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魔王転生

 

 目が覚めると僕は、暗い部屋の中にいた。

 

 周りは見渡す限りの黒一色。光も音すらないのに自分の姿は鮮明に見えるのが不思議だった。 

 

 そしてその部屋で最初に響いた音は、聞き覚えのある喋り方の粗暴な声だった。

 

 「やっと会えたな。まったくもって、ほとほとお前には失望したぞ。まさか転生先がこんな女々しいガキだとはな……」


 (何だ……こいつはっ…………!?)

 

 声自体は中年男性くらいのドスの利いた声で、熟練者と感じさせるような威厳のある声だった。

 この声自体を聞いたのは初めてだったが、なんとなく僕は、この声の主がいつも直接ではなく文字が頭の中で浮かび上がるように聞こえる声の主だと直感した。


 だからこそ、おぞましかった。


 いつも僕は、この声を幻聴や自分が作り出した否定の声と思っていた物の姿が、例え夢の中だとしても、とてもこの世の物とは思えない姿の怪物だったからだ。


 その姿はまるで陽炎のように揺らいでおり、この部屋よりも深い暗黒の体、そして何よりもただ不気味に光る赤い双眸が僕を見つめて離さない。


 まるで僕の何かを探るように、その瞳で僕の心と体を透かし見ていた。


 「まぁ、素材としては悪くもないし、俺と同じ位にはイケメンだし、使う分には及第点は超えてるだろう」


 何を言っているんだ……? 使うってどういう意味だ! そう言おうとした僕の口から声は一言も発されず、ただただ空気を体から吐き出すだけで意味を成さなかった。


 そして気付いた。

 僕はただこの空間に浮かんでいるだけで体に力が入らない、その様子は新界に漂うクラゲのようだった。


 顔が無いから表情を読み取ることが出来ないが、突然のことで困惑する僕を見て、謎の陽炎が鼻で笑った気がした。


 「こんなことでうろたえると、情けない。最後の足掻きがそれでいいなら、ありがたくその体、頂戴させていただきますかな?」


 おどけるように言うと、謎の陽炎はこの空間をその暗黒の体で埋め尽くすように膨れ上がり、そして僕の体をまるで呑み込み始めた。

 

 「さらばだクソガキ。無駄な人生だったな」

  

 これで最後と言わんばかりに、謎の陽炎は僕の口や鼻の穴から僕の体に侵入してきた。


 謎の陽炎が僕の体を侵すたびに、僕の体から何か大事なものが抜け出し始めたような感覚に陥り始める。


 その感覚は手、足、胸とどんどん僕の体を違う何かに変貌させていく。

 その感覚は次第に僕の感情を恐怖心で満たしていった。

 

 だがそれも束の間のことで、すぐにそんな感情すらも僕の心から抜け落ちていった。

 

 そして恐怖を初めとして、僕の感情はどんどん溶けて陽炎の中に消えていき、最後の一つの感情に行き当たった、その時だった。


 その感情が黒い空間を白銀の輝きで塗りつぶしていき、そして__


 「ハッ……!? はぁ……はぁ……はぁ……」


 __いつの間にか、僕は自室のベッドで朝を迎えていた。


 「今の夢は……一体……?」


 あまりのリアリティのある夢からまだ起きた実感が湧かない。

 意識を完全に戻すために、僕はベッドから身を起こして部屋の中を改める。


 朝日が差し込む窓、特徴の無いベッド、趣味と呼べる趣味も無いために娯楽物のない何の変哲のない僕の部屋だった。もちろん黒一色でもない。


 ただ一つ、違和感を感じて僕はそれを二度見する。


 それは一振りの緋色の剣だった。


  僕の脳力『生殺与奪ギブ・アンド・テイク』は手の平から発動する為、基本的に手に武器を持つことはない。

 そのため、この剣は僕の所有する物ではないのは明確だった。


 だが僕はさっき見た夢のせいで、この剣がさっきの夢と無関係に思えなかった。


 __もしかしたら、母上やユリねぇがプレゼントと言って勝手に置いていった可能性も無くはない……よね……?


 そうだ。そうに違いない。さっきの夢はただの悪夢だと気持ちを切り替えるために僕は無理やり納得した。


 そうと決まればやる事は決まっている。


 とりあえずこの剣は食堂でコーヒーでも飲んでいる母上に聞いて、とっととこの件は解決してしまおう。


 そう思って僕が剣の柄を握った瞬間だった。


 『やっと起きやがったな、この鼻垂れ女男が! よくもこの魔王クラ__』


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」


 突如、僕が持っている剣から罵声が響いた。


 あまりの事態に驚き、僕はその拍子にその緋色の剣を落としてしまった。


 僕はまた何か剣から罵詈雑言が飛び出してくるかと身構えていると、剣は黙ったまま床に横たわっているだけでうんともすんとも言わないでいた。


 「あれ? ……お~い? もしもし? あの、大丈夫ですか?」


 あまりにも先ほどと温度差のある態度に僕は自分から剣に喋りかける。

 傍から見ればどう考えても僕がおかしいが、こんな状況で躊躇している場合ではない。


 だが、剣からの反応はそれからまったく無い。


 もしかしたら、僕の勘違いなのではないのか? そうだ! そうに違いない! きっと変な夢を見て精神的にも疲れているのだろう。今日は昨日の事もあってカナタには会いずらいし、今日の所は静かに寝ていよう、そうしよう。


 そんな風にズル休みの計画を立てて、もう一度僕は剣の柄を握り__

 

 『何をちんたらちんたらしてるんだこのクソガキッ! 戦乱の時代、唯一無二にして最凶の魔王と恐れられたこのクラ__』


 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?? やっぱり剣が喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 『ああ!! 待て待て待てっ! 俺を手から離すな! また喋れなくなるだろうがっ!』


 剣が焦るように僕を止めた為、今度は混乱しながらも僕は剣を握ったままでいられた。


 『よし、とりあえず落ち着けよクソガキ。何回もこんな寸劇を繰り返したくないからな』


 僕の反応に反して、緋色の剣は僕を窘める。


 「な……なんなんだよお前……!? 何で剣が喋ってるんだ!? それよりも、どうやってこの部屋に入ってきた!? 何回も僕の頭の中に出てきて喋っていたのはお前なのか!?」

 

 僕の詰問にしびれを切らしたように剣は声を荒げる。


 『だぁぁぁぁぁ!! うっせえなおい! 質問ばかりしないでまずは俺の話を聞けっての! 人の話も聞かないで自分のことで精一杯! これだからガキは嫌いなんだよ!』


 確かにこの剣が言っている事にも一理ある。


 こいつの話無しでは、僕の頭の中にある知識だけでの解決はできそうにない。


 そうして僕が言われた通り静かにしていると、剣は話を切り出した。


 『俺様の名前はクライ・リブンロック。魔族の国《リブンロック王国》を収めた王にして十一の国の王の中で魔王と呼ばれた男だ』

 

 …………うん、分からん。

 

 魔王? そんな子供染みた称号は王族の中の誰も就いているとも就いていたとも聞いたことが無い。

 魔族に関しては、そんなものはおとぎ話か伝説の中だけの話だし、歴史の中で《リブンロック王国》なんて国があったなんてのも聞いたことがない。 


 「あの……クライ……さん?」


 『クライでいいっての。お前と俺はこれから一心同体、文字通り、運命共同体なんだから』


 「え? それってどういう意味ですか?」


 『どういう意味も何も、そのままの意味だが? …………お前、昨日の事はまったく覚えてないのか?』


 「昨日って……まさかあの夢のことか!?」


 確か僕は……夢の中で謎の陽炎と会って、そいつが僕の体に入って来て、それから……それから……駄目だ、そこからは何があったのかまったく覚えてない。


 『覚えてないならそれはそれでいいだろう。とにかく昨日の夜、俺様はお前の精神世界に侵入し、お前の体を乗っ取ろうとした』


 「なっ!? 何でそんなこと……!?」


 僕がそれを聞くと、クライは何か嫌なことを思い出すように語りだす。


 『お前が生まれてくる何千年も前に俺様は自分の住んでいた国の政治が気に入らず、その国の王をぶっ殺して新たな家臣たち十人と魔族だけの国《リブンロック王国》を建国した。だが、それを良い様に思わなかった他の大国が連合国として手を組み、俺達の国を排除してきた』


 まただ。また僕の知らない歴史だ。クライはなおも忌々しげに続ける。


 『大国の連合軍なんてのに勝てるほど、残念ながら俺達は強くはなかった。次々に制圧されていく国内を見て、俺様は最後の手段に出た。今は勝てなくても、十年、百年、千年と永い時が経てば、あの連合国にも勝てると。そう思った俺様はお前が今持っている魔剣の一振りである『グラナドラ』に自分の魂を固定する『魂魄媒介ソウルシフト』と同時にある特定の条件に合う俺様の遺伝子を受け継ぐ子孫が現われた時まで時代を超える魂魄媒介を使って、やっと今に至るわけだ』


 この際分からない単語を無視して、僕は要点だけをまとめて確認してみる。


 「話を聞く限り分かった事だけど、もしかして、クライは僕の__」


 僕が言い終わる前に、クライは僕の言葉を続けるように真実を告げた。


 『そうだ、お前は俺様の子孫で、俺様はお前のご先祖様だ。精々とうとべよ、クソガキ』



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