笑顔と涙
「やってしまった……」
勢いに任せてあんな荒々しい態度をとってしまった……。
……絶対、カナタに嫌われただろうな。
後ろ向きな考えのまま歩き続けた結果、僕はいつの間にか見覚えのある大きな木の前に立っていた。
ガレアス中央通りを抜け、少し歩いた所にある高台の側にある丘。
ポツンと寂しそうに一本だけあるこの木以外には特には何も無い場所だが、僕はここが好きだ。
「やっぱりここにいた」
驚いて振り返ると、そこには頭に包帯を巻いたカナタが手を後ろに組んで立っていた。
「嫌なことや辛いことがあると、決まってここに来てたよね……レイ君」
「............」
もう言い訳や否定も思いつかなくなってきた僕が黙っていると、カナタは証拠を突きつけるように言い出す。
「『生殺与奪』。左手で吸収したあらゆる‘力‘を右手で放出する国宝級SSランクの脳力。そして、そんな類を見ない脳力なんて、世界中探してもガレアス王国第二王子レイジア・A・ガレアス......そして、私の幼馴染の‘レイ君‘しかありえない」
今回ばかりはカナタの言っていることは全て正しい。
脳力とは即ち己の存在を主張するものでもある。
当然、そんなものを自分で変更することも偽ることも出来ない。
だから僕は、カナタにだけは自分の脳力がバレないようにしたかった。
それがバレてしまった今、もう僕には言い逃れは出来ない。
カナタが証拠となる発言をしてから、僕たちはお互いに何もせずただただ夕日に照らされる街を見やっていた。
茜色に染まっていく町並みから点々と明かりが点されはじめると夜の訪れを感じる。
楽しい時間というものはこんなにも早く終わることに僕は久々に気付いた。
「もう誤魔化しきれないみたいだね」
覚悟を決めて僕はカナタに向き合う。
それを悟ってカナタも僕の目を見つめる。
そして、僕はようやく再会の言葉を口にする。
「久しぶりだね、カナタ。待たせてごめん......」
「ッッ............!!」
僕が認めるように謝罪すると、カナタは無言で涙を流し始めた。
「ちょ! ちょっとカナタ!? 大丈夫、そんなに辛かったのか!? それともまた傷口が開いたの!?」
僕が心配して駆け寄ると、カナタは首をブンブンと横に振る。
「違う......違うの。やっと、レイ君に逢えたのが、嬉しくて、それで......」
それを聞いて僕も胸が苦しくなった。
ここまで思いつめさせてしまったのかと思うと、僕は僕自身を殴りたくなった。
「ごめん......ごめんね、カナタ......本当に......」
「あはは......はははっ」
僕がそう言うと、先ほどまで泣いていたカナタが突然、笑い出す。
「ど、どうしたの、急に笑い出して」
「だって、レイ君まで泣いてるから、なんだか、おかしくなっちゃって」
カナタに言われるまで僕は自分の視界がぼやけている事に気付かなかった。
目元を袖で拭いて改めて僕はカナタの姿を見た。
スレンダーな体つき、元気な子犬のような赤茶けた短い髪、あどけなさを残しながらもその大きな瞳から感じる僕への気持ちは確実に親愛以外なかった。
その気持ちに気付かないフリをし続けた僕は、もう演技をしなくても良いと思った瞬間、理性よりも体が先に動いた。
僕は感情の赴くままカナタの体を抱きしめた。
華奢な体を一身に受け止めるとその体のか弱さに愛情が沸き立ち、僕は目元が熱くなった。
「こんなにも小さいのに、あんな多くの人と向き合っていたんだね......」
僕は泣いていることに気付かれたくなくて、更に体をくっつける。
すると、それに応えるようにカナタが僕の背中に腕を回してくれる。
「レイ君ほどじゃないよ。私は一人じゃ何もできないから踏ん張ってるだけだよ」
胸の中でカナタがもぞもぞと動くのを感じて僕は胸元を見ると、カナタが抱きしめあったまま上目遣いで僕を見ていた。
「でも、これからはレイ君がいる。もう一人じゃない。あの日、二人で見た夢の続きをやっと一緒に見られるんだから」
カナタが顔をほころばすのとは違い、僕は唇を噛み締める。
そして、そっとカナタを僕から引き離し顔を背けた。
「レイ君?」
「カナタ、落ち着いてよく聞くんだ」
「え? う、うん、わかった」
カナタは少しうろたえながらも肯定する。
僕は目を瞑って先ほどのカナタの笑顔を思い出してから決意する。
あの笑顔を守るために、僕がすることは既に決定していた。
「カナタ、僕はもう二度と君とは逢わない」