オワリハジマリ
暦すらない戦乱の時代。
それは生きる事よりも死ぬ事の方が容易い時代だ。
そんな時代の中、人間から忌み嫌われ、迫害され続けた異形の存在、それが魔族だ。
だが、その魔族への迫害を一蹴し魔族たちをまとめ上げ、一国をなした男がいた。
名はクライ・リブンロック。魔族初の国家『リブンロック皇国』を作り上げた初代魔王である。
だが、数年で英知を築いたリブンロック皇国を象徴するリブンロック城は現在、火に包まれていた。
隣国や人間の大国同士で結成した魔族を駆逐するための連合軍の襲撃だった。
それにいち早く気づいたクライは直属の配下七名に民の避難に向かわせ、城を拠点として連合軍を
向かえ討っていた。
既に戦いが始まってから、三日が過ぎていた。
* * * * *
俺様は既に動かない右手を盾にしながら左手で剣を振う。敵を千切る。斬る。溶かす。蹴りと同時に殴るが、後ろに隠れていた敵のカウンター受け流し、横なぎに能力で燃やす。後ろから奇襲を掛けてくる敵の腕を投げると同時に間接を決め、折り、頭から地面に投げ飛ばし、それを踏み潰す。下に意識を集中した瞬間、腹に一撃ハンマーによる打撃を受け、意識が飛びそうになるのを舌を噛んで耐える。そしてそのハンマー伝いに電流を流し、敵を麻痺させ、そいつの首を絶つ。だが、横なぎに斬った剣はそのまま俺の元に戻ることはなく、敵の能力と思われる突風で遥か後方に剣が飛ぶ。武器を失った俺様は仕方なく残りの精神を集中させ、広範囲に爆風を撃つ。
そこで久しぶりの落ち着いた呼吸を意識しようとしたその瞬間、地面から飛び出した巨漢の腕に胴体を掴まれ、そのまま壁に飛ばされ意識も飛んだ。
目を覚ました俺様は瞬時に能力を発動。
一文字に斬ろうと剣を振るはずだった巨漢の敵は、下半身だけを残してこの世を去った。
「あー……。もう百は逝ったか……」
目を閉じると、視覚を絶ったおかげで聴覚がよく働き、俺様のいる『リブンロック城』の中の様子が良く分かった。
侵入してきた馬鹿な『連合軍』の兵士達が俺様の罠にかかって死んでいく叫び声が良く聞こえる。 まさに阿鼻叫喚。
再び目を開けば、死屍累々の地獄絵図が待っていた。
この光景には大分慣れたと思っていたが、やはり、好きにはなれないな。
ある奴は燃え続ける炎に焼かれ、ある奴は崩れ落ちた城壁に潰されていた。まぁ、全て俺様がやったのだが。
俺様は、再び立とうと足に力を込めるが、何故か足の感覚がない。
それだけでなく、さっき飛ばされた時も思っていたが、なんだか体全体が予想以上に重い。
さすがの俺様でも《時空移動》で部下全員を移動させるのはしんどかったか?
俺様はため息をつき、自分の考えの無さを呪う。
そして、もう一度立ち上がろうと手で足に力を入れようとした時、俺様は体のだるさの意味を知った。
「ははは……。体は重いのに足は妙に軽いと思ってたら…………足、無いじゃん……」
どうりで普通に座った時よりも視線が低いと思った。
そう分かると痛みがおくれるように俺様を襲い、意識を刈り取ってくる。
まだだ。
まだ、俺様は死ぬ訳には行かない。
なんとか意識を保ちながら、仕方なく俺様は《飛行》を使って城内の廊下を飛び、王の間で先ほどの剣激で飛ばされ床に突き刺さっている俺様の唯一の愛剣グラナドラの傍で着地する。
剣なんて使えればなんでもいいと思っていたが、このグラナドラは絶対に壊れないことが売りで、いつも適当に剣を使って速攻で刃こぼれだらけにする俺様でも、唯一、安心して使える愛用の一品だ。
「でも……まぁ……足が無いんじゃ、存分には振れないな……」
俺様は名残り惜しく、グラナドラの柄をそっと丁寧に名残り惜しく撫でる。
足の一本や二本など生やそうと思えば生やすことはできるが、もう俺様の魂も衰弱している。
力の一割も使えないだろう。
それなのに__
「……ったく……また連合軍の部隊が合流しやがったな……。数は、ざっと……五千ってところか……」
改めて、城の王室を見渡すと、いつも過ごしていた日常の光景が自然と浮かび上がってくる。
こんな狭い部屋一つに、俺様たち八人で居たのか……。思えば、色々あったな。
俺様が思い出に浸っている間にも外からの砲撃による一撃で、俺様は現実に無理矢理引き戻される。
大量の軍勢が《土壁》で作った壁を破壊し、俺様を滅ぼさんと奴らの正義を掲げるような地鳴らしを城中に響かせ、悪の魔王となった俺様のいる王の間まで一直線に向かってくる。
もう、ここは長く持たない。
もう、ここにはいられない。
途端に視界が滲み始めた。頭部には傷は無い。と、なると……。
「おっと……まだこれは見せる時じゃねぇな……」
目元から湧き出そうになる物を押さえ込むようにぐっと堪える。
そして、俺様は『魔王』として最後の仕事をする。
「魔族国家リブンロック皇国、最後の住人にして最後の王。俺様、クライ・リブンロックが、ここに命じる!!」
城壁は崩れ落ち、床は割れ、周りにあるのは燃え盛る火の海と魂無き抜け殻となった屍のみ。
まさに地獄絵図。
その中でただ一人、味方が誰一人としていない城で、俺様は命令する。
これは苦痛の末の叫びではない。願いでも、願望でも、見えない希望でも、現実から逃げるための世迷言でもない。
そう、これはただの指令という名のこれから起こる事実。
何十年、何百年、何千年になろうとも、必ずこの声を聞く者がいる真実がある。
それがわかるから、俺様は今、叫ぶことが出来る。
そして、俺様は愛剣の切っ先を己の心臓に向け、この国最初で最後の王としての指令を今何処に、どの時に、どんな世界で会えるかわからない、まだ見ぬ従者達に下す。
「皆、またこの地にて再び、交えようぞ!」
そして、俺様は迷い無く愛用の魔剣で自分の心臓を貫いた。