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苦手な方はご注意ください。

石の国の軍総長

作者: しらす

その日が何故そんな日になったのか、分からない。ただ、そんな日になった。

朝から、働いて、王様の寝室前の立ち当番を命じられて、寝ずの番かぁ、とか思いながら、何度か組んだ事のあるのと、扉の両脇に立っていた。すまん用足してくる、と、その今日の相方がその場を後にしてしばらく、室内に妙な気配を感じた。

今日は女性も連れ込んでいなければ、子供と添い寝、とかいうのもない。そんな歳かと聞かれれば微妙な年齢。そこはどうでもいい。ただ、寝室の窓はハメ殺しで、出入り出来るのはこの扉だけ。相方は微妙に遠い用から帰って来ていない。もうちょっと近くに作れば良いのに、近場は中にしかない。行くなって事だろうか。ともかくとして、悩みつつノックをする。

「陛下、何かありましたか。入室させて頂いてもよろしいでしょうか」

なんか、こう、喋り言葉があっているのかいないのか不安ではあるが、不敬だと言って切り捨てる要員がこの場に居ない。ただ返事もない。寝てらっしゃる。良い事だ。ちょっと覗いてもバレないかなぁと。朝起きて死んでましたじゃ目も当てられない上に、疑われるのは自分である。だって一人でここにいる。やっぱ片方が離れるのよくないよなぁと。恐る恐る扉を開く。

「失礼しまーす」

と、身を室内に扉を閉じた所で、あっヤバっと思った。

「誰の差し金だ」

えー、である。

「……妙な、気配がしたんで……」

自分の肩を掴む手に力が入る。首にあてがわれた刃が冷たい。

「ほぉ、それの気配に気付いたか」

王様の声である。顔は知らないが声は聞き覚えがある。

「声を出しながら、入ってくる殺し屋もおるまい。よしてやれ」

「……」

自分を捕まえている、身の丈と技術力で勝る黒服の男は、刃を首だけ離す。

「声、外でも掛けましたけど……」

その時点で止めて欲しかった。

「中の音が漏れぬ様、消音をかけていたので」

「……へぇ」

それ、外の状況が分からなくなる術なら失敗では、と。リンか先生ならどうにかしそうな術具である。術具とは限らないか。この人の能力かも。

「さて、見込みがあるだろ、鍛えてやれ」

「……陛下、それは」

「体は幾らでも作れようと、気取る能力は別物だろう」

作れない体もあるものかと、であるが。気配に気付くも鍛えようはあろうと。異論を唱えたら不敬なのだろうか。と。自分を捕まえた人は諦めた様子。

「後で、行く。今の事は他言無用だ」

それだけ言われて追い出された。反論したら殺すぞ感。どうしよう、リンや先生に隠し事が出来る気もしないし……、家には暫く帰れないか。元いた所に立って息をついた。

「おー、ただいまぁ、と。なんか疲れてるか?」

「……朝から働いていたから、疲れが出て来た」

「あぁ、なるぅ」

まぁ、みんなそんなものかと、壁にもたれたいなぁと思いつつ我慢して夜明けまで過ごした。

兵舎に帰って寝たかったのに、その人は人のベッドに腰掛けて待っていた。昨日自分を殺そうとした人である。寝たい。

「すみません、寝て良いですか」

言ってみたらちょっと意外そうにして、ベッドから立ってくれるので、ばさりとうつ伏せに倒れ込む。

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

限界だったし他人が部屋に居たら寝られないタイプでもない。今日も昼から仕事。幾らでも寝たかった。



良い匂いだなぁ、と、夢うつつに思う。あぁ、しかし起きねば。しかし?なんだろ。さぁと室内に陽光がさす気配。あれ?カーテン引いたっけか。と。

「おはよう」

「……はよう、ございます」

なんでいるんだ。誰……、は、聞いていない気がする。

「朝食を……というよりも、昼食か。用意した食べなさい」

「……はい」

「その前に顔洗ってしゃっきりなさい」

「……はい」

目覚めは悪い方でもないけれど。疲れが取れていないだけである。言われるままに洗面台に向かい、口をゆすぎつつ、顔を水で洗う。近くの布で顔を拭けば、柔らかい。というか良い匂い?吊るしておけば大丈夫だろうと、しばらく……、ごわつき、なんとも……。気をとり直して、水回りで済ませる事を済ませ、洗濯前のがなんか積まれていない……。

「座って」

ちょっと出た所で言われる。なんというのか。抗えない圧?怖くもないのに。テーブルの所の椅子に座る、瓶敷きを置き、木匙の突っ込まれた鍋が置かれていて、席につけば注がれる。先に置かれている皿には肉とパン、チーズとサラダ。注がれるたのは良い香りの野菜スープ。

「では、いただきます」

「いただきます」

向かい合わせに食事に向かって座り、手を合わせて挨拶。口を付ければ美味しい。まともな食事はいつぶりだろうか。リンと先生の所にはいつ帰っただろうか。

「兵士は身体が資本です。身体には食事と休息が必要。仕事の都合で昼間寝るにしても、カーテンを締めて、起きたら陽を浴びるべきでしょう」

「……」

あぁ……。先生みたいだから抗えないのか。父とした先生と。

「それで、……後にしますか」

「あー……、仕事あるんで、返事しなくていいなら、どうぞ」

急いで食べたいが、急いで食べたくもない。目の前の人は人に言う割に自分の分は少なく、小さく食べて飲み込む。

「自分は暗殺と情報収集を生業にしています。王にはその報告に。君はあまり暗殺向けの方とも思えませんので、とりあえず、武道全般、鍛えられるだけ鍛えます」

「……」

あぁ、決定事項なのか。気ままな王様。国に仕えるというのはこういう事なのか。しかし綺麗に食べるな。……というか人と食事してる。

「通常訓練時間を充てられればいいのですが、自分は不特定多数に知られる訳にはいかず、君を通常訓練から外す訳にもいきませんので。……仕事も忙しそうですし……。身の回りは片付けた方が身体も休まるかと思いますが」

「……気をつけます」

「それはそれとして、そうですね。とりあえず、身体の使い方に気を付けて下さい。立ち当番にしても真っ直ぐ立って。壁を背に立ち、壁に後頭部、臀部、踵を付けるイメージでしょうか。剣や組手などの時も、身体が、腕や足を自分の思い通りに動かせるように、意識して意識せずに出来るようにして下さい」

「……」

身体、思い通りに、意識して、意識せずに?

「食事は普段、他所で?」

「え?はい」

「兵舎に食堂がないのもどうかと思いますが、一通り揃ってる割には、使っていませんね」

「……持たされたので」

「なら、大事になさい。兵には街で金を使って欲しいというのもあるのでしょうが、時間に余裕がなければそれも無理な話であるというのに……。辞職者が多いのは外部組が多いいからだけでもないようで……。君の訓練の事もありますし、上申しておきましょうか」

自分がそれで料理をするとも思えないが、外に食べに行く余裕は出来るか。兵舎近くに食堂が出来ればそれはそれで魅力的。目の前の人は静かに食べる。そういえば。

「俺、レンって言います。えーっと、お名前は?」

「……」

静かな目に見られた。

「暗殺者が名前を名乗ると思うかい?」

「……偽名で、良いです」

「んー、しかし、普段偽りを名乗る相手と君は違うから……」

顎に手をやって考える仕草。自分はこの人にとって、なんなのであろうか。先生みたいな……その考えた答えの呼び方を変える。

「じゃぁ。御師匠様、で」

言えば目を細めてゆるく僅かに口角が上がる。

「そうなりますかね。御も様もいりませんが」

「そう、ですか。じゃぁ、師匠で」

「はい」

名前を呼ばない相手。それでいて、こうも穏やか。なんというのか、師匠というより。

「母親みたいだけど」

いないけど。口をついて出た言葉に、やっばと思ったが、ちょっと驚いて、随分と穏やかに笑まれた。

「子供がそう思ってくれていたら良いですけど……。母親は死なせてしまったので」

「……いるんですか、お子さん」

「ん、あぁ。仕事柄人に預けて、父親とも名乗らないけど、御両親の知り合いという定で会わせてもらっているよ」

穏やかで、寂しげな。

「報告すんだなら、本当なら、会いに行ってる筈じゃ」

自分なんかにかまけていたい訳でもないだろう。なにか、今までの時間がこの人の子供から奪った、その子供にとって得難いものの様な気がして。

「あぁ、まぁ、でも、そういうものだから自分は」

「そう……ですか」

やっぱりこの人、暗殺なんて向いてないんじゃ。

「君のお母さんはご健在なのかな」

「え、いや、すみません、居なくて……。知ったかぶりです」

なんとも言えない罪悪感。それがどろりと淀んで落ちる。

「死んだか、生きているかも……。特区じゃよくいる孤児で。あぁでも育ての親みたいな先生が居て。男だし父親代り?ですか。俺の事兄みたいに慕ってくれる、弟みたいな奴もいて」

あれ、これ重複?どうでもいいか。

「だから、まぁ、幸せな方なんだと思います」

「方とは、比べるみたいな言い方だね」

「え?」

「他人が君を、他人が自身を、どう思っていようが関係ない。君がどう感じてどう思っているかだろう?」

静かに語り、スープを口に運ぶ。穏やかで、なにを感じているのか、分からない。

「……」

言おうとした言葉を引っ込めた。何故暗殺者をしているのか、答えを聞いたら答え次第で王を憎んでしまいそうで、そうしたらこの人は俺を殺して、子供の元に帰れるのだろうか……。

楽観的過ぎるし、違う気がした。



あの人の、師匠の時間を割くのだから、きちんと役に立てる様に。……言われた事はよく分かっていないかもしれない。それでも。

ちゃんと立てる様に仕事前に壁にそって立って一息。訓練では身体の動きを意識。強い人の使い方もよく見て、立会いでは相手の動きより自分の身体の動きを意識して動いて、それでも、相手をよく見て。感じるように。

料理は自分でしないものの食べに行く。洗濯もして、掃除もする。目を閉じて起きる。なんか、寝る前よりも綺麗な様子になっている。鍋にはスープ、盆にも被せの下に色々挟んだパンみたいなの。ある種、気味悪べきなのかもしれない。ただあの人、師匠がしていると思えば心地よさと、ちょっとした申し訳なさ。

あの日以来顔は見ていない。子供には会えているのだろうか。自分の世話を焼くだけ、この辺りに居るなら、会えていると良いけれど。軍の交代制調整をすると聞き、直接指導して貰える時間が来るのかなぁと思っていたけれど。

リンからの報せで、先生の調子が悪いと聞いて、休みをとって、部屋に書き置きを残して、家に戻った。

育った所は国ではなく、自由特区。国は国の管轄区域であり、特区は世界調和機構の管轄区域。大抵の国では特区出身者を入れる事も珍しいが、自分が兵となった石の国では割と自由、と言えるのかもしれない。

自分が育ってのは、鉄の国と石の国の国境地域にあるサンデリー区。主な産業は鋼堀、産出品は霊力の入った霊石であるから鋼と言わず石堀だろうか。ともかく、一攫千金目的とも日銭稼ぎともつかぬ労働者の出入りが激しく、そういう者を相手にする店も多く、子供が産まれては捨てられる事も多い。サンデリーでは昔、孤児子供を大量に攫い実験モルモットにしたという話があるくらい、あぶれた人も多い。

そこで孤児の世話をするぐらい、先生は気が良かった。リンは先生の知り合いの息子らしいが、サンデリーにどこからか流れ着いて、その知り合いが死んでから、面倒を見ていたらしい。

自分は何故、拾われたのか知らない。

先生は区の子供達に食事を振舞ったり、寝所を提供したり字や計算を教えていたりもしていた。それでもずっと居たのは自分ぐらい。まぁ、厚かましかったのだろう。居着いただけだ。

先生は主が術具の研究者で、身体構造を知っているのである程度の怪我など見れる無免許医である。医者の仕事で金を取ることは無かったが、先生が取れた霊石で作った術具は高値が付くので、急ぎで無い人はよく先生に術具にするように頼んだ。リンはその手伝いが出来たり開発も出来たり出来るようになっていた。

自分はその術具に関する知識は身につけられず、体力は有り余っていたので、石堀をやっても良かったのだけれど、なんとなく興味本意で石の国の兵になった。そこからあぶれた人達が石堀になって話を聞いた事もある。それが、魅力的であった覚えもないが、兵になった。

「ただいまぁ」

土漠か石漠かに掘られた大きな穴に沿って、鉄パイプみたいなもの骨組みに作られた住宅街といえば良いのかなにか、階段を下がって金属の小道、そして階段と、グチャグチャのそこを迷わず向かった先の扉を開く。久々であるが、住宅は下にしか成長していないらしい。

「……おかえり」

不機嫌そうなリンのお出迎え。

「えっと……」

間に合わなかったのかと肝が冷えた。リンはいつでも笑顔で迎えてくれた。

「先生は」

「寝てる」

「……そう」

素っ気ない。なんで?

「えーっと。……寝てると起こさない方がいいか……。顔は見ていい?」

「……別に。好きにすりゃ良いだろ」

「あぁ、うん」

えー。なにそれ、なんで。リンの態度は気になりつつ、先生の部屋に入る。

「あ、ごめん、起こした?」

入ったら目が合った。 先生は少し笑む。

「大丈夫だ。おかえり」

「ただいま」

ベッド側のスチール椅子に座る。

「どう?」

枕を背にやりつつ起きるのを手伝う。

「大丈夫だ。今日は加減が良い」

今日は、か。伸びて来た手に頭をわしゃりと撫でられた。

「仕事、忙しいのか」

「んー、思ったより暇はないかも」

「リンが拗ねていただろ」

「え?あー、先生が死んだのかと思ってビビった」

拗ねていたのかアレは。先生は喉で笑う。

「アレは素直じゃねぇからなぁ。皆んなウチに来なくなんのに、お前はずっと居てくれたから、ずっとここに居るとも思っていたのに、石に行っちまったのも、ショックだったわ。月に二度くらい帰って来てたのが来ねぇから、もう他に帰る家が出来たんじゃねぇかと心配してたよ」

「あー、兵舎の部屋の居心地良くしようとはしてたかな」

「はは、そうか。悪い事じゃねぇ。お前に居場所が出来んのは良い事だし、だから余計に拗ねちまうんだろうなぁ。あいつぁ、お前が大好きだから不幸で居て欲しいわけではねぇから」

「んー、リンって妙に聞き分け良いよな」

「ふっは、まぁ、そうか。でも拗ねてちゃ、そうでもないだろ」

「えー、もう少し分かりやすく拗ねてくれないと俺分かんないんだけど」

「そりゃ、お前にゃバレたくねぇ訳だし」

「んー」

人の気を察するのは苦手だ。

「んで、どんな心境の変化だ」

「えーっと、心身健やかに過ごす為には身の回りを整えろ的に言われて」

「ほぅ、まともな上官というか、軍が規律を重んじ始めたって事か……」

「あー、そういうのじゃないかな」

先生の表情が渋くなったので、訂正したい。別に戦争の予兆で軍改革、コテ入れした訳じゃ……。あの、勤務帯改正が自分と師匠の練習時間を取るためと思ったらどうかと思うが。

「気ぃつけろよ。国のゴタゴタに巻き込まれそうなら帰って来い。後ろ指刺されても良い、自分の身を大事にしろ」

「……うん。ありがと」

先生は元々械の国という、術式道具の一大生産地とも言える国で働いていたらしい。そこは術具を作る腕さえあれば国外者でも受け入れる所であるから、先生の出身は違うのかもしれない。ただリンの親は械の国の人らしく、ゴタゴタに巻き込まれ、国をでたらしい。

「レン。今はともかく、死ぬ順序をもう俺は追い越されたくねぇ。俺が死ねばリンにはお前しかいねぇんだ。俺の事追い越してくれるなよ」

「……うん、気を付ける」

「勿論お前の事が大事ってのもあるんだが、リンと違ってお前はどこででも誰とでもやって行けそうだからなぁ」

ちょっと困った様に笑われた。

「リンがいないと寂しいよ。勿論、先生も」

「あぁ、そうだな」

頭をまた撫でられた。



「リィンー、拗ねてんの?」

作業机に向かって座っていたリンに後ろから抱きつくみたいに寄りかかる。

「うぜぇ……」

言葉と同じに、手で押しのけられる。

「先生がそう言うから。違うの?」

「……クソじじぃ。じじぃの言う事いちいち間に受けんな」

「んー、まぁでもリンの態度おかしかったし」

くるりと身を返して、机の空いている端に腰掛ける。

「……なに、してたんだ」

「隠し事が出来たから、バレるかなぁって、遠慮してた」

「隠し事って」

「うん、相手の居る事だから内緒な」

「……」

「ごめんな」

「……別に」

リンの物分かりを良くしてしまっているのは自分か。頭を撫でてやっぱり手を避けられた。



「おぉ、レン。なんだ帰ったのか」

部屋を出た所で声を掛けられ笑みを返す。常連さんだ。

「先生が具合悪いって、様子見に」

「あぁ、しかし、お前もとうとう出て行ったと思ったのに、違ったのか」

「出て行く理由もなかったんだけど」

「術式研究なんざ、ここで暮らしてて良く思う奴なんざ居ないだろ」

「そーかな」

まぁ、ここの子供を攫って、研究所で術式関係の人体実験してたらしいし、そんなもんか。産まれる前の話の筈だから、実感湧かないんだけど。

「しっかも、施しをしやがる。怪しいっちゃないだろ?」

「おじさんの儲けは先生にも入れるだろ」

「そりゃな。大人とは取引してるみてぇだが、子供にゃタダで飯やったり、物教えたり、寝るとこ提供したりって、なにされるか分からねぇじゃねぇか。しかもあの人、義手とか専門だろ。神経とかとの連動に術式を体に埋め込むのは難しいんだろ。子供だと尚更。実験に使うガキ集めようとしてる様にしか思えんわ」

まぁ、普通見た目機械的な物が多いいなか、先生の作る義手は本物にも見えて、腕を眺めている先生にビックリした事はあるけど。

「良い人だよ?」

「……まぁ、今となっちゃなぁ。国者が気に食わねぇのもあったけどよ」

「国者?」

「リンはそうだろ?」

「一緒に育ったけど?」

「んー、あー、でもよ、石の国の兵になった所で余所者は出世出来ねぇぜ?ここで掘ってた方が稼げたんじゃねぇのか」

「……そうかもしれないけど。人の守り方って言うのかなぁ。そういうの教えてくれないかなぁって思って」

軍ってのは、国を守る為のものの筈。

「……人が良いのも考えものだな。あと浅い。ンなとこじゃねぇだろ?」

まぁ、そんな気はするが、師匠が出来たし。

「どうだろ、少しは知れていけたらいいよ」

「そうか。まっ、頑張れ」

「ん」

そんなこんな先生も元気そうだったので、次の日には帰れる様に夜のバスで帰ると言ったら、リンが不服そうで、あぁ拗ねてるってこういうのかと、くすぐったい気分になった。嫌われていなくて、なによりである。



「黙って頂けた様でなによりです」

バスの隣に座って来た師匠に微笑まれた。

「師匠って、俺に付いて回ってんですか?」

「ううん。そこまで暇じゃないけど、君が休みを取ったから。あの調子ならきちんと黙っていてくれそうで良かったですよ」

「俺の不祥事に巻き込みたくないし」

「不祥事ですか」

「というか、俺今日気付いてませんでしたけど、良いんですか?きっかけそれですよね」

「そうではあるけれど、気配に慣れてしまったのかもしれませんし、初見というか、慣れぬ気配に気付ければ充分です。殺気があろうとなかろうと、知らないモノを把握して、認識してから慣れて下さい」

「まぁ、よく分かってないですけど、やってみます」

「えぇ、天性のものだとそうなってしまいますかね。潰さない様に気をつけませんと」

こちらを見た師匠が優しく笑む。

「姿勢は良くなった様でなによりです」

「……なら、良かった、です」

褒められた、よな。嬉しいかもしれない。やばい。嬉しい。

「にしても、術式道具の専門家が知り合いなら、持ち物作って貰わないのですか?」

「え?」

「兵士なんですから術式武器とか、荷物入れ、他にも色々あるでしょ?」

「専門違いますから。義体って言うんですか。人体のパーツ作りが主みたいです」

「そういうの、特化してやっている械の国融資の区はあった筈ですけど、ここでという事は治験ですか」

「んー、落盤事故なんかで、治療出来そうにない時は、本人か、家族、身内に承認貰ってやってたりはしますけど、勝手にはしませんよ」

「……当たり前といえば当たり前ですけど、良心的に思う辺り、なんですか」

「術式を体に刻んだり術具を埋め込んだりしますから、そこまでして生きたくないって人もいますよ」

「かなりの技術者の様に聞こえますけど」

「あぁ、はい。掘れた霊石を先生に頼んで術具を作って貰うと高値が付くって、よく頼む人がいるから、凄い人なんだと思います。需要間違えるといくら高精度でも売れなかったりするらしいですけど」

「やっぱり術具作られてるじゃないですか」

「んー、でも、なんか、ずっとお世話してもらって来て、これからもずっと頼っていくのかなぁって、自立っていうんですか。出て行くからにはそういう事かと」

「でも、体調悪いと聞いて、帰って来られたではありませんか」

「それはそうだけど」

「いつでも、声を掛けられる様に、頼ってあげなさいな」

「……考えときます」

よく分からないけれど。

「しかし武器に関しては君は銃器は向いてなさそうですけど」

「……すみません」

見られていたか。

「剣術はまだマシですけど、ナイフ投げなどは出来ますか?」

「えーっと」

「やった事ないのでしたら、そう言って下さい」

「ないです」

「慣れぬ事を今更とも思いますけど、剣も軍に入ってからですか?」

「んー、チャンバラごっこ的なのは強かった気もします。あとは彼処で駆け回っていたぐらいで」

リンはそれに付いて来れなかったけれども、部屋っ子である。盤遊びとかはよくした。

「彼処で走り回れるなら身体能力は相当な気がしますから、なにでも可能性は高そうですが、そうですね。体術と剣術を基本にやっていきましょうか」

「あ、直接教えて貰えるんですか」

「はい。仕事の体系調整も出来て来ましたし。先生も心配であろう時に君の自由時間を奪ってしまうのは申し訳ないのですが」

「それは良いんですけど。兵の時間調整って、その為じゃないですよね」

行軍とも考えていないけど。

「えぇ、離職率も高かったですし、丁度良い機会かと」

えーそれって、どっちなんだ。というか、師匠の権限?いや、王様が言い出した事だしって事か?そんなもん?

「そういう事ですから、改めて宜しくお願いします」

「はい」

それは良い。それは良いんだけどなぁ。大丈夫かな、この国。微妙な心配と共に、心機一転とまでは言えない生活が始まった。



「相手の手の見極めも、判断も出来ているので、重畳でしょう。後は思考に体が追いつけばどうにかなるものかと。体が思考を追い越すぐらいの感覚が良いのかもしれません」

「……はい」

なんだそれ、と、思うけれど、息切れを起こしていて、一言以上の返事をしたくない。師匠は余裕で、笑顔。

「自分を信じなさい。大丈夫ですよ」

「……はい」

なんか、絶望的な実力差の中で、返答の限りがあって、ちょっと虚しい。

兵舎に戻って、シャワーを浴びる。各個隔たりのある共同であるが今は誰もいないので貸し切り状態。これが大浴場だったら貸し切りも喜べるが、シャワーだと微妙。床が濡れていないのは良い。床の術で渇きは良いが、人が多いいとキャパオーバー。時間がかかる。石の国だけあって、霊石でなくとも石にかける情熱は他より重いのか、タイルやなんやも繊細な柄であったり、外の壁には凹凸のあるものも多い。

そういう彩はサンデリーにはなかったので、少し嬉しい。国に来たんだなとも思う。区より悪鬼羅漢と呼ばれる者の類だ少なくも感じる。郊外に行けば窯の街も多く、手に職を持った人も多いいと思う。そんな訳で、食器が増えていた。独り身には手に余る。

「お帰り、レン君」

「……ただいま、です、師匠」

なんかほくほくするが、自分が帰る前から良い匂いをさせていて良いのか、この部屋。

「どうぞ」

「あぁ、うー、はい」

促されるまま食事の用意された席に着き手を合わせる。

「「いただきます」」

2人で言って食べ始めた。

「ちょっと反省をしてね。人にものを教えた事がないものであるから、手合わせの後すぐについ口を出してしまうのだけれど、君がきちんと今日の手合わせを考えてから、話を聞き、自分の言う事を考えるべきだと」

「あー、はい。別に良いですけど」

「何も考えていなかったかな?」

「……よく分かんないです」

「君が分からないのは、君に自分の意見を押しつけるばかりで、君の話を聞かない所為だと思うんだけど」

「んー」

なんであろうか。美味しいな。

「師匠強いですよね」

「君よりは」

そうだけど。

「流派とかあるんですか?」

「あったかもしれないけれど、意識もしてないかな」

それが出来るのは。

「天奉の才ってやつですか」

「どうだろう。流派、型っていうのは、長年かけて見つけて来た正解なのかもしれない。だけど、その流派でも弱い人強い人はいるし、どの流派が最強ともならない」

「そうですか」

「無体な事をいえば、全てを学んでどれが一番合っているか見極める必要がある。人と言うのは千差万別。足の長さ、手の長さ、指の長さ、関節の具合も違い、どれだけ筋肉のつき方を似せようと違う。だから、人それぞれが自分に合った型を見つける方が合理的だと思う」

「あー、はい」

まぁ、そうか。

「その点君は、相手を見る目も気配の察知能力も優れている。相手への対応力がある。そして身体能力も高い。見た事を考える間もなく動ければ、強くなりますよ」

「……強くないと、駄目ですか」

「……」

師匠に暫し見つめられた。

「そういえば君は王の命令で訓練を受けているだけでしたね」

「……すみません。なんか。良くしてもらってるのに。その」

それが嬉しくてつい、とかで、あるような、命令の様な。

「師匠に会えるのは楽しいんで、なんか。強く、は」

どうなのだろうか。

「……自分は基本暗殺に徹しているから、正面切っての戦闘には不慣れだ」

「え、はい」

なにであろうか。

「だから自分が教えた所で強くなれるか分からないが、君が生き残るのに必要な術を身に付けさせられれば幸いだよ」

「……ありがとうございます」

真面目にしないとなぁと、なんとなく思った。不真面目なつもりもなかったが、戦闘中に考え事をしなくて良い程度に物事は考えておくことにした。



「最近多人数戦に回されるんですけど」

師匠と一緒に食事を取っていた。

「知っている」

「なんででしょう」

「それで一度でも負けたかい?」

「いいえ。でも、なんか、素人の棒振りみたいので、なんでって言われて」

「あぁ、そうだね」

くすくすと笑われた。

「重心を気にしようか」

「重心」

「支点力点作用点だったかな。自分もあまり、名称などを聞きながら習った訳でもないのだけれど。そこを打ったらばバランスを崩しやすい、点がある。そして力を一番伝えやすい点が。そこを意識して、相手を把握して自分も動く、そうしてみようか」

「で、出来たら無意識にですか」

「考え事しながら戦える程、器用じゃないからね。自分はそうしているけれど、君がどうするか好きになさい」

「……はい」

まぁ、そうか。自分にあった体の使い方。自分の考え方の様なものにあった、戦い方。支点や力点も身体的特徴によって変わってしまうのだろう。だから、流派を持たない。

今日も料理は美味しかった。



昼間が休みで、今日は師匠の訓練もなく、休むか、片付けか。さっとだけ片付け、短く寝る事にする。15分か、30分。片付けを済ませて、ばさっとベッドに仰向けに寝る。

「……」

忙しいのか。よく分からない。息を吐く。なん。びっくっとなって飛び起きる。

「なに」

ドッと、窓の外で音がして、起き上がって、窓の外を見た。うずくまった人が、師匠で。

「師匠っ」

窓を開けて飛び出す。

「師匠っ」

血塗れだった。肩に手をかけてもたげていた首が上がる。

「この子を」

潤んだ真っ直ぐな目。抱えられた、10に至るか分からない少年。その子もぐったりと体をもたげている。

「レン……、頼む、この子を助けて」

ゴッホゴホッと血の混じる咳をする師匠の血塗れの手に腕を掴まれる。力強くて、力ない。

「頼む」

岩盤事故で死にそうな人が運ばれて来るのを、何度も見て、分かっていた。死ぬんだと。あぁ、でもどうしてこんなに死んで欲しくないんだろう。どうして。

手の指輪を地面に付ける。そこで魔法陣が広がる。すうっと光って、バァンと移動する。ある種1人用であるけれど、抱えていたので3人移動出来て、先生の部屋にいた。一度か、二度、使える移動用道具。濃度の高い霊石が必要なので、常使い向けじゃない。

「先生っ、リンっ」

師匠は自分の腕の中でずるりと力なく居て。

「な、にって、なにが」

「知らないけど、助けてっ」

「はっ?」

訳の分からないという様子で、リンがたっと寄って、師匠の首に手をあてがい、脈を確かめる様にしてから、体の様子も確かめて、抱えられた子供の首にも手をやり、息を確かめる様にもし体も見る。

「どっちも無理だ」

「子供だけでもっ」

師匠が大事だ。師匠が。師匠しか知らない。子供の事も。子供だからと先生は俺達を大事にしてくれたけど、その意味も分からない。だけど、頼まれた。

「頼む」

「……分かった」

リンは子供を抱え上げて、部屋を移動して行った。息を吐いた。大丈夫じゃないけれど、もう。もう、目の前の人は俺の前からいなくなる。明日もう会えない。

「レン……」

微かな声に呼ばれた、滲んでよく見えないのが嫌で目を擦る。

「……」

何を言ったのか。髪に触れた手が落ちた。あぁ……、もう会えない。



冷たくなった体を抱えて焼き場に向かう。死体は傀儡に転用されるとか、なんとかで火葬が世界法で定められている。運んで行く先々で会う人にはぎょっとされて、心配された。酷い顔をしていたらしい。いつも同じ調子で焼くだけ焼く焼き場の人にまで心配された。

着替えを用意されて、座らされ、温いお茶を出された。

死亡診断術具による死亡確認には立ち会って、焼きあがるのを待った。その間焼き場の人が隣に黙って座ってくれていた事が、笑えた。そんなサービス良くないでしょと言えば、困った様子で見られて、なにか言おうとした口は閉じられた。悪い事をしたなぁと思いながら、目を閉じる。

骨は骨壷へ。それを抱えて部屋に戻った。

「お帰り」

「ただいま」

先生に言われて返した。その隣には先生が立っていて、クッション性のある診察台に見知らぬ少年がちょこんと座っていた。首を傾げた。

「あーお帰り、さっきの」

リンはぶっきらぼうに言った。さっきのと言われて師匠が抱えていた子供を思い出すけど。そういや師匠の子供って思ったけど……。まぁ、見て分かる面影がある。

「怪我、は?」

「やっぱりお前ちゃんと確認とってなかったのか」

「助けってていうから」

リンの情けない様子。

「助からないって、レンだって分かってたし、言っただろ。はぁ、すまん」

先生に謝られた。

「脳を移植して体は全部義体だ。人造人間、ってとこかな」

「……」

「脳と電気回路、術式線の自力調整中だ。別機械もあるが……。あー」

「……自分の死に目に子供に会いたかろうと、子供の死に目に会いたくないと思った」

それだけだ。

「死ぬなら見届けたいって事もあるかもだけど」

だけど。

「それって」

「じゃぁ、壊すかっ」

そのリンの頰を殴っていた。

「お前が命として扱うならまだ良いっ」

こんな偉そうな事言える程偉くもないけれど。

「そんな簡単に壊すかどうか言える様なものに命を変えるなっ」

「怒ってたじゃねぇか、その前からっ」

「寿命は寿命で人の手の出すべきものじゃないと思ってるからだよっ」

「そんなんっ」

言おうとして、して。

「医者はみんな何の為に頑張ってんだよ」

「……出来るだけ、優しい死の為」

「……意味分かんねぇ」

「そうだね、俺も言ってて分かんないや。ごめん、殴って。痛いよね」

「……」

「ほれ、これで冷やせ」

先生が簡易式の氷嚢をリンに渡す。

「悪ぃなレン、俺が碌でもねぇ研究してたもんで、こんななっちまって」

「……研究」

こんな、研究だったか。

「んで、確認なんだがそれが親父さんで、母親の方は」

首を横に振る。

「知りません。師匠もその子に親とは名乗らず、育ての親に任せていると、聞いただけで」

「そうか……。今ははっきりしてなくても、記憶がはっきりして来たら恋しがるかもしれない、けれど、不老の体だ、帰せない」

「それは、不老不死とか言う」

「脳は老けるな。術式と電気回線の加減である程度最良維持は出来るか知らんが、ともかく、成長は止まる、この子供がどう成長したら違和感ないか分からんからな……。人ってのは絶妙な加減で出来ていて難しい。親の体をトレースしてそれに似かよらせって、て手も考えたが」

「……すみません」

「いやぁ、傀儡はタチ悪いからな、この世に名残があると余計に作られやすい。仕方ない」

「傀儡とは、違うんですか」

「あー、一応死ぬ前の脳だ。はっ、死体弄くり回すよりタチ悪ぃかもな」

「……すみません」

「レンが謝るこたないだろ。話戻すな、その育ての親がこの子を探して事情を説明すると狙われかねん。行方不明届けか、出されても無視してくれ」

「狙われるって?」

「不老の体を欲しがる馬鹿はいるもんさ」

「……」

「なんで作ったって感じになるな。……リンの両親は優秀な研究者だったが母親の方が、病気になってな、子供を産むと助からんと言われた。でも2人して諦める気もなくてな。で丈夫な体に作りかえようとした」

先生は息を吐いて髪を掻く様にあげる。

「間に合わなかった……、が。研究を続けて、それを確立する様に催促する奴らがわんさかいてな。間違えた、間違えていた気もして来たみたいでな。逃げて来た。のに、やっちまったなぁ……。いやぁ、事故で、足や手を無くしたり、指や耳、肺が潰れりゃ肺って……。目の前の死に抗いたくなっちまう」

「……出来るから」

出来るなら、そうしたくもなるだろう。

「そーだな。思い上がりも含めて、加減がつかん」

「……そう」

どう言えば良かったのだろうか。どう。

「とりあえず、休んだ方が良さそうだな。兵舎にゃ連絡入れておく」

伸びて来た手に触れられて、頰の涙を拭われる。

「寝とけ」

「……はい」

部屋のベッドに入る。目を閉じて思う。なにが悪かったのだろうかと。息をそっと吐く。あの子になんて言えば良いんだろ。



「早う」

目が開いたらリンが居て、声を掛けられた。疲れた様子で。

「お早う」

「悪ぃ」

「……あれは、俺の勝手な言い分だし」

そう、勝手な言い分だった。

「頰、大丈夫か」

伸ばした手で、撫でる。微妙に赤い様な、リンにはちょっと顔をしかめられる。

「痛い?」

「ちょっと、じんじんするだけで」

「ごめん」

「……いいよ……なんか、あれだし」

落ち込むか、沈むか。

「で……って言うか。なんか。ごめん。こんな時になんなんだけど、剣作った」

「……は?」

リンの言葉に首を傾げる。

「兵士になったのか分かんねぇし、それで作り初めてたけど、だけど、そんな危ないと思ってたのに。こんなんなるし、だから、……。悪ぃ」

「そんな謝まらなくても」

「なら受け取ってくれんのか」

「……」

そうなるのか。

「まぁ、いいけど」

どうせ剣は持っているのだし。剣は。

「えーっと、術具?剣なら術式武器って言うのか」

「ん。生死換の剣」

「なにそれ」

「生が死に、死が生に転換される術の剣」

死が、生に?

「死人が生き返るのか?」

「いや、魂は消化されて、霊力と呼ぶべきものが他の生命に転換される。……多分。色々捏ねくり回したから、分らねぇ。……、生が、は……。周りも死が伝染する。……剣なんてそんなもんだし。……よな?」

不安げに尋ねられる。とんでもないものを作るな、と、思わなくもない。大したものでもないのか。術式武器は馴染みがない。

「周りに味方しかいない所で、1人の敵を殺したら?」

「さぁ、人が死ぬとは限らないけど。大地が死ぬ、とか?あと、人の数よりは霊力だろうから相手の霊力に寄ると思う」

「……」

なんか、よく分からないけど。

「……貰っておくけど、代金は」

言おうとして、悲痛な表情をされた。泣きそうな。殴った時より。あの時は頭に血が上っていたし、見えていなかったかもしれないけど。俺はリンの事を分かっていない、いなくて。

「代金の代わりに」

あれ、代金の代も代わりか。まぁ良い言おうとした事を言おう。

「他の誰にも、術式武器を作って売らないで」

「……元々、ンな気、ない」

「そうか、ごめん」

そのなにか、いじけた様な、リンの頭を撫でる。

「あぁ、それで、なんかお姫さん、死んだらしい」

「は?」

「違うか、王子の嫁?妃?」

「えーっと、縁がないから。んと、王太子妃?と、そこはともかく、え?」

「死んで、その娘って姫?が意識不明?」

「……なんで」

「さぁ、そんな一兵卒に情報が回るか知らんけど、んなとこの筈」

「……帰る」

「……」

不満気。まぁ、そんな事より。

「子供の具合は?」

「よく分かんない」

「リン、お前な。リンがしたんだろ」

「……初めて、だし。これから研究していけば」

「それはリンがきちんとあの子の面倒見るって事?」

「……あぁ」

少し落ちた様子で、こちらを窺い見る。

「実験とかそんな気じゃなかったんだけど」

「あぁ、俺が助けてって言ったから、助けようとしてくれたんだろ。あの状態じゃ他の方法もなかったんだろうし……」

リンの髪をゆるくいじる。

「だけど、先生も言っていたけど他所に知られて駄目な気も、するし。……命は守りたくて、助けたくて、必死になって、それが正しいと思いがちだから」

「……俺にはよく分かんねぇけど、それが正しいで当たり前じゃないのか?」

「人の価値観によって変わるよ。社会によっても」

「んじゃ、その大切さが分かってなくても大丈夫か?」

「ん。でも……」

リンは俺がこの世に居なかったら……。なんてのが人の価値観で命を左右する最たるもので、馬鹿っぽいし、リンはそうならなくて良い。

「脳移植の義体はもうしないで」

「……あぁ、分かった」

人が人工物で作るのは禁忌の様で、けれど人工の腕、目、肺、心臓が許されるなら、全身義体も許されるべきな……。偉そうな発想だな。誰も俺の許可なんていらないだろうに。リンが欲しがるのを良い事に何言ってんだろ。

「それで、話せるの?」

「ぼーってしてっけど、元々そういう奴も居るだろ?」

確かに。

「でも、俺名前も聞いてないし、それぐらい聞けると良いんだけど」

「ん、ともかく話してみたらどうだ」

「そうしようか」

そんな訳で身支度を整えて診察室兼居間の方に行く。ダイニングキッチンか?ともかく他所でいうアパートかマンションの様なもので、たいして広くもない。そこの診察台に腰掛け座る少年。

「お早う」

声を掛ければこちらを向いて首を傾げる。少年の前に膝をついて視線を合わせる。

「名前、覚えてる?」

逆に首が傾く。これはあれか。

「知らない人とは話しちゃ駄目って、みたいに言われた?」

的を得たとばかりに頷かれる。

「だって」

「あー、そりゃいきなり知らない所で知らん人ばっかじゃ戸惑うか」

先生が言いつつ湧いたお湯をポットに注いでいる。

「医者って言いました?」

「医者じゃぁねぇからなぁ、技工術士って所だ、死にかけてたの助けてやったんだっつって良いのか悪いのか、微妙だろ」

「……」

自分が怒った所為であろうか。助けたのは助けたと思えど。

「そう恩着せがましくされてもその調子なら躾がよく行き届いてんな」

「親は分からんのだったな。住まいはどこだ?」

リンは感心して、先生が聞くが少年の首が横に振られる。

「動きは自然だな」

リンの感想。そこはいい。それは言わないのか、分からないのか。

「こんな事言ったら困らせるかもしれないけど、君はお家に帰れなくなったんだ。出来ればお家の人に連絡入れたいんだけど」

「誘拐犯の台詞だぞ」

「人攫いの台詞だなぁ」

「ごめん、言い方が。どう言えば良いんだろう」

困って笑う。目の合ってる少年は、首を傾げて手を伸ばしてきたので、されるままに頰を触らせた。熱はない。それでも人の手。皺も指紋もある。先生は指紋がないと指は滑りやすくなるとかなんとか。

「視覚が平面的かも知れねぇ」

「なに、それ」

顔は動かさず、視線だけリンにやる。

「写真撮ったみたいな視界?つか、映像?奥行き合って、分かるけど、生の感覚と違うだろ」

「えーっと、錯視に引っかからない?」

「いや、それは脳の問題だし、自動処理機でも引っ掛かる奴は掛かるぞ」

「……具合、悪そう」

「声も出る、と」

ぽそりと少年の声が落ちるのにリンもまた漏らすが、少年を見つめる。

「患者さん?」

「違う、ここの子供だけど、……君の父親が死んだから」

詰まった息で、涙が零れた。

「育ての、じゃないんだろ。ややこしいこと言ってやるなよ」

「夜のおじさん?」

「知って」

細い指の小さな手に頭を撫でられる。

「さっきの言ったの、そのおじさん。自分も知らない人のクセして、夜に寝かしつけてくれてた」

「そう」

「……どう聞いてたか知らないけど、城で見習い従者?してて、仕事習って面倒は見て貰ってたけど親の記憶はない。だから、その人ぐらい」

少し辛そうに表情を歪めるので、頬に手をやって髪まで撫でる。子供の頰の感触であるが、温くもない。

「付いて回るのと、王子が勉強する様に一緒に勉強するのが普段、だけど」

ぐっと鼻で息を飲む。

「昨日は王子が熱で、お休みで。妃殿下が、姫と出掛けられるのに、付いて。森に……」

「森に?泉の森は獣人と仲良く出来てないから立ち入り禁止って」

城下の都に近い、森はそれだと思うが。国内の治外法権というか、持て余しているそれである。

「従者の偉い人がそう言ったけど、妃殿下は元が鉄の国の人で」

はぁと息を吐く。

「なにもしなければ大丈夫でしょう、と。そう、言われてるけど……。なにもしたつもりもなかったのに襲われて、……あとは」

ぼうっとした様子を見せて首を傾げる。

「よく、覚えていないです」

「それはまぁ、襲われたからで、移植のせいじゃないだろ」

「記憶定着の前に意識がなくなっていたかもしれんしな」

治療経過が気になるらしい。ぶっつけ本番ではそうもなる。少年は2人の事をぼうっと眺めて、こちらを見る。

「ここは病院?」

「あぁ、うん。ここはサンデリー区で、ここではここが病院替わり」

「なんでサンデリー?」

「え、師匠が、あぁー。君のお父さんが、僕のとこに来て、僕が他におもい至らなくて」

「城の方は、妃殿下とかでてんやわんやだろうし、お兄さんのアテ頼ったんでしょ」

そういえば、医者まがいとは。

「まだ名乗ってなかったね。ごめん。僕はレン、こっちはリンで、先生はタツタ先生」

「……お父さんの名前は」

「……聞いてない」

「言えない職業って事?」

「……うん」

どう言えばいいのだろうか。

「えっと、君の名前は」

「……付けて、帰れないんでしょ。レンさんが付けて」

「……さん付けなくていいけど」

「……レンにぃ?」

首を傾げる。可愛いなこの子。どこか諦め切った。どこか拙い。

「シライト、で良いかな」

「ん」

頷きにほっと息を吐いた。



「レンは国に行くんだったよな」

四角いテーブルで4人、朝食を食べていたら、リンが言うので頷く。

「様子はみたいし。どうなってるのか心配だし」

「行くってこと?」

「また……、来るし」

ただの確認の様で、どこか寂しそうにシライトに見られて、ちょっとぐっと来た。

「そういや指輪使ったろ、代えな」

ぽんと置かれて、はめていた指輪を外し、それを着ける。

「これ一回で使えなくなるの」

「移動系は移動中の結界が重要でな、このサイズで収まる霊石じゃ、ギリギリだよ。もっと高濃度じゃ値段がもっと掛かるしな」

「やっぱり、緊急時じゃないと使いにくい」

「だな。バスじゃ休みじゃなけりゃ来れんか」

「んー」

パンを食んで考える。師匠との訓練がなくなってしまった。兵の時間帯調整はされているし、来やすくはあるかもしれない。

「そういや、リンの作った剣の霊力源ってどうなってるの」

「基本動作は霊石だけど、あとは相手の使うから大丈夫だ」

「そう」

そういえば、そう言っていたか。

「なんだとうとう渡すのか」

「とうとう?」

「や、出来てなかったというか、こう、完成がな」

「うん」

「そんなん言ってずっとだったしな」

「……良いだろ、出来たし」

「結局どうしたんだ」

「……」

「せい」

「ジジィに言わんで良いっ」

そうなるのか。

「んな不出来なのか」

「ちゃんと、……使ってみねぇとだけど、レンしか使えない様に調整したし」

「おいおいそういうのは自分で実験してからだろ」

「俺じゃ振れない」

「……」

「お前自分も調整外にしたのか」

「その調整する前に、重くて振れない」

「……」

「あんまり重いと、身体壊すぞ」

「五キロ以下だ」

「……」

「情けねぇ。一回も振れないのか」

「まぁ、うん」

先生の確認にリンは頷く。

「しっかしそれじゃシライトの方が力あるんじゃないか」

「五キロは平気」

シライトはさっぱりと答える。今の体でだろうか。

「まぁ、しかし子供の付加掛ける運動はよくねぇしな」

「……ん」

先生に言われて、シライトは頷く。

「本とか運ぶの、手伝うから」

「あぁ、そうか。働いてたんだったな」

そういえば。

「勉強、先生教えられる?」

「おー……。一般教養はそこまで得意でもないが、シライトはどんなもんだ?」

シライトは首を横に振る。

「よく分からない」

「まぁ、そうだわな。適当に見ていくわ」

「うん、お願い」

そんな訳で、まるっと色々お願いしてバスで石の国に向かった。



「やっほ」

部屋に戻って居たのは、知らない人、でもないか。服的に兵団の人。

「……」

「待ってたよ」

端正なイケメン……。三十半ば、か。

「第一部隊部隊長の……」

誰だっけ。

「知ってくれてんのね。で、夜の主人様は?」

「え?」

「あぁ、あの人の名前俺も知らなくてね」

「……師匠」

「ん、その人」

「……亡くなられました」

「そう、燃やした?」

「……はい」

燃やした、確かに。

「子供は」

「え?」

「御姫様方、森の外に連れ出して、子供連れて消えたから。普段の判断なら、自分が姿消すのは勿論、子供置いてくだろうけど」

「……」

「子供は?」

「……なんか、よく……」

どう言えば。あれ?

「帰って来られなくなりました」

「……死んでないっと」

あぁ……。死んだと言わないと駄目だったか。

「まぁ、そこは良いか。王様が呼んでるから、おいで?」

「……はい」

まぁ、隊長使いっぱしるってそういう事……。先を歩く人の後をついて歩く。名前なんだっけ、聞いたら失礼かな。でも今聞かないと。どうしよう。

「あの」

「ん?」

「路これであってます?」

「……」

あぁ、間違えた。

「なんつぅの?王の間への通路1つじゃないから」

「……そうですか」

なんと言おうか。これ、タイミング逃した?

「あの、俺の事知ってるんですか」

「一昨日事件の後聞いた」

「一昨日?」

「え?」

「え?」

目が合って瞬く。一昨日?自分は昨日師匠を運んで、今日。

「すみません……、寝過ごしてたみたいで」

リンよ……。先生はリンが言ったと思っていたのだろう。恥ずかしくてちょっと悩ましくて顔に手を当てる。感覚がやばい。なんでそんなに寝たんだろ。そういえばいつ夜だった?焼くのって一、二時間くらい?その割に長い事いた?あ、う。焼き場で動けなかったから?身体総取っ替えがそんな早く終わる筈ないのか。……リンごめん。

「大丈夫か?」

だいぶ側で顔を覗かれて、びくっとなる。

「そのすみません、死んだショックで、なんか、よく分からなくて」

「そう、そんな知り合いなんだ」

ちょっと意外そうに。ふぅんと言う様子で、歩いて行くのについて行く。

「夜の主人様って」

「あぁ、俺がそう言ってるだけで、適当に……」

振り返られて首を傾げられる。

「普通の子だよなぁ、君」

「え?えっと」

「んー」

ふらりと前を向いて歩く。

「暗殺向きじゃない」

「……それは師匠にも言われました」

「なのに師匠」

「……暗殺?を教えて貰った覚えはないです」

「ふむ」

なんというのだろう。前を行く足取りは軽やか。

「何考えてんだか、あのじいさん」

じいさん。じいさん?

「君も断って良いからな」

「……」

何を?

「あっとはなんだっけ。そうそ、俺はショウ・ユキノ」

「……すみません」

行き着いた扉をユキノさんはノックをして開ける。

「連れて来ましたよぉ」

おつかい。隊長に。

「おぉ、よう来た」

裏口入場に、王様が嬉しそうに笑む。そういえば、色々と面倒な事を聞いていない。

王の間に居たのは王様と、王子と軍総大将、総長だったか。王子は奥さんを亡くしたのだっけか。顔色が悪いというか。不機嫌そう。娘さんも何か意識不明とかで本当なら側に居たいのか。

「話は聞き及んでいるか」

「え?なんのです?」

「おぉ、聞いておらんか」

「ユキノ、来るまでに話しておけ」

王様の感想と総長のお叱り。いやぁと笑ってしまえる辺り、一緒に居るのが長いのか。

「そこのの妃が死んでな。娘が意識不明だ」

そうですか。と返していいのか。

「で、その妃鉄の国でな。鉄の国の王がご立腹だ」

相槌必要なのかなぁ。でもへぇとか言ったら駄目そうだし。

「そんなわけで責任をとって、王をそこの息子に、軍総長をテッセンからお主にすげ替える」

へぇって、あぁ。

「お断りしても?」

言えば、ぐっと、ユキノさんが笑うのを我慢した。成る程断っても良いとは冗談だったらしい。

「ご冗談でしょう、陛下」

王様の発言を冗談にしたのは総長さんである。聞いてはいなかったのか。

「妃を亡くされたのは殿下です。殿下を王にしてなんとなりましょうか」

え、そっち?

「しかしのう、他に居らんし。それの子じゃちと小さかろう」

「それはそうですが」

違う。

「おいっ、そこの若いのに総長任せるのは良いのか」

不満気王子の言う通り。

「しかも葬儀の段取りも何も組まないうちから」

「うちの決まり事を破ったはそちの妃ぞ?あとそれにはユキノを補佐に付けるし、そちには前総長となったそれをだな」

「あんたの傀儡にする気か」

「我等は民の傀儡たろうぞ」

「は?どの口で」

「主の子に任せれば、その危ぶみも的を得ようがのう、鉄の国の王も孫には強く敵意を出せぬであろうし、そうするか?」

「するかっ、ふざけんな」

「あぁ、そちが継ぐ為に殺したようか」

「するかっお前じゃないんだっ」

「殿下、殿下は殿下らしい振る舞いを」

「お前等の為になんぞ」

「民の為ぞ」

「クソじじいが、そんなもの念頭に入れていないくせに」

「レン、すまんがコレを」

「レン?レンって他国民か?」

「サンデリーの子だ」

「お前区民を総長にって、まさかあの区を領地に」

「その様な気はないわ」

あー。

「領地争いに巻き込むのは」

「そう思うならば、国に尽くせ。見かけだけでもな」

「成る程、王様は人質に取れるものがある者を重宝するのがお好きなのですね」

これにくっはと、ユキノさんに笑われる。王様はにまりと笑む。

「そこのユキノとテッセンの弱みは握っていない。ただ他の選択肢はないな。他の選択肢は与えない。それが私のやり口よ」

「そうですか」

いい趣味してるなぁというのなのだろうか。

「いやぁ、これが総長って楽しそうですねぇ」

「ショウ隊長、お前がちゃんとしてくれんと困るぞ」

「テッセンさん、大丈夫ですって」

「つうか、じじいはこのガキをなんで」

「夜の気配に気付いたのでな」

「は?」

王子が怪訝になり、ユキノさんがぴっくっと、反応した。しかし夜扱いされているならシライトは夜にちなんだ名前にしとけば良かった。名前って呼べれば良いけど。呼ばれる固有の言葉があるだけで良いんだけど……。あぁ、先生が付けてくれたんだった。だから、あそこにずっと居た。ガキとか、なんか、汚いものを見る目じゃなくて、俺を俺として捉えてくれた所。

「稀有であろう?それで十分だとも」

「……駄目だろ」

王子の冷たい突っ込み。まぁ、いいとして。

「他の人はそれで納得するんですか?」

「いやぁ?夜の事は此処に今おるんと、裏一隊意外誰も知らん」

あぁ、そうなのか。まぁ、いいか。

「総長ってなにするんです?」

「なんで前向きなんだよ。というか、そんなんも分からんど素人どうすんだよ」

「王となる様に育ててもその体たらく、大丈夫だろう」

「……」

「総長は、軍の取りまとめ役ですよ」

黙ってしまった王子を気にせずユキノさんがにこりと笑って言う。

「……えー、出来る気がしません」

「まぁまぁ、それだけでないですし。その辺りはそこまででもないですよ」

「……」

「喧嘩っ早くなければ、大概の事は大丈夫ですって」

「えー、ちょっと自信ないです」

リンの事すぐ殴っちゃったし。

「はは、テッセン様より穏やかでしょう」

比べられるものであろうか。ちょっと総長さんを見る。渋い顔、というのは意識の渋さではなく定着しているそれと思う。

「意識的になだらかにしているのとそうじゃないのじゃ、変わってくると思いますけど」

「まぁ、確かに。怒りどころが限られて、そこはそこか」

「駄目なんじゃねぇか」

「あなたよかまともですよ」

「……」

なんでそんなに王子は評価が低いのだろうか。

「まっ、さっきの喧嘩っ早くなければっていうのは対外向けの話で」

言葉を止めたユキノさんが、表の扉の方を見やる。そこがバンっと開かれる。

「傀儡がっ」

入って来た兵が一言発し、息を呑んで、整えようとする。

「傀儡がっ、出ましたっ」

「あの男、そこまでの愚行を」

陛下の嘆き。傀儡、傀儡。つまり?あの男という人が操って、牛耳らせている人達?

「傀儡政権が」

の何に慌てるのか。

「今は傀儡の話ですよ」

傀儡?

「傀儡は世界法で駄目では?」

「だから愚行ね」

「でもあの男って鉄の国の王陛下ですよね?あそこって神が見張ってるのでは?」

「ちゃんと考えて話せるんですね」

「……」

「馬鹿にはしてませんから」

「はぁ」

そう言う辺り、であるのだけれど。

「何体だ」

「一万は超えているもので……。しかし方向は鉄の国からでは」

「そらね。街に入られない様にしないと。中にはいない?」

「はい。街の周りの門を閉める指示は滞りなく」

「ん、で、どうしましょ」

ユキノさんに聞かれて首を傾げれば、ユキノさんもそうなる。

「総大将でしょ?」

「あぁ、じゃぁとりあえず見に行ってみます」

なんというのか、書類手続きとかないのかとか思うけど、いいや。

「おい、冗談だろ、急務をいきなりど素人に」

「心配なら見に行ってくれば良かろうが」

王座に座ったままの王様が言う。そんなこったろうか。

「んじゃ、ペンネル」

ユキノさんが呼べば、黒い傘で黒いロングのワンピース、黒いロングの髪の女性が現れて、ユキノさんと傘を持って迫って来たと思えば、王子も巻き込んで、黒に包まれていた。

見上げれば晴れた空。今日は晴れていたのか。空を、見ていなかった。

「あぁ、もうすぐそこに来てら」

今いるのは国璧。王都に作られた壁の上の通路。見渡す荒野に赤黒く燻る様な人々。と言っても良いのか、顔の判別は微妙で、ぞろぞろ、力なく群れをなしている。

「ペンネルさん大丈夫ですか?」

「私、聖魔術はつかえませんよ」

なんの話だ。

「えっと、移動術って、霊力食うんじゃないんですか」

「あら、えぇ、でもこの傘特殊ですので、大丈夫」

「なら、良かったです」

にこりと笑われ、笑い返す。それで。

「よくないだろこの状況」

王子だか王様だかに言われて瞬く。

「いっぱいいますね」

「傀儡がだっ」

「傀儡って、イマイチよく分からないんですけど」

「アホかっ、アホなのかっ、マジでなんでこんなやつ」

「傀儡っていうのは平たく言うと死体人形で、死んでるんで、無限再生っていうか。まぁ、死なない。戦ってもアホみたいに疲れるだけだ。でだ、対抗手段で真っ当なのが聖性魔法術式、聖魔術。ほぼ治癒魔法の筈だがなんか効く。あとは焼き払う」

「ユキノさんは話方変わってます?」

「あぁ、レン総長相手に、どうしたものかと困ってる」

「あぁ、それ本決まりでいくんですね」

「あぁ、逃げる気もあったのか」

笑っておく。腰に横に下げた剣の持ち手を撫でる。

「まぁ、大丈夫かな」

「おい」

訝る王子。閉じた門に迫る人々。というより、死体達。

「ユキノさん、僕が死にそうになったら助けて下さい」

「ん?」

壁は百メートル以上あるのかな、と、サンデリーの穴に比べれば、大した事のない高さに踏み出して、体を使って壁よりを落ちて、壁をすべる様に落ちて、勢いを落として、体を回して剣を抜きつつ地面に着地する。

「さて」

それを先頭の死体に一振り。傀儡作る人って傀儡作るの禁止なのにどうしてるんだか、と思いつつ、蘇って欲しい人は還らず、目の前の死体も判別曖昧の烏合。足で地面を蹴る。体を丁寧に扱う。相手の動きは緩慢で、対応力というのは求められていないらしい。

右へ左と振り回す。片側寄りでは体を崩そうか。一振り五百体ぐらいであろうか消えていく。傀儡の霊力って凄いなぁと。剣を振る。体を大事に、はぁと息を吐く。体力付けないとなぁと。考えもせずに剣を振っていく。一振りで、結構飛ぶので、走って行くのは疲れるけれど向こうも向かって来てくれるので、良かったと言えば良かった。

振って振って振って、はぁ、と地面に剣を刺した。

「っつっかれたぁ」

「でしょうねぇ」

後ろでユキノさんが言う。

「どんな剣です、それ」

「……」

リンから、と言ったら、リンに迷惑が掛かるのかなぁっと。上体ごと首を傾げる。

「拾った?」

「いや、疑問形というか、それ完璧にアナタ向けに作ってあるでしょうが」

「あぁ、うん。視点力点作用点?と腕のバランス?完璧で超振りやすい」

「いや、それちょっと違いますけど。持ち手に合わせてそこまで設定出来ますかね。それ持ち手に合わせてバランス変わる様な設定術式、では」

「じゃぁ、持ち手向けになる?」

「その疑問系」

剣を地面から抜いて払って鞘に納める。大して汚れていなかった。触れる前に吹き飛んでいたから。というか。

ただの荒野だと思っていたのに、よく分からないヒョロヒョロとした草花。一面の緑でも花々と言う程華々しいものでもないけれど。

「見事な花畑」

「ふっ、自分で言いますか?」

ユキノさんが笑うので瞬く。そういえば、なんかそうだった。死が生に。

「浄化もしてしまった御様子で。これじゃぁ傀儡ももう作れないでしょう」

「……そう言うものですか」

「傀儡は血の滲んだ土地に産まれるそうですよ。だから終わらない争いを終わらせる為に傀儡製造禁止の法があるんです」

「……へぇ」

なんか、聞いた事ある気もしてきたなぁと。

「上で新しい総長ですよって説明してるので」

あぁと、壁を見上げて上でわちゃわちゃしている人達に手を大きく振っておく。

「宜しくぅー」

「そんな、満面の笑顔で」

ユキノさんは面白そうに笑って、腹を抑えていた。笑い上戸だなぁと、酒も飲んでいないと言わないのかとか思いながら、体が痛くないのに安心しつつ手を振っておいた。



「リンー」

暫く国の方でてんやわんやしていて帰るタイミングを逃して1月ばかり。鉄の国が傀儡を差し向けた根拠もなく、重役すげ替え以外平和なものではある。

「シライトの事見ててくれてありがとぉ、と」

先生は具合が良くなったらしく、入ってすぐの診察室みたいな所にいて、シライトは手伝いをしていた。そこで挨拶をしている間にリンが出て来るものと思っていたら、来なくて、診察室とは別の作業スペースに入る。

「リン?」

返答のなさに集中でもしているのかと、思ったがいない。裏口からどこかに行ってしまったらしい。裏口はドアでもないので、登り階段に出るだけ。下手に横道にそれれば迷子であるが、上だと良いなぁで上がって行く。上まで行き着いて、鉄板じみた蓋の様な扉を押し上げる。

「フっと」

さてはて。出て来た穴から見回して人影を見つけて、上に出る。来た時は居なかったよなぁと、言っても、穴は広いし、人影は幾らでもある。バスの停留所もここからは遠いし、穴の上に建物がない訳でもないので。座っているリンを見つけた。

「リン」

「……」

呼べば上向きに振り返るが不満気だ。

「ごめん帰るのが、また間空いて、シライトの事見ててくれてありがとう。……えっと」

こちらを見るリンを見返して首を傾げた。

「どうかした?」

「怒ってないのか?」

「えーっと、なにが?」

「……その剣」

「ん?あぁ、助かったよ。ありがとう」

言うのに、リンはそっぽを向く様に、前を向くので隣に座る。

「お陰でレンは化け物扱いだ」

「はは、なにそれ。そんな扱い受けてないけど?まぁ、良いよ。リンの事は言ってないし、大丈夫。シライトの事もあるし」

「……ずりぃ」

「ん?」

「そう言われたら名乗れないし、安全圏じゃねぇか」

「……リンって名誉欲とかあったっけ」

「そんなんじゃっ」

「ごめんね、リンの功績でもあるのに、独り占めして」

師匠のお陰でもあるのだけれど。

「ごめん」

リンに泣きそうな目で見られた。

「絶対ぇ面倒な事になる」

「そう?大丈夫じゃない?」

「……そうか」

風が吹いている。下から空気を逃して取り込む、換気扇とか、浄空気機の音がガウンガウンと響いていた。

「シライトもリンも守れたら嬉しい」

空を見るように、背中を地面に落とす。

「あの花畑、俺は好きだしね」

「……そうか」

「緑豊かって感じでもないんだけど」

「……そうか」

「…………リン、分かってたの?傀儡が来るって」

ちょっと丁度良すぎな気がした。

「……石の国と鉄の国の間は昔激戦地で、血に濡れた、傀儡の作りやすい土地だとは、分かっていた。だから、……予測はしてた」

「そぉかぁ、偉いなぁ、俺は予測とか苦手だし。ふっふふ、俺が総長だとか、兵を仕切るとか意味分かんないよねぇ」

「……それを、当の兵士にゃ言わないんだろ。それだけ、大事にはしてる。十分だろ」

「はは、妬く?」

「ふざっ」

こちらを向いたリンは赤面とも言えて、笑っておく。

「大丈夫だよ。リンの事忘れたりしないし。先生の事も、シライトも」

「……」

「幾ら帰って来なくても、不安にならないで。大丈夫、思ってるよ。リンの事」

「……俺をなんだと」

「えー、頼りになり過ぎる弟?」

「……ふわふわした兄貴でどうかと思うわ」

「うん。ごめん」

「……」

何か言いたげにこちらを見て、ずっと、地面を見る様に横たわる。

「ほんと、どうかしてるわ」

「なんか、よく分かんないんだけど」

「だろうな」

「んんー?」

手を伸ばして、その頭を撫でる。それを目も向けられず、煩わしげに払われる。

「……怪我すんじゃねぇぞ」

「うん、知ってる」

素直に言葉にしてくれた事が嬉しくて笑う。あぁ、でもだったら他の返しようがあったか。

「ふふ、俺リンの事怒らせてばっかっぽいのにね」

「あぁ、……ほんとにムカつく」

「リンは優しいなぁ」

「……怒ってたくせに」

いつの話だ。で、殴ったなと。

「それは優しさじゃないだろ?」

「……助けたい……、ってじゃねぇのか」

「違うと思うけど?」

そもそも純粋な助けたいだったのかも疑問だけれど。俺の為に何かしたいが、それならそれか。

「……なんで?」

「んー」

しかし、助けたいが優しさではないか。

「欲求ぽくって。優しさって、緩和っていうか、許し?まぁ、俺の言う事だから気にしないで」

そう。

「俺の都合よく言ってるだけだし」

「……そうか」

戻ったな、なんか。

「可哀想だよね、俺の部下って。謝るならそっちか」

「……お前が謝んなよ。あと、不憫なだけで可哀想ではない」

「はは、そ?そういや、俺の補佐的な人が笑い上戸?でよく笑ってる」

「職務中に酒入ってんのか?」

少し上体を起き上がらせたリンに覗き見られた。

「やっぱ上戸って言うとそう聞こえるか。お酒は入ってないと思う。というか、沸点低いか、俺がツボみたい」

「……そうか」

「まぁ、楽しそうにしててくれて良かったよ。いきなり上司変わって使えない上に気に食わないんじゃ可哀想だし」

「……なんか言われたのか」

「ん?なにが」

「自己評価、低くなってないか」

「んー」

首をひねって考える。どこか倦厭されてる所はある。それ以上になにかと言えば、ない。

「ちょっと怖がられているぐらいだよ」

「おい」

「補佐官の人はそんな事ないし」

「それって」

「その人の近辺の人も?王様には若干引かれてるけど」

「やっぱり」

「ありがと。お陰で沢山の人が助かったみたいだよ。リンの剣があったから」

「……どうでもいい、沢山なんて、俺はお前が、お前以外、どうでも」

切羽詰まった表情に見下ろされて、笑った。

「俺も元気に無事だよ」

「それが無ければ無茶しなかったろ」

「そういえば横向きに下げてるからここ登る時引っかからないか、ドキドキした」

「違うっ」

叫ぶ様なリンに頭をまたぐ様に手をつかれた。

「前線に立つなんてしなかったろ。五万を1人でって、アホか」

「300回ぐらい剣振ったかな、流石に疲れたし、体力付けないと」

300回の所でリンが瞠目する辺り、リンが考えていたより剣は有能らしい。傀儡の霊力規模の問題かもしれないけど。五万が目算でしかないのだけれど。

「レン」

泣きそうな声で顔のリンの頰を手で撫でる。

「リンって、心配性だよね」

言えば手を弾かれて、リンはぐるりと仰向けに横たわる。

「ふざけんな」

「んー」

ふざけてるつもりもなかったのだけれど、隣で目に腕を当てて鼻をすすられると、そうも言えない。どうしたものなんだろう。

「リン」

「俺の所為で」

これ最初に覆したつもりだった。

「リン、人殺した訳でもないし」

「……それは、どうでもいい」

「……えー、武器作りする人って、そんな事は気にしないんだ」

「俺は別に」

「武器作る人じゃないもんね。気にするかと思った」

「……お前、殺したくないなら、なんで兵士になったんだ」

「最近の兵士は殺さないよ?」

「安定給か」

「かもね」

「辞めたらどうだ、義理もないだろ」

「んー」

辞めたらリンとシライトの事でなにかあるかもだし。

「まぁ、別に危ない事もないし」

「……」

「いや、ほんと、凄い剣だね」

「……」

リンの望んだものではないのだろう傀儡が出た時どうにか出来れば良かった。それだけで、一人で殲滅して欲しかった訳でもないと。

「かっこ悪りぃ」

「え?あ、剣頼りで」

「ちげぇわ」

超不満気。びっくりついでに起き上がった背中を足で小突かれた。

「はぁ……、仕方ねぇ。頑張れよ。俺も最大限サポートしてやるから、だから、死ぬなよ」

「うん、ありがと、リン」

嬉しくなって笑っていた。大丈夫だ。なんて事のない毎日になったから。

師匠に会えない、忙しさと共に、それが日常になっていった。

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