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日々成長

「末子、お前にこれをやろう」


とある麗らかな春の日の午後。

今回は堂々と正面から皇女宮にやってきたお父様。


床に敷かれた毛足の長い深紅のカーペット上でマルティアと一緒に(比較的安全な)玩具と戯れていた私は、仁王立ちするお父様を見上げて――――


「ッ、ぴぎゃ!」

「ベベベネトナーシュ殿下ー!?」


ガチンッ、と額に直撃した重い衝撃に耐えきれず、そのまま後方へと倒れてしまった。

幸い素晴らしい反射神経を披露してくれたマルティアによって、頭を床に打ち付けることはなかったけどね。


でも十分痛いからね! 目の前に一瞬、星が見えたよ……ッ


「……相変わらず鈍くさいな」


通常モードの無表情だけれど、今は多分呆れているなお父様。

彼の考えが分からなくて困惑することの多かった私も、声音や眼差しからなんとなく感じれるようにはなってきているのだ。


ちなみに殆どが呆れとか蔑みとか嘲りとか……うん。酷いものばかりだから、読み取れてもあまり嬉しくはなかったりする。

時々はっとするような、柔らかな眼差しを。穏やかな感情を向けてくれることもあるけれど、それだって幻みたいなもので、いつも瞬きの間に消えてしまう。


まあ、私に会いに皇女宮へ通ってくれるようになっただけでも確実に前進しているとは思う。運営側マルティアはいつでも大歓迎しているし。


「これくらいで赤くなるのか。なんと脆い」

「あぃい……」


熱を持っている額に、お父様の大きくてひんやりとした掌がのせられる。


緩やかに撫でる指先は、慣れていないからだろう酷く恐々としたもので。もっと強くても大丈夫なのにと思った次の瞬間には、小さな風が巻き起こり私の前髪をふわっと持ち上げた。


「もう痛くはなかろう、ベネトナーシュ」


よくよく見れば分かる程度、ほんの少しだけ綺麗に整えられた眉を上げるお父様。


得意げなその顔に……うぅ、文句を言いたいのに言えないって、しんどい。熱の消えた額の様子からすると、お父様が回復魔法をかけてくれたのだろう。


でも! 元はと言えばお父様が何か固い物体を私に投げつけたから痛かったんだからね。


内心納得できない部分はあれど、お礼の言葉(「きゃあい!」)を口にしつつニッコリ笑った私。ついでに、一体何がぶつかったのか確認するために床へ視線を向けて、ぎょっと目を見開いた。


「やぁ、やあうぁー!!(や、やば高価な宝石がー!)」


カーペットの赤色に映える、透き通った鮮やかなコバルトブルーの雫。


無造作に放られた宝石に慌てて最近使えるようになった新技・ハイハイで近づき、一先ず傷がついていないことを確かめる。


私の掌よりも少し小さいくらいの、磨き抜かれた美しい宝石。見たところ傷一つなくそれは朝日に照らされた海のように光輝いていて、ほっと息を吐いた。


「やはり分かるのだな、お前は」

「ッ、ベネトナーシュ殿下……」


私は宝石の無事を確認して満足していたのだが、大人組はどうやら違う感想を抱いていたらしい。


お父様は私の頭を(機械的な一定のリズムで)撫でているし、マルティアは金茶の瞳をうるうるとさせて私を見ている。


こ、この宝石に何かあるのかな……。

納得顔の二人に私は見事に置いていかれて、困惑とほんの少しだけ寂しさを覚えてしまう。


説明して欲しい、切実に。口で伝えられないと言うのは、本当に不便だよ。

目線で伝えられないだろうか、と私はお父様の青い瞳を凝視して……はた、と気付いた。


同じだ、お父様の瞳の色に。じゃあもしかして……この宝石。


「スターリアブルー……それも皇后陛下が身に着けていらしたあの宝石ですね」

「なぁう!(なんと)」


スターリアブルーとは思ったけれど、まさかこれがお母様のネックレスについていたものだったとは。驚愕から、私は手の中にある宝石――――スターリアブルーをまじまじと見つめる。


お母様個人が所有していた物は亡くなった次の日にはもう皇女宮から全撤去されていたから、とうの昔に処分していたものだとばっかり。

でもどうして急に……。


「お前は皇后を偲ぶもようなものを好むのだろう」


不思議に思ってお父様を見上げる私に対し、掛けられたのは「だからそれをやる」と至極簡潔で淡々とした言葉だった。


けれど、これがどれだけ凄いことなのか……理解しているのはおそらく私だけではないのだろう。マルティアだって、驚愕もあらわに口をぽかんと開いているもの。


「アレの使っていたものは、慣例に従い全て処分している。が、これは私の魔力が付与されている故、念のため皇宮で保管していたのだ……私に倉庫を漁らせるなど、お前くらいのものだぞ」



感謝せよ、と照れ隠しなのか何なのか。ぶに、と鼻を小突いてくる指先は痛いし、鼻も曲がりそうだからやめてほしい。


……でも。

凄い、凄いよお父様。


沸き上がる衝動に身を任せ、一旦宝石をカーペットの上に置いた私は、お父様の指先を両手で包んで握りしめた。


あの、冷徹無慈悲なお父様が。

殺戮か拷問ぐらいしか興味のなかったお父様が。


相手の好みに配慮したプレゼントを、それも自ら選ぶようになるなんて……ッ


渡し方はまだまだバイオレンスだけれど、これはとんでもなく歴史的な第一歩、大躍進だ。


お父様にとっての神対応とは何なのか。

これだ! と自信をもって断言できる正解を私は未だに見出だすことが出来なくて、正直とても不安だったのだ。


私にも元神対応アイドルとしての矜持がある。

絶対に諦めるつもりはなかったものの……正直、難易度が高すぎた。

相手は無感情、無表情の皇帝陛下。しかも私への興味はゼロ。そして私は喋りも歩けもしない赤ちゃん。

売り込んでくれるプロデューサーもマネージャーも皆無の厳しいこの環境。(現場スタッフは沢山いるけどね!マルティアとか、アルとか、天井裏の人達とか)


どうなることかと、不安でいっぱいだったけれど……良かった。今までのことは全部が全部、無駄だった訳ではなかったんだ。


両手で握ったお父様の指先に私は額を預ける。


お父様にとって今の私は、ちょっと反応が気になる程度の存在だろう。

応援する推しを見る眼差しには、まだ遠い。


でも確実に一歩近いているから……私も頑張るよ。見つけてみせる。お父様にとって心地よい、どストライクのファンサービスをきっと。


「嬉しいか、末子」

「きゃあい!」


嬉しいですとも。この宝石がお母様の唯一の遺品であることも勿論だけれど……それを私のために送ってくれた、その気持ちが。


お父様との関係が深まった目に見える証のように思えて、私にはとても嬉しかったのだ。

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