逢魔が辻 ~夢魔LMの書より~
大路と小路の交わるところ、その辻の小路側の脇で私は控えている。
私はこの小路の奥にある社に仕えるものである。
社のある方角に目をやれば、背後に黒々と繁った鎮守の森が見える。
いつも見ているこの森も、世界じゅうの森もきっと、あの、私の存在の始まりの時にあった「黒の森」と次元を超えて交わっているはずなのだ。
その中にある、道標の一点さえ見つけれることができれば、私は望む世界へと辿り着けるはずなのだが。
とはいえそれが点なのか穴なのか、どのような意味での道標なのか形状があるのかないのか、今の私では想像すら出来もしないのだった。
そんなことを考えながらまた辻の方を向き直る。わずかに日も翳ってきたようである。
今は、遠くの世界に想いをはせている時ではない。
今日は社の主が嫁取りする日である。
花嫁の行列は大路を通ってこちらに向かってきているところなのだ。
日没時にこの辻に花嫁は到着し、社の主にめとられる。
花嫁は四国からやってくる白狐の姫。今宵、我が社の大明神の妻となる。
そして、日没が始まる。
赤と群青と薄紫のまざりあう薄明の空、薔薇色に染まった雲間から放つ光、沈みゆく陽の金色の輝きが美しい。
遠く辻の向こうから微かな鈴の音が耳に届く。
我々一堂はそれが合図でもあるかのように、一斉に身を伏せた。
私どもが花嫁行列を直にみることは許されていないのだった。
一陣の風が、我らの頭上を吹き抜けた。
見られないことは少し残念ではあったが、つつがなく婚儀は為され、我が社の主が無事に嫁を娶ったことが気配でわかった。
すでに日が沈み、あたりは暗闇に包まれている。
私は清々しい気持ちで顔を上げた。
月影が辻を照らしている。
嗚呼、古の時よりずっと、闇を統べる月影に、私の魂は仕えてきたのだ。幾度生まれ変わっても、月影を崇めし闇の眷属であった。
どこか別の世界に魂の半分は置いたままではあるとしても、
今宵はこの、社主の吉事を共に祝福しよう。
偽りない心でそう思っている。
この主もまた同じく、月影の化身のうちに違いないのだから。