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ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
6/15

皇子の決断

 ユライの帰りを待っていた、ヤシュたちの元に、別の人物が走り寄ってきた。たまたま夜勤だった、看護師長である。


「皇子殿下! 大変でございます!」


 ヤシュたちは顔を上げた。看護師長は息を切らし、慌てた様子で、


「ユ……ユ……ユライ様がカンラム病になられて、意識不明の重体でございます!!」


 ロイエールはイサナに不思議そうに聞く。


「何がどうなっている?」


 イサナは質問には応えず、看護師長に、


「どちらで倒れておられましたか?」

「院長室の前でございます」

「やはり、そうですか……」


 看護師長が何かを言おうとする前に、イサナはさらりと、


「院長は行方不明ですね〜」

「えっ!? ……えぇ」


 先に言われたので、看護師長は驚いた。ロイエールは険しい表情で、


「殺されたのか?」

「違うでしょうね〜」


 イサナがのんびり言うと、ヤシュが立ち上がった。


「院長室へ行く」


  ★ ★ ★


 院長室はもぬけの殻だった。慌ただしく出ていった形跡があちこちに残る。ドアは開けっ放し、引き出しもあちこち開けてあり、書類は机の上どころか、床にまで散らばっており、足の踏み場もない。


 ヤシュは雑然とした部屋を見渡し、


「どうやら、院長もスタヴロス教徒だったようだな」


 書類の山をつかんでは、避けてを繰り返していたイサナが、


「やはり、そうでしたか〜」


 この男、やはり頭がキレるようで、だいたいのことは予測がついているようだ。その時、壁際をさっきから、ずっと指で調べていたロイエールが、


「見つけた」

「さすがだな」

「さすがですね〜」


 ヤシュとイサナはともに感心した。数々の敵のアジトを占拠しただけのことはある、ロイエールは隠し扉を見つけたのだ。三人が中をのぞくと、薄暗く、カビ臭い階段が、闇に招かれるように下へ下へと続いていた。ヤシュたちは人一人がやっと通れるくらいの階段を降りてゆく。皇子の声がこだまする。


「スタヴロ教の教祖は患者だったのか?」

「おそらくそうでしょうね〜」


 身の安全を守るため、一番後ろを歩いている、イサナがノー天気に応えた。皇子の身を守るという職務を、常に忘れないロイエールは先頭を歩きながら、


「誰なんだ?」

「オルタカ サデュ」


 イサナはあっさり告げた。


「お前には、いつも驚かされる」


 ヤシュは少しだけ笑い、イサナに大いに感心した。イサナはいつもこうなのだ。遊んでいるように見えて、情報はきちんと収集しているのだ。


「どんなやつなんだ?」


 ロイエールの質問にも、イサナはスラスラと、


「出生も出身地も不明です。アジュラ帝国の生まれではないようです。古いデータ上には、彼の名前は載っていませんでしたから……」


 乱戦の中で生き残り、アジュラ帝国に降った人間。

 

イサナは話を続ける。


「類い稀な性質を持った人物のようです」

「ん?」


 ロイエールとヤシュの声が重なった。


「オルタカは中央カラン戦争で、カンラに汚染される状況下にあったのですが……」


 そこまで言って、イサナはお手上げのポーズを取った。


「オルタカはカンラム病にはならなかったようです」

「何っ!?」


 ロイエールは思わず、立ち止まった。ヤシュはその背中にぶつかりそうになって、


「止まるな」

「すまん」


 三人は再び階段を降り始めた。


「それならば、何の問題もないのではないか?」


 ヤシュの質問を聞き、イサナは珍しくため息をついた。


「病気にこそなりませんでしたが、オルタカはカンラを吸収する能力を身につけてしまったようです」

「何っ!?」


 ロイエールは再び、突然立ち止まり、ヤシュはまた注意する。


「ロイエール、止まるな」

「す、すまん」


 三人はまた降り始めた。イサナののんびりした説明は続く。


「初めの頃は、人々のカンラを体内へ吸収し、カンラム病を治していたようです」


 話をいったん止め、ため息を少しだけついて、


「人々から神と崇められるようになり、スタヴロス教祖に祭り上げられたようです」


 ヤシュから質問が飛んでくる。


「では、ギセンガンのカンラム病を治したのは、オルタカということか?」

「えぇ。その後、ギセンガンはスタヴロス教信者となり、軍の者たちも信者となり始めたそうですよ」


 イサナの語尾が違ったことに気づき、ロイエールは、


「お前、その話、誰から聞いた?」


 イサナはくすりと笑って、


「とある女性からですよ〜」

「はぁー……」


 ロイエールとヤシュは同時にため息をついた。イサナが女性を酔わせて、聞き出している場面が容易に浮かんで。


 階段をちょうど降りきったところで、ロイエールはさっと銃を取り出した。


「中に人が大勢いる」


 多くの気配を感じたらしい、たくさんの戦場をかいくぐってきただけはある。緊張感のある声で言われ、ヤシュはすっと真顔に戻った。だが、イサナはニコニコで、


「彼らは武器は持っていませんよ」

「何故、わかるーー」


 ロイエールが聞き返そうとした時、無線ががなりたてた。


「マイヤー大佐! マイヤー大佐! 応答願います!」


 イサナは視線だけで、無線を取るよう指示した。


「何だ?」

「我々の軍以外、全て惑星を出発しました」

「何っ!?」

「そこまで広がっていましたか〜」


 イサナの言葉に、


「そのようだな」


 ヤシュはうなずき返した。


「大佐、ご指示を!」


 ロイエールは何が起きているのかわからず、一瞬言葉に詰まった。


「…………」


 ヤシュが静かに、


「待機だ」

「御意」


 ロイエールは大佐として、命令する。


「全員、待機!」

「了解」


 無線はそこで切れた。


「どういうことだ?」


 一人わかっていない、ロイエールにイサナがのらりくらりと説明する。


「ナズル アレンとオルタカ サデュのふたりが、信者の軍の者たちを連れて、おそらく、ギセンガンの元へ向かったのだと思いますよ〜」

「何っ!?」

「ユライをカンラム病にしたのだ、逃げるであろう」


 驚いているロイエールを置いて、ヤシュは平然と答えた。


「では、中にいるのは?」

「信者、一般人ですよ」


 ヤシュは少しきつい口調で、


「ロイエール、武器をしまえ」

「御意」


 ロイエールは銃をしまい、そっと扉を開けた。


 薄暗く、奥行きのある部屋。


 両脇の壁には、はかなげに、なめるように揺れる、ろうそくの炎がいくつか浮かんでいる。はるか遠くには、エメラルドグリーンの祭壇。その両脇には、禍々しく燃える松明。不気味、その一言で十分だった。


 だが、さらに奇妙だったのは、ざっと百人近くの人間が床にひざまずき、目を閉じ、両手を胸の前で組み、何かをぼそぼそと唱えているのだ。三人には誰一人、気づいていない様子。


 ヤシュたちは奥の祭壇を目指す。彼らの両脇には、必死に祈り続けている人々が。皇子は祭壇に近づくにつれ、握りしめる両手の力が強くなっていった。


 オルタカを教祖と崇め、人々は神に祈りを捧げている。それなのに、やつはもう、この惑星にはいないのだ。弱い者たちを置き去りにしていったのだ。上に立つ者として、断じて許されることではなかった。


 祭壇にたどり着き、ロイエールはあちこち調べ始める。耳障りな、祈りの大合唱の中。イサナは、エメラルドに見せかけた祭壇を眺め、


「おそらく、この上にカンラム病の患者を寝かせ、儀式に見せかけ、オルタカはカンラを吸収していたようですね」


 ヤシュはイサナから、ロイエールに視線を移し、


「通路は見つかったか?」


 入り口、ヤシュたちが入って来た側から、オルタカたちは出ていない。看護師たちが、院長を躍起になって探しているのに、彼らは惑星を脱出している。ということは、隠し通路があるはずだ。壁を調べていたロイエールが、


「いやーー」


 その時、下から突き上げるような揺れが人々を襲った。


「おぉっっ!!」

「きゃぁぁっっ!!」


 あちこちから、悲鳴が祈りに取って代わった。ヤシュはすぐさま、ロイエールとイサナに、


「人々を外へ速やかに誘導しろ」

「御意」


 イサナは祭壇の上に、軽々と登り、


「みなさ〜ん! 外に出ますよ〜」


 その声に反応したのは、女子供だった。ロイエールは中央の通路を歩きながら、残った野郎どもに、


「慌てず、外に出ろ!!」


 人々は混乱することなく、聖堂から外へ出始めた。その間、何度か揺れを繰り返し、天井や壁が崩れ落ちてきた。それでも、イサナとロイエールはそれぞれのやり方で、人々を避難させた。全員、無事に脱出したのを確認し、ヤシュは、


「我々も脱出するぞ!」


 その時、ヤシュの頭上に天井が崩れ落ちてきた。ロイエールは床をまるで、氷上を滑るが如く移動し、


「皇子!」


 ヤシュの上は覆いかぶさった。


「くっ!」


 ロイエールは右腕で、破片を支えていた。だが、むき出しになった鉄筋をまともに食らってしまい。


「ロイエール!!」


 イサナは走り寄ろうとしたが、


「大丈夫だ!!」


 ヤシュを落下物から守った、ロイエールの腕からは血が滴り落ちていた。


  ★ ★ ★


 大地震の中、それでも人々はなんとか全員、外へ避難した。


 アンダル地区のテントがすぐさま作られ、シュタイン、ユライをはじめとする、患者たちが収容された。ロイエールは包帯を巻いた腕で、指揮を取るので手一杯だった。どんよりした空、まるで、アジュラ帝国の行く末を暗示してるかのようだった。


 自分のテントへ戻ったヤシュは、更に忙しくなった軍のため、護衛はイサナのみ。イサナは細身だが、一応、皇子の教育係として、大抵のことはこなせる。剣術もそのうちのひとつだった。


 皇子はある決断を下すべきか、どうか迷っていた。イサナは長年の付き合いだ。ヤシュが苦渋の選択を迫られているのを知っていて、黙ったままそばにいた。


 そこへ、天幕の入り口に人影が映った。


「何だ?」


 ヤシュの重たい声が響いた。軍内で何かあったのかと思ったが、女性の声で、


「皇子殿下、シュタイン陛下の意識がお戻りになられました」


 ヤシュはなぜか、イサナを見た。


「…………」

「…………」


 イサナもヤシュを見返した。二人の沈黙と、視線の交差は、決断を下す時が来たという意味を持っていた。


「わかった」


 ヤシュは重い腰を上げ、イサナもあとに続いた。


  ★ ★ ★


 ヤシュは人払いされた、シュタインの天幕にいた。イサナももちろんいない。ヤシュだけに、シュタインは打ち明けたいことがあるようで。余震で、非常用のライトが時折揺れる。皇帝はまだまだ回復はしておらず、酸素マスク、生命維持装置をつけられたまま。シュタインはか細い声で話し始めた。


「父も母も亡くした、孫のお前に苦労はさせたくなかった。当時、諸外国から、お前を人質として、差し出すよう申し出があった。そんな時、ギセンガンはカンラの使用を持ちかけてきたのだ」


 ヤシュはいつの間にか手をきつく握りしめていた。シュタインはそんな孫には気づかず、話を続ける。


「到底、許されることではないが、お前は許してくれるであろう?」


 ヤシュのさっきからの決断は、シュタインの言葉で下された。救護や援護で外は、喧騒の渦。天幕の中の声など聞こえもしない。ヤシュはゆっくり立ち上がり、


「おじい様……」


 普段は、決して口にしない呼び方をし、シュタインの手を握るかと思いきや、生命維持装置のスイッチを切った。


「うっ、う……!」


 うめき声が聞こえたのも、つかの間、


「どうか、安らかに……」


 ヤシュはそう言うと、天幕をするりと出た。怒りで手が震えている。身内のために、たくさんの人を犠牲にしてきた。シュタインは皇帝に向いていなかったのだ。足早に歩くヤシュの隣に、人がさっと寄ってきた。彼は誰だかすぐわかった。松明と松明の間の闇で、ヤシュともう一人は立ち止まった。


「…………」


 ヤシュは怒りを抑えるのに精一杯だった。時折、風に揺れる灯りで、相手ーーイサナの顔が見えた。お付きの者として、ヤシュだけに聞き取れる声で、


「皇子……いえ、陛下のされたことは、間違っていらっしゃいませんでした」


 ヤシュは怒りに埋もれていた感情に気づいた。それは、悲しみだった。父と母のいなかったヤシュに、シュタインはいろんなことを教えてくれた。唯一の肉親をこの手であやめた。人としては、許されないことだ。だが、皇帝として、人の上に立つ者として、許してはいけなかった。


「あとのことは、私にお任せください」

「……すまぬ」


 ヤシュがやっとの想いで、一言いうと。突然激しい雨、黒い雨が降り始めた。


「陛下、今後のご指示を」

「全員、直ちにこの惑星から脱出し、オルタカを追え!!」

 

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