奪った功績
翌日。ロイエールは中心街から、五十キロ北の草原にいた。ユライの報告によると、ここが震源地だ。地割れがひどく、今までの地震同様、マグマの見える箇所が七箇所も発見された。
中心街近くの大地震だったため、街の被害もかなり出た。建物の崩壊、けが人が続出。瓦礫の撤去作業や救援活動で大忙しだった。
ロイエールは職務を全うしながら、ユライの報告でひとつ気になることを思い浮かべていた。それは、発生時期が予測できないということだった。PCオタクのユライ、地震の予測はお手の物で、今まで外したことはなかった。そんな彼でさえ予測ができない。未知の何かがぱっくり口を開けているようで、落ち着いているロイエールも焦燥感を隠せなかった。
それぞれ調査をしている部下を眺めながら、
「環境が違うからなのか……」
つぶやいてみたが、いまいちしっくりこなかった。
★ ★ ★
その頃。
イサナはヤシュの指示通り、アンダル地区にある病院を訪れていた。丁寧な出迎えで、院長自ら院内を案内し、今イサナは院長室の応接セットのソファーに身を預けていた。
「あぁ……ありました」
院長ナズルはひとつのファイルを持って、イサナの向かいの席へ座った。
「見せていただけますか〜?」
いつも通りのんびりしたイサナを気にすることなく、ナズルはテーブルの上にカルテを置き、相手に差し出した。イサナはそれをパラパラめくっていく。人から見れば、全く読んでいないように見えるが、実はこの男、記憶力は抜群なのだ。一度見たものは決して忘れない。最後のページまで、さらっと見て、ナスルへカルテを返した。
「かなりひどい状態で搬送されたようですね〜」
イサナは天使の笑みを絶やさなかったが、隙のない瞳でナズルをうかがった。
「なぜ、マイヤー大佐は知らなかったんでしょうね〜?」
病院に運ばれるほどの重症だ。ロイエールが知っていてもおかしくなかった。ナズルは困った顔をして、
「副司令官の命令で、内密にと言われたもので……」
「そうですか〜」
相づちをうつ。そこに意味がないように思えるが、実は裏を返せば、どうとでも取れる言動。言った本人の真意は闇の中。そういう使い方を策略家はよくする。イサナは思うところがあり、もうひとつ重要なことを質問する。
「退院したのは、いつですか〜?」
カルテには入院日、症状、処置など、事細かに書いてあったが、退院日だけは記載されていなかった。ネット上の情報と一緒だ。病院にくれば、わかると思ったが、ここでもわからない。これは故意に書かれていない可能性が非常に高い。ナズルは遠い目をして、また困った顔を向けた。
「申し訳ありません。その時は、カンラム病患者が大勢運び込まれ、混乱をきたしておりました。お恥ずかしい話ですが、カルテに記載するのを忘れてしまったようです」
「そうですか〜。いつごろ、退院したか思い出せませんか〜?」
「そうですね……?」
ナズルは天井を見上げ、
「あれは確か……十月末……だったと思いますよ……」
「完治したわけですよね〜?」
隔離された病院から出て、職務を遂行しているのだ。当然といえば、当然なのだが。カルテを見る限り、ギセンガンの容態なら、通常、まだ入院しているレベルだ。なのに、退院している。おかしいと思い、イサナはあえて、そこを突っ込んだ。ナズルはイサナに視線を落として、少し微笑み、
「えぇ、さすがは最高司令官となられた方だけはあります。ある日、突然、意識を取り戻し、驚異的な速さで回復されましたよ」
「そうですか〜」
うなずいたイサナに、新たな可能性が浮上した。ギセンガンは病院でほどんと治療を受けていないのではないだろうか? しかし、ここで事実と異なる壁にぶつかる。カンラム病を治すには、医療行為が必要だ。だが、ギセンガンは回復している。では、彼はどうやって、治ったのだろうか。イサナの中に、新たな疑問が生まれた。
★ ★ ★
のんびり過ごしているイサナとは対照的に、ロイエールは救護や復興に追われる日々が続いた。
街が少し元に戻り始めた頃、病院から連絡が入った。ロイエールの父が意識を取り戻したと。彼は父に会いにはいかず、職務を全うしようとしたが、ヤシュ皇子に父に会いに行くよう、半ば強制的、いや勅命をけた。勅命では避けられないと、ロイエールは苦笑いしながらも、ヤシュの心遣いに感謝した。
今、ロイエールは軍の車中にいる。通り過ぎて行く街並み。そこで、それぞれの部隊は瓦礫の撤去作業に追われている。その時、本部から無線が入った。
「捜索隊、惑星に到着しました。これから、援軍を向かわせます」
ロイエールは少し光が見始めたと思った。
病院内に入り、彼は院長室で、担当医から、父親の容態の説明を受けたが、また担当医が変わっていた。やはり、今までと同じで、突然、研修が入り、治療できなくなったのだという。さらに、連絡も取れないという。さすがに腰の重いロイエールも、これだけ立て続けに医師の交代が起きているのは、おかしいと思い、ヤシュに報告しようと心に決めた。
カンラに汚染されぬよう、ロイエールは防御服に身を包んでいた。緊張と喜びの面持ちで、父の病室を訪れた。父の姿を目にして、ロイエールの心は悲しみへと変わった。酸素マスクをし、体のあちこちに管がつながっている。元気だったころの、たくましく、勇ましい父はもういなかった。筋肉は衰え、痩せた弱々しい父。ロイエールは防御服の下で、静かに涙をこぼした。
「父上……?」
ロイエールのくぐもった声が病室に凪いだ。父の目頭がぴくぴくと反応する。
「父上……!」
さっきよりも大きな声で、ロイエールが呼びかけると、父はゆっくりと目を開けた。
「父上、ロイエールです!!」
焦点の合わなかった瞳が、息子ーーロイエールをとらえた。ひどくかすれた声で、
「……ロイエール……?」
「はい」
我が息子だと確認すると、父はあちこちに視線を向けた。その意味することがわかり、ロイエールはそばにいた看護師に、
「父とふたりだけで話をしたい」
「わかりました。何かあったら、すぐ呼んでください」
看護師は軽く会釈をして、病室から出ていった。父と息子だけとなった。ロイエールは父のそばへ寄る。
「お前に……」
苦しそうに息をしながら、父は言葉を続ける。
「……話しておきたい……ことが……ある」
「はい」
ロイエールが身を引き締めると、父は天井をまっすぐ見つめ、遠い目をした。
「チュクエ・ダガ戦争で……私と最高司令官が向かった……戦地は……」
父はつばを一度飲み込み、
「……比較的、安全な場所だと言われ……赴いたが……一番の激戦区だった……」
「っ!」
ロイエールは驚き、息をつまらせた。
「……ギセンガンが……私たちを送ったのだ……激戦区と知りながら……」
「誠ですか!?」
ロイエールは信じがたい気持ちと怒りの気持ちが入り混じっていた。
「……あの男は地位を欲したのだ」
父はそこまで言って、ロイエールに顔を向けた。滅多に顔色を変えない父であったが、そこには悔しさがにじみ出ていた。
「ロイエール……このことを……陛下……いや、殿下に伝えて欲しい。あの方なら……なんとかしてくださるはずだ。……頼んだぞ」
父はそこまで言うと、何年も言えなかった事実を、やっと伝えられた安堵から、また眠りについた。ロイエールは両手をきつく握りしめていた。
父と前最高司令官に、ギセンガンが罠を仕掛け、殺そうとしたことも許せなかったが、もっと許せなかったのは、そのあとのギセンガンの指揮だ。カンラ使用を陛下に持ちかけ、数々の戦争で、敵国の人々を殺し、多くの罪のない平民の命が奪われた。人々は恐怖と悲しみの渦に飲み込まれ、未だカンラム病で苦しんでいる人々も多い。カンラの乱用で、前惑星は爆発し、粉々に砕け散った
ギセンガンを。
あの男を。
ロイエールは許しておけなかった。廊下を足早に歩いてゆく。途中、何人かの看護師に頭を下げられたが、彼はそれに構っていられなかった。真っ直ぐ前を向き、出口へと急ぐ。はらわたが煮げくりかえるとは、まさしくこのことだった。怒りに駆られたロイエールは、ただただヤシュの部屋を目指した。
★ ★ ★
ヤシュの部屋にロイエールとイサナが訪れていた。ユライは連絡してみたが、研究に夢中らしく、携帯の電源は切られていた。それぞれ定位置に座り、ロイエールの父の話を聞いた、ヤシュとイサナはしばらく黙っていた。やがて、イサナが沈黙を破った。
「やはり、そうでしたか〜」
ロイエールは怪訝そうな顔で、
「やはりとは、どういうことだ?」
イサナは天使の笑みで、
「先ほど、軍の機密データにアクセスし、ギセンガンについて調べたんです〜」
ヤシュが話を引き継ぐ。
「前最高司令官の部隊が向かったA地区は激戦区であった」
「…………」
ロイエールは手をワナワナ震わせて、固く目を閉じた。暗くなった視界に、地位と欲望に駆られた、ギセンガンの後ろ姿が浮かんだ。
「援軍が危ないかもしれませんね〜」
ロイエールの耳に、イサナののんきな声が聞こえてきた。ちょうどその時、ロイエールの無線機から、突然声が聞こえてきた。
「A九七惑星から、報告!!」
ずいぶん、切羽詰まった声だ。ヤシュ、イサナ、ロイエールは無線に神経を研ぎ澄ました。
「正体不明の生物に、突如、襲われ、私一人が生き残り……うわぁぁぁっっっ!!」
断末魔が部屋中に響き渡った。無線はそれきりで。それは、全員死亡を意味していた。
三人は互いに視線を交わした。危惧していたことが、現実となってしまった。焦燥感の中で、ノックもなしに突然、ドアが開いた。珍しく慌てた様子で、ユライがPCを抱えて入ってきた。座らないうちに、
「ヤシュ、アンダ関数とガスタガ数式からーー」
また、専門用語を乱発し始めたユライに、
「結論だけ話せ」
ヤシュは注意した。ユライはテーブルに置いたPCを操作し、
「惑星の寿命が縮まっている」
そこまで言って、一呼吸置き、
「もって、あと三年だ」
ロイエールは珍しく驚き、
「何っ!?」
ヤシュは目を閉じ、イサナはニコニコしながら、
「それは困りましたね〜」
ユライはイサナをぎろりと睨みつけ、
「貴様! ことの重大さが分かってーー」
そこで、待ったの声が、
「もめてる場合ではなかろう」
ヤシュは席を立ち、
「陛下に報告しに行く」
ユライはPCをパタンと閉じて、ヤシュとともに部屋から出ていった。
一時間後。緊急会議が開かれた。課題はふたつ。ギセンガンの真意と行方。新しい惑星への早急な移住。
ギセンガンの動向については、集まった人々は驚きを隠せないでいた。それだけ、最高司令官の言動は緻密に成り立っていたのである。ヤシュは一番高い位置に座している皇帝、祖父シュタインの様子をうかがう。
今年御歳七十九歳。白髪混じりの髪が、いっそう白くなったように見えた。シュタインはギセンガンを評価し、絶対の信頼をおいていた。だが、そのギセンガンが自分への反逆の意を示したのだ。落胆するのも無理はない。
ヤシュは議論の続く、会場を見渡し、十年前、カンラが初めて、戦争に使われると知った時、彼は人として、国を治める者として、カンラの使用には断固反対だった。
★ ★ ★
ギセンガンが最高司令官について間もないある日。軍議終了後、ヤシュは赤い絨毯の敷かれた廊下を皇帝の執務室へと急いでいた。立派な扉の前に立つなり、礼節をわきまえる彼だが、珍しくこの時は見張り番の了承も得ず、ドアを乱暴に開けた。つかつかと、シュタインの執務机に近づいた。お付きの者は驚いた顔をしていたが、ヤシュはそんなことに構っている余裕はなかった。
「陛下!」
皇子は机に両手をドンとついた。シュタインは驚いた様子もなく、そばにいた部下に、目だけで下がるよう命令した。ドアがパタンと閉まり、ふたりきりになると、
「何故、カンラを使用されるのですか!」
ヤシュは単刀直入に聞いた。シュタインは万年筆を机へ置いて、
「もう、すでに決定したことだ」
「ですが、しかしーー」
食い下がった皇子に、皇帝は法律を用いる。
「皇子のお前では、決定は覆せぬ」
「っ!!」
正論を言われたヤシュは悔しそうに、強く唇を噛み締め、机から両手を離した。シュタインは皇帝としてではなく、祖父として、優しい瞳で、
「これが……最善の方法なのだ」
十五歳のヤシュにはこれ以上手立てがなく、くるっと背中を向けた。探せばいくらだって、他に方法はあるだろう。だが、皇子の自分ではどうすることもできないのだ。何が、皇室だ。何が、帝国だ。自分の足元がグラグラを歪み、執務室から出ていった。よほどの怒りだったのだろう、そのあとのことは、しばらく記憶にない。
★ ★ ★
ヤシュは焦点の合わない瞳で、
「何故、あの時、止めなーー!!」
その時、下から突き上げるような揺れが、突然、軍議場を襲った。
「うわぁっ!!」
人々は悲鳴を上げ、机の上に突っ伏した。用意されたいた、水の入ったグラスが、ガシャンガシャンと、次々に床へ落ち、砕けてゆく音がする。直下型の地震だと、誰もが分かっていても、動くことができない。頭を腕で守ることで精一杯だった。壁がガラガラ崩れる音が聞こえる。
もう、だめだ。
誰もがそう思った時、揺れは突然治った。静まり返った中、ヤシュはゆっくり頭をもたげた。他の人々も動き始める。腕から血を流している者もいたが、全惑星での経験を活かした、この建物は床も天井も崩れることなく、小さなものが倒れ、壁の一部が壊れただけだった。
「陛下!!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。ヤシュはぱっと振り返り、玉座を仰ぎ見た。
「いや……大事ない」
皇帝は、手や頭に降りかかったほこりを払った。安堵のため息が軍議場を満たした。皇帝は静かに言う。
「早急に新しい惑星を探さなければいかんな」
そして、窓の外を眺め、崩れた建物や地割れを見つけ、
「救護へ向かえ」
「はっ!」
全員、すくっと立ち上がり、敬礼して、会議場から慌ただしく出ていった。皇帝は玉座の肘掛けにもたれ、遠い目をしていた。
軍議場から出てきたヤシュのそばに、いつものようにすぐイサナは寄ってきた。ロイエールは救護へ、ユライは地震の解析でいない。ところどころに落ちている、ガラスの破片を避けながら、ふたりは歩いてゆく。
バタバタと、軍服姿の男たちが、横を走り抜けてゆく。軍人たちの無線からは、けが人や救護要請、立ち入り禁止区間の報告がひっきりなしだ。ヤシュはそれらを聞きながら、一歩、後ろを歩くイサナにだけ聞こえるよう、
「あの夢の通りになってしまった……」
イサナはいつも通り、ニコニコしながら、
「そうですね〜。神からのお告げだったのかもしれませんね〜」
ヤシュはまっすぐ前を向いたまま、十年前のある晩見た夢を回想し始めた。
★ ★ ★
満点の星空。
赤と紫のふたつの月。
目の前には古代遺跡。
それを覆うように、木々が生い茂っている。
自分の両脇には、まるで遺跡へ導くように生えている、光る花々。
遺跡の前には、後光の差している人物。
白いフード付きのマントを着て。
顔は見えない。
そして、その人物が言うのだ。
『三年後、今の惑星に住むことはできなくなり、移住を余儀なくされる。新しい惑星は二ヶ月ほどで見つかるが、定住することはできない。災はまだくすぶっており、これを放置すれば、さらに多くの者が死を迎えるであろう』
★ ★ ★
その時、余震が起こり、ヤシュとイサナは体勢を崩しそうになった。
「……っ!!」
その場にいた軍人たちは、
「うわっ!」
驚き声を上げ、動けないまま、揺れが治まるのを待った。しばらくすると、揺れはなくなり、近くにいた軍人が、
「殿下! お怪我はございませんか?」
声をかけてきたが、ヤシュは怪我などしておらず、窓の外を見て、
「私のことより、街の者を優先しろ」
その声が、ヤシュにしては珍しく怒っていた。全く怪我を負っていない自分を心配する暇があるのなら、少しでも早く多くの困っている人を助けにいくべきだという考えの皇子だった。
誰もいなくなった廊下で、ヤシュはイサナに、
「ただの夢だと思っていたが……」
腹心はのう天気に言葉を付け足す。
「予言だったようですね〜」
ヤシュは目を閉じ、
「十年前に見た夢だと言うのに、今だに、あの言葉は一字一句、間違えずに覚えている」
あの頃よりずいぶん成長した、ヤシュの背中を、イサナは見つめながら、
「災とは、何を指しているのでしょうね〜?」
ヤシュは少しだけ振り返り、くすりと笑った。
「相変わらず、お前の記憶力の良さには驚かされる」
「私を褒めても、何も出ませんよ〜」
イサナがおどけて見せると、ふたりは少しだけ不安が取れ、ヤシュの部屋を目指して、歩いていった。




