(本人が)会いに行けないアイドル
さて、生き残るため私は皇帝一家の最推しになってやろうと決意したのではあるが……。
「……あう」
「ベネトナーシュ殿下、これは美味しくなかったですか?」
鳥のささ身っぽいお肉(ファンタジーな世界なんだもの……もしかしたら違う生物かもしれない)と、細かく千切られたほうれん草っぽいものを煮込んだとろとろのパン粥を木匙で掬い、私の口へせっせと運んでいたマルティアが心配そうに問いかける。
「ぅや、きゃあ!(んや、美味しいよ!)」
赤ちゃん食だから味は薄いけれど……素材の旨味が濃縮されたこのパン粥は勿論のこと、ここで提供される食事は全て美味しく、そして優しい味がする。きっと幼く貧弱な私の身体を思って工夫されているからだろう。
うぅ……これで皇帝一家があんなに残虐非道でなければ、悪くない世界なのに……。
「マルティア殿。殿下のご機嫌が麗しくないのは、この環境のせいでは……」
マルティアの後ろから覗き込んで来た護衛騎士のアル。その表情こそ青白く窶れていて、何というかとっても麗しくない。
分かる、分かるよアル……見られるってしんどいよね。
特に騎士であるアルは貴人の傍らに控え見守ることは慣れていても、その逆である見られることには慣れていないだろうし。
「そうね。陛下も何をお考えなのかしら……」
「高貴なるお方の考えは、我々凡人に推し量ることはできないとよく言いますが……これは」
これは、ナイ。
多分アル、マルティア、そして私の想いは、今この瞬間綺麗にシンクロしているはずだ。
食事用のチェアーに座っている私の頬を照らす、眩しくて暖かい……いや、むしろちょっと熱い光。
――――原因は、燦然と輝く太陽の差し込む、超巨大なガラス窓にあった。
今までの小さなアーチ状の窓は、お父様と会った翌日には壁ごと取り払われて……代わりに東側は全面ガラス窓となり、とっても開放的なお部屋にリフォームされたのである。
それだけであれば偶々リフォームの予定があったのか……それとも暗殺者対策の一環か、とも思ったのだけれど。
「ベ、ベネトナーシュ殿下、また陛下がこちらを見ておられますが」
「あい、あうー(分かってる、大丈夫だよ)」
狼狽えるマルティアの袖口を引き、窓際へと連れて行って欲しいとお願いする。
素早く私を抱き上げて窓へ駆け寄るマルティア。
眼下に広がる光景に、私はひっそりとため息を吐いた。
私の住む皇女宮の東側に何があるかと言えば、天星宮――――行政を司るあらゆる部署が置かれた建物があり、無論皇帝陛下であるお父様の執務室もそこにある。
噂では執務は大臣に一任し、お父様はあまり寄り付かない(それよりも鍛錬場や拷問専用ホールで色々と戯れていることが多いのだとか)らしいのだが、なんの気まぐれか。
この2週間ほど、お父様は毎日天星宮に顔を出す……だけなら私には関係ない話だったはずなのに、何故か皇帝宮の行き帰りで、彼はわざわざ私の部屋を見上げるのだ。
無表情の無感情が通常モード。人を残忍な方法で甚振ることだけを生き甲斐としている、悪役街道まっしぐらなお父様のこの奇行に……私達も戦々恐々としているし、皇宮で働く人々も天変地異の前触れではとパニックになっているそうな。
あぁ、今日も見てるよ皇帝陛下……。
距離がありすぎるため豆粒のようにしか見えないものの、風に揺れる眩しいほどの銀髪と、その隙間からのぞく鮮やかな青色。氷柱よりずっと冷たくてエッジの効いた、あのお父様の瞳を見間違うはずもない。
控えめに言っても怖いよ、お父様。今にも斬りかかってきそうなほどの迫力なんですけど。特に目力が凄まじいのだ。人の印象に残るという意味では、羨ましいほどに。
私は元々アイドルをしていただけあって、人の視線には敏感な質なのである。
些細な切っ掛けで容易く失脚していくのが芸能界。嫉妬、羨望、嫌悪、崇拝……あらゆる視線を瞬時に察知し、隙なく適切に対処できなければ、トップアイドルになんてなれるはずもない。
だから私はある程度距離が離れていても、見られているな……程度のことは感じることが出来るし、近くであればその瞳に浮かぶ感情の種類ぐらいは読み取れる。どれほど取り繕っていてもね。目は口ほどにものを言う……先人の言葉に偽りはないのだ。
そんな訳で、お父様の奇行が始まった初日からその視線を察知することは出来たのだけれど……距離もあるし、なによりあのガラス玉の目。なんの感情も読み取れなかった。
正解が分かんないのはモヤモヤするんだよね……もっと近くに来てくれたら良いのに。
そう。皇帝一家、私最推し化計画を立てたものの、大問題にぶち当たっていた。
実に単純な話だけれども……私、赤ちゃんなのだ。
しかも生後8か月程度の、漸くお座りがスムーズになってきたお年頃。
一人で歩くことも出来なければ、ハイハイも未修得(練習はしているけどね!)、そして喃語以外は話せない。
(本人が)会いに行けないアイドル――――……ベネトナーシュ・アステリ・スターリア。
神対応どころか、対応する場にも辿り着けない私を……どうやって好きになってもらえと!
自立し、一人行動できる年齢まで待つのも一つだろう。でも、それでは遅すぎるのだ。
そんな悠長に構えていたら、売り込みの機会を逃す。そしてあっさり殺される未来しか見えない。
「あぃ……ぅあ、やあ(だから……有難い話なんだけどね)」
ターゲットが自らモーションをかけてくれているのは。
でも、こちらに彼が何を望んでいるのかが全く分からない。
……私もまだまだ、ってことよね。
結局今日も、私はアイドルの基本対応。にっこり笑って、緩々と手を振ることしが出来なかった。