欲望の果て
紫の月、アメティスの地上。
アジュラ帝国、捜索隊第一班。またの名を反逆軍。大勢の兵は、セフィスの地上に潜伏していたが、最高司令官と幹部たちは、月面上に残っていた。
人払いをされた船室で、ギセンガンと病院の院長、ナズルが話していると、コンコン! と、船室のドアがノックされた。
「ギセンガン様! 報告に参りました」
「入れ」
シュッと自動ドアが開き、軍服姿の男が現れた。腕のバッチから大佐だとわかる。敬礼をし、
「セフィスのカンラが完全に消えました!」
「何?」
ギセンガンは訝しげな顔をした。オルタカとの約束では、自分たちが上陸してから、洗浄することになっていたはずだが。未だ、アメティスの地表だ。
おかしい……。ギセンガンはそう思ったが、
「出動だ!!」
「はっ!」
部下はピシッと敬礼して、慌ただしく、部屋を出ていった。再び、ふたりきり。ギセンガンは少し前かがみになって、
「こちらの企みがバレたのか?」
聞こえるか、聞こえないかの声で言った。ナズルも同じようにかがめて、
「それはあり得ません! オルタカは、今動けないはずです」
オルタカのカルテを持っていた、彼が病状を説明した。どうやら、ギセンガンたちとオルタカたちは一枚板ではないようだ。ギセンガンは小さな丸窓から、セフィスを眺め、
「何が起きているのだ?」
六年もの間、調べ上げたセフィスのデータ。科学というものがまったく発展していない惑星。この惑星なら、たやすく手に入れられるだろうと画策したギセンガン。
だが、まさか、ヤシュたちがいるとは、自分たちよりも、はるかな高度技術を持つ人類が、セフィスの地底にいるとは、最高司令官は夢にも思わなかった。
★ ★ ★
一方、カンラを大量に放ったオルタカは、セフィスの地上、一番北にあるエナ遺跡の最奥部にいた。
「オルタカ様?」
部下の一人が防御服に身を包み、トレイを持って現れた。
「…………」
返事ができないほど、オルタカの体はカンラに蝕まれていた。部下が薬の飲ませようと、オルタカのそばへ寄ると、自分自身のイラだちを部下に当たり、手で薬も水も払いのけた。ガシャン!! 大きな音を立てて、グラスが地面で割れた。
「神に……薬など……いらぬ!」
オルタカはぜいぜいと息をしながらも、プライドを捨てきれなかった。部下は自分までカンラム病にされてはと思い、恐る恐るその場を離れていった。
一人残された教祖は、力ないこぶしで、なんとも悔しそうに地面をたたいた。
「何故……この私がこんな目に遭わなくては……ならんのだ!!」
独りきりの空間に、虚しく響いた。
★ ★ ★
マディス学園、攻撃魔法、練習場。
常に夜の、ここセフィスでは、星々が夜空を彩っている。地上で起こっている危険とは無縁という感じで。ふたつの月、ルヴィニとアメティスの傾き加減で、早朝四時といったところだ。
こんな朝早く、グラウンドのライトが明々とついていた。アルフが寝ずに、攻撃魔法の練習をしていた。的が戦えない今、自分がやらなくてはという一心で。地上人でなくても、さすがはセフィス人。魔法を忘れてしまった科学の街で育ったアルフだったが、的たちの話を聞いたりして、一発目から、光る弓矢を呼び出し、使えるようになってしまった。
しかも、クピルとマサガガがコーチだ。これ以上のコンビはいない。
ドカーンッ!
爆音があたりに響いた。アルフが放った矢が防御壁に当たったのだ。クピルは嬉しそうに、
「攻撃力が少しずつ、上がってきてるわね」
マサガガは腕組みを決めて、
「一本だけでなく、数本にすると、もっと上がるんじゃないか?」
アルフの額の汗を、優しい夜風がすうっと拭ってくれる。
「おう……そうだな……?」
アルフは目を閉じ、神経を研ぎ澄ました。ギギガと一緒に巡った、数々の遺跡。そこに描かれた神々の姿。それらがはっきりと輪郭を持った、その時、
「我 グノスィ」
アルフは呪文を唱え始めた。
「デオス プロセフホメ トクス エピセシー」
すぐさま、ふたつの光る矢が手元に現れた。弦を後ろへ思いっきり引き、放つ! ふたつの矢はばらばらの方向へ飛んでいき、ドカッ! さっきより小さな音が出ただけだった。
「威力が落ちるわね」
クピルが素直に感想を述べ、額に玉のような汗を浮かべているアルフは、
「そっ……そう……だな」
息を切らしながらうなずいた。そんな少年を励ますように、マサガガが笑顔で、
「でも、さすがだよ。アルフの言葉には力がこもってる。だから、初めてでも、すんなり、武器が現れたんだろう」
「おう、サンキュー!!」
灯草の露をゴクゴクと飲んでいたアルフは、生き返ったみたいな顔をした。その隣で、クピルは小首を傾げていた。何故、最初の練習で、的と同じ『知識』を表す名を、アルフがすんなり名乗ったのか気にかかっていた。
「ねえ? どうして、的くんと同じグノスィだと思ったの?」
「あぁ?」
汗を拭いていたアルフの手が止まった。ニヤリと笑って、
「オレと的、瓜二つだろ?」
「そうね」
「そうだな」
コーチふたりはうなずいた。
「だからよ、オレもグノスィじゃねえかと思ってよ」
「他に理由は?」
「あぁ? こんなの直感だろ?」
アルフのあやふやな答えに、コーチふたりは顔が引きつった。すごい直感……。
そこで、クピルはふと思い出した。『来たるべき時に備えよ』の神託の時に聞いたことを。
「あ、そういえば! 今思い出したわ」
「あぁ?」
「どうした?」
アルフとマサガガは不思議そうな顔をくれた。クピルはとびっきりの笑顔で、
「もう一人の名前!」
そこまで言って、トゲトゲ頭の少年を指差した。ソティラスたちとして選ばれたのは、的たち十人と、もう一人いた。
「アルフ ダンよ!」
「あぁ? 何だよ」
アルフは何のことやらさっぱりで、クピルは軽く説明をした。
しばしののち、アルフは得意げな顔で、
「おう、なるほどな」
そして、クピルたちが古い石版を引っ張り出して、調べに調べ、得た情報を、いとも簡単に手繰り寄せた。
「じゃあ、やっぱ、オレ、グノスィでいいんじゃねえか。遺跡はもうひとつあんだろ? 『隠された知識』ってのが。 だから、それがオレだろ?」
「そうね」
「そうだな」
思いっきり、納得させられたコーチふたりは、ただただうなずいた。さすがに、全ての遺跡を歩いて回ったことだけはある。アルフは体勢を整え、練習を再開。
「神様はこうなることわかってて、オレと的、そっくりにしたんじゃねえかって思うーー」
その時、ロイエールが練習場へ入り込んできた。
「敵が動いた!!」
三人に緊張が走った。
★ ★ ★
ギセンガンは千五百人もの部下を連れて、胸が高まっていた。貧しい家に生まれ、卑下され続けてきた少年時代。夢も希望も浮かんでは打ち砕かれた。悔しかった、変わりたかった。軍事国家のアジュラ。軍に入隊すれば、ここから抜け出せるかもしれないと、必死にここまでのし上がってきた。あと、もう一歩、もう一歩なのだ。王になれる、その時は。
遺跡の長い通路を出て、セフィスの風がギセンガンの頬をなでたが、そこに待っていたのは、地位や名誉ではなく、同じく軍を引き連れたヤシュだった。
まさか、ヤシュたちが待ち受けているとは、ギセンガンは夢にも思わなかった。遠いマッカロニーで、指を加えて、待っているものだとばかり思っていた。
ギセンガンは一瞬、驚きを見せたが、狡猾な、この男はすぐに、にこやかな笑みを浮かべ、
「これは、皇子殿下」
丁寧にお辞儀をしてみせた。ユライは見下した目線を、ギセンガンへ送り、
「皇帝陛下だ」
ギセンガンはすうっと真顔になった。自体を理解できない司令官に、ロイエールは低い声で、
「シュタイン陛下は崩御された」
イサナが天使の笑みで付け足す。
「マッカロニー星も、砕け散りましたよー♡」
ロイエールとユライはイサナを睨みつけ、
「こんな緊迫した状況で……」
低い声でうなったが、イサナはまったく気にしなかった。ギセンガンはなぜか、不敵な笑みを浮かべ、
「さようでしたか、これは失礼しました」
致しましたではなく、しました。明らかに敬意など払っていない。なのに、片ひざを地面へ付け、最敬礼をした。何とも滑稽な猿芝居をしているギセンガンを、ヤシュは冷たい眼差しで見下ろした。
「貴様の企みなど、すでに周知している」
ギセンガンは顔を上げ、
「はて? 企みとは、濡れ衣でございます」
また、偽りの笑みを浮かべた。ヤシュはとぼけているギセンガンに怒りを覚え、握りしめた両のこぶしを震わせた。
シュジュ星で、世界を手に入れようと、カンラの使用を持ちかけたのは、紛れもなく、ギセンガンだ。そのあとの経過は悲惨……いや、地獄そのものだった。カンラの乱用で人口は三分の一まで減り、シュジュ惑星は爆発。その後、マッカロニーへたどり着いた。
ギセンガンはオルタカの放つカンラの影響で、惑星の寿命が急速に縮まると、予測できた。それを、前陛下には報告せず、ユライが発見するまで待った。なぜそうしたかというと、新惑星、新天地を探す好機につながるからだ。アジュラ帝国を抜け出し、新しい国を作り、自らが王となる。
だが、セフィス人の魔法には歯が立たなかった。そうして、ギセンガンは思いついたのだ。恐ろしい計画を。
銀の長い髪がマントのように揺れている、ヤシュの声が怒りに震える。
「セフィスの人々をカンラム病にしらしめ、惑星のカンラ濃度がある程度低くなったところで、人々を救出し、セフィスの人々から尊重を受け、王となる。相違ないであろう?」
全て言い当てられたギセンガンは、怒りで顔を真っ赤にし、目を血走らせて、剣をさっと抜いたかと思うと、
「うぉぉぉぉっっっ!!!!」
唸り声をあげ、ヤシュめがけて一直線に走り出した。いつもなら、ロイエールが瞬時に、ヤシュの前へ回り込み、剣を弾くのだが、彼は微動だにしなかった。
ヤシュは哀れなギセンガンを静かに傍観していた。大将たるもの、感情に流されてはならぬ、大勢の命を預かるのだから。自ら前へ出る、そんなことはあり得ない。勝算があれば話は別だが。
これが百戦錬磨と謳われたギセンガンとは、失望した。大将が打ち取られれば、部下たちは浮き足立ち、戦場は大混乱となり、我先に兵は逃げ出そうとして、将棋倒しになり、何の武器も使わずとも、多くの者が、たった一人の間違いで犠牲になる。人の上に立つ、同じ者として、ヤシュはギセンガンを捨て置けなかった。だが、剣は抜かなかった。
その時!!
ギセンガンの剣が、ヤシュの脳天めがけて、シュッと振り下ろされた!! しかし、
ガシャン!
何かに阻まれ、ギセンガンの剣は弾き飛ばされた。縦に回るブーメランのように宙を舞ったかと思うと、ギセンガンとその部下たちの間の地面へ、ドスッと音を立てて、突き刺さった。
「……?」
ギセンガンは何が起きたのかわからず、衝撃でしびれた両手を見つめていた。ヤシュを守ったのは、アルフたちが持ってきたシールドだった。ギセンガンはヤシュたちを見渡すが、何も見つけられない。まさか、自分たちをはるかにしのぐ、高度技術がセフィスに存在しているとは、ギセンガンは思いもよらなかった。
「ギセンガン」
ヤシュの呼びかけに彼は我に返った。目の前には、抜き身の剣を手にしたヤシュがいた。
「貴様は王の器ではない」
何の躊躇もなく、ギセンガンの首をはねた。血がドバッと飛び散り、頭は地面へどさりと落ち、彼の体は少し遅れて、糸が切れた操り人形のように地面へ崩れた。
敵は一瞬、浮き足立ったが、さすがというか、百戦錬磨のギセンガン軍。それぞれの隊長が大声で、
「ギセンガン様の仇を取れ!!」
「おぉぉぉぉっっっ!!!!」
千五百人もの兵が一斉に銃口を向けてきた。
銃撃戦だ。
ヤシュは落ち着き払った様子で、右手をさっと上げ、兵に命令を下した。残念だが、ギセンガン軍の球は、ヤシュたちには届かなかった。だが、ヤシュたちの球に、ギセンガンの兵たちが次々に倒れてゆく。
弾丸の雨の中、光る矢が数本混じっている。ヤシュたちの後方から、アルフも参戦しているのだ。今回の戦いには、ソティラスたちは不参加。体がまだ、本調子ではないからだ。そのため、魔法使いはアルフ一人だけ。
指揮を失った軍はやはりもろかった。どんどん倒れてゆく味方を見て、兵士たちは怖くなり、後方から戦線離脱する者が続出。彼らに銃口を向けた部下に、ヤシュは、
「逃がしてやれ」
逃げる者を背中から撃つなど、残虐非道、極まりない。向かってくる者とだけ対峙する。それが、ヤシュの信念だった。
ーー数分後、銃声は止んだ。
セフィスの美しい草原が真っ赤に染まった。血なまぐさい風に吹かれながら、ヤシュはギセンガンの近くへ行き、黙とうを捧げた。ユライ、ロイエール、イサナもそれに続く。
ギセンガンがカンラを使用しなければ、今もたくさんの人々が、シュジュ星で幸せに暮らしていたのかもしれない。だが、あの戦火の中、自分たちが生き残れたのは、他の誰でもなく、ギセンガンのお陰なのだ。
ヤシュは静かに目を開け、
「手厚く葬ってやれ」
言い残して、学園へ引き上げていった。
ユライ、ロイエール、イサナは複雑な想いで、ヤシュの背中を見送った。
皇帝は孤独を感じる。カンラの使用が議題に上がったのは、自分が十五の時。何の権限も持たぬ、少年であったが、何か止める手立てはあったのかもしれない。そう思うと、どうしようもないほどの自責の念にかられるのだ。
ヤシュはマントを翻しながら、
「ギセンガンほどの地位があれば、人々を幸せにすることも出来たであろうに」
静まり返った戦場に、皇帝の声が虚しく消えていった。