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ムイ視点

ムイ視点では、彼女の知識に合わせて、あえてカタカナ表記にしている単語があります。年齢は、十七歳程度ですが、見た目が十四歳です。


 ムイの名前はムイと言います。ご主人さまは、サカバをイトナんでいる四人家族のお家です。ムイは、ドレイイチバという所からご主人さまに買われて、ここで働かせてもらっています。


「おら、これも洗えよ、化け物」


 お店で汚れてしまった布を洗っていると、ブンさまがドカッと大きなカゴを置きました。ブンさまは、ムスコさまです。ムイは大きな音に驚いて、飛び跳ねてしまいます。


「動くんじゃねぇよ、化け物」


 背中を蹴られました。ご主人さまはムイが命令以外の行動をとると、こうしてバツを与えるのです。今のムイは、ひたすら汚れてしまった布を洗うために手を動かします。飛んだり跳ねたり、立つことも許されていません。


「あーあ、今日は最悪の一日だぜ。うるせぇ客は来るし、喧嘩は始まるし、ガキが料理こぼして余計な仕事を増やされるし。ん゛ああ、やってらんねぇ」


 今日のブンさまはご機嫌が悪いです。背中や頭をガンガン蹴られます。でも、ムイは洗う以外の行動を許されていないので、必死に転ばないようにがんばります。



「ちょっと、ブン! 早くこっち手伝ってよ!」

「うっせぇな、ブス!」

「ブスはアンタでしょ!」

「ああ!? 俺はブンだ! 誰がブスだブス!」


 ブンさまがいなくなりました。文句は言いますが、あの方はアネのリンさまが怖いのです。だいたいリン様の言うことは素直に従います。

 ですが、ストレスハッサンを邪魔されたので、ムイはあとでブンさまに殴られると思います。それまでに、ムイはこのお仕事を終わらせなくてはいけません。終わらないと、寝ることも許されないのです。


 でも、ムイはガンジョウなので、一日くらい寝なくてもシショウありません。


 ドレイイチバの方が言っていました。ムイはマゾクの子だそうです。人間よりもチユ能力が高いと言われました。

 だから、腐ったご飯を出されても、ご飯を抜かれても、殴られても、汚い水を飲まされても、死なないのです。


 なので、ムイはがんばってご主人さま達のサンドバックになっています。

 それがムイの生まれた理由なのです。ドレイイチバの人に教えてもらいました。



「今日も終わってないのか、化け物。なら、ご飯はなしだね」


 お母さまが、お皿の中身を地面に落としました。腐った汁の匂いが、ムイの小屋に広がります。


「おい、抜くのは構わんがほどほどにしろ。俺達が喰われちゃかなわんぞ」

「わかってるよ」


 お父さまがこちらを、ゴミを見る目で見てきます。あれは、ケンオカンと言うのですよね。ムイのお家は、お犬さまという方が住む小屋なのだそうです。私の隣にいるお犬さまは、お母さまからいただいたご飯を召し上がっています。


 以前、お犬さまがムイの首輪に繋がっている鎖を噛みちぎろうとしました。しかし、鎖の傷がご主人さまにバレて、ムイがセッカンを受けました。ご飯を食べないこともありましたが、それもムイがセッカンを受けました。


 それ以来、お犬さまはジュウジュンです。ご主人さま達は、お犬さまがお気に入りなのです。


 まだお仕事が終わっていないので、今日もムイは朝まで起きているでしょう。痛い日々ですが、それがムイの役目なので苦ではありません。ムイは、ご主人さまの欲求を満たすためにあるのです。





 人さらいにあいました。違いますね、化け物さらいにあいました。


「もう安心していいぞ。ゆっくり休養なされよ」


 ムイをさらった人は、ルーデンというおじさまです。とても偉いおキゾクさまなのだそうです。


 ルーデンさまのお家は、どこもかしこもキラキラしておりました。ムイは、ふかふかの布に包まれた部屋に案内されました。そこで、オイシャさまという人に、シンサツを受けました。


「ふむ、外傷は二、三日もすれば治るでしょう。しかし、声はなんともいませんね。長年首輪を付けられたことによる首の圧迫と、声を出してはいけないという強迫観念から、声が出せなくなっているのでしょう。また、心的外傷も考えられます。それから、歩かせるのもしばらくは止めた方が良いでしょう。よくもまあ、この体重で立っていられたと言いますか。さすがは魔族の血族と言ったところでしょうか。こちらは、規則的な生活とリハビリで回復するでしょう」



 難しいです。何の話かムイにはさっぱり分かりません。しかし、ルーデンさまはご理解されたようで、オイシャさまとたくさんお話されていました。


 それからムイの生活は、ご飯を食べて寝るだけになりました。メイドさんという方がついて、うまくご飯が食べられないムイを助けてくれます。


 スプーンは難しいですね。お口からこぼれてしまいます。せっかく美味しいご飯なのに。ご飯、とっても美味しいんです。ムイはとっても驚きました。ご飯とは美味しいものなんですね。


「ここが君の新しい家だ」


 ときどき部屋に来られるルーデンさまは、何度も同じことをおっしゃいます。ここがムイの新しいお家なら、ルーデンさまは新しいご主人さまということですね。今度からはご主人さまとお呼びします。



 今は、良く食べて寝るのがお仕事のようです。痛いことをされないのです。変わったご主人さまですよね。

 そういえば、オイシャさまも何度か来られています。シンサツの時は必ずご主人さまもいます。ご主人さまは、オイシャさまに同じ質問をされます。


「子供は産めるのか」

「まだですね。子宮は傷ついておりませんが、健康的な体にならないことには正常に機能しないでしょう」

「いつ機能するのだ」

「それは私にも分かりません。彼女次第でしょう」


 ご主人さまは、ムイに子供を産んでほしくてさらったようです。子供を産むにはどうすればいいのか分かりませんが、それがご主人さまのお望みなら、早く体を治そうと思います。



 ここの生活にも慣れてきました。

 ジーナさまが、お外に行こうとおっしゃいました。ジーナさまは、ここのメイドさんです。それまでムイは、メイドが名前だと思っていました。声が出なくて良かったです。恥ずかしい思いをせずに済みました。


「お嬢様、今日はお庭をお散歩しましょうか」


 ジーナさまは、とてもおしゃべりさんです。ムイと話すことはできないのに、たくさんのお話をしてくださいます。



 クルマイスに乗せてもらって、初めてお外に行きました。


「どうですかお嬢様、綺麗なお庭でしょう」


 はい、とてもキレイだと思います。


 ムイにはキレイが何なのか分かりませんが、その響きから、とても良いものだと思いました。だからムイはジーナさまに、うん、と頷きました。

 お庭は、たくさんのお花と緑に溢れています。あの水が噴き出ているのは何でしょうか。お日様に照らされてキラキラしています。ムイはお庭から離れられなくなりました。


 しばらくジーナさまと一緒に、お庭を散歩します。途中で木の棒を拾いました。なんとなく気になって拾ったのですが、ジーナさまは受け入れてくれました。バツを受けなくて良かったです。


「…~~」


 体がブルブルしてきました。それに、鼻もムズムズします。


「~~!」


 くしゃみが出ました。


「寒いですか?」


 ムイのくしゃみに気付いたジーナさまが、聞いてきます。首を振りました。


「少々お待ちください。何か掛けるものを持ってきます」


 どうやらお返事はいらなかったみたいです。ジーナさまは、ときおりムイの意見を無視します。前のご主人さまも無視をするのが当たり前でしたが、ジーナさまはムイが助かることをしてくれます。とってもおかしなメイド様です。ここのお家の人達は、みんなおかしいのです。



 待てと言われたので、ムイはお庭を眺めて待ちます。動くとバツを受けますからね。そうしていたら、土を踏む音がしました。ジーナさまが帰ってきたのかと思いました。


「誰かいるのか?」


 違いました。聞こえたのは男の人の声です。ムイは、待てと命令されているので、振り向けません。声も出ないのでお返事できません。申し訳ございません、男性の方。バツはあとでお受けします。


 男の人は近づいてきて、ムイの前に立ちました。


「君は、父上が言っていたデーリンの者か」


 ムイは答えられませんでした。父上とは誰でしょう? デーリンさまという方は、知り合いにおりません。


 男の人は、ケゲンな顔をされました。


「その角と尖った耳、君は魔族だろう」


 頷きました。ムイはマゾクです。すると、男の人は顎に人差し指を乗せました。


「父上は何も教えていないのか」


 ポツリと呟かれました。それから男の人は、黙ってしまわれました。

 ムイは、何かソソウをしてしまったのかと思いました。きっと男の人は、ムイへのバツを考えているのでしょう。ムイは男の人がバツを決めるまで待ちます。



 待っていたら、また土を踏む音がしました。


「お嬢様、お待たせしました~。――て、ルーク様!?」


 今度こそジーナさまが戻ってきました。彼女の声に、ルークさまと呼ばれた方が視線を上げました。


「君は彼女付きのメイドか」

「はい! お嬢様のお世話を仰せつかっております、ジーナと申します」


 ジーナさまが、とても早いオジギをなさいました。すごいと思いました。ムイもいつか、あんな風なオジギをしてみたいです。


「君は彼女についてなんと説明を受けている」

「魔族の偉いお方の末裔なので、丁重に扱うようにとだけ」

「それ以外は?」

「なにも聞いておりません」


 ルーク様が、膝を折ってムイと同じ目線になりました。黒色に近い紫色の髪が、ふわふわしています。目はオレンジに近い黄色です。


 ムイの目より濃い黄色で、なんとなく嬉しいと思いました。ジーナさまが、ムイの膝に薄ピンク色の布を掛けてくれます。温かいです。



「自己紹介が遅れたな。俺はルーク・ブラッケン。この家の者だ。魔族のお嬢さん、お名前をお教えいただけるか?」


 ムイは、息子がいるとルーデンさまが言っていたのを思い出しました。彼がそうなのでしょう。彼は、キレイという言葉が似合う人だと思います。


 ルークさまは、いつまでも返事をしないムイに、訝し気な表情をしました。ごめんなさい、ムイは言葉をしゃべれないのです。


「彼女、耳は聞こえているのか?」


 この問いは、ジーナさまにです。


「聞こえていますが、お声が出ません。文字も知らないようでして、旦那様もお名前を知らないようです」

「知らない? 父上はどうやって彼女を連れてきたんだ」

「私も詳しくは聞いておりませんが、おそらく奴隷として扱われていたのではないかと」

「――そうか」


 お二人は難しいお話をされています。おそらくムイの話をされているのでしょうが、学のないムイはお話についていけません。


 しかし、お二人はムイの名前を知りたがっていることだけは理解しました。


 やはりこの屋敷の人達は不思議です。ムイの名前を聞きたがる人なんて初めてです。期待には答えねばなりません。でないとバツが待っています。

 なのでムイは、木の棒で文字を書きました。書き終わって顔を上げると、お二人とも驚いた顔をしていました。


 ルークさまが、ムイの書いた文字を読み上げます。



「“ムイ” “無しか為せぬ子” ――ムイ、これが君の名か」



 ムイは嬉しくて頷きました。

 初めて人にヒロウしましたが、ちゃんと読んでくれました。


 ムイの名前は、ドレイイチバで一緒のドクボウにいた人に付けてもらいました。その人は、昔は高名な東洋ガクシャさまだったそうです。東洋は、ずっと昔に存在していた大陸だと教えてもらいました。ムイの名前は、その東洋文字から作ったそうです。

 ムイは、自分の名前とその由来だけは書けます。これも、東洋ガクシャさまから教えてもらいました。


「では、今度からムイ様とお呼びすればよろしいですか?」


 ムイは喜びました。東洋ガクシャさま以外の人に、名前を呼ばれたのが初めてだからです。名前を呼ばれるって、こんなに嬉しいものなんですね。しかし、お二人は悲しい顔をしています。なぜでしょう? 二人が悲しいとムイも悲しいです。


「すまない、君にそんな顔をさせたいわけではないんだ」


 ルークさまが、ムイの手を包むように握ってくれました。

 ムイの手はガリガリなので、暖は取れませんよ。


「いきなりで申し訳ないが、一つ、俺の頼みを聞いてくれないか? 嫌なら断ってくれてもいい」


 頷きました。変な人です。ムイは、コバむ権利を持っていませんよ。



「君が今までどんな生活を強いられてきたのか、俺には想像がつかない。けれど、君はこれから、この家で新しく生まれ変わり、これまでとは違う人生を歩むことになる。俺はその手助けをしたい。その一歩として、君に新しい名前を付けたいと思うんだ。その名前を俺に決めさせてほしい」


 難しくてお話の半分も理解できませんでしたが、ムイという名前を名乗ってはいけないことは分かりました。とくに思い入れもないので、ムイは頷きます。命令は断りません。

 ルークさまは、ホッと息を吐き柔らかく笑いました。


「では、エーデルというのはどうかな? エーデルワイスから取ったんだ」


 顔が綻びました。エーデル。ムイよりも、素敵な響きです。



 エーデルは、自分の新しい名前を気に入りました。嬉しいことには、ありがとうと言うのですよね。でも、エーデルは伝えられません。触れることも許されていません。なので、嬉しいを顔で表現します。

 最近は、顔の筋肉を動かすことを覚えたんですよ。みてください、この笑顔。自信作です。

 

 エーデルの気持ちが伝わりました。お二人から悲しい顔がなくなります。


 やりましたね、エーデル。初のお仕事達成ですよ。


「話し込んでしまったな。部屋に戻ろう」


 ルークさまが立ち上がりました。お空はいつの間にか、オレンジ色になっています。ルークさまの目に似ています。

 エーデルのクルマイスは、ルークさまが押してくれました。


「ルーク様、わ、私が押します!」

「いや、いい。俺が押したいんだ」


 そういえば、ルークさまはどんなバツを与えるのか考えたのでしょうか。ジーナさまが来るまで、悩んでいる様子でしたけど。ひょっとして、ルークさまもエーデルが治るまでバツを与える気はないのでしょうか。ご主人さまと同じ考えなのですね。


 このお家の奴隷になってから、変なことばかりおきます。なぜか、エーデルはお世話をされる側です。


 これも子供を産むためなのでしょう。ご主人さまは、エーデルに期待してくれているのです。だから、まだ子供は産めないのか聞いてくるのですよね。

 ルークさまも、きっとエーデルに期待されているんです。名前をくれたのもそれが理由ですよね。


 待っていてください。エーデルは、頑張って子供を産みます。



 今のエーデルは、ストレスハッサンではなく、子供を産む道具をしています。


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