乗っ取り
『だから悪かったって~。これくらいのことも許せないなんてなんて器が小さい男だな~。本当に、これだからガキは困るんだよな~』
「……謝るのか貶すのか、どちらかにしてくれないかな……」
クライがどうやってか、僕の腕を乗っ取りユリねぇの胸を揉んだ後、僕はクライを無視し続け、一人で登校していた。
『なぁ、暇だって~。もうあんなことしないから構ってくれよ。約束するから、なっ?』
「じゃあ、まず、どうやって僕の手を乗っ取ったのか教えてくれたら相手をするよ」
『無理。バカじゃねぇの? 誰がそんな自分の弱点を晒すような真似するんだよ。頭にウジ虫でも湧いてるんじゃね?』
こいつ……下手に出れば調子に乗って……。本当に王様ならもっと威厳ある行動をしろよ。
というより、結局はやっぱり僕が相手をしなければいい訳だ。
そうと決まれば、僕が平常心を保とうとすると、校門前に人だかりが出来ていた。
「おいおい! またこんなところで迷惑行為してる脳無しはっけ~~ん!」
「本当だ! 性懲りもなくまたこんなにゴミをばら撒いてよく飽きないな~~?」
「いやいや、こいつら脳無しだぜ? どうせ前にもここでゴミをばら撒いたのも忘れてるっての」
「はははっ! そりゃちげぇねぇな!」
どうやら白服の生徒達が《救世連盟》のメンバーと思われる赤服の生徒に絡んで騒ぎを起こしている。
ただ前と違うのは、今日は朝のためか、元から少ない在籍率の赤服の生徒の数がその場では更に少なく、白服の生徒の数がその倍いるということだ。
細かくは分からないが、ぱっと見で五対十といったところだろう。
あれぐらいなら僕がしゃしゃり出るほどの問題にはならないと思っていたが、突如、堪忍袋の尾が切れた赤服の生徒の一人が白服の生徒に殴りかかったのだ。そして__
「がぁぁぁぁぁっ!!」
校門から離れている僕の場所でも聞こえるほどの悲鳴が殴りかかった赤服の生徒から発された。
白服の生徒のカウンターが殴りかかった赤服の生徒の顔面にクリーンヒットして、そのまま赤服の生徒は校門に頭を勢いよくぶつけて気を失った。
もちろんただのカウンターで人があそこまで吹き飛ぶ訳がない。
おそらく殴りかかられた白服の生徒の脳力が運動神経に関係するもので、一番ダメージが残る形のカウンターを見極めたのだろう。
そこまでを確認した僕は、無関心に再び何食わぬ顔で校門に向かって歩こうとした。
だがその時、気を失っている赤服の生徒を庇うように駆け寄った女性徒__カナタの姿を見て、僕は再び動きを止めた。
庇うように手を広げるカナタの前には四人の白服の生徒がニヤニヤと顔を睨みながら立っていた。
『おい、あれってお前の幼馴染のカナタって女だろ? 助けなくていいのか?』
クライの言葉に一瞬動揺するが、それを表には出さずに、努めて平静に歩き始める。
ここで僕が出張っても、僕にも彼女にも言い事はない。
そんなことを考えていると、いつの間にか学園の校門が目と鼻の先にあり、カナタ達《救世連盟》のメンバーと白服の生徒達の争いも先程より鮮明に耳に入ってくる。
「だからっ! 私達のどこが他の人の迷惑になってるのかって聞いてるじゃないっ! 別に通行の邪魔にもなってないし、この場所だって始業式の日よりもだいぶ校門から遠いでしょ!? 一体、私達があなたたちにどんな迷惑をかけてるのよ!」
カナタの必死の抗議に対して白服の生徒らが彼女をあざ笑う。
「そもそも論点が違うっつーの!」
「本当にこれだから脳無しは困るんだよなー」
「可哀想に、俺達がもっと低脳なお前らでも分かりやすく言ってあげましょうか~?」
「やめとけやめとけ。どうせ言ったって分からねぇって!」
四人の白服の生徒らが矢継ぎ早にカナタを貶す中、その四人よりも後ろに立っていた神経質そうな白服の男子生徒が一声で他の白服生徒達に指示すると、取り巻き達は次々に《救世連盟》のビラや旗などを破壊し始めた。
それを止めようと駆けつける《救世連盟》メンバーを一方的に返り討ちにする白服の生徒達の状況はまさに、白服の生徒達による《救世連盟》に対するリンチとなっていた。
そして、それを黙って見ている程、カナタは大人しくない。
白服の生徒を止めに行こうとした所をカナタの目の前にいた柄の悪い白服の生徒に腕を掴まれる。
「離してよっ! 何すんのよっ、やめて、離せっ!!」
「うるせぇ女だな、少しは黙れやっ!!」
「キャッ!!」
「っ…………!!??」
腕を掴まれてもなお暴れるカナタに、イラついた柄の悪い白服の生徒は、掴んだ腕を振るカナタを校門に投げ飛ばしたのだ。
怪我はないものの、その衝撃の余韻でカナタは立ち上がりつつ体がフラフラと揺れており、やっとの事で立っているのが遠目でも見て取れた。
…………止めたい。
今すぐにでも間に割って入って、あの男の顔面をぶん殴りたい。
だが、それで何になる?
ここで止めに入ったとしても、それがきっかけで白服の生徒達が更に逆上して妨害行為がエスカレートするかもしれない。
そうなれば、結果的にカナタを今以上に危険に晒すことになる。王位継承権も剥奪されるかもしれないし、そうなれば今度こそ僕が低脳者を助けることも、救世連盟を導く救世者としても行動できなくなる。
そんなデメリットしかないのなら…………ここは大人しくしておくしかないんだ……。
『お前……このまま黙ってみているつもりか?』
「…………っ!?」
常に漂々とした様子のクライが低い声音で僕に聞いてくる。
だが、それでも僕の答えは変わらない。
「……ここで助ければ、少なからず僕が《救世連盟》に加担していると思われる。それだけは避けなければならないし、何よりも……これがカナタのためなんだ……」
『好きな女が目の前でボコられている様を眺めるのがそいつのためなのか?』
「……何も知れない奴が、勝手な口を出すなよ……! これが最善なんだ……!」
だが、そこで白服の生徒達の様子が変わった。
「ここまでうるさい女は初めてだな。だが……それも悪くない」
柄の悪い男はゆっくりとカナタににじり寄り、彼女の腕を掴みあげる。
「キャッ!」
そう言って柄の悪い白服生徒は近くで立っているのが限界のカナタの腕を引っ張って地面に仰向けに叩き伏せる。
「毎度毎度しぶとく俺たちに噛み付いて来やがってうんざりしてたんだよ」
そして、そこまで言うと柄の悪い白服生徒は下卑た笑みを浮べて。カナタの制服のボタンの裂け目に手を入れる。そして__
「まぁでも、顔はいいからな。これ以上俺達に逆らわないように他の方法で嬲るのも……悪くないかもなぁぁぁっ!!」
「きゃああああああああああああああああああああっっ!!」
__カナタの制服を容赦なくひん剥いた。
制服のボタンは無残に地面に転がり、下着が周りの白服の生徒や周りの野次馬達の日の目を浴びる。
そして、その下着姿を見て、柄の悪い白服生徒は周りにひけらかすようにあざ笑う。
「げはははははっっ!! なんだよお前! 制服の上からでも分かってたが、まさかまともな下着も付けれないほど胸が無かったとはなぁ!」
剥き出しにされまいと胸を守っていたのは一枚の薄いピンクのスポーツブラだった。
「うっ……やめてよぅ……お願いだから……見られちゃうよぅ……」
肌がむき出しにされたせいか、先程の威勢はどこかに消えてしまったか、懇願するようにガラの悪い白服生徒を見つめる。
「あっはははははははっ!! なんだよお前、やればできるじゃねぇかよ! 身分知らずにこの学園で高貴な授業を受けるよりも、売春婦にでもなって身体の使い方を覚えてきた方がいいんじゃないかっ!?」
…………やめろ。
僕の怒りが有頂天を超えようとしている時、周りの白服の生徒達は既に旗やビラなどを荒しつくしたのか、いつの間にかカナタの周りに白服の生徒達、それを遠目に赤服の生徒達が見つめているという異様な光景が出来上がっていた。
赤服の生徒の中にも《救世連盟》のメンバーはいるだろうに、彼らはただ俯くか、両手を合わせ祈っているだけだった。
ここまでされても誰も助けないのか?
同じ仲間じゃないのか?
なんのための組織なんだよ。
僕が自分の事を棚上げしたようなそんなことを考えていると、周りの白服の生徒達はカナタの哀れも無い姿に興奮または嘲笑し、心無い野次を飛ばす。
「朝っぱらから眼福眼福っ! ありがとうございます!」
「そうそう! それが赤服の正しい正装よ。ちょっと可愛いからって何してもいいって訳じゃないことを教えてあげるわ!」
「でも、貧相な胸の女の子ってのもいいよな~。朝からこんな良い物が拝めるなんて運がいいってもんだな!」
「まぁ確かにそうだけどよ……こんな状況で胸なんか見ても全然ぐっとこないね。俺、巨乳派だし」
「いいじゃねぇかよこんな形でもよ! お前だって、前に顔は好みなのに低脳集団の赤服なのがもったいないって言ってたじゃねぇかよ!」
「いやっ……まぁ、そうだな……。やっぱり、素直に嬉しいといっておこうかな…………」
「これだから男って嫌い……結局は顔なんじゃいのよ。後で私がこいつの顔ぐっちゃぐちゃ
にしてあんたにあげるわ」
『……とか言っているが……本当にいいのか……?』
「………………………………」
だったらどうすればいいんだよ……!?
これまでのことを全て水の泡にしてまで助けるのか!? やっと逢えたのに、僕達はまた離れなければならないじゃないか……こっちの都合も分からずに適当言いやがって……そんなに言うなら…………!
「…………お前が……助けてくれよ……。こんな絶望から……あの子を、助けてやってくれよ……!!」
力はある。だが、助ける立場にいない。
同じ仲間を助けたい。だが、力がない。
まるで世の中の理不尽を敷き詰めたようなこの絶望に対して、クライが笑った気がした。
『分かった』
僕が泣き言を吐くと、いつの間にか僕の視線が低くなっていた。
先ほどまで広々とした空が狭く感じ、身動き一つできず、一番視界に入るのが、下から見える僕の顔だった。
どういうことか分からず混乱する僕だが、そんなことも気にせず僕の体がカナタを捕まえている白服の生徒に向かっていく。
「おいおい、そこのお前。ちょっとこっち向け」
「あん? こ、これはレイジア様!? 気付く事もできずに大変失礼しまし……ぐばあああぁぁぁぁぁっっっっっ!?」
慌てて頭を下げて挨拶をした白服の生徒とは対して、僕の体は挨拶代わりに下を向いていた顔面にアッパーカットをお見舞いする。
「顔面、殴ってやったぞ」
後ろ向きに一回転して地面に転がる白服の生徒を見て、周りも生徒や僕でさえも困惑すしていると、僕の体は首を鳴らしながらまるで体の調子を見るように手を開けたり閉じたりする。
「まあ、最初にしては上々って所か? とりあえずは様子見だな」
「レ、レイジア様っ!? どうかなさいましたか? な、何か私達に良からぬ点でもございましたがぁぁぁぁぁっ!?]
突如暴れだした僕に、阿るように近づいてきた白服の女性徒の首を僕の体が掴みあげた。
「どうしたもこうしたも、お前ら、平和ボケしすぎだろ。こっちがケンカ売ってってのにゴマすりに来る奴がいるかよ」
何がどうなっている……!?
僕の体が僕の意識関係なく動くなんて、これじゃまるで……さっき右腕が動かなくなったときと同じじゃないか!!
僕の体は女性徒を投げ捨てると、剣を抜き、白服の生徒たちに苛立ちを隠さぬままに言い放つ
「俺様はな、お前らみたいな小物がうじゃうじゃと群れて何をしようが基本的には興味すら湧かん。だがな……」
僕の体の主__喋り方や一人称からおそらくクライが、剣先をうろたえる白服の生徒達に向かって突きつける。
「人を人と思わぬその外道たる行い。たとえ小物と言えども見過ごすほど、俺様は怠惰ではないぞ」
底冷えするほど低くそれでいて威厳を感じさせるその声音に、白服の生徒達は黙るしかなかった。
クライは剣を上に数度上げて挑発すると、更に言葉を重ねる。
「それでもまだやるって言うなら、この俺様が相手だ。度胸がある奴はかかってこい」
その言葉を受けると、白服の生徒達はお互いに顔を合わせて意思疎通を取り、素早くクライの前に整列し始める。
陣形を整えての攻撃か……!!
僕がそう判断したのと同時にクライも次の攻撃に対抗するために剣を上段に構え直す。
そして次の瞬間、彼らはクライの視線から消え__
「「「本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」」」
__貴族とも思えぬ、立派な土下座を繰り出していた。
「は?……」
は?……
突然の事に僕もクライも面食らう。
クライからすれば目の前の白服の生徒が一瞬視界から消えるほど下に、僕から見れば丁度うなじが正面で見えるくらいの立派な土下座だった。
端的に言えば、この中に魔王と戦う勇者はいなかった。
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