深まる謎
その日の深夜。
中心街の地震は昼間のものより、さらに大きく、グランディ九・ゼロだった。城にいるのは危険だと判断され、シュタインもヤシュも軍が作った野営地へ避難した。
眠れない夜が過ぎていき、なす術もないまま月日が過ぎていった。
救助で軍は忙しいため、皇室の警備は手薄となり、ヤシュのそばにはロイエールのみが、護衛としてついているだけだった。
地上のことは、まるで知らないよいうように、星々が夜空を彩っている。最低限の兵しか置いていないため、余震のない時は、とても静かだった。だが、ヤシュのテントは、にぎやか……いや、騒がしかった。
「カンラの使用だ!」
「そんなはずはない!」
ユライとロイエールはさっきから、この繰り返しで、お互い一歩も譲らない。ヤシュとイサナは、ふたりのやり取りをBGMにして、ユライが立てた仮説を考えていた。やはり、カンラの使用が要因で、地震が起きている。上陸時に、何らかの方法でカンラを持ち込んだ人物がいるというものだ。
ヤシュの声がユライとロイエールの言い争いに割って入った。
「カンラの使用レベルはどのくらいだ?」
「アステマ関数、リルラダーー」
また、専門用語の並べ出したユライに、ヤシュは注意する。
「私たちにわかるよう、説明しろ」
ユライは咳払いして、
「人一人、殺せる程度のカンラの使用が数回起きている」
イサナは珍しく真剣な面持ちで、
「その仮説が正しければ、すでに、何人かが亡くなっているかもしれませんね〜」
イサナの視線を受けたヤシュは、
「何人も亡くなっていたら、議題に上るはずだが……」
「上がっていないとなると……」
イサナが言い終わる前に、ロイエールはふと思い出した。
「いや、医師が数名、研修に行ったきり、戻ってきていない」
全員の視線がロイエールへ。
「……っ!」
「何っ!?」
ヤシュとユライは珍しく驚いた。ロイエールはアンダル地区を訪れる度、おかしいと思っていたことを打ち明けた。
「父の見舞いに行く度、担当医が変わっていた」
ユライはロイエールに質問を投げかける。
「それは、いつ頃だ?」
ロイエールは少し考えて、
「……正確には思い出せんが、地震の救助活動が落ち着いた頃に、父の見舞いに行っては、担当医が変わっていた」
「病院側はなんと説明していた?」
ヤシュからの質問に、
「研修中か何かで、連絡が全くつかないと言っていた」
策略家イサナはニコニコしながら、
「おかしいですね〜。研修で連絡がつかないことなどあり得るでしょうか〜? それに、研修が行われているなど、私たちの耳には入って来ていませんよ〜」
「何人、連絡がつかない?」
ユライからの問いかけに、ロイエールは記憶を辿った。
「……少なくとも、ふたりだ」
「…………」
沈黙が四人を包み込んだ。その時だった。ロイエールはテントの外に人の気配を感じて、剣に手をかけた。
「……!!」
ロイエールは構えたまま、一向に動く気配を見せない。それは、相手に殺気がないからだった。彼の眼光はヤシュへと向けられ、それを受けた皇子は、うなずいて見せた。ロイエールは用心深く口を開いた。
「どうした?」
「こっ……こっ……!」
外の相手はずいぶん慌てているらしく、話が一向に進む様子を見せなかった。ヤシュが皇族らしく、威厳ある声で、
「落ち着け」
皇子の言葉に従って、呼吸を整える気配がしたあと、
「失礼いたしました! 皇帝陛下がカンラに汚染されたました!!」
四人の背筋は凍りついた。
★ ★ ★
アンダル地区、病院内の集中治療室。
外の廊下で、ヤシュたちは気を揉んでいた。ユライはロイエールにこれ見よがしに、
「これで、俺の話を信用するだろう」
「すまん」
嫌味で言ったのに、素直に謝られたので、ユライは居心地が悪くなり、そっぽを向いて、PCをパチパチ打ち始めた。壁に寄りかかっていたイサナは、
「どのように、汚染されたのでしょうかね〜?」
ロイエールは当然というように、
「上陸時に、カンラを持ち込んだ輩が、使用ーー」
ヤシュの声が割って入る。
「そうとは限らんのではないか?」
「ん?」
ヤシュはまっすぐ、病院の白い壁を見つめたまま、
「上陸時のカンラ所持チェックは、厳重であった」
皇子はロイエールへ顔を向け、
「他の方法で、持ち込んだ者がいるか。何らかの影響で、この惑星のカンラが漏れ出たか……」
再び前を向き、
「だがしかし、後者の可能性は薄いであろう」
ユライはPCを操作しながら、
「惑星の隅々まで調べたが、カンラはどこにも発見されなかった」
上陸時のデータが画面の端に映っていた。ヤシュは軽くため息をつき、
「研修に行ったきりの医師たちは、おそらく、もう生きてはおるまい」
「っ!?」
ロイエールはびっくりしたが、ユライとイサナは平然としていた。PCに夢中になっていて、話を聞いていないユライは置いておいて、何の反応も示さないイサナに、ヤシュは視線をやった。
「予測はついておるのであろう?」
「ついていますが……あり得ることなのかを迷っているんです。ですから、黙っていたのですが……」
そこで、ユライはPCを突然ぱたんと閉じた。のらりくらりと話しているイサナに、文句でも言うのかと思われたが、
「カンラの反応箇所が見つかった、行ってくる」
ユライはPCを抱え、廊下をすたすた歩き始めた。
「どこだ?」
ロイエールの問いかけに、ユライは返事をするどころか、振り向きもせず、どんどん離れてゆく。
「気をつけてくださいね〜」
のーてんきに見送ったイサナを前にして、ヤシュは、
「お前、危険だと知っていて、わざと行かせたであろう」
「何っ!」
ロイエールはイサナを睨みつけた。イサナは気にした様子も見せず、
「見当はついているのですが、確証がないのですよ〜」
「お前、また……」
ヤシュとロイエールは同時に、大きくため息をついた。イサナという策略家。この男、頭は切れるし、緻密な計画が大の得意で、右に出る者はいないのだが。負ける可能性が高いものをわざと選び、彼の特異体質で、やりたいと名乗り出てきた人間にやさせて、
『あぁ〜、やはり、失敗してしまいましたか〜』
と言うのである。イサナは危険だと知りつつ、ユライをモルモットとして行かせたのだ。無慈悲極まりない男である。
★ ★ ★
ユライは病院の廊下をすたすた歩いてゆく。時刻は深夜。そのため、看護師も医師も最低限しかおらず、薄暗く、不気味な静けさがまとわりついてきた。だが、研究者の彼の探究心は強く、結果を見たいという想いにかられ、目的地を目指した。あともう少しで、院長室へ到着というところで、部屋のドアが開いた。
中から、紫のフード付きローブを着た人物が出てきた。細身だが、必要最低限の筋肉のついた体つき。フードが深く降ろされ、顔を見ることはかなわない。廊下の真ん中へすうっと立ちはだかった。
「ユライ マルガッテ、待っていましたよ」
言われた彼はぴたりと歩みを止め、鼻で笑った。
「待っていただと?」
「えぇ」
気品のある男の声だが、どこか禍々しさを感じさせる。
「あなたの能力を、スタヴロス教では高く評価しているのですよ」
おそらく、ユライのハッカーの腕前のことであろう。彼は口をへの字に曲げて、薄ら笑いを浮かべ、
「遠回しな言い方をするほど、暇なのか?」
男は不気味に笑って、
「では、単刀直入に言いましょう。神の元へ来なさい」
「宗教に興味などない」
ユライは投げやりに応え、相手をじっと見据えた。
「何をどうしたかは知らないが、ギセンガンのカンラを体内から除去したのは、貴様だな?」
「いかにも」
カンラの治療は病院の医師しかできないはず。だが、目の前の男は、どう見ても医療関係者ではない。それなのに、カンラを体内から除去できるとは、どういうことだろうか。ユライが考えていると、男は両手を広げ、天井を仰ぎ見て、
「私は神なのです」
ユライはあきれて、わざとらしくため息を吐いた。
「スタヴロス教は、どうやら、頭のおかしい人間の集まりみたいだな」
男はユライの嫌味など気にせず、
「あなたは、神の力を甘く見ているようですね」
その時、ユライは気づいた。
この男がカンラを所持しているのではなく……。
だが、遅かった。そこで、なぜかユライは突然、
「げほっ!」
口から大量の血を吐き、床にどさっと崩れ落ちた。激しいけいれんを起こしている。これは、カンラム病の症状のひとつだ。相手が何かしたわけでもないのに、一体どうしたことか。紫のローブの男の姿はもうなかった。倒れたままのユライから、床へ血の海ができていった。まるで、不安が広がっていくかのように。




