表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
9/15

欲望の果て

 紫の月、アメティスの地上。


 アジュラ帝国、捜索隊第一班。またの名を反逆軍。大勢の兵は、セフィスの地上に潜伏していたが、最高司令官と幹部たちは、月面上に残っていた。


 人払いをされた船室で、ギセンガンと病院の院長、ナズルが話していると、コンコン! と、船室のドアがノックされた。


「ギセンガン様! 報告に参りました」

「入れ」


 シュッと自動ドアが開き、軍服姿の男が現れた。腕のバッチから大佐だとわかる。敬礼をし、


「セフィスのカンラが完全に消えました!」

「何?」


 ギセンガンは訝しげな顔をした。オルタカとの約束では、自分たちが上陸してから、洗浄することになっていたはずだが。未だ、アメティスの地表だ。


 おかしい……。ギセンガンはそう思ったが、


「出動だ!!」

「はっ!」


 部下はピシッと敬礼して、慌ただしく、部屋を出ていった。再び、ふたりきり。ギセンガンは少し前かがみになって、


「こちらの企みがバレたのか?」


 聞こえるか、聞こえないかの声で言った。ナズルも同じようにかがめて、


「それはあり得ません! オルタカは、今動けないはずです」


 オルタカのカルテを持っていた、彼が病状を説明した。どうやら、ギセンガンたちとオルタカたちは一枚板ではないようだ。ギセンガンは小さな丸窓から、セフィスを眺め、


「何が起きているのだ?」


 六年もの間、調べ上げたセフィスのデータ。科学というものがまったく発展していない惑星。この惑星なら、たやすく手に入れられるだろうと画策したギセンガン。


 だが、まさか、ヤシュたちがいるとは、自分たちよりも、はるかな高度技術を持つ人類が、セフィスの地底にいるとは、最高司令官は夢にも思わなかった。


  ★ ★ ★


 一方、カンラを大量に放ったオルタカは、セフィスの地上、一番北にあるエナ遺跡の最奥部にいた。


「オルタカ様?」


 部下の一人が防御服に身を包み、トレイを持って現れた。


「…………」


 返事ができないほど、オルタカの体はカンラに蝕まれていた。部下が薬の飲ませようと、オルタカのそばへ寄ると、自分自身のイラだちを部下に当たり、手で薬も水も払いのけた。ガシャン!! 大きな音を立てて、グラスが地面で割れた。


「神に……薬など……いらぬ!」


 オルタカはぜいぜいと息をしながらも、プライドを捨てきれなかった。部下は自分までカンラム病にされてはと思い、恐る恐るその場を離れていった。


 一人残された教祖は、力ないこぶしで、なんとも悔しそうに地面をたたいた。


「何故……この私がこんな目に遭わなくては……ならんのだ!!」


 独りきりの空間に、虚しく響いた。


  ★ ★ ★


 マディス学園、攻撃魔法、練習場。


 常に夜の、ここセフィスでは、星々が夜空を彩っている。地上で起こっている危険とは無縁という感じで。ふたつの月、ルヴィニとアメティスの傾き加減で、早朝四時といったところだ。


 こんな朝早く、グラウンドのライトが明々とついていた。アルフが寝ずに、攻撃魔法の練習をしていた。的が戦えない今、自分がやらなくてはという一心で。地上人でなくても、さすがはセフィス人。魔法を忘れてしまった科学の街で育ったアルフだったが、的たちの話を聞いたりして、一発目から、光る弓矢を呼び出し、使えるようになってしまった。


 しかも、クピルとマサガガがコーチだ。これ以上のコンビはいない。


 ドカーンッ!


 爆音があたりに響いた。アルフが放った矢が防御壁に当たったのだ。クピルは嬉しそうに、


「攻撃力が少しずつ、上がってきてるわね」


 マサガガは腕組みを決めて、


「一本だけでなく、数本にすると、もっと上がるんじゃないか?」


 アルフの額の汗を、優しい夜風がすうっと拭ってくれる。


「おう……そうだな……?」


 アルフは目を閉じ、神経を研ぎ澄ました。ギギガと一緒に巡った、数々の遺跡。そこに描かれた神々の姿。それらがはっきりと輪郭を持った、その時、


「我 グノスィ」


 アルフは呪文を唱え始めた。


「デオス プロセフホメ トクス エピセシー」


 すぐさま、ふたつの光る矢が手元に現れた。弦を後ろへ思いっきり引き、放つ! ふたつの矢はばらばらの方向へ飛んでいき、ドカッ! さっきより小さな音が出ただけだった。


「威力が落ちるわね」


 クピルが素直に感想を述べ、額に玉のような汗を浮かべているアルフは、


「そっ……そう……だな」


 息を切らしながらうなずいた。そんな少年を励ますように、マサガガが笑顔で、


「でも、さすがだよ。アルフの言葉には力がこもってる。だから、初めてでも、すんなり、武器が現れたんだろう」

「おう、サンキュー!!」


 灯草あかりそうの露をゴクゴクと飲んでいたアルフは、生き返ったみたいな顔をした。その隣で、クピルは小首を傾げていた。何故、最初の練習で、的と同じ『知識』を表す名を、アルフがすんなり名乗ったのか気にかかっていた。


「ねえ? どうして、的くんと同じグノスィだと思ったの?」

「あぁ?」


 汗を拭いていたアルフの手が止まった。ニヤリと笑って、


「オレと的、瓜二つだろ?」

「そうね」

「そうだな」


 コーチふたりはうなずいた。


「だからよ、オレもグノスィじゃねえかと思ってよ」

「他に理由は?」

「あぁ? こんなの直感だろ?」


 アルフのあやふやな答えに、コーチふたりは顔が引きつった。すごい直感……。


 そこで、クピルはふと思い出した。『来たるべき時に備えよ』の神託の時に聞いたことを。


「あ、そういえば! 今思い出したわ」

「あぁ?」

「どうした?」


 アルフとマサガガは不思議そうな顔をくれた。クピルはとびっきりの笑顔で、


「もう一人の名前!」


 そこまで言って、トゲトゲ頭の少年を指差した。ソティラスたちとして選ばれたのは、的たち十人と、もう一人いた。


「アルフ ダンよ!」

「あぁ? 何だよ」


 アルフは何のことやらさっぱりで、クピルは軽く説明をした。


 しばしののち、アルフは得意げな顔で、


「おう、なるほどな」


 そして、クピルたちが古い石版を引っ張り出して、調べに調べ、得た情報を、いとも簡単に手繰り寄せた。


「じゃあ、やっぱ、オレ、グノスィでいいんじゃねえか。遺跡はもうひとつあんだろ? 『隠された知識』ってのが。 だから、それがオレだろ?」

「そうね」

「そうだな」


 思いっきり、納得させられたコーチふたりは、ただただうなずいた。さすがに、全ての遺跡を歩いて回ったことだけはある。アルフは体勢を整え、練習を再開。


「神様はこうなることわかってて、オレと的、そっくりにしたんじゃねえかって思うーー」


 その時、ロイエールが練習場へ入り込んできた。


「敵が動いた!!」


 三人に緊張が走った。


  ★ ★ ★


 ギセンガンは千五百人もの部下を連れて、胸が高まっていた。貧しい家に生まれ、卑下され続けてきた少年時代。夢も希望も浮かんでは打ち砕かれた。悔しかった、変わりたかった。軍事国家のアジュラ。軍に入隊すれば、ここから抜け出せるかもしれないと、必死にここまでのし上がってきた。あと、もう一歩、もう一歩なのだ。王になれる、その時は。


 遺跡の長い通路を出て、セフィスの風がギセンガンの頬をなでたが、そこに待っていたのは、地位や名誉ではなく、同じく軍を引き連れたヤシュだった。


 まさか、ヤシュたちが待ち受けているとは、ギセンガンは夢にも思わなかった。遠いマッカロニーで、指を加えて、待っているものだとばかり思っていた。


 ギセンガンは一瞬、驚きを見せたが、狡猾な、この男はすぐに、にこやかな笑みを浮かべ、


「これは、皇子殿下」


 丁寧にお辞儀をしてみせた。ユライは見下した目線を、ギセンガンへ送り、


「皇帝陛下だ」


 ギセンガンはすうっと真顔になった。自体を理解できない司令官に、ロイエールは低い声で、


「シュタイン陛下は崩御された」


 イサナが天使の笑みで付け足す。


「マッカロニー星も、砕け散りましたよー♡」


 ロイエールとユライはイサナを睨みつけ、


「こんな緊迫した状況で……」


 低い声でうなったが、イサナはまったく気にしなかった。ギセンガンはなぜか、不敵な笑みを浮かべ、


「さようでしたか、これは失礼しました」


 致しましたではなく、しました。明らかに敬意など払っていない。なのに、片ひざを地面へ付け、最敬礼をした。何とも滑稽な猿芝居をしているギセンガンを、ヤシュは冷たい眼差しで見下ろした。


「貴様の企みなど、すでに周知している」


 ギセンガンは顔を上げ、


「はて? 企みとは、濡れ衣でございます」


 また、偽りの笑みを浮かべた。ヤシュはとぼけているギセンガンに怒りを覚え、握りしめた両のこぶしを震わせた。


 シュジュ星で、世界を手に入れようと、カンラの使用を持ちかけたのは、紛れもなく、ギセンガンだ。そのあとの経過は悲惨……いや、地獄そのものだった。カンラの乱用で人口は三分の一まで減り、シュジュ惑星は爆発。その後、マッカロニーへたどり着いた。


 ギセンガンはオルタカの放つカンラの影響で、惑星の寿命が急速に縮まると、予測できた。それを、前陛下には報告せず、ユライが発見するまで待った。なぜそうしたかというと、新惑星、新天地を探す好機につながるからだ。アジュラ帝国を抜け出し、新しい国を作り、自らが王となる。


 だが、セフィス人の魔法には歯が立たなかった。そうして、ギセンガンは思いついたのだ。恐ろしい計画を。


 銀の長い髪がマントのように揺れている、ヤシュの声が怒りに震える。


「セフィスの人々をカンラム病にしらしめ、惑星のカンラ濃度がある程度低くなったところで、人々を救出し、セフィスの人々から尊重を受け、王となる。相違ないであろう?」


 全て言い当てられたギセンガンは、怒りで顔を真っ赤にし、目を血走らせて、剣をさっと抜いたかと思うと、


「うぉぉぉぉっっっ!!!!」


 唸り声をあげ、ヤシュめがけて一直線に走り出した。いつもなら、ロイエールが瞬時に、ヤシュの前へ回り込み、剣を弾くのだが、彼は微動だにしなかった。


 ヤシュは哀れなギセンガンを静かに傍観していた。大将たるもの、感情に流されてはならぬ、大勢の命を預かるのだから。自ら前へ出る、そんなことはあり得ない。勝算があれば話は別だが。


 これが百戦錬磨とうたわれたギセンガンとは、失望した。大将が打ち取られれば、部下たちは浮き足立ち、戦場は大混乱となり、我先に兵は逃げ出そうとして、将棋倒しになり、何の武器も使わずとも、多くの者が、たった一人の間違いで犠牲になる。人の上に立つ、同じ者として、ヤシュはギセンガンを捨て置けなかった。だが、剣は抜かなかった。


 その時!!


 ギセンガンの剣が、ヤシュの脳天めがけて、シュッと振り下ろされた!! しかし、


 ガシャン!


 何かに阻まれ、ギセンガンの剣は弾き飛ばされた。縦に回るブーメランのように宙を舞ったかと思うと、ギセンガンとその部下たちの間の地面へ、ドスッと音を立てて、突き刺さった。


「……?」


 ギセンガンは何が起きたのかわからず、衝撃でしびれた両手を見つめていた。ヤシュを守ったのは、アルフたちが持ってきたシールドだった。ギセンガンはヤシュたちを見渡すが、何も見つけられない。まさか、自分たちをはるかにしのぐ、高度技術がセフィスに存在しているとは、ギセンガンは思いもよらなかった。


「ギセンガン」


 ヤシュの呼びかけに彼は我に返った。目の前には、抜き身の剣を手にしたヤシュがいた。


「貴様は王のうつわではない」


 何の躊躇もなく、ギセンガンの首をはねた。血がドバッと飛び散り、頭は地面へどさりと落ち、彼の体は少し遅れて、糸が切れた操り人形のように地面へ崩れた。


 敵は一瞬、浮き足立ったが、さすがというか、百戦錬磨のギセンガン軍。それぞれの隊長が大声で、


「ギセンガン様のあだを取れ!!」

「おぉぉぉぉっっっ!!!!」


 千五百人もの兵が一斉に銃口を向けてきた。


 銃撃戦だ。


 ヤシュは落ち着き払った様子で、右手をさっと上げ、兵に命令を下した。残念だが、ギセンガン軍の球は、ヤシュたちには届かなかった。だが、ヤシュたちの球に、ギセンガンの兵たちが次々に倒れてゆく。


 弾丸の雨の中、光る矢が数本混じっている。ヤシュたちの後方から、アルフも参戦しているのだ。今回の戦いには、ソティラスたちは不参加。体がまだ、本調子ではないからだ。そのため、魔法使いはアルフ一人だけ。


 指揮を失った軍はやはりもろかった。どんどん倒れてゆく味方を見て、兵士たちは怖くなり、後方から戦線離脱する者が続出。彼らに銃口を向けた部下に、ヤシュは、


「逃がしてやれ」


 逃げる者を背中から撃つなど、残虐非道、極まりない。向かってくる者とだけ対峙する。それが、ヤシュの信念だった。


 ーー数分後、銃声は止んだ。


 セフィスの美しい草原が真っ赤に染まった。血なまぐさい風に吹かれながら、ヤシュはギセンガンの近くへ行き、黙とうを捧げた。ユライ、ロイエール、イサナもそれに続く。


 ギセンガンがカンラを使用しなければ、今もたくさんの人々が、シュジュ星で幸せに暮らしていたのかもしれない。だが、あの戦火の中、自分たちが生き残れたのは、他の誰でもなく、ギセンガンのお陰なのだ。


 ヤシュは静かに目を開け、


「手厚くほうむってやれ」


 言い残して、学園へ引き上げていった。


 ユライ、ロイエール、イサナは複雑な想いで、ヤシュの背中を見送った。


 皇帝は孤独を感じる。カンラの使用が議題に上がったのは、自分が十五の時。何の権限も持たぬ、少年であったが、何か止める手立てはあったのかもしれない。そう思うと、どうしようもないほどの自責の念にかられるのだ。


 ヤシュはマントをひるがえしながら、


「ギセンガンほどの地位があれば、人々を幸せにすることも出来たであろうに」


 静まり返った戦場に、皇帝の声が虚しく消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ