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女帝

先日見た空に咲かせる花のように、どんなに美しいものもやがて枯れ、散りゆくのが世の摂理。もしくは儚さこそが美しさなのか。答えは一つだ。

「私ね・・・退屈なの。」

少女が頬杖をつきながら呟き、俺の思考を止める。冷たいほど白く美しい肌色。宝石のような青い瞳は伏し目がちで、綺麗に切り揃えられた金の髪が額で斜めになっている。いかにも物語のお姫様、という風貌の少女はイセルの美しい街並みも相まって1枚の絵画のようだ。

「じゃあお前も漕げ、この密航者。」

オールで水をかきながらアゴで船上に横たわる予備のオールを示すが見向きもしない。人の借りた船に勝手に乗っておいてこうも傍若無人な態度をとれるその根性は尊敬できるが。できれば俺のいない所でその根性を発揮して欲しいと思いながら、俺は船を揺らした。空の花を見た後なんだかんだでティムールの家に泊めてもらい、翌日にイムネへとティムールに乗せてもらって帰った日から何日か経ち、暇の出来た今日改めて観光しようと俺は馬車に乗りイセルを訪れた。この小舟に乗り街を流れる穏やかな川の上を移動するというのはこの町特有の文化である。街中に流れる川から見上げるように見るイセルはあの日とはまた違った姿を見せる。俺たちの他にも街並みを眺める観光客や慣れた手つきで船を漕ぐ住民の船が思い思いに川に浮かんでいた。視線を正面に移す。頬杖をついた少女は俺が1人意気揚々と船を漕ぎ出した後気づけば今の姿勢で佇んでいた。せっかくの旅行も怪奇現象が起きたとあれば満喫できない。

「おーい、テイン!」

聞き覚えのある声に少女から視線を上げると、相変わらずの全身鎧が橋の上から手を振っていた。手を振り返すと近づくようにジェスチャーされたので船を橋の下まで動かして川べりにある停船用の金具に手を置いて船を止める。ティムールは橋を駆け降りてきて船の傍でしゃがみこんだ。

「いつ来たんだ?イセルを訪れる時は会いにこいと言ったろう、水くさい奴め。」

俺の両手が塞がっているのを良いことに皮の手袋をつけた指で頬を突いてくる。家に泊めてくれたのは感謝しているが、寝る場所がないからと彼女の両親にニヤニヤされながら一緒のベッドで寝させられてから馴れ馴れしいというか、スキンシップが多い。ベッドの中、寝巻き姿のティムールは平時の凛とした雰囲気を崩して年相応に恥ずかしがっていて、俺は申し訳なさと萌えに挟まれ熟睡出来た。どうせ触るなら兜を取ってあの美しい顔で迫ってほしいものだが、全身鎧にこだわりがあるようで家の外に出る時はいつも身につけているらしい。仕方なく固い感触に甘んじているとティムールが驚いたように小さく声を出す。その目線の先には無賃乗船少女が我関せずといった風に頬杖をついていた。

「連れがいたのかテイン。お嬢さん、私はティムール。テインの友人なら私の友人でもある。」

ティムールは握手を交わそうと手を出したが少女がなんの反応もしないのを見て気まずそうに手を引っ込めた。

「こいつと俺は別に知り合いでもなんでもないぞ。」

俺がそう言うとティムールは予想通り不思議そうに首を傾げ考え始めたので、その隙に俺は金具から手を離す。面倒くさいのだ。自分でも訳の分からない状況の説明なんてしたくない。そう思って船を動かしたのだが、それに気付いたティムールは追いかけて来る様子もなく、ただ呆れたように肩をすくめた。ムカつく仕草である。しかし今の目的はゆっくりと船で揺蕩うことだ。彼女と交流を深める時ではない。しばし目をつぶって、水のゆったりとした動きに身を任せてイセルを楽しむ。

「貴方は何をしているの?」

瞼の向こうで少女が呟く。目は開けない。どうせ頬杖をつきながら川の流れでも覗いているのだろう。何をしているのか。それは俺がオールを使わないのでこのまま何もしなければ海まで流れてしまうという現状への言葉だろうか。それとも年端のいかない少年が一人で町から町へ旅行していることへの言葉か。友人を無視していくことへの言葉かもしれないし、彼女自身への言葉かもしれないし、哲学的な、我々は何故ここにいるのか、という問いかもしれない。

「生きてるんだよ。」

俺はこんな事も分からないなんて君は本当にアホタレオムスビだなぁ、という風な声音で言った。これほどに的を得た答えがあるだろうか。人の目で見る世界はときに複雑で難解に見える。あれには価値が有りあれには価値が無い。あれがああならこれはこうだ。あれが悪であれが善。様々なことが絡み合って世界が形作られていく。しかしそんなものは本質では無い。真理とは即ち自由であることだ。万物流転、諸行無常、遍くもの悉くやがて朽ちてまた生まれる。そんな世界の持つもの、それが自由である。自論ではあるが。そうした気持ちを込めての言葉であったのだが、密航者の胸を打つことはなかったらしく、ため息を返された。

「なんだかやる気が起きないの。興味がないわ。どんなことにも・・。幸せだってよくわからない。」

何故か突然饒舌になり語り始める少女。俺は適当に頷いてやった。舟の揺れがゆりかごのようで、眠い。

「何か変えたいって思ってね。貴方を見つけたの。貴方はなんだか、他の人と違ったから。」

つまりお悩み相談ということだ。この一瞬で密航者から相談者に。びっくり。

「それでいい。」

「え?」

答えを教えてやったのに分からなかったらしい。迷える子羊のために委細説明してやる。

「やる気も興味も幸せも要らない。誰がそんなの要るって決めたんだ。いい事を教えてやる。風が吹いたらな、何かが起こるんだ。もっと言うと何も吹かなくても何かは起こる。」

「つまり・・・どうゆうこと?」

「うるせー!!」

「ぴっ!」

少女が跳ねたのか舟が揺れた。それでもまだ伺うような視線を感じたので、俺は眠気の中ありがたい答えを教えてやる。

「お前の好きに生きろって言ってるんだよこのく・・・。」







柔らかなものに頭が乗っている。優しい手つきで髪を梳かれていた。この揺れは馬車だろうか。目を開けても何も見えなかった。

「姫、その方は?」

「とっても自由な人。初めての気持ち・・・一緒に居たいって、思ったの。」

頭を引き寄せられ、顔面でヒラヒラした布とその奥にある柔肌を感じる。好きに生きろと言ったものの密航の次は誘拐とは畏れ入る。俺は注釈をつけるのを怠ったのを悔いた。これこそ真の真理である。

つまり、ケースバイケース。

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