IQとソウルシフト
勝者レイジア・A・ガレアス。
ちなみに審判のアドラは巻き添えを受けました。
僕との勝負に敗れた、生徒会の四人とアドラ。
彼らは旧校舎と本校舎を分けるフェンスを捻じ曲げて衝突すると、そのまま気を失っていた。
そんな彼らを見てクライが軽い口笛を吹いた。
『中々ド派手に決めたな。流石は俺様が男として認めただけはあるってもんだ」
「野蛮な事は嫌いなんだけどね」
そう言いつつも僕は剣の中にいるクライに見えないように顔を少し右に逸らす。
こんな事はSSランクの僕からしたらできて当然だが、素直に褒められるのは慣れてない。
こんな不自然な顔をクライに見せたらまたからからかわれるだけだからね。
「ほら、いつまで寝てるんだ兄さん」
僕はニヤついているのをクライにばれる前に、急ぎ足で横たわっているアドラの下まで駆け寄り、その頬を軽く叩く。
「うっ……うぅ……い、一体何が? …………ひいっ!?」
瞼を少し開けた先に僕の姿を捉えたアドラは、両手を着いて四足で僕から距離を取る。
「勝負は僕の勝ちだ。これでちゃんと裏生徒会の設立を許可してくれるよね?」
僕が確認を取るとアドラは言いにくそうに目を逸らす。
「い……いや……それはそうなんだが、こちらにも手順という物もあるし……。必要書類とかも準備しなければ……」
「それなら僕が、教師への承諾書と委員会設立申請書が手元にあるのだけど?」
「い……いや……でもそれとは別にこれから資料を製作しなければならない訳で……」
「それならこれから僕も手伝うよ。次にまた呼ばれていくのも面倒だし、その場で作れば僕もその資料に目を通せるだろう?」
「い……いや……しかし…………」
残念だったねアドラ。
腐っても兄弟。君がこういうところの根回しが弱い事は知っている。
僕が《救世連盟》を運営して培った事務能力はこのためにあったのかも知れない。
外堀を埋められ、何も抵抗ができなくなったアドラに僕は背を向けて、後ろで状況を呑みこめていない赤服の生徒たちに言い放つ。
「この勝負は僕が勝利しました。これからも裏生徒会を運営していく中でこのような事が起こるかも知れません。ですが、今ご覧になった通りこれからも僕が《救世連盟》の方々を含めた赤服の生徒の皆さんの学園生活のため貢献させていただきます。改めてよろしくお願いしますっ!!」
僕が深くお辞儀をすると、前の方から少しずつ拍手の音が鳴りだし、その音は次第に歓声と共に大きくなっていく。
「レイジア様、最高おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「この国の未来! いや希望の証だ!」
「かっこいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! レイジア様こっち向いてぇぇぇぇぇ!!」
軽く歓声に応えるように手を振っていると、そこで一人不思議そうに僕の顔を見つめるカナタを目が合った。
その瞬間に僕は思わず目を反らすと、未だに両手を着いているアドラと生徒会メンバー四人を起こして本校舎にある生徒会室へと向かって歩き出した。
*
「うぅぅぅぅぅんっ! おわっっったあああぁぁぁぁぁ!」
生徒会室に戻ったアドラ率いる生徒会と僕は、アドラが性懲りもなく抵抗するのもお構いなしに必要な資料を作成して、生徒会であるアドラの証印を押した裏生徒会の設立証明書を造り上げた。
そしてそれを終えて正門を出る頃には、既に太陽の顔は半分しか見えなくなっていた。
『にしても、現在の約束事ってのは毎回あんな紙が必要になるのか?』
資料作成時に何度もあくびをするような呆けた声をあげていたクライがダルそうに聞いてきた。
「そりゃあみんながみんなちゃんと約束を守ってくれるとは限らないからね。その証明となる資料たちは財産であり武器であり、そして弱点でもある訳だよ。だから大切にしないとね」
資料の入ったカバンを大事そうに僕が抱いて歩きだす。クライはやはりダルそう不満を垂れ流す。
恐らくこいつに体があったなら鼻くそでもほじっていただろう。
『そんなもん相手に力で物を言わせれば言い話しじゃねえか。それこそが魔王たる所以って奴だ。お前の魂魄媒介なら容易いだろう?」
「僕は王にはなるけど魔王にはなるつもりはないよ。だいたい前も気になったけど、その魂魄媒介って何なんだい?」
『何って、どうしてそんな風にとぼけんだよ? さっきだってお前の力であの兄貴を吹飛ばしてただろうが』
「……もしかして……クライが言ってるのってIQの事?」
クライは僕の答えが気にいらなかったのか、ムキになって声を荒げる。
『だ・か・らっ! 魂魄媒介って言ってるだろうがっ!』
「それは二千年前までのIQの呼び方だろう? 人間の生まれ持った脳器官の強さの証。それが現代で解明された異能の力さ」
それを聞いてクライは挑発やおどけではなく本当に疑問に思うように言葉を漏らした。
『それ……本気で信じてるのか?』
「信じるも何もそれが僕が生まれる前からの常識だし、何百年にも渡って解明された事実さ」
『…………それならレイジア。お前に一つ聞かなきゃならない事がある』
「な、何だよ改まって……」
普段の漂々とした感じが無くなり、僕は一度立ち止まってクライの言葉を待つ。
自分の心音の高鳴りうるさくなるのを感じ、緊張を抑えられなくなっていた。
『もしお前らの言うIQが”脳みそから来る力”ならば、今剣の中にいる俺様は一体何なんだ?』
クライの質問はまるで僕の心臓を射抜き、一瞬僕は呼吸をする事ができなくなった。
なぜ今まで疑問に思わなかったのだろうか。クライの存在自体が異物的であったためにそこまで頭が回らなかったというのはある。
だがそれならクライが僕の体を乗っ取る方法はIQではないと言う事か?
それならクライの力は、存在は、一体どこから来ているんだ?
『俺たちの時代で言う異能の力それが”魂魄媒介”だ』
僕が言葉を失ったのを見かねて、クライが新たに情報を開示していく。
『己に宿る魂。その魂に刻まれた自分だけの力を理解し、様々な形で使う力だ。それは魂のレベルが成長する事でより力を増し、何度も力を使い鍛える事でさらなる応用や進化をし可能性を拡げる事ができる』
「だからクライが剣の中でこうして会話ができるのも”魂から来る力”だからって事?」
『そういう事だな。ちなみにだが、俺の魂魄媒介は《固定概念》。物質や能力を固定させたいモノに固定、または物質と物質の別離を可能とする能力だ。俺はそれを使って俺様の体と魂を分け、その後すぐにグラナドラに魂を固定させた訳だ』
平然とクライは言うが、これは思っていた以上の考えだ。
「もしそれが本当なら、今まで僕たちがこの世界で当り前だと思っていた常識が異常だった事になる」
『そうだな、考えられる事は三つ。一つ目は俺様の時代から続くこの力をお前らの時代の奴らが勘違いした事。二つ目はこの時代でIQという力で貴族や一部の人間に都合の良い政治を行おうとした奴らがいた事。そして三つ目だが、これは考えすぎかもしれないが……』
クライは一度言葉を途切れさせると、自体の深刻さに見合ったような重たいトーンで言った。
『俺様と同じように、なんらかの方法で二千年前から時代を超えて転生してきた奴らが裏で操っているかだな』
「っ…………!?」
僕が声を失うのも気にせず、クライは独自の会見を持ってして仮説を立てていく。
『俺様がこの時代に来て感じた違和感は、この時代の人間たち――特に赤服の連中の魂のレベルが低すぎる事と逆に白服の連中の魂のレベルが高い事だ。俺様たちの時代でも魂のレベルを上げるのは容易な事ではなかったが、人を差別できる程まで高くするにはガキの年齢にしては早すぎる。恐らくどこかで作為的に差を作るシステムがあるはずだ」
クライの話はまだ僕には荒唐無稽にも聞こえた。
だが、その話しの中で僕は一縷の光りを見つけたように目を見開いた。
「……! もしそうならそのシステムを見つけ出して、赤服の生徒たちにも同様に実行する事ができれば――!!」
『あぁ、赤服と白服の差は無くなる。もう二色の色で分け隔てる必要性も無い訳だ」
そうなれば、僕が目指す国。低脳力者でも生きられる世の中、いやそれ以上に努力次第で誰でも生きていける世界になる。
「そうと分かれば、明日から裏生徒会の活動を用いて、白服と赤服の教育環境を徹底的に調べあげよう! その対比さえ分かれば、ランクの数値――魂のレベルを上げる方法が分かるっ!」
『とりあえず最初の目標は決まったな。裏生徒会の活動中、俺様が生徒の魂のレベルの上がり加減などでシステムを判断し、お前がそれをまとめたレポートを作る。それでどうだ?』
「うんっ! それで行こう! 大丈夫だ、僕たち二人ならきっとできる!」
「えっ!? 私たち二人で何を……!?」
後ろから聞こえた声に僕は驚き跳ねる。すぐさま振り返った先には、カナタが驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。
「ご、ごめんね……その……さっきから後ろに居たんだけど、何か一人で考え事してるみたいだったから話しかけずらくて……」
マズイ。
クライの言葉は僕以外には聞こえないものと思っていたし、この時間帯なら他に下校してる生徒はあまり居ないと油断していた。
これからはもっと気をつけよう。
「い、いや、その……気を遣わせたみたいでごめんね。カナタも今帰りかい?」
僕が聞くとカナタは少し俯いて言いにくそうに言った。
「えっと……少しレイジア君と話しがしたくて、正門の近くで待ってたの……」
そうか、あまりにも裏生徒会の件が上手くいって気分が舞い上がってい所為でカナタに気付かなかったのか。
「それで話しって何?」
「う、うん……少し変な事聞くけど…………」
そこでカナタは言葉を一度区切ると、勇気を振り絞るようにスカートの裾を握りしめて言う。
「あなたって…………本当にレイジア君なの……?」
その問いに僕は心臓が口から飛び出るくらいに動揺した。
だが寸でのところで僕はなんとか平静を装うように会話を進める事ができた。
「……何でそう思ったんだい?」
「だって、おかしいじゃない。再会した日もデートに付き合ってくれた日も、レイジア君は心根を隠して私を拒絶しながらも受け入れようとしてくれてた気がした。それでも私に話しかけるなって言っておきながら、私を白服の生徒から助けてくれて、おまけには《救世連盟》の活動を支援するような委員会も作ろうとするなんて、そんなの……そんなの、まるで人が変わったりしなきゃやらないでしょ」
『へぇ~この小娘やるな。しっかりと俺様たちを見てやがる。まったく困ったもんだな』
僕がカナタへの返答に困っていると、クライがちっとも困っていないように笑う声が聞こえた。今はそんな呑気な事を考えている場合じゃないのに。
「どうする? カナタに君の事を話してもいいと思うか?」
『良い訳がないだろうが。もしさっき俺が言った通り俺様と同じ時代の人間がいるのなれば細心の注意を払う必要がある。たとえ小娘一人に話す程度の事でもだ。分かったらとっとと適当にその場を切り抜けろ』
クライの言葉に肯定を示すように僕は剣の柄を一度叩く。
そしてしっかりとカナタの目を見据えると、カナタの淀みの無い紅色の瞳が不安げに揺れているように見えた。そしてそんな眼をさせているのは、他の誰でもない、僕だ。
そんな事実がどうしようもなく、腹が立って仕方ない。
できる事なら今すぐにでもカナタの下へ駆け寄って抱きしめてあげたい。
それが子供の頃からのいつまでも変わらない僕が彼女にしてあげたい事の一つだから。
でも、ごめん。
「…………何を言うかと思えば、馬鹿らしい」
僕は踵を返すと、できるだけ声の低くして、あしらうように言い捨てる。
「僕には僕の目的があっただけだ。赤服の生徒のため、《救世連盟》のため、ましてや自分のために僕が行動したと思っているのなら思い込みも甚だしい。悪いけど、これで失礼するよ」
それだけを言い残して僕は背後から涙が出る程悲しいカナタの視線に耐えながらその場を去った。
切ない背中が見える......。