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愚者

ブルスコファー

一芸は道に通ずると言うが、今日ほどそれを実感した日はない。毎日惰性でしていた歌の練習が誘拐からの逃走に役立つのだから、人生やはりわからないものだと、赤い空を眺めながら俺はしみじみ思った。しかし苦難が終わればハッピーとはいかないのが人生。闇雲に飛び出してきたものの、どうやら王都からイセルは相当遠いらしく、気付けば俺は地平線まで見渡せる、何処もかしこも何もない平原に寝っ転がっていた。太陽はもうその身を隠し始めている。投げ遣りではない。星を見れば方角が分かるので、夜になるのを待っているのだ。頭の上には沈みかけた太陽、足元にゴールデンドーンの王都。王都はあの自称フェルモイの王女ラオメドキアでお馴染みフェルモイと我らがゴールデンドーンの同盟の話で持ち切りで、俺が見たのは同盟を祝うパーティーだったようだ。開催場所は王城。王城に部屋を持つ金髪誘拐犯は何者なのか、考えたくもない。

やがて夜になり、俺は星を見てから歩みを再開した。よく考えたら俺は星の配置なんて知らなかったので方向は適当だ。暫く歩くと街道にぶつかった。王都からはかなり離れたので道に沿って歩く。流石大陸の覇権を争う大国の王都と言うべきか、松明を持つ商人や馬車と何度もすれ違うが当然ながら彼らは俺が王城からの逃亡者だとは考えもしない。それにあれだけ堂々としていた子供が不法侵入を犯した犯罪者だとはあの場の人々は気づかなかったはずだ。ラオメドキアちゃんが告げ口すれば別だが、彼女はそういう事をしなそうだしきっと大丈夫だろうと根拠はないがそう思った。みんなは俺を誰かが雇った美声の少年歌手だと思い込み、俺は呑気にイセルまで帰る。あの場でそこまで考えられたのは我ながら流石である。商人にイセルへの道を教えてもらい自画自賛しながら俺は道を歩いた。

何度も同じことを繰り返していると結果は変わらないようだが、時々突飛な結果の生じることがある。釣りにしても虫取りにしても、根気良く続けていればいつかは希少な魚や虫が取れるように、反覆は特異を呼ぶ。俺が繰り返していた街道を行く人とのすれ違いという行為も、例外ではない。分かりやすく言うと変な奴らが歩いてきた。少女だけの大行列だ。先頭の少女は奇妙なステップを踏みながら調子外れの笛を吹き鳴らしている。それに続くように太鼓を持った少女がへっぽこなリズムを刻み、ラッパを持つ少女が頬を膨らませて、それらの周りを松明を持った少女達が照らしーーー。そんなのが列をなして道の遥か向こうまで続いている。何十人もの少女が様々な楽器を演奏しているのも奇妙だが、この集団の1番おかしなところは、少女達全員が寸分違わぬ同じ顔をしていることだ。炎に火照る顔の眠たげで垂れた瞳、小ぶりで可愛らしい鼻、薄い唇、丸い輪郭。全てがそっくり同じなのである。違いと言えば髪型や表情による微妙な差くらいだ。

この世界の少女がみんなおかしくなってしまったのか、それとも俺の頭がおかしくなったのか、判断に悩んでいると少女の群の中からステッキを持った少女が足を交差させる奇妙な歩き方でこちらに近づいてくる。

「もう日も暮れるというのに、子供がこんなところで何をしているんだい?」

「お前も子供だろ。今帰宅してるんだよ。心配してくれてるならその馬鹿みたいな演奏を止めてくれ、頭がおかしくなる。」

ガビーン!と言って固まってしまった少女の隣を通り抜けようとすると演奏が止まった。横を見ると少女達は皆白目を剥いて放心したように固まっている。あれだけ酷いのに今まで指摘されなかったのだろうかと思いながら歩みを再開すると、ステッキの少女が慌てて追い縋ってきた。

「待ってくれキミ、今何と言ったのかね?何故か分からないが一瞬意識を失ってしまっていたみたいなんだ、すまないがもう一度言って欲しい。」

「下手くそ。」

グワー!と叫びながら少女が吹き飛ぶ。無視していこうとするとシンバルを持った少女が立ち塞がる。

「待つんだ、そのHETAKUSO・・というのはアレかい、ワタシの知らない言語ではいい感じの意味を持つ・・。」

「いや普通にお前らの演奏が良くないって意味だよ。」

少女はシンバルをしゃーん!!と鳴らしながら倒れた。と思えばまた別のが来る。

「騒音。」

じゃかじゃーん!

「駄楽器。」

ドコドーン!

「音楽への侮辱。」

ポロローン!

倒れる時はみんないい音を出す。俺は道を進みながら次々と現れる少女達を倒していった。ボキャブラリーもいい加減尽きかけた頃、最初のステッキを持った少女が目に涙を浮かべながら小走りで前まで回り込んできた。無理に笑おうとして口の端がピクピクと震えている。

「あは、あはははは・・・。な、中々面白いじゃないかぁ、キミぃ・・。散々言ってくれたが、これ程の楽団は世界広しといえどもワタシくらいなものだぞ?それに見たまえ、この楽器の種類!君の知る楽器全てがあるだろう!」

少女は話すうちに段々と元気になり、声を張り上げながら俺の後ろを指さしたが、その先に松明を持った少女達に照らされる、地平線まで続く地に伏した少女と楽器達を見て指は折り曲げられた。

「野次NGのセンチメンタル、も謳い文句に追加するべきだな。」

再び固まった少女の後ろでは雲一つない夜空に星達が輝いている。俺は少女をどかして今度こそイセルへの道を急いだ。珍妙な集団が現れたからといって毎回構っていてはいつまで経っても帰れないし、何より今はそういう気分ではない。静寂もまた安らぎなのである。冷たい夜の静けさの中での優雅な散歩と考えれば風情もある。欲を言えばここに低音のロマンチックな曲でも流れていれば・・・・・。

「おい。」

「タマシイヌケー。」

「お前らは何処にむかってるんだ。王都か?」

「オウト・・?この先にはオウトがあるの?」

「知らないのか?この国で一番栄えてる場所だぞ。あそこでその下手クソな演奏を磨きに行くんじゃないのか。」

「何を言っているんだ!人なんてワタシが演奏を始めれば何処であろうと水を求める砂漠の旅人達のように集まる!音楽界のオアシスとはワタシのことだ!」

一斉に胸を張り威張る少女達。耳がイカれているのだろう。

「つまり目的地は無いってことだよな。」

「特に無いね!何故ならワタシの

「それはもういい。なら俺と一緒に来ないか?町の奴らに是非お前らの演奏を聞かせてやりたい。」

少女達の目がまたも一斉に光り口角は天高く上がっていく。これほど分かりやすいと可愛らしく感じるが同時にこのシンクロ率は不気味でもある。とにかくこいつらがいれば音楽を得られる。それこそが重要な事実だ。

「旅は道連れってやつだね!良いだろう、共に征くとしよう、約束の地へ!」

意気揚々と進み始めたステッキの少女が急に振り返る。

「自己紹介がまだじゃないか!ワタシの名はタルカ!さあ、君の番だ我が旅の友よ!」

俺の周りを期待した表情の少女達が取り囲む。

「テイン、よろしく。」

おぉー、と何を感嘆しているのか知らないが感嘆の声がいくつもあがる。タルカは満足げに頷いてまた背を向けたので隣に並んで俺も歩き始める。

「他の奴らは良いのか。」

タルカは俺の問いに困ったような顔をする。

「自己紹介は一度で良いと思うけど・・テインがどうしてもと言うのならここで何度も自己紹介を繰り返しても良いよ?」

後ろを見るとタルカと同じ顔の少女達が舌を出して嫌そうに眉を寄せていた。

「一応聞いただけだ。」

世界には双子や三子という同時に生まれた顔の同じ奴らがいると聞いたことがあるが、これだけの数が一人の母親のお腹にいたというのは無理がある。不思議な力を持つ少女には何人も会っているので俺はそれ以上訊ねなかった。

「もう質問は無いかね?宜しい。では僭越ながら、このワタシが旅の慰みとしてバックグラウンドミュージックを

「待て。」

「テイン君、キミはやたらワタシの言葉を遮るな・・。」

不満げなタルカは無視して後ろの縦笛を咥えたタルカの後ろに行き、その体を抱きしめるように両手を出して笛を持つ柔らかな手の上に重ねた。

「良いか、まず握り方から違う。これはこの穴を指で塞いで音を変えるんだ。こっちの手を下にして・・・。」

顔を赤くするのにも構わずタルカの手を動かす。指を重ねて音の鳴らし方を教えてやる。

「ほら、今教えた順に動かしながら吹いてみろ。」

体を離して促すとタルカは拙い動きで笛を鳴らし始める。ゆっくりだが美しい音色が響いた。タルカ達は全員足を止めてそれを見た。問題無いようなので次は巨大な弦楽器を持つタルカの後ろに付く。

「お前ら何突っ立ってるんだ。イセルはまだまだ遠いぞ。」

俺がそう言って睨むとタルカ達はぎこちない動きで歩みを再開した。全員がソワソワと挙動不審で、縦笛のタルカだけがさっき教えた曲を楽しそうな顔で吹いている。

「これは歩きながら弾く用には出来てないが・・力持ちだな。そっちの方が都合が良い。左手をここに置くんだ。姿勢が出来たら指でここの弦を抑えながら弓で弾く。次は・・・。」

縦笛より大分時間がかかったが何とか弾けるようになってきた。初心者にしては凄まじい習熟速度である。

「実は楽器を手に入れたは良いものの、弾き方もロクに分からなくて・・・テキトウにやっていたんだ。これ程美しい音が鳴るとは・・・。」

最後の仕上げとして指を重ねていると、一緒に演奏しているタルカが手は止めずに話しかけてきた。それで何故あれほどの自信を持てたのか。面倒なので何も言わずに流し、次のタルカの後ろに付いた。




全ての楽器を教え終え、奇妙な達成感と共に欠伸をしながら伸びをする。涙を拭って目を開けると、空が黒から青に変化していっている。振り向くと地平線から空を赤く染めながら太陽が昇り始めていた。それを祝うようにゆったりとした曲を奏でるタルカ達。俺は松明から火を消し始めたタルカ達を集めた。

「お前らも当然、参加してもらう。おいステッキタルカ、お前も来い。良いか、お前らはコーラスだ。ラーラララー、ラララーラララララー、ラーララーララー。このリズムを高音と低音に分かれて歌うんだ。歌詞はいらんぞ。」

何度か繰り返させて調整する。元々美しい声達が完璧に合わさり、素晴らしい音になった。俺がステッキをタルカからぶんどり、夜明けの太陽を背にしてタルカ達を前に整列させると、赤く染まったかんばせから更に赤い瞳達が俺に向く。

ステッキを振ると、まず太鼓がゆったりとしたリズムを刻み始める。続くように鍵盤、弦、菅と続き、様々な楽器達が奏でられる。音色を進め、山場になるとコーラスが歌われた。完璧な演奏ではないのに完璧な調和をした、不思議な音色が夜明けの空の下に響き渡り、俺の背筋を震わせる。

背中に太陽を感じる。俺は恍惚としながらゆっくりとステッキを振った。

モルスィ

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