ガレアス式模擬試合
今回は久しぶりの戦闘!
突如、旧校舎を襲ってきた団体。その先頭に僕の兄アドラ・ガレアスを見た僕は、急いで旧校舎の中から出る。
「おい、これはどういう事ですかっ!?」
僕がそう一喝すると、殆どの白服の生徒たちは顔を青ざめさせていく。
どうやらここに僕がいるとは思っていなかったのだろう。
アドラの傍に使えている複数の生徒たち――おそらく生徒会のメンバーだろう――も慌てふためきリーダーであるアドラの方を向く。
だがアドラは、他の生徒たちとは違い、堂々と声を張り上げて答えてきた。
「おやぁ? 誰かと思えば愛しい弟ではないか。すまないな、まさかそんなゴミの掃き溜めのような校舎に王族のお前がいるとは夢にも思わなかったんだ」
漂々とした態度で僕に謝罪をするアドラ。
あの様子だとどうやら僕がここにいる事を理解した上での襲撃だったという事か。
「そんな言い訳はどうでもいい。継承権一位の僕に向けての攻撃。これは立派な反逆行為だ」
「そんな堅い事を言わないでくれよ賢弟よ。俺達は血の通った仲睦まじい兄弟だろう? おろかな兄の失態を許しておくれ」
仲睦まじいか……。確かに幼い頃は僕とアドラとユリねぇは仲がよかった。
みんな兄妹を愛していたし、硬い絆で結ばれていた。
だが、それは数年前までの話だ。僕がユリねぇのネグレクトを見つけた時に――カナタと誓い合ったあの日から終わりを告げた。
元々、王位継承権一位である兄のアドラを失席させ、その座を僕が奪い取ってから、兄は僕の暗殺ばかりを考えるようになった。継承権を奪い取るために。
そして今回、僕以外の赤服生徒、カナタすらも巻き込んでのこの襲撃に怒りを今すぐぶつけようとした。
だがその時――
『落ち着けレイジア。すぐ熱くなって自棄を起こそうとするのがお前の悪い癖だ』
「っ…………!!」
クライが僕を宥めると、少し息を漏らして意地悪く笑った気がした。
『ちょうど良いじゃねえか。これを口実にお前からあいつらに試合を挑め。そして勝った暁には裏生徒会の設立を認めさせろ』
「ん? 試合……なのか……? それなら直接アドラに裏生徒会を認めさせればいいじゃないか? なぜそんな回りくどくやるんだい?」
僕がそう聞くとクライは面倒そうに息を吐いた。
『それだけじゃ後で奴らに遺恨を残すだろう。ここで完膚なきまでに叩き潰せば、もうこんな風に校舎への攻撃もなくなるし、何よりもお前が赤服生徒のために戦うという証明にもなる』
なるほど、一理ある。
同じ権力や力の使い方でもその理由が異なれば大衆への見せ方も変わる訳だ。
流石は過去に国を統治していただけはある。
「……分かった。やってみるよ」
クライに小声で答えて、僕の様子をゆっくり見ていたアドラに向き直る。
「……兄さん。今回だけなら許してあげてもいい。ただし条件がある。僕と対等な勝負で勝つ事だ」
「……ほぉ~……」
アドラは顎を擦りながら考える。すると、今度は僕を試すような目で見てきた。
「ならば聖アメリア学園式の模擬試合のルールに乗っ取ってやろうではないか。こちらは俺以外の生徒会メンバー四人、そちらはお前一人のみでならこの勝負受けてもいい」
『聖アメリア学園式……ってのは何だ?』
初めて聞く単語に対して聞いてきたクライに対し、僕は小声で答える。
「生徒間で問題が発生し、その解決策として私闘をする場合に適用するルール。本来ならば一対一でお互いの行動範囲を決めて戦うのだけれど……」
僕が何も答えなかったからだろうか、アドラは補足するように説明を続けた。
「おっと卑怯とかは言うなよ賢弟。お前は国宝のSSランク。対してこちらはAランク。その差で一対一なんて話しにならないだろう? それにお前が言っただろう。『対等な勝負で』と。これで本当の対等、だろ?」
そう言うとアドラは、目を細めてこちらに薄ら笑いを向ける。
随分と言葉の綾を突いて来る。
だがこちらのクライはアドラに対してなぜか好感を持っていた。
『レイジア、お前も人の上に立つ努力をするなら、ああいう強かさも持たなければならないぞ。例え卑怯と言われても勝つ策を実行する力をな』
確かにその通りかも知れない。
貴族間の勢力争いが耐えないこの聖アメリア学園において三年間も生徒会長を勤めているアドラのリーダーシップ能力は認めざるを得ない。
だがそれでも、アドラは一つ勘違いをしている事がある。
「兄さんがいいなら、それで構わない」
僕が承諾すると、アドラは首で他の生徒たちに指示を出して、旧校舎前の狭い校庭の地面に、五メートルの正方形を描き、それを長方形にするように真ん中に一本線を入れた。
『なるほど。まるでドッチボールをやるみたいだな。懐かしいもんだ』
「クライの国の競技か何か?」と聞こうとする前に、アドラ以外の生徒会のメンバーがその長方形の枠の中に入ったのを見て、僕も反対側の長方形の枠の中に入った。
何となく気になって後ろを振り返ると、旧校舎の中に残っていた赤服の生徒たちがぞろぞろと出てくる。その中にカナタの姿を見つけると、僕は思い切って普段出さないような大声で彼らに宣言する。
「赤服の皆さん、これから僕があなた方のお役に立てる事を証明します。どうか暖かい目で見守っていてください!」
そう言って僕が彼らにお辞儀をするが赤服の生徒たちは不安そうな目で僕を見るばかりで拍手すらしてくれる人は居なかった。
クライの言うとおり、ここで僕が彼らの信頼を勝ち取らなければならないみたいだ。
僕と生徒会のメンバーの準備が終えたのを確認したアドラが、正方形を分けた中心の線の枠外から手を振り上げる。
「それでは聖アメリア式に乗っ取った私闘を開始する。我々生徒会は裏生徒会の設立の許可。レイジア側は旧校舎の取り壊しとレイジアの王位継承権の剥奪を賭けて試合をする事を誓いますか?」
さらっっと僕に条件を追加したのを聞いてクライが吹き出すのを聞いても僕は微動だにせず頷いてそれを肯定。すると相手の生徒会メンバーも同じようにそれを肯定する。
「それでは生徒会VSレイジア・A・ガレアスの勝負――開始っ!!」
アドラが手を振り下ろし、試合の火蓋は切って落とされた。
生徒会メンバー四人は、同時に各々のIQを発動。
四人の手から生成された炎弾・水槍・突風・土塊が僕を襲う。
僕はそれらを時には避け、時にはIQで危なげなく吸収していく。
だがそれを見ても彼ら四人は攻撃は止まる事を知らず、それどころか余裕の笑みを浮かべていた。
「なるほど。どうやら耐久戦がお望みのようですね」
IQは脳の機能の一つだ。それゆえに無限に使える訳ではない。
使い過ぎればこの前カナタとのデートで遭遇した母親のように脳内物質欠乏症を引き起こす。たとえそうならなくてもあちらの四人はAランクのIQを持っている。その脳力による攻撃を避け損ねれば僕でもただでは済まない。
体力が尽きるか、僕のIQが限界を迎えるか。それが彼らの勝利条件だ。
しかも彼らは攻撃のローテーションを組み適度な攻撃を繰り返している。これでは大抵の人ならジリ貧で負ける事は確実だ。
「ほらほらどうした賢弟。お前も攻撃に移ったらどうだ? それともそんな隙もないのか?」
アドラが挑発するように口元を歪めて言うが実際に僕は攻撃に移れない。
僕のIQ《生殺与奪》は左手の吸収と右手の放出、それらを同時には行えない。
そのため放出の隙を与えずに間を縫うように攻撃を繰り広げる彼らに僕は攻撃を行えないのだ。
「心配しなくても攻撃はするよ。ただ、それが今じゃないってだけだよ」
「今じゃなければいつだ? 五分後、それとも十分後か。その頃にはお前がどうなっているか楽しみでつい顔がにやけてしまうよ」
そう言って歪んだ口元を隠すアドラだが、その開ききった瞳からは嘲笑の色が濃く見られた。
基本的にはIQを行使できる時間というのはランクが上がるにつれて上昇していく。その段階はAランクならぶっ続けて使えるのは十分。そして僕のランクSSランクは二十分とされている。
だが彼ら四人は代わる代わるIQを使っているのを見て多く見積もると十五分だろう。
そして彼らとは違い、僕は攻撃を避けて体力を消費しながらのIQの行使は少なく見積もって基本水準より短くて十五分。その考えは彼らも同じだ。さらには――。
「レイジア様はフットワークが軽い。先を見越して攻撃しろ!」
「今の攻撃は避けにくそうだぞ! もう一回同じ方法を試せ!」
「火の攻撃はあまり吸収なさらないわ! 恐らく熱さにはあまりなれてないのかもしれないわ!」
「水と土なら土の方が吸収が遅い気がする! 次の攻撃で確認する!」
生徒会のメンバー同士の連携により僕の癖やIQの脳力の詳細などを細かく分析していく。
直接的な攻撃だったものがどんどんと先を見越すような攻撃へ。陽動と思いきや攻撃などの繊細で緻密な駆け引き。それらは確かに僕の行動を抑止し、僕はとうとう真正面から攻撃を受ける事しかできないでいた。
「レイジアの動きが止まったぞ! 一気に畳み込め!」
「「「「了解っ!!」」」」
アドラの指示通り余力を残さぬ勢いでの一斉攻撃。
火炎の熱に当たれば体の全てが焼け焦げる。
水槍に貫かれれば内臓を撒き散らす。
突風に晒されれば皮膚は破れさる。
土塊に当たれば骨は砕ける。
どの攻撃を受けても僕はただで済むはずもなく、それらの一点集中の攻撃を僕は右手で差汗ながらも左手一本で受け止めた。
「いいぞ! 俺たちでレイジア様を押してるぞ!」
「あぁ! アドラ様の言う通りだ!」
どうやらこの作戦を考えたのはアドラみたいだが、当然といえば当然か。僕の脳力を細かくしっている人間なんてそういないからね。そのアドラも枠外で満足げな笑みを浮かべている。
「さぁ愚かな弟よ。吸収し続けるのは辛かろう。IQを常に使い続けるなんてのはほぼ拷問行為だ。たとえSSランクのお前でもそれは変わらない。降参すればその苦しみから逃れられるぞ」
「生憎だけど、これ以上の苦しみを僕は知っているからね。これぐらいじゃ負けは認めないよ」
僕の答えが気に入らなかったのか、アドラは一度舌打ちをする。
「ならばその地獄を味わい続けろ。後数分後、お前はIQを使う事もできずその場に倒れ伏せる。そしてそのままこいつらの攻撃を食らう事になるんだからな」
アドラの発言に後ろにいる赤服の生徒たちから不安そうな声が聞こえてくる。
「だ……駄目だ……あのままじゃレイジアさまが…………」
「レイジア様の心配をしてる場合じゃないだろうっ! このままじゃ俺達の校舎が解体されちまうぞ!!」
「そ、そうなったら私たちどうなるの……?」
「もしそうなったら……退学……かな……」
「そんな横暴、許されるのかよ!」
彼らが不安がるのを白服の生徒たちは嘲笑う。生徒会のメンバーも嘲笑う。そしてアドラも嘲笑う。
こんな奴らなんかに、この国は任せられない。
ここからだ。この勝負を僕自身への誓いを込めて戦いきる!
「赤服の皆さんっ!」
後ろの人たちに嫌でも耳に入るくらいに僕は大声を張り上げる。
それを聴いた生徒たちが顔をあげてこちらを見るのを肩越しに見て、もう一度僕は宣言する。
「必ずです! 僕は必ず、あなた方のお役に立てる事を約束します。だから見ていてください。ここから、”僕たちは”変わりましょう!」
後ろの赤服生徒たちと自分に向かって僕は言いきる。
そうだ。変わるんだ。ここからだ。
「はははっ!! そんな風に考えていたのか愚弟よ! ならば示してみろよ! ほら今にもつぶれそうなんだろ? 我慢するなよ。いい加減潰れちまえっ!!」
アドラは僕に向かって言い放った瞬間――
「はっ?」
アドラは目の前で起こっている状況を理解できずアホみたいな声を出した。
先程まで僕へ放たれていた四種類のIQの攻撃が止まった。
「な、ななな、何手を抜いてやがる!? 早く止めを――!!」
そう言い掛けてアドラが生徒会メンバーの方を見て言葉を失った。
そこには手を掲げたまま立ち尽くした生徒会メンバーの四人。その顔色は死人のような蒼白く、マラソンを終えた後のように疲れきって肩で息をしていた。
その様子を見たアドラにはそれがある症状の兆候を指し示しているのを知っている。
「……の、脳細胞欠乏症!? なぜだ!? まだ五分ぐらいしか経っていないはずだ。なのになぜこんな早くに…………!?」
「そんなの決まっているだろう」
僕がアドラに話しかけると、アドラは首をすぐこちらに向けて僕を警戒するように中腰になった。
「お前……一体何を……」
「兄さん。兄さんは二つ誤解しているよ」
僕はそう言いながら指を二つ立ててアドラに突きつける。
「一つ目は、僕のIQの脳力の誤認だ。僕のIQ《生殺与奪》の脳力は”吸収と放出”ではなく正しくは”吸引と現出”だ。だから彼らがIQを放つ度に彼らは自分が思っている以上の力を僕に使わされていたんだよ。もちろんそれは長期戦になればばれてしまう可能性もあったからワザと隙を作って彼らが攻撃しやすいように誘導もしたんだけど、それも上手くいったみたいでよかったよ」
「……………………!?」
僕がネタをばらす度にアドラは口をパクパクとさせるばかりで言葉を発しようとしない。
この姿を見ているのも少し面白いけど、やっぱり悪いからね。もう終わりにしよう。
「それと二つ目なんだけど――」
言葉を綴りながらも僕はおもむろに右手を生徒会メンバー四人に向けてるそして――
「僕の実力を、甘く見すぎだ」
僕はIQを発動し、今まで蓄積していた火炎・水槍・突風・土塊をまとめ、一つのエネルギー弾を現出した。その大きさは容易に正方形の枠を越える倍の大きさ、直径にして約十メートルになった。
そしてそれを僕は容赦なく、IQを使い切り気力も体力も尽きた生徒会の四人に撃ち放った。
「「「「「がああぁぁぁぁぁっ!!」」」」」
それを避ける術を持たない四人とその近くにいたアドラはその余波だけで校舎の外まで吹き飛ばされ、力なく意識を失った。
それを確認して僕は唖然とする白服生徒たちに向かって優しく笑いかけた。
「指定範囲外への移動は敗北、だよね? それじゃあこの勝負の勝者は誰かな?」
この後、「勝者はレイジア様です……」の一言が出るまで、僕はさらに優しく白服の生徒たちに笑いかける事になった。
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