雪の中の死体
遺体はうつぶせで倒れていた。顔を覗き込むと、苦悶の表情を浮かべていた。
雪の深く降り積もった袋小路の路地。腹部を三箇所と首筋を一箇所刺された跡があり、首筋のものが致命傷となったようだった。通報をしたのは、雪かきをしていた老人だった。
「殺されたのは、小出川祐介、二十一歳です」
セイクレッド・オアシスのリードボーカルだと付け加えられた。
「なんだって」
清治は、耳を疑った。
セイクレッド・オアシスは、人気急上昇中のインディーズバンドで、ボーカルの小出川は、ラジオにも出ている。メジャーデビューも近いだろうと言われていた。
だが、清治はそれで知ったわけではない。昨日、ライブが行われるはずだったバンドだ。ライブは中止となり、千織は不平を漏らしていた。そのフロントマンたる小出川が、こんな形で見つかるとは。
雪の中、ぐっしょりと濡れた衣服を纏った遺体。とくに臀部が濡れている。保存状態は良く、死亡推定時刻はすぐに割り出せそうだった。
現場は野外で捜査中も容赦なく雪が降る。雪や雨は証拠を洗い流すから、嫌いだ――と清治は心の中で毒づいた。
「雪の中からこんなものが」
若い刑事の佐武が見せてきたのは、証拠品袋に入った口紅だった。
「もしかしたら犯人が落としたものかもしれません」
「そうか」
「何か気になることはありましたか」
「そうだな。血だまりが不鮮明なのが気になる。あと遺体に所々擦り傷があるのも」
遺体から流れ出た血は、雪を所々真っ赤に染め上げていたが、その雪には、かき混ぜたような跡がある。
「凶器は見つかったか」
佐武は「いえ」と顔をしかめた。このところ担当する事件は、凶器が持ち去られてばかりだ。雪面に残る足跡は重要な証拠となるが、念入りに消されていた。雪がかき混ぜられたのは、足跡と血だまりの一部を消すため。
「あなたは不審な足跡は見ましたか」
通報をした老人に尋ねる。
「そういえば、走っているような足跡だった気がするが、雪かきで消してしまった。私は生まれが北国でね。ここのところ三日ほど、雪が降ったから、懐かしくなってね。退屈しのぎに雪かきをしていたんだ。ああ、それと――いつも雪かきに使うスコップが、その日はやけにきれいだったな」
その証言に清治はびくりと反応した。スコップ。おそらくは降り積もった雪をいじるのに使ったと考えられる。
「ああ。いつも、外に放りっぱなしにしているんです。もう、雪は終わりだそうですから、今日はしまったけれども」