決死の訴え
突然の事で驚いた僕だが、一度カナタに文句を言ってやろうと思い顔を上げると、そこには先ほどの懐かしい笑顔とは程遠い、だが、朝見たような警戒している犬のような反抗的な目でもなく、意を決して戦いに挑むような、まさに戦士の形相の鋭い眼光で僕を睨んでいた。
「いい加減にしなよレイ君……!! 男の子として……人として、恥ずかしくないの……」
その眼を見た瞬間、僕はその勢いに負け、後ろに数歩下がってしまった。
その様子を見ていた野次馬も一瞬で起きたありえない事態に困惑し、未だに口をぽかんと開けたままである。
無理も無い。
王族の高脳力者が低脳者に殴られるなんてことはここ数年の中でも聞いた事もない事例なのだ。
それほどの異常事態の中を、何事もないようにその戦士の面構えで親子の前で庇うように手を広げてカナタが話し出す。
「確かに、私たち低能力者はあなた達に比べて力も、頭脳も、礼儀も、全てが劣っているかも知れない……」
一度カナタは言葉を途切れさせ、「けどっ!」と強く言い放ってから話を続ける。
「それでも私達は人として大切な優しさ、道徳、倫理観、そんな正しい価値観を持って今までの人生を生きている。たとえ出切る事が少なくても、食べる物やお金がなくても、勉強ができなくても、私達《救世連盟》のメンバーは……いや低能力者達は力を合わせて、補って、支え合って生きてきた。そういう事こそが、国もそしてそこに住む国民にとっても大切なことなんじゃないの? ……今からお互いの全てを理解してなんていう事は無理だと思うし、出来ないと私も思う。でも__」
カナタは拳を握りしめて決意し、周りの野次馬や親子や監督、そして僕に向かって語る。
「__どうか分かってください。考えてみてください。日常で言った事、やった事が、誰かを傷つけているかも知れないと……お願いします」
カナタが優しく語った人としての在り方に対し、一人の野次馬は手をだらりと下ろし__
「がぁっ!! あ……え……?」
__近くにあった手ごろな石をカナタにぶつけた。
しかも当たり所が悪かったのか、カナタの頭から血が数滴流れ出ていた。
未だに状況が理解できないカナタに向かって、他の野次馬達もその姿にカナタに嘲笑を飛ばす。
「やっぱり脳無しは言うことも違うな。寝言は寝て言いなっ!!」
「いや、もしかしたあいつ立って寝てるんじゃねえのか?」
「それはとんだピエロだ! それじゃ、あんな馬鹿な事を言っても不思議じゃないな!」
「良かったなガキ。脳無しでも大道芸人にはなれることが証明出来たぞっ」
「理想と妄想がごちゃまぜなピエロにはお似合いだな。それならまずは自分の血でその顔を真っ赤に染めとけっ! このクソ脳無しピエロ女がっ!!]
次々にカナタを目掛けて石が飛び交いカナタの体を打つ。
繰り返される暴言と暴力にカナタは必死に顔を腕で庇って耐えていた。
そして、今までより一際大きな石がカナタの体を直撃する前に、カナタの前に僕が立つ。
だが、ただ立ち尽くして黙って当たる訳ではない。
僕は左手をかざすと、その石と他に同時に投げられた石は僕の左手に吸い込まれるように吸い付いていき、手の平に付くとそのまま力無く落ちていく。
「レッ……レイジア……様……!?」
今までの態度が嘘だった様に、分かりやすくうろたえる野次馬たちに、僕は顔を向ける。
今、僕はどんな顔をしているか気になったが、多分、今、僕はとてつもなく怒っているのだろう。
苦しくも、僕はカナタの理想に夢を見てしまったからだ。
誰もが同じでないと自覚した上で、お互いを尊重しあえる、そんな優しい世界すら語れないほど、この国は……いや、この世界は腐っている。
そして、もし、カナタたちが脳無しだとすれば、僕たち高脳はなんだ?
その答えを自分で出すとするならば、もはや僕たちは『人でなし』だろう。
ならば今僕がすべき事は、人でなしとしてもっとも正しい、力による支配だ。
なるべく汚い表現になるように努めながら蔑むように言う。
「いい加減にしろよ、愚民共。誰の許可を得て今こうして生きていると思っている。僕からすれば低脳も高脳も同じ。王族以外の羽虫が騒いでいる感覚だ。優しい僕は、例え、虫を飼育したとしても、虫に好き勝手に生きさせる気はない。よって、今ここにいる者は即刻、自分の虫かごである家に戻りなさい。出なければ……」
僕は、おもむろに右手を何時までも尻餅を付いている監督に向け、そのまま『脳力』を発動。
瞬間、空気圧の塊が僕の右手の平から放出し、監督を工事現場の廃材置き場へと押し込む。
「かふっ…………!!」
監督は腹に溜まった空気を口から汚く出し、そのまま動かなくあった。ただの空気弾で気絶なんてなんて弱いのだろう。
だが、そう思っていたのは僕だけだったらしい。
僕以外の人達はその光景を見て、ある人は青ざめ、ある人は悲鳴を漏らし、ある人は信じられないと口をあんぐりと開けていた。
その反応に呆れながらも僕は先ほどの言葉の続きとして、出来るかぎり怒気を強めて周りに伝える。
「本気で潰すよ。命が惜しくないのなら」
一瞬、その場が沈黙すると、周りの野次馬どもは蜘蛛の子を散らすようにあわただしく逃げ去っていく。
一通り人が居なくなったのを確認し、親子からもカナタからも背を向けて歩きさろうとする。
「まっ、待って、レイ君っ!」
「……その母親には最低限の罰則を与えます。後日、僕から伝えに着ますので覚悟していてください」
僕はカナタに引き止められたが振り返りはせず、最低限の事だけ伝えてその場を去った。