運営のチェックはざるのようです(※皇帝陛下に限る)
「ふむ、無事熱も下がられたようで……よく頑張られましたなぁ、ベネトナーシュ殿下」
「きゃぁい!(ありがとう!)」
舌やら瞼やら確認した後、穏やかな表情で私の頭を撫で撫でするお爺ちゃん先生。
ようやく苦い薬から解放されると知った私もニッコニコである。
良かった! お爺ちゃん先生の薬は効果もすごいけど……その分、味もすごい。この世のありとあらゆる苦み成分と臭みをミックスしたような、端的に言えば劇物の味がするのだ。
お爺ちゃん先生曰く、大人しく薬を飲んでくれるのはこの皇宮でも私ぐらいなんだとか……。
まあそうだろうね。臭いだけで意識が飛びそうになるんだもの。
「カノープス先生、本日から殿下を遊ばせても大丈夫でしょうか?」
「外へ連れ出すのはまだちと早かろう……春先とはいえ、まだ冷える。室内ならば問題はないぞ、これからは体力づくりに努めねばのう」
アレを使って心身を強くするんじゃぞ……と同情の滲むお爺ちゃん先生の視線の先には、今日までに皇帝陛下から贈られた品々が幾つもの小高い山を作っている。
勿論、乳幼児向けの可愛らしい玩具ではない。
カラフルなボールは鉄アレイ並みに重いし時々火を噴く(!)し、ぜんまい仕掛けの黒馬(マルティアが言うには多分、魔馬)は私を追尾して追いついたら回し蹴りしてくる謎機能がついている。
デフォルメされた木彫りの人魚姫のラトルは振るとガラガラ……ではなく、この世のものとは思えないような綺麗な歌声が私の精神を狂わそうとしてくるのだ。(アル曰く、セイレーンの声を魔石に込めているとのこと)
全てがまさかの呪いの品。
お父様の考えていることは全く分からないが、少なくとも私これらで遊んだりしないからね! 下手をすると命にかかわるし……。
「殿下に強くあって欲しいという、陛下の御優しいお心遣いでしょうね」
「見事に空回っておるがのう」
「……たあう(そうね)」
しらーっとした顔の私とお爺ちゃん先生。一方、マルティアは感動に金茶の瞳をキラキラと輝かせている。
あの夜。お父様はどうやら私の魔力を吸い出してくれたようで、翌日にはすっかり熱が下がっていたのだけれども……マルティアは我が子を救ったお父様の行動に、いたく感動したようで。
その日以来、お父様贔屓というか……万時今みたいに、とにかく好意的にお父様を解釈しているのである。
早く新しい玩具で遊びましょうねーなんて嬉しそうに私へ声をかける、マルティアは文句なく可愛いくてほっこりするけどね……これで楽しく遊べるのは頑丈さに定評のある私の兄姉ぐらいなものだろう。
どうにか上手く躱す方法はないものかと思案していれば、お爺ちゃん先生と入れ違いに「今日の陛下からの贈り物です」とピンク色の箱を抱えたアル・ファルドが入室してきた。
「まあ! 今日は何でしょうか、楽しみですねベネトナーシュ殿下」
「あい、いうぁ(いや、別に)」
今度はどんな呪いの品が飛び出すのやら。包装を解くアルを死んだ魚のような目(多分)で見つめる私に、アルが差し出してきたのは……意外や意外。
「あう……(うそ)」
柔らかな白い布地。綿がたっぷりと詰まったふかふかのお腹。
ちょっと垂れた大きくて長い耳、ラピスラズリのような煌めく宝石で作られたアーモンド形のお目目。
本日の陛下からのプレゼントは、私よりちょっと大きいサイズの文句なしに可愛らしいウサギのぬいぐるみだった。
その愛くるしい顔立ちに思わず手を伸ばそうとして、私は慌てて距離を取る。
あ、危ない危ない。可愛い見目をしていても、どんなえげつない仕掛けがされていることか。
あのお父様チョイスだもの。見た目どおりな訳が……。
「大丈夫ですよ、皇女殿下。これは本当に、ただのぬいぐるみの様ですから」
「アル様、特に仕掛けはないのですか?」
「なんでも宰相様と一緒に選ばれた品だとか。今まで皇女殿下が見向きもされなかったので、陛下自ら御相談されたようです」
宰相様ねえ……。1度も会ったことはないけれど、宰相様はお母様のお父様、つまり私の祖父にあたる人物だ。
大丈夫かな……お父様にうっかりセンスないとか言って、首斬られて(物理)ない? お父様、多分お舅さんとか全く敬うタイプじゃないだろうし。
私は宰相様のお陰で、連日の肝を冷やすような贈り物から解放されて嬉しいけど。
安心してぎゅっとうさぎのぬいぐるみに抱きつく。
ほんのり甘い匂いと、枕よりずっとふにゃっとした柔いお腹が心地よくて、頬を摺り寄せた。
うーむ、洗ったばかりの毛布みたい……これは、良い。
「ッ、う、蕩けた顔のベネトナーシュ殿下……尊みが深い」
「!? 大丈夫ですかマルティア殿」
胸を押さえて蹲ったマルティアへ、さっと掌を差し出すアルは流石騎士。とってもスマートである。
「それにしても、ベネトナーシュ殿下が気に入ってくださったようで良かった。宰相様の首もこれで繋がりましょう」
まって、アル……。このぬいぐるみのチョイスを巡って、宰相様に一体何が。
お父様と言い争いにでもなったのかな。いや、その場合、問答無用で即刻首を跳ねるか、拷問部屋へ連行するのがお父様か。
色々想像すると恐ろしいので、それらを深く考えるのは放棄して。
私は宰相様の犠牲の上で贈られた、幼子らしい安全なプレゼント(ぬいぐるみ)とただひたすら戯れていたのだった。




