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ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
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星下《せいか》の絶望

 セフィスの星空から、いつもルビーのような月面を見せるルヴィニ。その地表に、銀色の宇宙船が何台も着陸していた。


 ヤシュたちは先に到着しているギセンガンたちに気づかれないよう、彼らがいる紫の月ーーアメティスから見えない、影となるルヴィニの地表へ静かに待機している。


 彼らはすぐにでも、ギセンガンを止めたと考えていた。だが、ユライの引き出した情報によると、すでにギセンガンたちは、戦争用ロボットとともに、セフィスの地上へ上陸しており、戦闘を何度も繰り広げていた。地上に潜伏しているとの情報が、ユライからもたらされたのである。


 そのため、ヤシュたちは宇宙船を使って、セフィスの地上へは近づけなかった。大きな乗り物だ。少しでも惑星の陰から外れれば、見つかってしまう。そうなっては、こちらの勝算は薄い。ロイエールの部隊以外、全員があちら側に回ってしまった。約三倍の兵力だ。


 銀の長い髪をマントのようにして、ヤシュは船室の窓から、太陽ーーイリョスを眺めていた。ロイエールは眉ひとつ動かさず、先ほどからずっと黙っていて。イサナは頬杖を両手でつきながら、天使の笑みをたたえている。そこに、ユライのPCのキーボードをパチパチと叩く音が流れていたが、ふと止まった。


「宇宙船を使わなくても、セフィスへ上陸できるかもしれない」

「どういうことだ?」


 ロイエールの低い声が響いた。宙に浮いた画面には、膨大なデータが映し出されていて。ピラミッドの画像を見たヤシュが、


「これは何だ?」

「この中に、ワープゾーンがあって、セフィスの地上とつながっているらしい」


 帝国一のハッカー、ユライがまた怒るようなことを、イサナはのんびりと言う。


「まるで、魔法みたいですね〜」


 おとぎ話に出てくる王子様みたいなイサナに、ユライは鋭い眼光を浴びせた。


「貴様〜!」


 彼が毒舌を吐こうとすると、ヤシュのいつもの言葉が。


「争っている場合ではなかろう」


 イサナは立ち上がりそうになっていたのをやめ、彼は困った顔をする。


「これと同じものが、ルヴィニにもあればいけるはずだ」


 一か八かの賭けだった。あって欲しいと誰もが願った。なければ、別の方法を試さなければならないが、それは、先ほど散々話し合い、見つからない可能性がゼロという策はなかった。


 不安と焦燥の中、全員の視線がヤシュに向けられていた。彼はしばらく、人差し指をとんとんと自分の腕に打っていたが、それが止まると、


「ピラミッドを探せ!」

「御意」


 大佐のロイエールが引き受け、自動ドアから出ていった。


 ロイエールの指揮のもと、ルヴィニの地表に軍隊が散らばった。


 ヤシュたちは小一時間ほど、気を揉みながら待っていたが、ロイエールが再び顔を見せた。


「見つかった」


  ★ ★ ★


 いつもは満天の星々が輝いている夜空。だが、今は違う。キノコのような雲が不気味に浮かび、黒い雨が激しく降っていた。


 セフィスの地上にたどり着いたヤシュたちは、部下を大勢引き連れ、ステマ遺跡から出た。だが、手遅れだったと思い知らされた。六人の男女が血を吐き、地面に横たわっている。オルタカの放出するカンラによって、倒れされた、あきたちソティラス第一班だ。


 防御服に身を包んだ皇帝、ヤシュは怒りで握りしめたこぶしを、ワナワナと震わせていた。何の関係もなく、罪のない人を巻き添えにするとは許せなかった。


 あたりを調べていた隊長の一人が、ヤシュの元へ走り寄って来て、


「皇帝陛下! 全員、脈はありますが、医療班から絶望的だと……」

「そうか……」


 ヤシュは出来るだけ、平常心を保って、たった一言いった。彼は空を仰ぎ見る。ヘルメットが黒に染まってゆく。まるで、彼の心の中を物語っているように。地位も名誉も欲しくない。ただ、弱き者が皆、幸せに暮らせる世を望んだだけ。


「神はいないのか……」


 誰にも聞こえない声で言った。まさにその時、ヤシュたちの背後ーー遺跡の出口から、


「お前らかっ! 的たちをやったのは!!」


 これ以上ないほどの怒りのこもった口調だった。


 ヤシュたち全員が振り向くと、ヘルメットも防御服も着ていない少年と女が立っていた。それは、嫌な予感がすると言って、準備をし、地上へ戻ってきた、アルフとマジョルカ。彼らの服装は不思議なことに、気ままな普段着。アルフがヤシュへ一歩近づこうとした、その刹那。


 ロイエールは氷上を滑るように、土煙ひとつ上げず、一気にアルフとの間合いを詰めた。そのまま、流れるような仕草で、剣を抜きざまに、下から上へ斬りつけようとする。一度抜いてからではなく、抜きざまに斬りつけたほうが、断然早いのだ。剣の達人はそれをよく心得ていた。


「ロイエール!!」


 ヤシュの待ったの声がかかる。


「敵は彼らではない」


 ロイエールは皇帝の言葉に従い、剣をすっとしまった。アルフの顔を見るとなぜか、目を輝かせている。ロイエールに一歩近づき、興味津々で、


「それって、もしかして、剣ってやつか?」

「そうだ」


 ロイエールは訝しげな顔で答えた。アルフははしゃぎ出す。


「マジかっ!? すげえー、剣だってよ?」


 話を振られたマジョルカは、戸惑い顔。なぜなら、科学中心で、争いごとのないエガタで育ってきた人々には、無縁の単語だったからだ。


「ケン……って、何?」

「遺跡に書いてある、戦うーー」


 アルフはそこまでしか言えなかった。


「話してる場合ではなかろう」


 ヤシュの声が割って入ったからだ。ロイエールはくるっと向き直り、丁寧に頭を下げ、


「大変申し訳ありません、皇帝陛下」


 ロイエールに背を向けられた、アルフとマジョルカは、


「コウテイヘイカって、何だ?」

「さあ、何かしら?」


 長い間、民主主義であるエガタでは、聞いたことのない単語が、また出てきて。アルフとマジョルカは顔を見合わせる。


えれえみてえだな」

「それは確かね」


 彼らがそんなやりとりをしている間に、ヤシュは的確に指示を出していた。


「第一班は救護。第二班はカンラの洗浄。第三班は他にも犠牲者がいないか確認しろ!」

「はっ!」


 ヤシュに向かって、大勢の兵が敬礼し、それぞれの作業に入ろうとした。そこで、


「おい、ちょっと待て!」


 全員の視線が、アルフに集中した。散らばろうとした兵士たちに近づき、


「他のやつらを調べるのはいいとして、どこ行く気だよ?」


 兵士たちは顔を見合わせた。彼らの科学技術を見てとったアルフは、得意顔で、


「マジョルカ、頼むぜ」


 彼は仁王立ちし、両腕を組んだ。見てみろと言わんばかりに。


「任せて」


 マジョルカはウェストポーチから画鋲のような、小さなものを取り出した。地面へしゃがみ込み、ピンを地表に刺す。


 しばらく、ヤシュたちはぽかんとしていた。なぜなら、アルフたちが何をしたのか、まったくわからなかったからだ。そのうち、兵士の一人が、


「陛下! モニターをご覧ください」


 ヤシュは言われた通り、ヘルメットの正面。内側に浮かび上がる画面上から、全ての数値をざっと見て、カンラの汚染メータが、ゼロになっているのを確認した。さすがのヤシュも、


「これは……!」


 驚いて、思わず声を漏らした。他の兵士たちがざわつき始める。あんな小さな装置で、惑星を滅亡へと導いた、カンラが洗浄されるとは、にわかに信じがたかった。この中では、ある意味一番柔軟な発想を持っている、イサナののんびりした声が、


「彼らの服装を見れば、納得いきますよ〜♪」


 イサナはすでにヘルメットを取り、普通に呼吸していた。みんなの視線はイサナからアルフたちへ向けられた。カンラに汚染されないよう、自分たちは重装備なのに、彼らは何ひとつ、身を守ることをしていなかった。


「何故、平気だった?」


 研究者のユライが興味深そうに聞いた。


「マジョルカ」


 科学者ではないアルフは、彼女の話を振った。


「私たちは『シールド』という、人体にあらゆる害を及ぼすものから、身を守るを装備をしているの」


 エガタの高度技術を、ヤシュたちはまざまざと見せつけられた。


  ★ ★ ★


 アルフたちとヤシュたちは、マディス学園へと移動した。的たちは教室に運ばれ、マジョルカの指揮の下、ヤシュの軍医たちが懸命に治療を始めた。アジュラ帝国、第二班はオルタカの行方探し。他の兵たちは、セフィスの地上洗浄し、倒れた人々の介護、及び重症者はマディス学園へ搬送するよう、ヤシュから命を受けており、今学園にいるのは、護衛の兵だけだった。


「ーーという物質だ」


 ユライがカンラについて、説明し終えると、


「マジかっ!?」


 アルフは驚いて見せて、次いで、


「ずいぶん古いもん使ってんなー」


 挑発的な言葉に、ユライはいつもの釣り目をさらに引き上げた。アルフは気にせず、微笑んでいる。イサナは感心する。


「エガタの科学技術は素晴らしいですね〜」


 そして、最悪なことをした。


「ユライ〜♪」


 同意を求められたユライの眼光は、さらに鋭くなっていた。今にも視線だけで、イサナを射殺しそうだ。窓際に寄りかかっていたロイエールはため息をつく。


「はぁー……」


 ヤシュは殺気を消すべく、話題転換。


「セフィスの地底には、都市があるということか?」

「おうーー」


 アルフが話を続けようとすると、マジョルカが部屋へ入ってきた。


「どうだ?」


 聞かれたマジョルカの表情は暗かった。


「的くん以外は、なんとか一命は取り留めたけど……彼だけはいまだに……危篤……状態よ」


 彼女は目を潤ませ、声が震えて、最後までうまく言えなかった。


「っ!!」


 全員、それぞれの理由で凍り付いた。アルフは真顔になり、拳をきつく握りしめる。


 的と出会った日のこと。

 一緒に灯草あかりそうの露を集めたこと。

 地球の話を聞かせてくれたこと。


 色々なことが走馬灯のように駆け抜けていった。視界が涙でにじむ。だが、まだ生きている。的は死んでいない。ソティラスたちが動けな今、自分にできることは……。


 しばらくして、我に返ると、いつの間にか、クピルとマサガガがやって来ていた。


「ーーなぜ、道明寺 的だけが、未だに危篤状態なんだ?」


 ユライの質問に、クピルが寂しげな声で、


「攻撃魔法は、チームの最前線に立つため、大量のカンラ? を浴びたのかもしれないわ」


 科学者のマジョルカは、別のことを提示する。


「もしくは、彼が地球人ってことが要因かもしれない」

「チキュウ!?」

「それは、どこだ?」


 ヤシュたちから、一度に質問が投げかけられた。


「的くんは、サマノス様たちがセフィスへ連れて来た子なの」


 クピルの答えに、ロイエールは、


「信じられんが……」


 完治している自分の右腕を見つめる。学園へやって来た時には、まだ包帯をしている状態だった。だが、自分の傷を見つけた、ここの生徒が呪文を唱え、あっという間に治してしまったのだ。ならば、知らない遠くの宇宙から、人が突然やって来ても不思議ではない。というより、信じるしかなかった。


 その時、ずっと黙ってたアルフが、


「あっちは、何人いんだ?」

「ざっと、四千五百人といったところでしょうか〜」


 イサナはなぜか嬉しそうに言った。


「こっちは?」


 今度はヤシュが、


「約千五百人だ」

「その、オルタカってやつは、マジで二週間足止めか?」


 ユライは何度も聞くなと思いながら、


「そうだ」


 カンラを自由自在に操れるオルタカ。だが、それも長く続くはずがない。彼は自分自身も、他の人にもれず、カンラに蝕まれていた。そのため、動くことのできない停滞期間があるのだ。それが、二週間。


「んー……?」


 アルフはふたつの月を見つめ、考え始めた。どう考えても劣勢。相手は三倍。どうする?


「おうっ!?」


 アルフは何かひらめいた!


「何?」


 真っ赤な目をしたマジョルカが尋ねた。アルフは自信満々の笑みで、


「オレ、魔法の練習すんぞ!!」

「えぇっっっ!!」


 マジョルカ、クピル、マサガガはびっくりした。マジョルカは泣くのをやめ、アルフに顔をぐっと近づけ、


「大事な時なのよ、何言ってーー」

「マジで言ってんだよ」


 アルフはごく真剣な顔つきだった。


「困りましたね〜」


 さすがのイサナも降参のポーズをとった。ヤシュはアルフの弓矢を見ながら、


「戦力になり、勝機もあると思っていたのだがな……。魔法を使うとなると話は別だ」

「作戦を変えなくてはいけませんね〜♪」


 ロイエールとユライは同時に、イサナに突っ込む。


「お前は考えなくていい!」


 負けると分かっていることを、あえてやるイサナに釘を刺した。気にせずアルフは、クピルとマサガガに、


「遺跡間の移動って、あれ、魔法だろ?」


 マサガガは急にふられたので、びっくりして、


「……あ、あぁ、そうだが……」


 アルフはマジョルカに顔を戻して、


「な? だから、オレも使えんだって、魔法」


 その言葉に、クピルは驚いて、


「使ったの!? あの魔法」

「おう!」

「俺の唱えたのを、聞いただけでか?」


 マサガガの質問に、なぜかアルフは照れて、そっぽを向き、ぶっきらぼうに、


「昔っから、言葉覚えんのは、得意なんだって」

「どうやら、貴殿には、魔法使いの資質がありそうだ」


 ヤシュはアルフを頼もしげに見つめ、話を続ける。


「戦力と数えて良いか?」

「おう、もちろんだぜっ!!」


 その時、


「先生!!」


 一人の生徒が大急ぎで走りよってきた。クピルは振り向き、


「どうしたの?」


 生徒は両手を膝いついて、ゼイゼイと息をしながら、


「アステルダム先輩たちが……戻って……来ました!!」


 マサガガは険しい表情で、


「容体は?」

「普通に歩ける状態です」


 クピルとマサガガは顔を見合わせ、


「よかったわ、無事で」

「はぁ〜」


 少し遅れて教室に、ソティラス第二班が入ってきた。アステルダムはクピルとマサガガのそばへ慌てて近づき、必死の形相で、


「的たちは? 弟は?」


 いつもの彼女と違い、半分パニックになっていた。クピルはアステルダムを落ち着かせるため、彼女の両肩に手を乗せ、微笑んで見せる。


「ギャラクシムくんは、今は眠ってるけど、大丈夫よ」


 アステルダム は胸をほっとなでおろした。


「ただ……」


 クピルはそこままでで言葉を止めた。


「何かあったんですか?」


 イグジが心配そうに聞く。クピルは言葉をつまらせて、


「……っ!!」


 代わりに、マサガガが応える。


「道明寺 的だけは……未だ危篤状態だ」

「そんなっ!!」


 第二班、全員が顔を青くし、涙をにじませた。


  ★ ★ ★


 ソティラス第一班が運ばれた教室に、第二班、クピルとマサガガ、アルフとマジョルカは集まっていた。


 的のベッドは隔離されていた。エガタの技術をもってしても、非常に危険な状態で、医師が三人ついて、心拍数などを常にチェックしていた。


 的以外のギル、ミザリオ、シャータ、ギャラクシムは、自ら静かに呼吸し、眠っていた。アステルダムは弟の近くに立ち尽くし、


「弟ではなく、私が行っていれば、こんなことには……」


 クリティアがアステルダムの肩に優しく手を置いて、


「アステルダムが行っても、ギャラクシムは、『自分が行けばよかった』と悔しそうに言うだろう」


 彼は言葉を続ける。


「今、ボクたちにできることをやろう」


 彼は呪文を唱え始めた。


「我 オモルフォ エクサルファ デオス アゲロス アナクフィシー」


 突如、優しい笑みの天使が現れ、的を両翼でそっと包み込んだ。


「治癒能力の高い天使を召喚したよ」


 次いで、ジュランが呪文を唱える。


「我 ドクサ デオス プロセフホメ アナクフィシー オアシー」


 泣いていたアステルダムは涙を拭って、


「そうね、今、出来ることをしなくてはね」


 目線をさっと上げ、いつもの彼女に戻った。


「我 ステマ デオス プロセフホメ アナクフィシー オアシー」


 彼女は的以外のソティラスたちの治癒へ回った。攻撃のイグジと防御のアサシは、窓の近くへより、赤と紫の月を見上げ、両手を胸の前で組み、そっと目を閉じた。


「デオス プロセフホメ 我らを 救いたまえ」


 神に祈りを捧げた。

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