隠者
ビックバン
『ドラゴンスレイヤー 誕生!?
イーストウッドの海軍を二度も返り討ちにしたリョート海のドラゴンが何者かによって討伐された。ドラゴンの死体には胸から心臓へ巨大な槍で貫かれたような穴が空いていたがそれ以外に目立った損傷はなく、発見し陸まで引き上げた漁師4人は高価な資源であるドラゴンの死体を冒険者ギルドに引き渡すことで多額の報奨金を得ることとなった。しかしドラゴンを倒した人物は現在不明でイーストウッドは謎のドラゴンスレイヤーへの感謝と恩賞の用意を表明した。』
ドラゴンスレイヤー・・・中々良い響きだ。俺は歩きながら新聞の見出しの横にデカデカと描かれた黒いドラゴンの絵を見た。しかしドラゴンスレイヤーは何故莫大な金になるドラゴンの鱗や爪すらもとらずに去り名乗りもあげないのだろう。
「ドラゴンスレイヤーですか。どうして姿を見せないのでしょう。相打ちになって死んじゃったのでしょうか。」
「生きていたとして、素材を剥ぎ取ってないと言うことは余程高潔な奴かそもそも人じゃないか・・・。」
「ドラゴンの鱗を貫いて一突きですから相当の力が加えられたことになりますしね。考えられるとすればエルフの魔法でしょうか。」
「エルフってそんなに凄いのか。」
「さあ。」
「さあ、ってんだよ。」
今日は生憎の曇り空で、絶好の散歩日和という訳ではないが程よく冷たい風が気持ちが良い。街の喧騒も心なしか小さく、俺には好ましい雰囲気だった。噴水広場まで歩いてベンチに座り新聞を広げる。
『若すぎるチャンピオン・レオクレス
第124回世界アームレスリング大会が今年もパテルピアにて開催された。世界中の強者たちが海を越えて集うこの大会で、最年少優勝記録が16年ぶりに更新された。栄えある偉業を成したのはアサド村出身のレオクレス。今年11歳になる幼き少女が並み居る豪傑を悉く討ち倒し、見事に優勝の栄冠を手にした。これまでの最年少優勝記録は現パテルピア将軍ダウレスの18歳での優勝で、7年も記録を早めることとなった。』
「ほ〜。なんと言いますか、これといいドラゴンといい、はちゃめちゃな話ばかりですな。」
「想像も出来ねーけど信頼できる新聞だしマジなんだろうな。」
「しかし野蛮とはいいませんが、こんな穏やかな日なんですからもう少し優しみのある話が欲しいものです。」
「確かにな。」
体にピースな記事がないものかと新聞をめくり見ていくと良い感じのコラムを見つけた。
『双子月
太陽が沈むといつも闇と共に現れ燐光を放つ月。毎夜毎夜と我々はその姿を満ち欠けと共に目にするが、あれは果たしていつも変わらず同じ月なのか。月は夜になると何処からともなく姿を現し日の出と共に何処かへと消えていく。そして次現れた月は前の月と同一の星であるはと言いきれない。毎日同じような動きでは月も疲れてしまうから、ふたつの月が代わりばんこに出てきているのではないだろうか。』
「俺が見る限りは同じようにみえるけどなあ。」
「素敵な話ですねー。支え合って生きるって、なんだか素敵です。」
「そういう話なのかこれは。まあ月には月の苦労があるのかもな。」
これを書いたやつは旧態依然とせず日々に新たなものを探していこうということを言いたかったのだろう。つまりこれも本質では静ではなく動である。新聞というものがそもそも最新の情勢を伝えるというエネルギッシュなものだから、ここに静寂を探すのが間違いだったのだろうと考えたので、俺は行きつけの、と言っても数えるほどしか訪れていないが、とにかく書店へと向かった。大通りから少し外れた場所にある様々な店が立ち並ぶ中に、『本屋』とだけ書かれた看板をつけた建物がある。年季の入った扉を押すとちりりん、と黄色のベルがなった。中々広い店の中には天井まである本棚が神殿の柱のようにいくつも連なっていて、その奥にあるカウンターでは白髪の眼鏡をかけた老人が本を読んでおり、彼はベルの音に顔を上げて鋭い眼光で俺を見た。
「坊主か。」
ジジイはそれだけ言うとまた本に目を落とす。自分の店で仮にも客にこれだけ我関せずとした店主はそういないが、うるさいよりはマシだと俺は思う。あーとかおーとか適当に返して早速本を探そうと、本棚にぎっしりと並べられた本の背表紙を読んでいく。
「これなんてどうですか。『曇りの日の過ごし方』。題名はまさしくな小説ですよ。」
青い装丁のシンプルな本。頁は少ない。しばらく見て回ったが結局これにした。
「銀貨3枚だ。」
ジジイの元に持っていくと顔も上げずにそう言われ、ものぐさジジイめと呆れながら財布から銀貨を3枚カウンターに置く。店を出て再び広場まで歩いてベンチに座って本を開き、風でめくれないように両端をしっかりと持って読み始める。
内気な画家が人と関わらず、世界中の様々な風景を曇り空と共に描く旅の物語のようだ。偏屈な画家は旅を経ても変わらず人と打ち解けずただ自然の絵だけを描き続ける。外面は悪い画家のその実真っ直ぐな心の心理描写や彼の描く風景が巧みな文章で表されていて退屈しない。噴水の水の流れる音に頁がめくられる音がかき消される。そして気づけば最後の頁まで読み終えてしまった。
「読書の後のこの達成感や虚しさの混じったような感じ、良いですね。」
俺は本を置き、ベンチの背もたれに体を預けながら頷いた。素晴らしい作品だった。外での読書も悪くないものだ。しかし感傷に浸る間なく空腹が襲ってきた。相変わらずの曇り空で時間が分かりにくいが、結構な時間座っていたようだ。散歩ついでに適当な店を探す。見回していると見覚えのある建物を見つけた。冒険者ギルドだ。確か食事も出来たはず。中に入ると正面にカウンターがいくつか並んでおり、受付嬢達が退屈そうにお喋りしている。そこにはいかずに右側に寂しく並んでいるテーブルの一つに着く。直ぐにウェイトレスが笑顔で駆け寄ってきた。
「テインくーん!今日はどうしたの、おつかい?」
「子供扱いするなよ。飯だ、飯を出せ。」
「相変わらず生意気ー。二人前ね?承りましたー!」
二人前も子供の俺が食えるか、と突っ込む前にさっさと奥にある調理場に引っ込んでいくウェイトレス。コックの親父に注文を伝えるのだ。まあ二人前でもいけるか、と思うくらいにここの料理は美味い。今は昼間で冒険者達は仕事に出ているが、暗くなればここは荒くれ者で満席になる。昼に入ったことは無かったので、ここがこんなに静かなのは新鮮だ。親父が調理を始めた音を聞きながら、普段とは違うギルド内を眺める。
「そういえば本、置いてきちゃいましたね。」
「あっ。・・まあ、良いだろ。読み終わったしな。」
そういえばベンチに置いたままだった。今から取りに行くのも面倒だし、物好きな奴が拾うだろうと諦める。
「お待たせー、シェフの気まぐれランチ、二人前だよー!」
しばらくするとウェイトレスが来て、テーブルに次々と料理が載せられていく。結構な量というか、明らかに多すぎる。六人は座れるテーブルが料理で覆い尽くされた。
「いやー、実は私達もちょうどお昼休みでね。テインくんとご一緒させてもらおうと思って。」
そういうとウェイトレスはエプロンを脱いで俺の隣に座り、ぺちゃくちゃお喋りしていた受付共も来て「よっ」だの「やあ」だの言いながら座る。せっかくの静かな時間は一瞬で喧しくなった。もうさっさと食ってしまおうと俺は目の前の美味そうな匂いの肉にフォークを突き刺して噛みついた。
「んー!やっぱりピジンさんの料理は絶品ねー!」
「あんな見た目なのにねー。」
「ここに初めて来た時絶対滅茶苦茶強い冒険者の人だとおもったもん!」
などと失礼なことを言われているコックの親父は確かに見た目がゴツい。ムキムキで色黒でスキンヘッドで目つきが鋭く声が低い。そんなのが繊細な手つきで料理をしているところはあべこべで面白い。まあ人間色々なのがいるのだ。見せかけではなく真実を見る力が必要なのだろう。
「ところでテイン、その子は君の友達かい?」
受付嬢の一人、黒髪の涼やかなミカヅキが俺に問いかける。東の果ての国出身だと言う彼女は独特の雰囲気を持っていて、その声は騒がしい中でもよく通った。
「ん?」
俺の隣を手で示すミカヅキに首を傾げる。俺は今日ずっと1人で居たはずだ。他の奴もミカヅキを不思議そうに見た。この麗人はよく分からん冗談を言うような人ではない。
「ふむ。どうやらその少女は私以外には見えていないようだ。しかし君はさっき彼女と言葉を交わしていたのだが。本を何処かに置いてきたとか。バーミーズも二人を見て二人前と言っていただろう?」
俺は俺の隣を見つめるミカヅキの切長の目を見た。漆黒の瞳は平然と揺れていて、嘘をついているようには見えない。バーミーズ___ウェイトレスも、不思議そうにして唸った。俺も考えて見るが不審な記憶は無い。
「悪霊の類には見えないが・・・彼は私の大切な友人だ。怪しげな術にかけられているのを、見過ごす訳にはいかない。」
ミカヅキはいつのまにか立ち上がり自分の腰に手をかけていた。そこに下げられたカタナ、と彼女が呼ぶ剣に。
「見過ごさないならどうするんですか?お姉さん。私の力が効かないみたいですけど、それだけです。楽しいお散歩の邪魔をするなら・・。」
気づけばミカヅキは刀を振り抜いていた。その速さに驚く間もなく彼女の左右を青い稲妻が走り力なく消えた。テーブルは真っ二つになって吹き飛んだが、席に着いていた受付嬢達やバーミーズは流石荒くれを相手に商売している者らしく素早く退避していて怪我はない。吹き飛ばされた俺は机の下敷きになりながらそのプロ根性とでも言うべき動きに感心した。ミカヅキは虚空を相手に何度もカタナを振るい、その度に彼女の左右に炎やら氷やらが現れてすぐに消えていく。俺は床に溢れずに済んだ料理を食いながら演舞のような彼女の剣さばきに見惚れていた。
「魔法を斬るなんて・・出鱈目です!?」
「刀は斬るためにあるんだ。当然魔法も斬れる。」
「いやその理屈はおかしい。」
ミカヅキは誰かと会話しているようだったが相変わらずその誰かは見えない。ミカヅキは彼女の言葉を聞く限り魔法を斬り伏せながら進んでいき、さっきまでテーブルがあった場所の空中で刃を止めた。
「この距離だったら魔法より剣の方が速い。もっとも私の前ではどれだけ離れていても私の方が速いけれどね。」
言いながら微笑んだミカヅキの前に悔しげに唸る少女が突然現れた。同時に今日の朝からこの少女と一緒に居たことを思い出す。会話もしていたのにその存在に気づかないなんて、面白いこともあるもんだと驚きながら卵のスープを啜った。
「わあ!私最初から見えてたのに何で気づかなかったんだろう!?」
バーミーズが口に手を当てて驚く。他の奴らも少女を見て騒いでいた。
「術は解けたようだね。さて、君は何者なのかな。」
ミカヅキはカタナを少女の首から離して言った。少女は下を向いて答えない。俺はのしかかるテーブルをどかしてデザートの皿を持ちながら起き上がり、そのまま少女とミカヅキの間まで行ってミカヅキの前に立ち塞がる。黒髪の麗人は穏やかに笑った。
「こいつは別に悪いことはしてない。壊れたテーブルやらの代金は・・あの、あれだ。」
「大丈夫、ギルド長には私が言っておこう。君も悪く思わないでくれ。君が彼を害していないことは分かっていたが、ただ私には正々堂々という信条があってね。隠れてコソコソされると凄く・・まあ、心地が良くない。」
ミカヅキが俺の後ろに話す。振り向いてみると少女は俯いたまま反応しない。俺は少女の手を引いてギルドの入り口に向かった。
「良い話なのかなぁ・・あれ?テイン君、お代は?あ!しかもそれ私のデザート!」
俺は少女の手を引きながら戻って二人分の代金を払い、改めてギルドを出た。
あれから改めてディリと名乗った少女と町を散策した。空は相変わらず曇っていて、家路に着く人々がその下を歩いた。噴水前のベンチにまた座る。
「生まれつきなんです、この力。誰にも気づかれなくなれる、無敵のパワー・・。どうしてあの女の人は私が見えたのでしょう。」
しょんぼりと俯くディリの背中を撫でる。垂れ下がる黒髪の間から、暗い紫の瞳が覗いた。
「つまり何事も遼東之豕ということだよ。変化こそが唯一不変の理なのだ。」
「意味がわかりません・・・。うぅ・・絶対無敵のぱぅわー・・。」
項垂れるディリを摩りながら空を見る。曇りだ。俺はあの雲のように自由。何故俺について来てたのかとか、どっから来たとか、そんなことには縛られないのだ。本はもう無くなっていた。