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前編



 「はああああ・・・」


 私、リア=トリエステル子爵令嬢またの名をヴァルスリア=ウル=トレーネは悩んでいた。


 前者の名前と身分はこちらへ留学した際、公平な立場で接してもらえるように用意したものであり、後者の名前が正しい名前である。それに加えて本来の身分は皇女である。


 突然だが私は自他ともに認めるほどの容姿端麗頭脳明晰な女である。

 それに私の一族は常人よりも寿命だって長いし、老化しにくいし、顔の作りも良いし、少しばかり身長は低いがスタイルだって良い。

 たわわな胸にキュッと引き締まった腰、豊かな臀部と立派に割れた腹筋。

 正直言って惚れない方が無理という容姿であり、私とすれ違うものは必ず振り向くくらいである。

 加えて運動能力も人よりずば抜けているしどんな歴戦の強者や屈強な戦士にも負けたことはない。

 あ、母上と父上には流石にまだ敵わないのではあるが。

 兎にも角にもどのジャンルであっても常に負け無し常勝無敗を誇る超すごーーーい人間なのである。


 ただ性格は生まれ持ったものであるためどうしようもないのだが、こんな私が熱烈アピールすれば世の人間はそりゃもうイチコロだと。そう思っていた時期が私にもあった。

 

 正直言って私は振り向かせたい相手に連戦連敗していた。いや、戦えてすらいないので連戦はおかしいか。



 その前に私が彼に狙いを定めたきっかけについて話すとしようか。

 その日学院で剣術大会なるものが開かれた(私も参加したいところではあったが、男子のみしか参加できなかった)のだが、まあ観るだけでも実力は測れるだろうと他の令嬢方に混じって私はのんびりそれを観戦していた。

 まあうちの国ほど武力を重んじてはいないようで、素人に毛の生えた程度の実力のものばかりであった。


 強い者を求めにここまで来たというのに、やはりここにも私の求める者はいないのだろうか、そう思った時に彼は現れたのであった。

 彼の剣は圧倒的であり、その剣筋剣捌き彼自身の動作、どれをとっても洗練されていた。

 惜しいのはまだ成長段階である所だが、もう少し力をつければ私や両親のような力をつけるであろうことは見て分かった。


 剣術大会終了後、私は差し入れと称して令嬢方に混ざりながら彼に特製のスポーツドリンクなるものを渡したのだが、あろうことかそれを隣の者へと受け流していったではないか!

 どうしてなのだろうとしばらく見ていると、どうやらこの令嬢方の渡す先がその隣の者宛だったようで、私の物もそう思われたようで隣の者へと渡されたようであった。


 そこから私の記念すべき敗戦記録が始まることとなったのであった。



 ある時は偶然を装い会話を試みたが何故か彼は一言も喋る事はなく一歩引いて行ってしまった。おかげで関係のない者と話す事になり私はストレスが溜まり就寝前に近所の魔の森と呼ばれる森の木を一本へし折ってしまった。


 またある時は曲がり角で彼にわざとぶつかりわざとらしく転んで見せたりもした。その際に彼の胸板と鍛え具合をさり気なく確認したが私の見込み通り、長年鍛え抜かれた胸板は厚く、体は硬くたくましい努力の跡が見られたためますます惚れ直した。

 手を差し出されたので俯きながら手を取りあまりの柔らかさに驚いていると目の前にいたのはまたもや彼ではなく別の者であった。

 今回もムカついてまた森の木を今度は2本へし折った。


 またまたある時には、学院の友人方と男性の好みはなんだという話になり、その時ちょうど彼が側を歩いていたのを見て、「鍛錬を欠かさず努力する強い人が好き」と答えたのだが、ピクリとも反応せずにスタスタと歩いて行ってしまった。

 その後なんちゃって訓練をするものが増え、いかに自分は努力して強いかと自慢げに話しかけてくる男性が増えてきた為これまたイラついて森の木を話しかけてきた人数分へし折った。



 そうして私は連敗記録を積み上げていった。

 ちなみに私のストレス解消の矛先となった魔の森はつい最近に丸ハゲにしてしまっていた。根っこすらもボコボコにするほど地面を抉ってしまったのでもう草も生えないかもしれない。

 

 この時の私はというと、あまりにも振り向いてくれない上に取り合ってくれない彼とストレス発散先がなくなったことでとにかく悩んで悩んで悩んでおり、おかわり3杯まで食欲が落ちてしまっていた。

 そもそも今までは私が言い寄る前に相手から言い寄られていた為こう言った積極的に言い寄るというのはガラではないのである。

 世の令嬢が読んでいる本の真似もしてみたが連敗記録を塗り替えていくだけであった。



 「「はあああああ〜〜〜」」



 ふと溜息の声が重なり、私は声の方向へと振り向く。相手も重なったことが気になったのか、私と同じ動きをしたためバチリとお互いの目が合う。


 濃紫色の立派なドリルを二つに分けた鋭い目つきの・・・確か侯爵令嬢のニーレ=ダンケルハイトと言ったかな。

 なんて思い出したのも束の間、相手は私を見るなり目をまん丸とさせながら口を開いた。



 「ゲッ、ピンク頭・・・」



 ピンク頭・・・言い得て妙であるな。


 確かに私の頭はこの国にはいない、というか私の一族以外では見たことのない色ではあるため、私を特定する言葉としては満点である。



 「トリエステル子爵令嬢、貴女・・・以前から少し殿方との距離が近くありませんこと?それともなんなんですの?あの平民の特待生のように、平民だった時は〜なんて常套句を言いながら殿方へ涙目で訴えるのでして?」


 「殿方との距離が近い・・・」



 その言葉を聞いて私はハッとした。今までグイグイ押していたからダメだったのだろう。恋は駆け引きが大事であると聞くことから、一方的ではなく時には引いて焦らしてみるのも大事ということだろうか。

 私のダメな部分を指摘して気づかせてくれるとは彼女はなんと良い人なのであろうか!

 思わず涙ぐむ私を見て彼女はギョッとした表情でこちらを見ていた。



 「なっ・・・こんなことで泣かないでくださいませんこと!?まさかあのヒロインを追いやったと思って安心したらまたヒロインもどきが出てくるなんてこれがゲームの強制力なの!?もういやぁ!きっと私は断罪される運命なのよぉ!」


 「ダンケルハイト侯爵令嬢ありがとうございます!いつまでも発展しない私の恋の為にアドバイスなるものをしてくださるとは・・・!押してダメなら引いてみろということですよね、がんばります!」



 私は感動し涙ぐみながら思わずニーレの手を握りしめる。その言葉を聞いたニーレは驚きつつも我に返り言葉の意味を考え理解すると、怒りをあらわにしながら私の手を振り払った。



 「貴女全く分かっていないじゃないの!そうやってあの平民のように私の婚約者や将来の重鎮たちを手玉に取ろうとしているのでしょう!それに婚約というのは王家と各家との契約なの、貴女がそれを壊す事はあってはならないの」


 「確かに将来の重鎮になろうお方ですね・・・でも私はあの方を譲る気はありませんわ、あの方の為ならばその契約だってぶち壊してあげますわ」


 「そう・・・どうしても聞くつもりはないということなのね・・・でもこれ以上の狼藉は許さないわ」



 私達の周囲へと緊張が走り、ピリピリとした空気がまとわりつく。

 いくつもの刺さるような視線を感じつつ、じりじりと対立するかのように睨み合うと、次の瞬間お互いに口を開いた。



 「イェルク=クライ様は譲りませんわ!」

 「ブルーノ=リーベ=プラッツェン様の事は諦めなさい!」


 「「えっ」」



 二人の間へ沈黙の時が流れる。

 暫く経つとニーレが状況と自分の勘違いを確認し始めたようで、その顔をみるみるうちに真っ赤にさせてゆく。



 「あな、貴女・・・でも貴女ブルーノ様に言い寄って・・・」


 「言い寄っていません。クライ様にはずっと言い寄ってアピールしていましたけど」


 「だって・・・剣術大会の時には令嬢に混ざって特製ドリンクを渡していたではありませんか」


 「あれはクライ様にお渡ししたのに何故か曲解して王太子殿下に渡ってしまったんですよ!あれは私が初めて味わった敗北でした・・・おかげでつい魔の森の木をなぎ倒してしまいましたけど」


 「な、ならばわざとらしく転んで庇護欲を掻き立て殿方の手を取ったのは?」


 「あぁ、あれは最高でした・・・」



 私がほぅ、と顔を赤らめため息をつくと、ニーレはほれみたことかと話を続けようとするが、その後私の放った言葉によってその言葉は行き場を失う事になった。



 「ぶつかった時の衝撃たるや。あのたくましい鍛え抜かれた体・・・我が国の精鋭でもあそこまで洗練された体付きのものはいませんわ。あぁ、闘りあいたい・・・この国では女子はあまりそう言った物事をする事ができないというのを聞いたときは残念でしたが諦めきれませんわ・・・」


 「は・・・?」


 「それに比べてあの手を差し伸べられた王太子殿下の柔らかい手!あれはろくに剣や武器を握っていない手ですわ。それなのに王太子殿下を立てるために剣術大会では決勝戦でわざと負けるなんて!」



 盛り上がっていく私とは正反対に冷めていき呆然と立っていたニーレは先程とは打って変わって弱々しい声音で震えながら問いかける。



 「で、では強い殿方が好きだと殿下の前で吹聴し、殿下並びに数多くの令息を侍らせていたのは・・・」


 「あぁ、あれはクライ様がいるのを見計らって大声で強い者が好きだと言ったら、勘違いした輩がろくに鍛錬もせずに自慢話ばかり私にしてきて困っていたんですよね。ストレス発散のために話しかけられた分森の木へとストレスをぶつけ薪にしてたので環境破壊が少し心配になりました」


 「勘違い・・・森の木にストレスをぶつけて薪に・・・」



 ニーレは俯きフルフルと可哀想なくらい震えながら何かを呟いていた。



 「じゃ、じゃあこのピンク頭のヒロインもどきは本当に殿下など眼中にはなく、あのガタイは良いけど愛想は悪いアイツのことが好きなだけの可憐な見た目をした脳筋だったという事なの・・・ボソボソ」



 私が心配になりニーレを覗き込んだ瞬間、彼女はパッと顔を上げる。



「いいえ、まだ分からないわ。魔の森の木をへし折ったというのも確証が無いしこの場から逃げるための嘘の可能性もあるもの。・・・レイ、来なさい」



 ニーレが顔の横でパチンと指を鳴らすと黒づくめの男が垣根の裏から現れる。

 その手には『ニーレ様命』『命令して』『可愛い』『こっち向いて』などの文字が縫われている布が握られていた。これには私も大変驚いてしまった。



 「ふふ、驚いた?彼は暗部の家の頭領であり優秀な私の影でもあるのよ。魔の森がどうなっているか、それとこの者が言っていた事が本当なのか調べに行ってきてもらえるかしら」



 ニーレは得意げにそう話すと、レイと呼ばれた者へと視線を移す。

 それを察知し絶妙に布を隠しつつ、面白いなとマジマジと見つめていた私に対してニーレが気づかないように手へと何かを握らせてきた。

 どうやら紙と小さな紫色の可愛らしい鈴のようだ。中には漆黒の玉が入っており、紫の髪と漆黒の瞳を持つニーレをイメージしたものであるのが一目瞭然であった。

 紙を開いてみるとこう記されていた。

 


 【ニーレちゃんファンクラブ公認グッズです。貴女のそのニーレ様を見つめるその瞳に光るものを感じました。末長く仲良くして差し上げてください皇女殿下《ファンクラブ会員No.003より》】



 ふむ、優秀な影である事は間違いなさそうである。

 私がこっそりと鈴の根付けと紙をポケットへとしまっているとニーレはまたも得意げに私へと話しかける。



 「これで貴女の言っていた事が真っ赤な嘘であったならば言い逃れなんて出来ないのでしてよ!その時は私を謀った罪を償ってもらいますわ!オーッホホホホホ!!!ただもし本当ならば私のオススメのスイーツを満足いくまで食べさせてあげてもよろしくてよ!」



 おもしろいなこいつ。



 


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 私達は、立っているのもなんだしという事で学院併設のカフェテリアへ来ていた。

 私としては次なる目標もでき食欲も湧いてきたため、メニュー表の軽食と書かれている欄を全部注文し現在頬張りそれを見たニーレはげんなりとしながら紅茶を嗜んでいた。



 「あら、戻ってきたようね。どうだったかしら?」



 ニーレがコトリとティーカップを置くと、先程のレイと呼ばれた影が現れる。



 「報告いたします。魔の森についてですが、邪気を撒き散らしていた魔の森の木が根絶され淀んでいた空気は澄み渡り聖なる泉が湧き出て清らかな場所にしか咲かない聖なる百合と本来ならば咲かないとされるシダの花が咲き乱れる幻想的な場所へと姿を変えておりました」


 「なんて?」



 か弱そうに見える令嬢がストレス発散のために木を1本切り倒して薪にしたという事だけでも疑わしい事であった。

 どうせ嘘をついているのだろう。そう思っていた。


 何せ魔の森に生えている木々は普通に生えている木と違い、屈強な戦士が立派な武器を携えても傷つけるのが関の山、折るどころか根絶やしにするなどもってのほかであった。



 「さらに王太子殿下との関係についてですが、王家の影からの記録にもトリエステル子爵令嬢から王太子へ不審な動きをしている形跡は無かったと。それともう一つ、イェルク=クライ殿についてですが、全くと言っても良いほどトリエステル子爵令嬢の好意に気付いておりませんでした」


 「「そ、そんな!!!」」



 私とニーレの2人は同時に膝から崩れおちる。



 「私に見向きもしないとはおのれイェルク=クライめ・・・今に見ていろ・・・絶対に落としてやるからな・・・はは・・・」


 「そんな・・・私の勘違いだなんて申し訳ありませんわトリエステル子爵令嬢。お約束通り・・・(というかやけ食いになりそうな雰囲気がビンビンしておりますが)おすすめのスイーツを食べさせてあげてもよろしくてよ・・・」


 「ダンケルハイト侯爵令嬢・・・!」



 私とニーレはガシィッと熱い握手を交わした。



 「そ、それに、あなたさえ良ければ、お友達になってあげないこともなくってよ」


 「ツンデレありがとうございます!!!(あ、言い忘れていましたが、トリエステル子爵令嬢は隣国の皇女殿下ですよ。不敬を働きましたねお嬢様)」


 「あなた本音と建前が逆でしてよ!!!・・・えっ、おうじょ・・・さま・・・?」





 あまりの出来事に己のキャパシティを越えてしまったニーレの脳内にはそれは見事な宇宙が広がっていた。




♦♢♦♢♦♢




 紆余曲折あって友人となった私とニーレはそれなりに良い関係を築きながら学園生活を謳歌していた。



 「聞いたぞ。ニーレはこの国随一の超超優秀な魔法師であると!その強い魔法を私が剣で切り裂き消し去ったならば『あの強くて可愛い令嬢は誰なんだ!』と気になって惚れてくれる可能性があるかも知れん!来い」


 「あるわけないでしょ!来いじゃないわよ!」


 「超超優秀ですごーい魔法師であるニーレ様の魔法を皆見たいよねー?」




 「「「見たーい!」」



 私が周囲へと呼びかけるとどこからともなく声が聞こえて来る。



 「そ、そこまでいうならしょうがないわね。とくと見なさい、地獄の業火(ヘルファイア)!」


 「ぬん!!!」



 ニーレが呪文を唱えると、赤黒い大きな炎が一瞬のうちに現れると、まるで頭から大きな口を開けて噛み付くように私へと襲い掛かる。

 それを私は自身の剣を握りしめ地面を踏み締めると、力を込めて下から上へと思いっきりなぎ払い風を巻き起こす。

 その勢いままに体を素早く回転させ小さな竜巻を起こし炎を完全に消し去る。

 勝った!と思った瞬間、くらりと視界が歪む。



 「ま、回り過ぎた・・・目が回るぅ・・・」


 「ワーン!ツー!スリー!この勝負、ニーレ=ダンケルハイト様の勝ち!」



 私がそのまま地面へとドサリと倒れこむとどこからかニーレちゃんファンクラブ会員らしきものが現れカウントを取り始めた。



 「いやどう見ても私の負けでしょう!ていうかこれこういう勝負じゃないし!」


 「・・・今日のおぱんつは・・・ピンク・・・」


 「直々にワザをかけるからそこの貴方もう一度カウントを取りなさい」


 「があああ!!!」


 「えっ、何あれ怖」



 その後私はニーレにコブラツイストを喰らうなどそんな楽しい毎日を過ごしていき、イェルク=クライには全くと言っても良いほど好意が伝わることなく卒業パーティを迎えることとなったのであった。


日間ランキング入っていました!

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