末っ子皇女の決意
思わずぼんやりと見送ってしまった私は、ハッと我に返った。
「あうー!たいたいやー!うがー!(まってー!お母様達を診てくれー!誰かー!)」
きっともう、お母様達は手遅れだろう。けれどこんな、血溜まりの中に朝まで沈めておくことなんて……ッ
どうにかして彼らをお医者さんのもとまで連れていきたい。それが無理だとしても、せめてその体を綺麗にしたかった。
けれど悲しいかな、私は赤子。
駆け寄ることもできず途方にくれていると、部屋の外からガチャガチャと鎧が擦れる音、そして複数の慌ただしい足音が聴こえてきて。
「皇女殿下!ご無事ですか……ッ」
「ベネトナーシュ殿下……!」
暗闇を切り裂いた、眩しいほどに光輝く二つの黄金。
その正体は、私の専属護衛であるスターリア帝国騎士団第七部隊の若き隊長、アル・ファルドの固く結ばれた長い黄金の髪の毛と。
「あぁ、私の可愛いベネトナーシュ殿下、間に合って良かった……ッ」
「あうー!」
ベビーベッドから私を抱き上げ、存在を確かめるように苦しいほどの抱擁を披露する侍女、マルティアの金茶の瞳だった。
ぐりぐりとマルティアが自身の豊満な胸元に私を押し付けている間に、アルの方は部屋の惨状に気付いたらしい。
秀麗な顔を痛ましげに歪め、遅れてきた他の騎士達とともに手早く止血を済ませると、お母様方を医務官の居る天星宮へ運ぶよう指示を出す。
「暗殺者はもう死んでいますが、剣も魔法も使われた形跡がないということはおそらく陛下御自ら……」
「今まで一度として殿下の皇女宮には訪れなかったお方が、まさかそのような」
そのまさかです、マルティア。
ナイスとしか言えないタイミングで、なぜ今まで無関心だったお父様が来たのかは謎だったのだけれど……それは続くアルの言葉であっさり解決した。
「おそらく皇后陛下が身に付けられていたスターリアブルーのネックレスのお陰かと。あれは宝石でもありますが強力な魔石でもあります……生体反応を感知するなんらかの魔法が付与されていたのでしょう」
そしてお母様の生体反応が薄れたのを感じて、様子を見にきたのだろう、とのこと。
反応が薄れる前にどうして助けに来なかったのか……憤りはあるけれど、この王宮では己の身は己で守るのが当たり前。
此処はとにかく弱者に厳しい。力無き者が淘汰されていくのは自然の摂理とさえ思われている。
現代日本で暮らしていた私には、とても受け入れ難い考えだけれど……これがこの国の、皇族の常識。
だからこそ、お母様が私を傍に置き守っていたことは異例中の異例だったのだ。
「たぃう……(お母様……)」
お父様や兄姉たちが死んでしまった母を蔑むことはあれど、悼むことなど……きっと無いのだろう。
だって、お母様自身も少ない魔力しか持たず、さらに体が弱いことで家族から蔑まれ、冷遇されていたのだから。
縁あって家族になったはずなのにね……。
待っていて、お母様。
いつか必ず、私が立派なお墓を立てて、ちゃんと供養するからね。
ほんの短い間しか一緒には居られなかったけれど、私は母の優しさに随分と助けられた。
唯一、私を抱きしめてくれたこの世界の家族。前世の記憶が強すぎて、母というよりも同志というか……同じグループで活動するメンバーのように感じていたことはここだけの秘密で。(もっとも、前世の私はソロのアイドルだったけれど)
私のせいで死んでしまったのだと……後悔するだけでは、お母様の犠牲を無駄にしてしまうようなものだから。
生きるよ。生き延びてみせるよ。
貴女が守ってくれたこの命、無駄になどするものか。
しかし母亡き今、私がこの皇宮で生き残る確率は限りなくゼロに近い。
何故なら、母の性質を受け継いだ私は超がつく虚弱体質。
ちょっと無理をしたらすぐに熱が出るし、風邪なんて日常茶飯事だ。正直、まだまだ免疫の未熟な赤ちゃんの体だし……これぐらい、前の世では普通のことなんだと思う。
が、比較対象はスターリア皇族の子ども達である。
彼らは皆風邪一つ引かないどころか、ぶん投げられても皇宮の建物から突き落とされてもケロリとしているほど頑丈なのだとか。(マルティア情報)
さらに魔法も生まれてすぐに使いこなし、気に入らないことがあればその能力で宮殿を破壊することもざらという。(アル情報)
ちなみに私は魔力はあるのだが、使おうとしたら体が先に悲鳴をあげる……具体的には熱を出したり、吐血したりという残念なポンコツ仕様。
でも。物理的な力は全くない私だけれど……他の兄姉たちにはない、特別な力がある。
前世で数多の修羅場を潜り抜け、地下アイドルからトップアイドルへ上り詰めた私の記憶。そしてその経験によって磨かれたスキル。
叩き上げアイドルだった私は、お父様にも、兄妹にも真似できない方法で生き延びてみせる。
すなわち――――皇帝一家、ベネトナーシュ・アステリ・スターリア皇女最推し化計画である!
『最推し』……それはファンになってくれた人が一番応援している人を表す言葉。
そこには、対象者がどんなにポンコツだろうと、ダメダメだろうと見捨てることなく見守る優しい心と……ともに成長しようとする、尊い支え合いの精神があるのだ。
まさに今、我が家族であるスターリア皇族に足りないどころか、全くないそれら。
芽生えさせてみせようじゃないか。
だって私は、神対応アイドルと呼ばれていた存在。
鍛え抜かれた私の唯一無二の武器・空気読みスキルを駆使した神対応で、必ずや彼らの満足のいく素晴らしい対応を、サービスを提供してみせる。
そうして、その心地良さを知り―――――どうか気付いてくれれば良い。
己の蔑ろにしてきた者が、無価値だと蔑んできた者達が。
どれほど掛け替えのない存在で、価値あるものであったのかを。




