ですよね?」
「おお、そのとおりです!私の顔を覚えててくださいましたか!」
「庭師さんがどうしてここに……?」
「いえ、実はこっちが本職なんですよ。父がカルパンティエ家の庭師だから、時々手伝ってるだけでして」
ああ、そういうことだったんだ。でもあの腕前なら、庭師としても結構大成しそうな気がする。彼が手入れした木や花は、どこか生き生きとしていたように見えたから。
「お忙しい中、お声掛けして頂きありがとうございます。もう少し休んだら、歩いて帰ろうと思ってますので」
「ここから歩いてですか?しかし、それは……」
「外の空気を吸いたいんです。ちょっとした失恋をしたものですから」
ぼーっと星でも眺めながら歩いていれば、明日何するかも思いつくかも知れないしね。
「では是非、お屋敷まで私に護衛させて頂けますか。お嬢様のお友達であれば、万が一にも危険な目には合わせられませんから」
「それは……責任者の方の許可が必要でしょう?」
「すぐに得ますよ。そうだ、改めて自己紹介させて頂きましょう」
彼は佇まいを正し、清潭な騎士としての顔で堂々と自己紹介を始めた。ガシャリと鳴った鎧の音が実に頼もしい。
しかし問題は、彼の正体だった。まさか――
「カルパンティエの庭師こと、第二騎士団副団長、ウスターシュ・クレールです。以後宜しくお願い申し上げます、フローラ嬢」
「……はい!?」
「お屋敷で拝見した時から、ずっとお話をしたいと思っておりました。ようやくその機会が巡ってきた幸運を、逃したくはありません」
――初期ROMでのみ登場する幻の攻略キャラと言われていた、魔剣士ウスターシュ様だったとは。
「……ふふっ!面白いめぐり合わせですね。では、護衛をお願いしてもよろしいかしら、庭師さん?」
「ええ、喜んで」
王城から抜け出した私達は王都を抜けて、拓けた街道を二人きりで歩いた。春前だというのに肌寒さを感じさせる夜空は、前世では考えられない数の星で彩られている。
「きれい……」
「何がですか?」
「星です。……こんなにたくさん輝いてるなんて、全然気付かなかった」
学園の中しか見てこなかったけど、この世界にはまだ見ぬ驚きに満ち溢れているんじゃないだろうか。きっと夜の静けさ、日の暖かさも、動物たちの営みでさえ、新たな発見と喜びがあるのだろう。呆とした記憶の中、漫然と過ごしてきたことが悔やまれるくらいだ。
「素敵ですね」
「ええ、本当に」
「ははっ、貴方の言葉がですよ、フローラ嬢。……星が美しいと感じたのなんて、いつぶりだろうな」
…………よし、決めた!
「ウスターシュ様。私、今から自然学の学者を目指そうと思います。この世界のこと、もっとよく知りたいですから」
「え?でも、学園はもう……」
「まずは独学でやります。植物のこととか、星のこととか、私が知らないことって沢山あるんだなって、今になってよく分かりました。いっぱい勉強して、自然について誰よりも詳しくなって……いつか、あのお二人のお役に立てたらいいなって思うんです」
あのお二人の幸せを、間接的にでもいいからお支え出来たらいい。それがきっと、お二人の人生を歪めた私の贖罪にも繋がるだろうから。
「なら、私にもそのお手伝いをさせてください」
「え?」
「植物採集するなら、やはり腕の立つ護衛が要るでしょう?それも植物に少しは精通していた方がいい。おお、私なら適任じゃありませんか!」
「……ウスターシュ様って」
結構グイグイくるタイプだったんですね。
「はい、なんでしょう?」
……まあ嫌いじゃないですけどね、そういうの。
「お暇なんですね?」
「はは、ひどいなぁ」
「ふふふっ、前向きに考えておきます」
「ええ。予約第一号でお願い申し上げます、未来の博士殿」
肌寒さはどこへやら。月明かりと星明かりの下で楽しく歩きながら、きっとまだ踊っているだろう王城の二人に向けて、私は静かに祈りを捧げた。
ゲームクリア、おめでとうございます……と。
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