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第10章:コインロッカーが猫の死に場所ではない事を証明するのはどう考えても俺の仕事ではない(第1話)

「どうやって連中に計画を伝えた?」

 スマホをスピーカーモードにしてテーブルの上に置いたまま、俺は急いで機材をカバンに詰めながら、豊橋に訊いた。

「明確かつ意図的に伝える必要などない。奴らは常に俺たちを監視している訳だからな」豊橋が言った。「twitterのDMはリアルタイムで確認しておけよ」

 俺は、解ってる、と離れたところにあるスマホに大声で返しながら、持っていくべき機材が揃っているかを確認した。編集様のゲーミングノートPC、スマホ、iPad、モバイルバッテリー。

「撮影は家庭用でいいよな? 業務器は嵩張り過ぎるし三脚を担いで走り回る程、俺は若くない」

「構わんだろう」豊橋が言った。「家庭用ビデオカメラなら程よく手ブレしてリアルだ。cicada10484もついにドグマデビューという訳だ。ただし、配信はリアルタイムにやりたいし、アノニマスの連中とは2人同時に遭遇しない方が得策だ。トランシーバーがあれば持ってきてくれ」

「ああ」

 俺は返答をしながら、ロケハン用の家庭用ビデオカメラと風防付きのマイク、トランシーバーを詰め込んだ。カバンに入れっぱなしだったポータブルプロジェクターは邪魔だから出そうかと思ったが、先に物を詰め込んでしまったからやめた。

「準備が終わったら、60分後に上野駅の公園出口に集合だ」

「解った。もう切るぞ。さっきからDMが何通か届いてる。返事してやらないと怪しまれるだろう」

「…監視されているとしたら、その心配も無意味かもしれんがな」

 監視されているなら、cicadeでリアルタイムに受け渡しを配信しようなんて計画も筒抜けだろう。なら、奴らは現れない可能性もある。となると、豊橋は計画の全てを俺に話してはいない、と考えて動いた方が良さそうだ。畜生。俺に断りなく急に動きやがるから、遺言書を書く暇すらなかったじゃないか。まあ、残す財産もないが。

 俺は電話を切ると、twitterを確認した。例のネカマからのDMが何通か来ていた。別にリアルタイムに何か指示をしている内容ではなく、品川の指定のコインロッカーに100万円を入れたから3日以内に取りに来い、という内容が書かれているだけだった。

「へっ」俺は笑った。「100万入れたはいいが、どうやって俺はそのロッカーの鍵を手に入れたらいいんだ?」


 準備を終えると、俺はスタジオの鍵を掛け、エレベーターを降りた。アノニマスの連中が、例の仮面を被ってどこかの階で乗り込んでくるんじゃないか、と警戒した。しまったな。サバイバルナイフくらい持参すべきだったか。

 ロビーから外に出る前に、郵便受けを確認した。分譲マンションや近所にできたジムのチラシが何枚か入っているだけだったが、それらを備え付けのゴミ箱に入れる為に手に掴んだ瞬間、違和感があった。

「…そうか、もう始まってるって事か」

 俺は、手にあたった硬いものをチラシの隙間から取り出した。交通系のICカードだった。つまり、コインロッカーの鍵だろう。封筒に入れるとか、ではない。裸で入っている。つまり、このマンションの俺のスタジオの部屋番号を知っている奴が直接入れに来たって事だ。この段階で、例の箱との取引である事を示唆していると見て間違いない。

 俺はネカマを無視して、とりあえず品川を過ぎて上野駅に向かった。ネカマは、3日以内、としか指定してきていないから、現段階では気にする必要はないのだ。が、俺が鍵を入手し、行動を起こした事を既に察知していると考えた方がよさそうだ。


 上野駅で降りて、改札を出たタイミングで豊橋からメッセンジャーで連絡が入った。そこには「国立科学博物館のミュージアムショップへ行き、積み上がっている恐竜の形をしたチョコレートの箱の下から3番目を買え」と書かれていた。なんだよ、面倒臭いな。ちょっと歩くし、入館料もかかる。なんで俺は、アノニマスにも豊橋にも翻弄されなければならないんだ?

 俺は公園口から出ると、早足に科学博物館に向かった。入場券の発券機の前に立つと、案内の女が声を掛けてきた。

「そうか、あんたもこの一連のゴタゴタの一部か?」俺が訊いた。女はキョトンとした表情をした。それで、俺は慌てて謝罪した。「ミュージアムショップを利用したいんだが、入館料を支払わないと駄目か?」

「いえ、それならミュージアムショップご利用専用の無料券がございます」

 そうだよなあ。

 俺は早足でミュージアムショップに向かい、恐竜の形のチョコレートを探した。思いの外、広い店内だが、それはすぐに見つかった。

「おいおい…2列あるじゃないかよ」

 豊橋は、下から3番目、と言ったが、どっちの列かは指示してきていない。豊橋が何かを仕込んだとして、その後に店員が積み直した可能性もあるな…。仕方がないので、両方の列の下から3番目を買うことにした。最悪、食えばいいだけだ。

 屋外に戻り、ベンチに座ると、俺はチョコレートの箱を開けた。片方の中に、交通系のICカードが1枚入っていた。なるほどな。これで公園口のコインロッカーを開けろってか。

 子供が物欲しそうに俺の方を見ていたので、チョコレートを2箱ともやった。近くに親がいたらどやされるところだろうが、いなかったし、この子供が知らないオジサンから物を貰って怒られたとして、それはいい人生経験だろうし、俺の知ったこっちゃない。

 公園口に戻り、コインロッカーの端末にICカードをかざした。ビンゴだ。指定のロッカーが開いた。

 俺は、ロッカーを開けた。そこには1枚のA4用紙が置かれており、文字がプリントされていた。内容はこうだ。トランシーバーを1台入れろ、DMでコインロッカーを指定してきていたら、その場所をこの用紙にメモしろ。

 なるほど、豊橋は、今回の取引において、極力俺とは会わない状態で進めるつもりらしい。cicadaの実況はどうするんだ。珍しくゴールドフンガーのPOVでやるのか。

 豊橋の言う通りにしてから、コインロッカーには鍵をせず、俺は品川に向かった。豊橋が60分後を指定してきた事を考えると、そろそろトランシーバーを受け取って俺に連絡をしてくる筈だ。トランシーバーの出力は半径60km。東京はかなり遮蔽物があるが、上野と品川で会話ができるだろうか。御殿山にでも登っていた方が得策か。


 品川に到着し、電車から降りたタイミングで、トランシーバーに着信があった。

「恐怖さえ感じるぞ」俺が言った。「俺はアノニマスにもお前にも監視されている気分だ。何故、降りた瞬間が解った?」

「何のことだ?」

「俺が電車から降りた瞬間にトランシーバーを掛けてきただろう」

「そうか。それは好都合だ」豊橋が言った。「前時代的だが、アナログトランシーバーを使ってくるとは奴らも想定はしていない筈だ。傍聴されやすいだろうが、もはやモールス信号の方が安全であるように、トランシーバーの方が安全だろう。駅のホームなら会話の内容も察知されづらいだろうしな」

 確かに、豊橋の言う通りかもしれん。

「で?」俺が言った。「どう行動する? とりあえず俺は、連中から品川のコインロッカーを開けるように指示されている。ご丁寧に、鍵と思われるICカードがスタジオのポストに投函されていた。まあ、今の所、お前の方が一枚上手、というのが俺の感想だが」

「そのコインロッカーを開けたら恐らく後戻りはできまい。だから、cicadaの配信はそのコインロッカーを開けるところから始めよう」

「ああ、そうしてくれ。俺が殺される瞬間が配信されればcicadaもそこそこ稼げるチャンネルになるぞ」

「悪いが、まだゴールドフンガーを失う訳にはいかないんでな」豊橋が言った。「だから万全な体制を整えて臨んでいる」

「そうか。俺はお前が計画の全貌を教えてくれないから今にもノイローゼになりそうだぜ」

「いい兆候だ。計画通り、というところだな」豊橋が言った。「さて、これからの行動について整理をしよう。まず、お前がコインロッカーを開ける時点がスタートラインだ。俺の予測だが、コインロッカーには金は入っていない」

「それは俺もそう思う。奴らが本気で例の箱を入手するつもりなら、コインロッカーに入っているだろうブツは…」

「ああ、複数のコインロッカーの鍵だろうな」

 豊橋と意見が一致して、俺は、ははは、と笑った。

「現金にしろ、複数のコインロッカーの鍵にしろ、どちらかであれば上出来だ」俺が言った。「この場合、俺たちの生存確率はグンと上がる」

「そうだな。だが、鍵が1つしかなかったら要注意だろう。箱が分解されずに完成している事を奴らが想定してるいるという事は、箱をロッカーに入れた後に消される可能性がある。俺たちが知りすぎた、という理由でな」

「その場合は、お前は姿を表さないんだろうな」

「その通りだ。奴らは、俺たちが2人で行動している事を知っている。お前だけ殺す、という選択肢はない。俺を見つけられない状態でお前だけ殺すのはリスクが高すぎるからな」

「へっ。俺がお前の役をやりたかったぜ」

「安心しろ。お前にはそのために、敢えて充分な情報を渡していない」

 なるほどな。という事は、豊橋は、例の箱が何の目的で使われる物であるか、ある程度つかんでいるな。これを敢えて詮索すると俺の生命の危険があるって訳だ。


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