第十二話 失踪
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冒険者ギルドに併設されている宿の俺の部屋に、装甲に身を包んだ宇宙軍兵士たちが次々と押し寄せてきたのは、調印式から二日後の事だった。
「な、なんだなんだ!?」
その数は二十人ぐらいだろうか。
銃を構えてはいるが、敵意はなさそうだった。少なくともいきなり撃ってくるというようなことはなさそうだ。
「宇宙冒険者のショウゴ殿ですね」
兵士の一人が言う。
「あなたがかつて救出した、宇宙エルフのスノウ姫の所在を知りませんか」
「いや、知らないけど……
色々と式の後処理もあって、三日ほどしたら自由になるから一緒に冒険に、とは言われたけど」
「そうですか。
実は、スノウ姫が行方知れずなのです」
……。
「ええええええええええええええええええええええ!!?」
俺は驚く。
いやいやいやいやいやどういうことだよ!?
「行方不明って……どういう」
「それが……非情に難しい状況なのです」
「難しいって……」
詰め寄る俺に、別の声がかかった。
「なぁに簡単だ。犯罪者として疑われているのだよ」
俺は声の方向を振り返る。
そこにいたのは見知った顔。
確か、ザナ味……いや、ザナージだったか。
「どういうことですか!?」
「ふん。言ったとおりだよ。
かの姫様にはな、銀河帝国転覆を企んだ疑いがかけられているのだ。
帝国に賛同し調印することで内部に入り込み、反帝国のエルフどもを呼び込んで破壊工作や政治的分断工作、ハニートラップ諸々を仕込んだと、な」
「な……!
スノウがそんなことをするはずがないだろう!
証拠はあんのかよ!」
「あるとも。姫の部屋から大量に出てきたわ。
ああ、完璧すぎるほどに完璧な証拠が続々とな」
そのザナージの言い方に、かっとなった頭が少し冷える。
言い方にどうにも含みがあるからだ。・
「……あんた、疑ってるのか」
「さて、どういう意味でかな。
スノウ姫が犯罪者であると疑っているかどうか、ならばイエスだ。当たり前だ。
だがこの見事な証拠の山が疑わしいというのもまたイエスだよ。
ああ、実に気に入らん」
ザナージはカツカツと靴音を立てながら部屋を歩き回る。
「いいか、ショウゴ・アラタ。
私は貴様が気に入らん」
こないだは期待しているとか言っていたのに。いやそれはどうでもいいけれど、差ザナージはそんなことを言い出した。
「そして、このタイミングで、貴様の大事な姫が犯罪の証拠を残しで姿をくらませる。
となれば当然、貴様を気に入らん私は、貴様にも嫌疑の目を向けるのが当たり前だ。
ああ、当たり前すぎて気に入らんわ。まるで誰かが筋書きを書いているようではないか?」
「つまり、黒幕が別にいると……?」
「知るか」
ザナージは吐き捨てるように言った。
「そういうのは調査をして真実を解明すればわかることだ。
だがな、私は貴様が嫌いだ。
だからここで貴様に変に嫌疑をかけて関わりたくないのだよ。誰が好んで宇宙ギコブリと顔を突き合わせて事情聴取したり監視したりするものか!」
そう言って、ザナージは手をシッシッ、と振る。
「精々勝手にエルフの無実を証明しようと無駄足踏んで動き回るがいいさ。
話は終わりだとっとと出ていけ臭いんだよ冒険者風情が!」
いや、ここ俺の部屋なんだけど。
だけど……
「ああ、そうする」
俺はこの男の言葉に素直に従う事にした。
なんだよ、ぱっと見傲慢で尊大な嫌な奴に見えるけどいい奴じゃないか。
俺は閉まった扉の向こうに向かって軽く頭を下げると、下の酒場へと向かった。
「話は聞いたよショウゴ君」
酒場ではユーリ師匠が俺を出迎えた。
流石は宇宙勇者、もう情報が言っているようだ。
「……で、師匠もスノウを捕まえるんですか」
「うん、捕まえるよ。軍より先にね。
もし軍や貴族たちに、スノウ姫を罠にはめた者がいるとしたら、軍に確保されたら危険だよ。
だから、なんとしても」
問答なんてする必要もなく、ユーリ師匠はスノウの無実を確信してくれていた。
心強い。惚れちまいそうだ。
「問題は、どこにいるかだけど」
話していると、ウェイトレス姿のアーシュが水をもってきながら言う。
「あの子一人で逃げ回れるとは私は思わないわね」
「……どういうことだよ、アーシュ」
「あんたや私と違って、あの子は荒事になんて全く向いてないお姫様よ。
あんたと会った時も、追いかけられてすぐに捕まりそうになってたんでしょ。
一度や二度逃げられても、そう逃げ続けられるわけないのよ。あの雪エルフ、魔法だって簡単な治癒とかぐらいしか使えないし」
「……確かに、な」
「私が思うのは、すでに捕まっているか、あるいは匿われているか、ね。
どっちにしても、軍は見つけていないと思うけど」
その言葉に、俺もユーリも頷く。
見つけているなら探す必要はない。
「なら、スノウを別で狙ってそうな連中、そして匿ってそうな連中を手分けして……」
俺がそう言ったとき、
「話は聞かせてもらった!」「及ばずながら力を貸そうか」
と、ヴァークとメイグーが割り込んできた。
「お前ら……」
「おっと野暮は無しだぜショウゴ。
お前の愛しい姫さんのピンチなんだろ。だったらここで俺らもお姫様に恩売っておこうと思ってな」
「というか、前に怪我した時に姫様に助けてもらった恩があるしな。
仲間……とは言わんが、知り合いが困っているなら手を貸すのが冒険者だろう」
「貸しにしとくぜ。で、俺らはどうすりゃいいんだ?」
二人の言葉に、俺は声を失う。
こいつら……
「いい奴だな、お前ら」
「何言ってんだよオイ」
「いいから指示をよこせ。
……お前じゃらちが明かないか。
どうすればいいのですか、勇者様」
メイグーの質問に、ユーリは答えた。
「わかった。では手分けして探すよ」
そうして、俺たちは街を駆け巡った。
繁華街、下町、オフィス、スラム、様々な場所を聞き込みした。
だが……
「だぁめだ」
数時間後、集合した俺たちの成果はゼロだった。
全員が疲労困憊である。
「宇宙港にもスノウ姫の出た痕跡はなかったよ、勇者の特権使って閲覧してみたけど……」
「港での聞き込みも駄目だったわ」
ユーリとアーシュがテーブルに突っ伏す。
「冒険者仲間に聞きまわってみたけど駄目だったわ。
ここ最近に姫さんと接触持った人間には全員当たってみたんだがなあ」
「こないだの貴族……ファットマンも卿も心配してたな」
ヴァークとメイグー。
メイグーは貴族たちにも探りを入れていたらしい。
「あの貴族か。
そりゃ自分が必死に援助してたエルフとの交流がこのままだとご破算だしなあ……」
あのさわやかイケメン貴族を思うと、同情する。いやムカつくけど。
「しかし手詰まりって感じだわなぁ」
ヴァークが言う。
「手分けして最初から姫さんの足取り追っても見当つかず。
こりゃもうお手上げかもな。あとはもう宇宙エルフの星まで行くしか……」
「流石にそれは……いや、待てよ」
そもそものその「足取り」が、この星……銀河帝国首都惑星セントラルーンに到着してからなら。
俺とスノウが出会った時、そしてその前……
「宇宙海賊に、襲われていた……」
そうだ、スノウは狙われていた!
そしてそれがまだ続いていたとしたら。諦めていなかったとしたら……!
「こいつだね」
ユーリがホログラフを出す。アーラフの手配書だ。
宇宙海賊アーラフ・ヴォーロンド。
賞金は宇宙金貨百八十枚。日本円換算で千八百万円って所か。
こいつがまだスノウを狙っていて、そして捕まえたというなら……
「よし、こいつを探そう。
この星でスノウを攫ったなら、足取りを……」
「その必要はないぜ」
俺たちの会話に、横から声がかかる。
その声の主を見ると、見覚えのない冒険者だった。
俺たちと同じかもう少し若い、いや幼い、少年だ。
少女のような顔だちをしているが、粗野な目つき、表情がその気の強さを見せている。
「あんたは? てか、必要ないってどういう……」
「オレの名はサッサ。
知ってるからな、そいつを。
ずっと追ってるんだよ。そして見つけたからな、今準備進めてる所さ」
「なんだって……!?」
「エルフを連れてたのは珍しいからな、足取りはバッチリさ」
その言葉は聞き逃せない。
やはのスノウは、アーラフが!
「あんたらもあいつ追ってんなら、ちょうどいいや。
こっちは手が足りなかったから依頼出そうと思ったのさ、冒険者ギルドに。
それを直接あんたらに依頼するよ。
宇宙海賊アーラフ捕獲に協力してくれ。あんたらも追ってるんなら利害は一致だ。金は山分け、どうだ?」
「申し分ない」
こちとら藁をもつかみたいんだ。断る理由なんか何もない。
「よし決まった。43番区画の71番ドックにオレの船が停めてある、そこに集合だ」
グラスを飲みほしてテーブルに置き、サッサは言った。
「行先はとある小惑星帯、そこにアーラフはいる。
オレ達の獲物がな」