新たな証拠
事情聴取を終えた後、清治は再び現場へと車を走らせていた。
「三人とも犯行時刻は、それぞれの自宅にいたと供述していましたね」
助手席の佐武が話しかける。彼は、事情聴取の際も隣で話を聞いていた。
家にいたというのは、あってないようなアリバイ。清治は、三人の供述内容を頭の中で何度も反芻していた。
たどり着いた現場。地面には、小出川が倒れていた形にテープが貼られている。雪はすっかり融けてしまっていた。
足跡は念入りに消されていた。凶器も見つかっていない。老人が使っていたというスコップからも、持ち主以外の指紋は見つからなかった。
清治は、乾いた地面を見つめながらしばらく唸っていた。
ふと、路地裏に面した勝手口が開き、頭にバンダナを巻いた男が現れた。現場は、飲食店の勝手口が幾つかならんでいる。その中の飲み屋の一軒の店主だ。男はタバコをくわえながらビールの空籠を外に出した。銘柄は、マルボロだ。
「お疲れ様です」
男はふたりの刑事を見るなり挨拶をした。
「どうも、今回はご迷惑を」
「謝るこたぁないですよ」
死体が発見されたのは午前七時頃。通報をしたのは付近の雪かきをしていた一般市民。この飲み屋はまだ開店準備すらしていなかった。
「今日は休まないんですか」
「いやあ、そういうわけにはいかんですよ。殺されたのが有名な方でなくて良かった。テレビで取り上げられちゃ、かなわないですから」
男は少し歪んだ笑いを漏らした。
「そう言えば、犯行があったのは午後十時頃ですが、変わったことは、ありませんでしたか」
「いいや、その時間は忙しくってねえ。何かが外で起こっても気付きやしませんよ。あーでもっ」
男は思い出したように、手を叩いた。ダクトから変な音がしたと。これです、と男は店の排気口から繋がっているダクトを指さした。
清治は眉間に皺を寄せた。
「少し、お時間よろしいですか」
清治と佐武は、勝手口から店の厨房に入った。店主は、気のいい人で、すぐに排気口を調べてくれた。
ドライバーで換気扇のカバーのネジを外す。脂ぎった羽が取り出される。
「これで、排気口ダクトの中が見えます」
清治は礼を言って、排気口に頭をつっこみ、懐中電灯でダクトの中を照らした。すると、鈍く光を反射するものがあった。――血塗られた刃。清治は刮目した。
「あった。あったぞっ」
声を上げられずにはいられなかった。
凶器の発見に、店主も清治、佐武も驚愕した。
「まさか、凶器が排気口ダクトに投げ込まれていたとは――」
店主は、口をあんぐりと開けるとともに、店が開けられないことを悟って肩を落とした。
「そう言えば、変な音がしたというのは何時頃なんですか」
佐武が店主に尋ねる。
「ちょうど店を閉めようとしていた頃なので、夜中の三時頃ですね」
「――なんだって」
清治は耳を疑った。
凶器であるナイフがダクトに投げ込まれたのは、夜中の三時。犯行現場で使ったものが直接投げ込まれたと仮定すれば、あまりにも死亡推定時刻から離れすぎている。
勝手口から出ると、ちょうど入るときには死角になっていた位置に、ぐっしょりと濡れたタバコの箱が転がっているのを見つけた。融けた雪の中から現れたのか。清治が近づいて手袋越しに拾い上げる。銘柄はセブンスターだった。