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空気、読めてます?

「う、ぐっ……ぅうッ」


ギリギリと音がしそうなほど、表情一つ変えずアルの腕を締め上げる我が父、アルクトゥルス・アステリ・スターリア皇帝陛下。


手甲をつけた手首を砕くのは流石のお父様も大変なのか……それとも、その苦痛を少しでも長引かせようとしているのか。

前回の暗殺者とは違い、お父様がすぐにアルの腕を折ることはなかった。


「皇女付きとなり何か勘違いでもしているのか? お前の価値など、精々が末子の肉盾くらいだろうに……あぁ、前回の暗殺の際にはそれすら出来なかったな」

「も、申し訳……ッ、ございませ、、ん…陛下」

「お前の謝罪など無意味だ。役立たずを置いておく必要はないのでな……仕方がない。私直々に処分してやるか」


やれやれ、なんて。

お父様は仕方がなさそうに、空いている方の手でサラサラとした銀糸の髪を掻きあげた。


「死ぬ前に、貴様の声を私にしっかりと聞かせろ―――――苦悶に満ちた声をな」


藻掻くアルを掌だけで抑え込んで、お父様は青い瞳をうっそりと細める。


前回の瞬きの間に消えてしまった、春の日差しのような柔らかなそれではない。


弓形になった双眼と、裂けてしまいそうなほど吊り上がった厚みのある唇。

綿密に作り込まれた端正な美貌が微笑む様は、呼吸どころか魂を奪われるほどの艶があって、目が眩むほどに美しく――――背筋が凍えるほどに、おぞましい。


まさに『美しい魔物』だった。


だめ、だめだ……このままではアルがお父様の狂気の餌食になってしまう!


笑っているようで、笑っていない。

楽しんでいるようで……お父様は泣いている気が、した。


よく分からないけれど、今のお父様は酷く矛盾しているように感じられて……私は、己の直感(エアリーディング)スキルに導かれるまま、すっと息を吸い込んで。


「たぁう! あぅあぁー!(ダメ! お父様ー!)」


叫んでみました。

お父様を全力で(喃語だけど)呼んでみました。


どうしてか私自身も上手く説明できない。でも今、お父様を呼ぶのが正解だと思ったから。


「ッ、……」


するとお父様は肩を跳ね上げると、ピタリと動きを止めて。そのまま油の切れたロボットのような……それはもう大層ぎこちない動きだったけれど、首を回し顔ごとこちらへ向けてくれたのだ。


交錯する、私とお父様の視線。紫と青の瞳。


息を呑んだ。声を上げなかったのは偶々で。

相変わらずガラス玉をはめ込んだかの如き無機質なお父様の目。


だけど……そこに浮かんだ感情を私は確かに捉えたのだ。


驚愕、怖れ、戸惑い。無数に散りばめられたそれらの隙間に見えた―――――喜び。煌めき。


嘘なんで……?

なんで私にそんな眼差しを向けるの、お父様。


きっと私の何かが、お父様の琴線に触れたのだろう。

でもそれが何だったのか、少しも予測することができない。


意図せぬ神対応(多分)に内心プチパニック状態の私を、いつの間にかアルを開放したらしいお父様が抱き上げる。


「今、私を呼んだのか末子よ」

「ッ、あい!」


呼んだ、ものすっごく呼んだよお父様!


己の直感に従った、計算したようなしてないような行動だったけれど、力強く頷いておく。


「……そうか」


短く言ったお父様。そして彼は随分と拙い手つきで、筋肉に覆われた立派な胸元へと私を抱き込んだのだ。うん、ぎゅっとね。


首座っててよかったよ……お父様。こんな百科事典みたくとっても固い胸板にさ、せっかちな人が作るお好み焼きの如くぎゅーぎゅー頭を押し付けられたら、赤ちゃんの首なんてあっという間に反り返ってポキン、だからね。


あと首座ってても、私が咄嗟に顔逸らさなかったら確実に窒息死だよ。


子どもの世話なんてしたことがないのだろう。もっと言えば、この拙さだ……我が子を抱き上げたことすらないのかもしれない。


密かに我が子を殺しかけていたことなんて、お父様には分からないんだろうなーと、とりあえず流れに身を任せることにした私。


どこでスイッチが入ったのか分からないけれど、とにかくアルを助けることは出来ただろうから良かった、のかな。


床に呆然と座り込んでいるアルを介抱するマルティアをなんとなく見ていると、お父様は漸く胸元から私を離し、今度は両脇に手を通すと己の顔の前まで持ち上げる。


あのお父様……私、足ぷらーんってなってるんですけど。脇持ち上がって、絶妙に首が苦しいのですが。


「末子、皇后が恋しいのか?」

「……あぅ?」


すっかり無表情に戻ってしまったお父様の質問の意図が、私にはイマイチどころか全く掴めない。


これ恋しいといったらどうなるのだろう。まさかの再婚? お母様が亡くなって、まだ1か月も経っていないけれど……きっと皇后の座に就きたい人は多いのだろう。


でも、それではあまりにもお母様が浮かばれない。

それに新しい皇后、義母様がスターリア皇族に相応しい、悪逆非道のとんでもない悪女様だったら最悪すぎる。


私なんて真っ先に殺されるか、骨の髄までしゃぶりつくされて(いや、しゃぶるとこ少ないか)ポイっと……。


想像だけで背筋がぞわっと寒くなり、小さく震えてしまう。

いつまでも皇后の席が空いているのはよろしくないのかもしれない。が、せめて話せるようになるまでは待って頂こう。少なくとも、私から新しい母親を望むことはない。


その意味を伝えるため、私は必死に足をばたつかせ、お父様に下ろしてくれるよう主張する。


最初は何のことだか分からなかったお父様は、マルティアに促されて渋々、といった様子で私をベビーベットの上におろしてくれた。


そうして私は放られていたうさぎのぬいぐるみを懸命に手繰り寄せ、ひし、っと抱きつく。


お母様に似ているらしいこれを見て、どうか理解してくださいお父様!

まさかお母様の顔も色味もすっかり忘れたなんてこと、ありませんように……。


「末子はみすぼらしいコレが気に入ったのか……? 宰相が煩いから手配はしてみたが」

「陛下、このぬいぐるみをベネトナーシュ殿下は大層気に入っておられるのです」


何故、と目線で問うお父様に、出来る侍女マルティアは臆することなく続けた。


「白くて長い耳、アメジストの瞳がお母上……ミーティア・アステリ・スターリア皇后陛下によく似ておいでだからです」


これを私がぎゅっと抱いた意味をお父様はちゃんと考えてくれるだろうか。


私が恋しいのは皇后と言う人ではない。綺麗な白い髪と宝石みたいな紫の眼、臆病だったけれど誰よりも私を愛し最後まで守ってくれた……ミーティア皇后陛下という、人物だということに。


暫し見詰め合った、私とお父様。そして固唾を飲んで様子を見守る、マルティアとアル。


沈黙を破ったのは、お父様の存外に深いため息だった。


「暫し待て。それまでは、そのみすぼらしいうさぎ一匹で我慢せよ」


ぽふ、っと頭を押さえつけた大きな掌。そして。


「……また来る、ベネトナーシュ」


相変わらず力が強い! いや、そうではなくて……今、私の名前。


慌てて顔を上げたけれど、やっぱりお父様の姿はもうどこにも無かった。

うん……光より早く走れるんじゃないかな、お父様って。


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