三人の供述
現場捜査では目立った収穫は無かった。近くにはゴミ溜めもあり、ひっくり返すように探したが、徒労に終わった。
清治は難しい顔をしながら煙草をふかし、得られた証拠品である口紅を眺めていた。
イヴ・サンローラン社製を表す“YSL”のロゴが刻まれている。
「それ、うちの妻が使っている奴ですよ」
新婚の佐武が言った。一本三千円するものだと。高い物なので、ここぞというときにしか使わないと。なるほどとは思ったが、それが重要な情報かは分からない。
その情報を手帖に書き留めたところで、会議室のドアが開いた。
入って来たのは、セイクレッド・オアシスのメンバー三人。フロントマンがいなくなり、戸惑う中、捜査に協力してくれた。
「今回は突然の事態で、お気持ちお察しいたします」
清治が会釈すると、三人もそれに倣った。
「あまりにも突然のことでびっくりしています」
メンバーの紅一点、キーボード担当の三谷綾香は目を潤ませた。
事情聴取は、控室として使っている会議室の隣、応接室で一人ずつ行う。
まず呼び出されたのは、ベース担当の高沢健斗。捜査には協力してくれたが、気だるげな雰囲気を醸し出している。
「犯行があった昨日午後十時頃。あなたはどこにいましたか」
清治の質問。死亡推定時刻は直腸温度から割り出された。死体発見は、午前七時頃。死後硬直の加減からも、死後八時間は経過しているだろうとされた。
「その日は、ライブがあったんすけど、メンバーで喧嘩になって止めたんすよ。リハでスタジオ入りした後から口論になったんすよ。落ち着いたんがそんときっす。俺は、タバコのカートリッジ買いに行ってたんすよ」
あまり、よろしくない言葉遣いをする人だが、清治は冷静に対処した。
「口論になったのは、誰と誰ですか」
「俺と小出川っすよ」
「口論の理由はなんですか」
「いけ好かなかったんすよ。俺らほったらかしにして、勝手にラジオにばんばん出演して、へらへらしながら俺らの悪口で花咲かしてんすよ。だいたい、メジャーはまだ見送ろうって話してんすよ。俺らのパンクが売りじゃなくなるから。あいつだけ勝手に、メジャーデビューの話進めてんすよ! あいつは、売れることしか考えていないんすよ」
メンバーは音楽性と、メディアへ露出の思惑から分裂していた。音楽業界ではよくある話だ。
「俺が殺したんじゃないっすよ」
「安心してください。あなたを疑っているわけじゃありません」
「そうっすか。勘ぐって悪かったっす」
根はいい人なのか。小さくお辞儀をする高沢。
清治はそこで、証拠品袋に入った口紅を出した。
「犯行現場に落ちていたんです。心当たりはありませんか」
「それ、綾香のっすよ」
高沢はキーボード担当の三谷の名を出した。数カ月前になくしたと言っていた口紅がちょうど、イヴ・サンローラン社製のものだったと。
「綾香が怪しいってことっすか」
「まだ決まったわけじゃありません」
「綾香と小出川は付き合ってたんすよ。同棲もしていたっす。けど、小出川がラジオパーソナリティの女と浮気して、それでメンバーが険悪な雰囲気になったんすよ。ぶっちゃけ、いつ、解散してもおかしくなかったんすよ」
ラジオパーソナリティの女性に小出川が接近したのも、メジャーデビューへの思惑があったからだという。音楽に対する考え方だけでなく、メジャーデビューのために、利用するような付き合いをするのがいけ好かないと、高沢は不平を漏らしていた。言うことは尤もだ。
「あいつはクズなんすよ」
言葉を乱暴にする高沢。小出川と他メンバーの間には、確執があった。
続いて、キーボード担当の三谷が応接室に呼び出された。彼女は小出川と関係の深い人物だと高沢が言っていた。目尻にうっすらと涙の跡がある。
「私は何も知りませんっ。その時刻には解散していて、家に帰っていたんです」
「あなたは小出川さんと一緒に住んでいたんですか」
「いいえ、もう同棲はしていません。あの人……、ラジオパーソナリティの女と、浮気していたことを攻めたら、“お前と一緒にいるのが、息苦しい”って……」
清治もこれには口を歪めた。
「そうですか。それから何か、おかしかったことはありましたか」
「いいえ、特に。あれからメンバーの様子をSNSグループで眺めていたんですけれど、高沢さん以外とは会話がありませんでした。雪がめっちゃ降ってるとか、何気ない会話で……、私、気分が荒んでいたんですけど、ちょっとだけ気持ちが楽になりました」
「その会話は、いつまで続きましたか」
「それから数十分くらい。不安だったんです。これから、どうなっちゃうんだろうって。高沢さん、ああ見えてすごく優しくて。解散しても、一緒にバンドやろうって」
三谷と高沢は、犯行があった時間、メッセージをやり取りしていた。会話は滞りなく続いたという。
それから、例の口紅を見せた。三谷は動揺し、どこにあったのですか、と。犯行現場に落ちていたことを伝えると、証拠品袋越しに、角度を変えて眺めること二、三度。
「確かに、三カ月ほど前に、口紅を無くしましたよ。同じ銘柄のものを。――でもこれは、ちょっと見た目が新しい気がします」
おそらく自分のではないと三谷は言った。
最後に応接室に呼ばれたのは、ドラム担当の永井昭和。高沢は不機嫌な顔、三谷は泣き顔。そして永井は、曇った表情で入って来た。
永井も同じく、犯行が起きた時間は、家で過ごしていたと供述した。
「あのあと、それぞれ家に帰って、頭を冷やそうということになったんです。正直、解散を考えていました。まあ……、小出川があんなことになっては、事実上解散も同じですが」
家で何をしていたかと尋ねると、ただビールを飲んでいたと。
「メンバーとは、メッセージのやり取りなど、してなかったのですか」
「三谷と高沢が話していたのを読んでいましたが、こっちからは、特に話しかけなかったです。メンバー全員、あの会話はチェックしていたみたいで。タバコをふかしながら、そのやり取りを見ていたんです」
永井も高沢と同じく喫煙者だそう。
そして、同じく犯行現場に落ちていた口紅を見せた。
「見たことがないですね。口紅が落ちていたのなら、女性のものでしょう」
三人の供述は終わった。