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再会


 僕がクラス委員長に立候補した後は特にやることも無かったようで、そのままホームルームは終わった。

 多くのクラスメイトたちが念のために机に置いていたノートや筆記道具を片付けている中、母から今日の学園の予定を聞いていた僕は特に荷物も持って来ていなかった為、そのまま帰ろうと席を立つと後ろから声がかかった。


 「レイジア君」


 振り返ると、カバンを持って立つユリねぇが僕を待っていた。


 「やけに準備が早いね。僕みたいに何も持って来てなかったの?」


 「そんなわけじゃないけど、やっぱり筆記用具とノートは念のためにね」


 「あれ? 姉さ……じゃなくて! ユリねぇは今日のホームルーム内容を母さんから聞いてないの?」


 危ない危ない……。一瞬だがユリねぇの笑顔の中に深い闇を垣間見た気がしたけどなんとかなったぞ……。もう、慣れるために部屋でも練習しようかな……。


 僕が一人で決意を胸にしていると、ユリねぇは歯に何か詰まったように言う。


 「あ~……うん……。ほら、私ってお母さんとあんまり仲良くないから……」


 「……そっか。ごめん、ユリねぇ……」


 「や、やだな~。レイジア君が謝ることじゃないでしょ」


 ユリねぇは僕に気を使わせないように笑顔を作ってくれた。

 だが、その気持ちを理解した上で僕は怒りで拳を握る。


 僕の家は王族の家系ゆえ、子供の頃から家族でも実力主義の世界で生きてきた。

 才能のある者だけ優遇され、才能の無い者は冷遇される。

 それが当たり前の家庭だった。


 姉さんの脳力は確かに強力な物だったが、それゆえにコントロールが難しく完璧に制御する事が出来ないでいた。そのせいで王家の恥晒しとして、母やその側近達、メイドや執事達から陰湿なネグレクトを受けていた。

 多分、僕がそれに早く気付かなければ、姉さんはもっと遅れて学園に入学していただろう。


 僕はユリねぇの気が少しでも休まればと、ユリねぇの手を取り優しく微笑みかける。


 「嫌なこと言わせてしまってごめんね。今日は久々にゆっくりお喋りでもしながら帰ろう」


 僕がそういうと姉さんを頬を赤くし、少し恥らうように顔を伏せて弱弱しく返事をする__


 「……うん。レイジア君、ありが__」


 「もっぺん言ってみろやコラッ!」


 __同時に姉さんの返事を上から塗り替えるような怒声が校庭から響く。


 「何度だって言ってやるよ。てめえら赤服はこの学院の汚物だって言ったんだよ」


 「ただランクが高いだけで調子乗ってるんじゃないよ! ランクの差がそんなに偉いのかよ!」


 「優秀なのは事実でしょ! それを鼻にかけて自分達が劣ってる事実を紛らわそうとするのはやめなさいよ!」


 「何よっ!」


 「何だよっ!」


 教室の窓から見ると、どうやら校門付近で赤い制服の生徒と白い制服の生徒達が言い争いをしているのが見えた。

 遠目から見ても既に一食触発の状態で、周りには観客気分の白服の生徒達の野次馬も群がっていた。


「なんだか『脳無し』が私たち、高ランクの人間に逆らっているみたいね。本当にうっとうしいわ」


 その光景を鼻で笑いながら、めんどくさそうにユリねぇが呟く。


 『脳無し』とは、能無しをもじった差別用語でランクの低い生徒、この学園ではAランク未満の赤い制服で統一されている生徒『赤服』に対して、学園でAランク以上または貴族に白い制服で統一される『白服』が使う言葉である。


 本来ならば学園では禁止されている言葉なのだが、王国の法でもランクが全ての事柄に関与するため学院での生徒の個人の差もランクで全て判断されるためにそれを真面目に守る生徒も教師もいない。


 それを良しとしない赤服生徒がたまに暴動まがいのことを起こすことがあるのだが、そういう問題を解決することも僕達王族の仕事でもあるため、この場合は面倒だが王位継承権が一番高い僕が解決しなければならない。

 

 「…………ユリねぇごめん、ちょっと行って来るよ。一緒に帰るのはまた今度にしよう」


 僕は一言ユリねぇに断ってから、返事も聞かずに窓から身を投げた。


 あまりも自然に窓から落ちたからか、少し遅れて上からユリねぇの心配するような声が聞こえたが、そんなことは気にせずに僕は近づいてくる地面に左手一本で着地する。


 先程、僕が飛び降りた教室のある三階を見るとユリねぇがまだ心配そうに大きい胸に手を埋めていたので、僕は着地した左手を振って大丈夫と軽く応えて問題の起きている校門に向かう。


 僕が来ると、僕の姿を見た野次馬の生徒達は退くように道を譲る。

 そして問題を起こしている生徒たちの中心に到着する。


 「君達、校門付近で騒がしくするものじゃない。今すぐにここから立ち退かなければ、君達赤服の生徒を王族権限で停学処分にすることも可能だ。そこのとこを考えて発言したまえ」


 まぁこのくらいのことを言えば、馬鹿でも黙りだすだろう。

 現に僕が一言発するだけで流石の問題の生徒たちも見る見る内に黙りだす__


 「だって! こいつらが私たちの活動の邪魔をするから悪いんじゃないっ! 私たちだって邪魔なんかされなかったら人の迷惑の掛からない様な勧誘活動をしますっ!」


 __と、思っていたが、一人の赤服の女生徒は変わらずに、僕に対しても声を張り上げ抗議してくる。


 その女生徒は子犬のような朱色の短いぼさぼさ髪、スレンダーな体系と明らかに身分も貧相に見えるが、そのあどけないの残る顔立ち、大きく淀みを感じさせない大きな瞳は彼女の意志の強さを表しており、どう見ても美少女と言うしかなかった。


 だが彼女はその態度から僕が王族だと言うことを知らないらしい。でなければ、他の生徒達のように僕に対して首を垂れて黙りこんでいるはずだ。


 それにしても、ちゃんと入学式で代表の挨拶をしたはずなのだが聞いていなかったのか?

 自分で言うのもなんだが、まあまあな騒ぎを起こしたのだが……。

 

 まぁそんなことはどうでもいいか。

 どうせ、どこかのド田舎から上京して来た恥知らずの新入生だろう。

 僕が誰か分かれば、誰だろうと同じようにありきたりでつまらない反応をするはずだ。

 

 「失礼ですが、僕が誰だか知っていますか? 一応、この国の王子でこの学園の新入生代表挨拶も__」


 「王族が何よっ! そんな些細な事で私達《救世連盟》の意志は変えられないんだから!!」


 なるほどね。この騒ぎは《救世連盟》の生徒のせいか。それならば僕が王族でも関係ないということか。


 ランクとはこの国の法に大きく関わるものであり、一人の人間の価値を決めるものだ。


 ランクは判りやすく五段階で評価されており、国宝のSS・天才のS・上級のA・平凡のB・脳無しのCと言われている。

 

 そしてこのガレアス王国の法律の多くが高ランク脳力者や貴族のために造られた専用制度であるランク制度であるため、その制度自体に反対するために作られた低ランクの人間の集まり、それこそが《救世連盟》なのである。


 その考えに賛同する生徒が何人かいることは知っていたが、まさか初日から活動するとは思いもよらなかった。


 だが、相手があの《救世連盟》のメンバーであるならば、王族として容赦は必要ない。

 

 これ以上彼女たちにこの学園で他の生徒達に影響を与えられる前に、ここで潰す勢いで僕は怒気を露にするように目の前の彼女に伝える。


 「意志なんて関係ありません。この学園の規則に『学内でのクラブ・委員会活動以外の宣伝活動は禁止』と__」


 「規則なんて知らないし! そんなもので私達の意志は揺らぐ事はないわ!」


 「……ですが、規則に従わないのならばこのまま停学にもなると先程から__」


 「だいたいっ! なんでランクが低いだけで、私達に対してそこまでのイジワルができるかわからないのよっ! 私達が一体全体あなたに何か悪いことでもしたのっ!?」


 思いっきり鼻先に指を突き出されながら、さすがの僕は困惑の色を顔に出す。

 だって……この子、全然話を聞いてくれないんだもん。

 だが、こんな事で折れる僕ではない。今度は方向性を変えて諭すように、できるだけ優しげに話す。


 「いいえ、そういう私的感情は関係無くてですね。ただ、僕は君たちを心配して__」


 「ま、まさか……!? 小さい子が好きな子にあえてちょっかいかけたくなるあれと同じ心境で、実は君が私のことを好きだったりするのっ!?」


 ……ハッ? ナ二イッテルノ、コノコ? 


 駄目だ駄目だ。思考を停止させてはいけない。

 とりあえずは話を聞いてもらわなければ。

 というより、まずこの会話を話し合いにしなければ。


 「いえ、ですから……そういうことを言ってるのではなくて……」


 「はっ! そうか……! いや、皆まで言わなくてもいいよ……その気持ちは大いに分かるから!」

 

 いや僕の方が皆まで分かってる。絶対理解してないよねこの子!?


 「だから、僕はそういう私的感情の話で無く、学園の規則の話をしていまして__!」


 「大丈夫、大丈夫っ! 私達《救世連盟》の目的には、身分とかそういう些細な問題は解消されて、みんなが誰とでも恋愛できる世界にすることも目標にしているから君の問題も万事解決だよ! ただ……ごめんね……私にはもう好きな人がいるから君の気持ちには応えられないかな……。でも、落ち込まなくてもいいからねっ! 失恋は次の恋への『スキップアップ』だよ、ファイトッ!」


 「だから、少しは僕の話を聞いてくくれないかなっ!? 何でいつの間にか、僕が君の事を好きになっていて、しかも勝手に振られたことになってるんだよっ!?」


 周りの生徒からの奇異の目線が痛い。とんだ恥をかいた……。

 なぜ、ただ赤服の生徒を注意しに来ただけでこんな目に逢うのか…………。

 もう、訳が分からない。

 

 「僕はただこのままこうして校門で活動していると、下校中の生徒にも迷惑だと言いたかっただけです。別に貴方の事などどうでもいいです」


 やっと話しが伝わると、彼女は頭をかきながら気恥ずかしそうにしながら笑顔で話しかけてくる。


 「あ、そうなの? いや~ごめんね。私って、『人の話はちゃんと聞け~』ってよく怒られるんだけどね、普段はほんっっっっっとに静かで大人しい子なんだよっ!」


 どうだかな……。

 良い子かどうかは判断できないが、少なくとも本当に大人しい子は自分のことを自分で大人しいとは言わない気がする。


 それとその『人の話はちゃんと聞け~』の声真似の声が高すぎないか……ワイングラスが割れそうだ。

 その声に耳を押さえた僕を気にも留めず彼女はまだ喋り続ける。


 「なのにね、昔からよく幼馴染の男の子には『少しは静かにしなきゃダメだよ』って『口を甘~くして』言われてね。『耳にたんこぶが出来る』くらいだったよ」


 「……それを言うなら、『口を酸っぱくして言う』と『耳に蛸が出来る』じゃないかな……?」


 「あっ! 間違えちゃった? まぁちょっとした『ストレスミス』だね! 気にしない気にしない! いや~、本当に昔の幼馴染の子と喋ってるみたいで……つい……」


 ……それを言うなら『ケアレスミス』では無いだろうか…。なんかミスするとストレスでも溜まるからかな? 少なくとも僕はイライラして仕方が無いが。


 それと気付いたことだが、先ほどから言葉の言い間違えが激しい。

 留学生かとも思ったがここまで流暢に話せるということはおそらく母国はこの国のはずだが、さっきも『ステップアップ』を『スキップアップ』と言っていたし……この子、もしかしなくても馬鹿なんじゃないだろうか?


 だが、何故だろう。イライラするはずなのにこの会話に懐かしさを覚えてしまって仕方が無い。


 確かに僕には過去に似たような会話を繰り広げた記憶があるが、そんなことよりもこのままこの女生徒に喋らせていたらツッコミを入れたくて仕方が無くなってしまう。

 早く言うべきことだけ言ってここから引き上げよう。


 「とにかくっ! ここでの《救世連盟》の活動は第二王子レイジア・A・ガレアスの名において許しません。それでも活動を続けるのであれば、このまま、ここにいる赤服生徒は全員、厳罰処分とします。速やかにこの場から立ち去りなさいっ!」


 「……………………………………」


 僕の身分がはっきり分かったのか、彼女は未だに口をあんぐりと開けたまま僕を見て硬直している。


 「黙ったままなら許される訳ではないですからね。ですが今回は学園の規則も知らなかったのと初犯ということもありますし、今日のところは見逃して__」


 「レイ……君……?」


 そのあだ名を聞いた瞬間、僕は心臓が飛び跳ねたように驚いた。


 その呼び方をする女の子を家族以外で僕は一人しか知らないからだ。


 「レイ君……!? レイ君だよねっ!? 私だよ! 子どもの頃に引越したカナタ・エイジアだよ! まさか、本当に学園で逢えるなんて!!」


 彼女の名前を聞いて僕の予想は確信へと変わった。


 改めて彼女の姿を確認するが、どことなく昔の幼馴染のカナタの面影を残している。


 特徴的なアホ毛、子犬のような振る舞い、そして先ほどの馬鹿な会話、僕が懐かしさを覚えたのは過去に似たような会話をしたからだろう。


 もし、本当に彼女がカナタなら僕は……。

 そう思っていると先ほどまで僕を睨んでいた彼女とは思えないほどの笑みを浮かべて、彼女は興奮のままに僕の手を取る。


 「こんな奇跡が本当にあるなんて信じられないよ! 私、レイ君といっぱいいっぱい話したい事があるんだ! もしよかったら、このまま私と__!!」


 「失礼ですが、その呼び名は止めていただけますか?」


 僕は言葉とともに彼女の手を払いのける。

 彼女は目を見開いて信じられないような顔で僕を見つめるが、僕は目を逸らして彼女を見ないようにする。


 「レ…レイ君……? なんでそんな冷たいこと言うの? 約束、忘れちゃったの? 私達の星に誓ったじゃない……二人で、世界を変えようって……」


 「…………そんな約束をした覚えは……ありません。あなたは人違いをしている。僕は……あなたの知る『レイ君』ではありません」


 「っ…………!?」


 心が、魂が、悲鳴を上げているのを感じた。


 だが、半分は嘘で半分は本当だ。

 僕はあの頃とは違う。

 もう彼女が……カナちゃんが言う『レイ君』にはなれない。


 その後、騒ぎを聞きつけてきた教員達により、その場は赤服、白服の両生徒とも強制解散になり、その日の騒ぎは結果としては解決した。


 だが、僕の中に忘れていた希望と夢、そしてカナタへの淡い恋心がまた息を吹き返した気がした。


 だからだろうか、去り際に見たカナタの寂しそうな後ろ姿を見えなくなるまで見つめてしまったのは。


 これで彼女が僕の言葉を信じてくれれば、もうあの時のように傷つくことも無くなるだろう。


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