星
りんご
強欲な少女との一日から数日後のある深夜。昼にたっぷりと惰眠を貪ったせいか中々寝付けないので、俺は仕方なくベッドに寝そべりながら窓を開いて夜空を眺めていた。数えきれない星々が輝く満天の星空である。なんとも心踊る美しさだ。やがてキラキラとした星たちの間に一条の白き線が走った。流れ星なんて珍しいなと喜んでいたが何か妙である。普通流れ星というのは一瞬、長くても数秒だけ走り抜けた跡を空に浮かべすぐに消えていくが、この白条は消えるどころか星々の間をぐるぐると飛び空に好き勝手な跡をつけてまわっている。まあ世の中というのは奇妙なもので溢れてるんだと納得して元気な白条を眺めていたが、とうとう呑気なことも言えなくなってきた。遠い宇宙の話だと思っていた白条がどんどん輝きと大きさを増し始め、とうとう太陽ほどに大きくなったそれは今や線を空に描かずただの球となっている。つまり真っ直ぐに此方へと向かっているのだ。やがて閃光が地上に走り、逃げようもなく俺も家ごと光に飲み込まれる。死にたくはないけどこの死に方はちょっとおもろいなどと考えてみたがいつまで経っても意識がある。チカチカする視界がなんとか回復したので周りを見てみるが、家の中にも外にも何の被害もない。確かに光は落ちてきたのに、隕石が落ちてきた時のような衝撃どころか何の音もしなかった。窓の外では変わらず星々がひしめく。何もないだろうなと思いながら窓から身を乗り出し下を覗くと、予想に反して家の前に隕石らしき白い物体があった。何故あんなのが落ちてきてこの星に何の影響もないのか、しばらく頭を悩ましても分かるはずもない。ところで話は変わるが、俺はこの間の金持ちお嬢様にこき使われた時にあることを学んだ。時にどうしても逆らえない運命というものがやってくる。そういう時、無理に抗おうとせず、流れに身を任せ、艱難辛苦の内でできる限り楽しむのだ。つまり現実逃避である。俺は隕石が落ちてきても呑気に寝入る幸福な両親を起こさないようにゆっくりと階段を降り、家の正面にあるドアから外に出る。そしてとりあえず自分の部屋に持っていこうと俺の身長ほどある白い隕石を背負った。やけに柔らかく、温かい。まあものすごい速度で動いていたから変質したのだろうと考え階段を登る。柔らかな吐息が耳朶をくすぐった。今夜は風がつよいなあ。肩の上から伸びてきた二本の腕が俺の胸元でぎゅっと結ばれて隕石が更に密着した。隕石に腕があっては駄目だということはない。部屋へたどり着いたので隕石をベッドに優しく寝かせる。乳白色のサラサラとした髪がシーツの上に広がった。隕石はうなされ眉を下げて苦悶の表情を浮かべている。
「これ隕石じゃなくて女の子じゃね?」
よしんば隕石であれ女の子であれ家の前に転がしておく訳にはいけない。随分と苦しんでいるが外套、髪、肌、白一色のそれらには傷一つない。くぐもった唸り声と共に体を動かすたびに幼くも美しい曲線が外套越しに艶かしく上下する。所在なく、歪む顔を覗き込んでいると乳白色の長い睫毛が震え、ゆっくりと開いて宇宙空間のように深い黒を覗かせた。隕石少女は何度か瞬きをしてから可愛らしい欠伸をして、黒い瞳を半分閉じながら俺を見た。
「お腹すいた。」
きゅう、とお腹を鳴らしながら隕石少女が言う。腹が減ると隕石も落ちるのかと思いながら俺は部屋を出てキッチンへと行きパンを棚から2つ取ってきて少女に渡した。人生万事塞翁が馬という。すぐそこにあっても未来は訪れるまでは分からない。何がどうなるかなんて誰にも分からないんだから面倒な少女との掛け合いを省いてもいいのだ。天に身を任せ気ままに振る舞う、これぞ生活の究極である。パンを2つともぺろりと平らげた隕石少女は俺のベッドの上であぐらをかいて俺を見た。
「水。」
コップに水を注いできて渡してやる。吉凶はあざなえる縄の如し。失礼な態度に対するやり取りもなければそれもまたいい。面倒なだけとも言う。ごくごくと喉を鳴らして飲み終えたのでコップを受け取って机の上に置く。
「お前良い人だな。私はソティス、通りすがりのただのレディだ」
隕石少女改めただのレディソティスはフレンドリーにニッコリと笑った。
「テインだ。ソティスはなんで空から落ちてきたんだ。」
「んー?それは黒トカゲをぶっ飛ばしにいってる途中で・・あーー!」
ソティスは可愛らしく叫んだ。わざわざ可愛らしくとつける必要があるくらいには可愛い。
「私どれくらい寝てた?夜が明けるまでに帰らないとお婆ちゃんが怒るんだよ。」
「それならまだ時間はあるぞ。お前が気を失ってたのは少しの間だけだからな。」
「そうか!よーし、それなら今から黒トカゲをやっつけにいっても間に合うな・・。」
ソティスは呟くとベッドから降りて俺の手を両手で包むように握った。雪のような色の顔の上で宇宙的瞳がぱっちりと開き、眉間から滑らかに伸びる鼻の下で真っ赤な唇が弧を描く。
「パンの恩は忘れない、いつか必ず返す。」
「別にいいよ。ただもしまた会う時はピカピカ光りながら落ちてくるのはやめろ。」
「仕方ないんだよそれは。というかお前変なやつだな。私が光りながら落ちてきたの見てたのにここまで持ってきて何も言わずにパンもくれたのか?」
「隕石かと思ったんだよ。売ったら良い金になりそうだろ、隕石。」
「売ろうとしてたのかよ・・・まあ良いや。また来る、楽しみにしてろな。」
乳白色の髪がしゃらりと揺れ、すべすべの手が離れていく。ソティスは窓に足をかけると星空を見上げながら全身からキラキラと白い光を放ち始める。幻想的だ。
「じゃあなテイン。助かった。」
手を上げて答えると光は強くなっていき俺は上げた手を顔の前に翳す。光は一際強く輝いたと思うと一瞬で窓から空へと飛び出し、白条を伸ばしながら彼方へと消えた。窓を閉めてベッドに横になると、今度はすぐに眠れた。