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ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
12/15

ソティラス+1

 マディス学園近くにある、ステマ遺跡から、北へ。五十キロほど行ったところにあるエナ遺跡に、ヤシュたちの軍は進軍していた。オルタカたちの潜伏先は、ユライに頼らなくても、簡単に判明した。ギセンガン戦で逃走した兵たちを追跡。容易たやすいことだった。


 学園の近くとは違い、ここは気温の低い地域。あたり一面、薄っすらと雪で覆われていた。月明かりに、吐く息が白く踊る。ヤシュは虚無感を覚え、


「これから、この地が血で赤く染まるのか……」


 ひとりつぶやいた。この美しい雪原が戦いという、人の勝手な都合で、汚されていいはずはなかった。


 軍はカンラの防御服を着て、武器を各々持ち、静かに整列していた。そんなシリアスな兵たちの前で、ユライがイサナに鋭い眼光を向け、


「貴様、今回は嘘をついていないだろうな?」


 ヤシュを守るため、すぐそばに控えていたロイエールも、


「俺も同じことを聞きたい」


 ふたりの視線など、どこ吹く風といったように、


「うふふふ……」


 イサナはいつものように、意味深に微笑み、


「先ほど説明した通り、オルタカの力が暴走しないという想定内の中では、一番勝機のある作戦ですよ」


 ユライとロイエールの言葉が重なる。


「暴走した時は?」


 イサナはふたつの月を見上げ、のんきに、


「全員、死ぬでしょうね〜」


 ユライとロイエールの怒りは一気に爆発!!


「貴様!!」

「お前!!」


 そこへ、ヤシュの威厳ある、鶴の一声が、


「ふたりとも、他に手立てがあるのか?」


 皇帝からの質問に、


「…………」


 作戦下手なユライとロイエールは口をつぐんだ。軽く嘆息し、それぞれの持ち場へ戻っていく。このやり取りに、ツッコミを入れたり、何か口にするだろうと思われたアルフやソティラスたちは、不思議なことに姿が見えなかった。


  ★ ★ ★


 待つこと一時間。オルタカが遺跡からやっと出てきた。堂々たる面持ちで、頭には教皇である証の王冠をいただき、赤いマントを羽織り、高貴と威厳を意味する、紫のローブをまとっていた。自分たちよりも、はるかに数の少ないヤシュ軍を見て、オルタカはバカにしたように笑い、


「皇帝自らお出ましとは、そんなに死にたいのか。それとも、降参しに参ったのか?」


 ヤシュは切れ長な瞳で、オルタカを見据え、


「死にも、降参もしない。戦いに来ただけだ」

「ふっ」


 オルタカは鼻で笑って、右手をさっと上げ、


「撃て!」


 冷ややかな声で、兵に命令を下した。静寂は銃声という喧騒に取って代わった。何の抵抗もしない、ヤシュたちをあざ笑うオルタカ。


「死ね! そして、しかばねとなり、私の前にひれ伏すがいい!!」


 真っ先にヤシュの元へ弾丸が向かってきた。いつもなら、ロイエールが身をて呈して守るのだが、身動きひとつしなかった。


 しばらくして、銃声は止んだ。攻撃に夢中だったオルタカ軍勢は、信じられない光景を目の当たりにした。ヤシュ軍は誰一人倒れていないどころか、まったくの無傷であった。


 オルタカ軍に動揺が走る。まさか、非科学的なセフィスに、自分たちをはるかに上回る高度文明が、地底に存在しているとは知る由もなかった。


 ヤシュ軍の反撃が始まる。皇帝が右手をあげると同時に、軍全員が構えた。これほど、統制のとれた軍は滅多にないだろう。ヤシュが手を下ろすと、銃声が鳴り響いた。


  ★ ★ ★


 その頃。ヤシュ軍の後方で、岩陰に隠れていたアルフは、戦況を見ようと顔をそうっと出して、


「おっ! シールドが役に立ってるみてえだぞ!!」


 どうやら、ヤシュたちの重装備は作戦だったようだ。敵に自分たちと同じ防御力だと思い込ませて、油断させ、そこを銃撃戦で倒すらしい。


 アルフたちには別の出番があり、まだ見つからないように隠れている作戦。そのため、顔を出しているアルフはもちろん、マジョルカに叱られる。


「ちょっと、見つかるわよ」


 腕を引っ張られたアルフは、再び岩陰へ。


「あぁ? どうなってんのか気になんだろ」


 同じく隠れていたギャラクシムがからかい気味に、


「痴話げんかすんなよ」

「なっ!」

「あ……」


 アルフとマジョルカは頬を赤らめ、急におとなしくなった。その様子を見ていた、的たちソティラスは思わず、声が漏れないよう笑った。


 ★ ★ ★


 再び、最前線。イサナの元へ兵の一人が走ってきた。何やら報告しているようだ。それを聞いた、ニコニコ天使の参謀は、


「やはり、そうでしたか〜」


 戦場には似つかわしくない、のらりくらりとした声が響いた。ヤシュ、ロイエール、ユライはイサナを見て、互いに視線だけで、意思の疎通を図った。ヤシュは天を仰ぎ見、的たちの無事を祈る。


  ★ ★ ★


 また、後方。


 ピシュンッ!


 弾丸がシールドにぶつかる音がした。敵ははるか前方、弾丸が飛んでくる距離ではない、どうしたことか。クリティアが美しい笑みを浮かべ、


「どうやら、イサナの読みは当たったようだね」


 ソティラスたちとアルフは立ち上がり、ヤシュ軍に背を向け、球の飛んで来た方ーー背後へ、挑むように振り返った。


 イサナの読みとはこうだ。オルタカが遺跡から出てくるまでに、一時間はかかる。そうなると、いくつかの隊を別働隊として、ヤシュたちの後方へ回すだけの時間の余裕はある。そして、ヤシュたちを後方から狙い、部隊を混乱させ、倒す狙いだったようだ。


 その別働隊が、アルフたちとソティラスたちを狙ったのだ。


「いよいよ、オレたちの出番だな、へっへー!!」


 アルフは得意げに笑った。


「後ろにいて」


 的はぶっきらぼうに言って、アルフの前に立ちはだかった。アルフは的の肩に手を置いて、


「いやいや、オレも参戦するって」

「弱い」

「いや、だからーー」


 もめ始めた的とアルフに、


「何やってんだ!!」


 ギャラクシムがふたりの頭をぽかぽかと殴った。


いてっ!!」

「っ!!」


 顔を歪めた二人に、


「とにかく、マジョルカは絶対守れ」


 頭をさすりながら、的とアルフは黙ってうなずいた。この中で、マジョルカは唯一戦うことができない。だが、オルタカのカンラの計測をするため、戦場にきていた。ギャラクシムが指揮を執る。


「攻撃三人、防御四人、他はいつも通りだ」


 全員、うなずいたのを見て、


「行くぜ!!」


 ギル、アサシが防御魔法を唱える。


「我 ディケオシニ」

「我 アルヒ」


 そこへ、今回初めて参戦する、クピルとマサガガが防御に加わる。四人の声で一斉に、


「デオス プロセフホメ スフェラ エピセシー!!」


 巨大な魔法陣が天と地、そして、ソティラスたちとアルフたちを守るように現れた。オルタカのカンラがいつ暴走するかわからない、そうなれば、シールドも役に立たなくなるかもしれない。念には念をだ。次いで、召喚魔法のミザリオとクリティアが、


「我  エフティヒア 」

「我 オモルフォ 」

「エイサリファ デオス プロセフホメ アゲロス エピセシー!!」


 敵を左右から挟むように、力強く巨大な天使が二体現れた。聖なる光の矢を空へ向かって、同時に放った。次の瞬間、光が降り注ぎ、敵の三分の二を、あっという間に倒した。すぐさま、攻撃魔法が唱えられる。的とアルフの声が重なる。


「我 グノシー」

「我 グノスィ」


 的はアルフをチラッと見て、なぜ自分と同じなんだと、まだ納得がいかず、カチンときた。


「集中しよう」


 イグジは的に言って、自分も唱え始める。


「我 スリアンヴォス」


 そして、三人の言葉が重なる。


「デオス プロセフホメ オプロ エピセシー!!」


 武器を意味する、『オプロ』を唱え、それぞれの手に光るそれが現れた。


 的には槍。

 アルフに弓矢。

 イグジには剣。


 三人は構え、攻撃が始まる。槍は的の手から、次々と投げられ、アルフは弦を思いっきり引き、矢を放ってゆく。イグジは剣をブーメランのようにして投げ、敵は光と化し、次々と倒れていった。ほんの二、三分で、別働隊は全滅し、セフィスの風に吹かれ、消え去った。


「楽勝だな」


 ギャラクシムが調子に乗ると、


「まだ、潜んでるかもしれないでしょ!」


 アステルダムがハンマーを魔法で出し、ギャラクシムの頭を叩いた。


「だから、いつもーー」


 そこで、マジョルカの悲鳴に似た声が、


「ダメ! シールドでは対応できない!!」


 彼女のマゼンダ色の瞳は、空中に浮かぶコンピュータ画面のメーターに向けられていた。


  ★ ★ ★


 時間は少し戻って、オルタカは自分以外の部下が、全員、ヤシュ軍に倒されたことに怒り心頭。大きな声で叫び始めた。


「何故、いつもこうなんだ!! 父も母も妹もみんな、カンラで死んだ!! 友達も恋人もだ!! 俺一人が生き残った。この力は神が授けてくれたのだと信じて、今日まで生きてきた。それなのに……」


 悔しそうに、手からカンラを放つが、シールドに守られたヤシュたちには届かない。皇帝、ヤシュが静かに告げる。


「救うだけでよかったのではないか?」


 彼の言う通り、人々を救うだけで、十分幸せな人生を歩めただろう。だが、ヤシュの言葉はオルタカの心に届かず、


「うおぉぉぉっっ!!!!」


 唸り声を上げた。地面がゴーッと鳴り響き、遺跡が揺れ始める。ロイエールはあたりを見渡し、


「地震か?」


 イサナはオルタカを見据えたまま、


「違うようですよ」


 彼の視線の先に、ロイエールは顔を向けた。オルタカの体内から、光が四方八方へ放たれ、光に包まれたかと思うと、声が人間のものとは思えないものに変わった。


「あぁぁぁぁっっっ!!!!」


 光が消え、そこに現れたのは、紫のウロコで全身を包み込まれた怪物だった。カンラが暴走し、何らかの要因で、覚醒してしまったのだ。目が蛇のように鋭く、黄色い。服はちぎれ、地面に散らばっていた。手には水かきが。人とは、もう呼べなくなっていた。高音と低音の混じった声で、オルタカは、


「死ね!!」


 右手を前へかざしーーヤシュ軍に向かって、カンラを放った。兵士たちは怪物になった、オルタカに動揺する暇もなく、


「ゲホッ!!」

「グフッ!!」


 血を吐いて、次々と倒れた始めた。シールドが破られたのだ。予測しない事態が起きた。あっという間に、兵は倒れ、気がつけば、ヤシュ、ロイエール、ユライ、イサナだけになっていた。オルタカは見通しのよくなった戦場の後方に、ソティラスたちがいるのを見つけ、怒り狂い始めた。


「うおぉぉっっ!! 何故、何故、生きている!!」

「マジョルカ!」


 アルフは彼女にカンラの計測を頼んだが、


「上限を超えているわっ!!」


 ギャラクシムは真剣な面持ちで、


「ギル、アサシはヤシュたちを守れ」


 名を呼ばれたふたりは素早く詠唱する。彼らはあれから、密かに修行していたのだ。カンラに通用する防御魔法を。その成果を試す時が来た。


「我 ディケオニシ」

「我 アヒル」

「デオス プロセフホメ アミナ!」


 危機一髪、ヤシュたちの周りに魔法陣が現れ、オルタカの攻撃を跳ね返した。ギャラクシムは次なる指示を出す。


「よし、ヤシュたちの前に出るぞ!!」


 それを合図に、ソティラスたちとアルフは全力で走った。ずらっと並んだ、ソティラス+1たちの背中を見つめ、皇帝ヤシュはため息交じりで、


「我々の出番は終わった」

「そのようですね〜」


 腹心のイサナが少し微笑み、


「かといって……」


 ロイエールの言葉のあとを、ユライが引き継ぐ。


「ただ、見ているわけにはいかない」


 皇帝として、ヤシュは命を下す。


「生きている者を一人でも多く収容しろ!」

「御意」


 マッカロニー人たちは、的確に動き始めた。シャータとジュランも治癒魔法を使い、彼らに続いた。それを見つけた怪物、オルタカは、


「そうはさせぬ!」


 ヤシュたちに向かって、カンラを放とうとしていた。それを、クピルとマサガガは見逃さなかった。瞬時に防御魔法を唱え、ヤシュ軍全体に魔法陣がかかる。オルタカの放った光は、弾き飛ばされた。こうして、自由に動けるのは、


 攻撃の的、アルフ、イグジ。

 召喚のミザリオ、クリティア。

 補助のギャラクシムと、アステルダム 。


 のみとなった。盾なしの攻撃は危険すぎる。天使のようなクリティアが数字得意のミザリオに、


「オルタカの力が、これ以上暴走しないようにする、天使を召喚しよう」

「わかった」


 ふたりはうなずき合い、呪文を唱え始めた。


「我 オモルフォ 」

「我 エフティヒア 」

「デオス プロセフホメ アゲロス クソルキ ー」


 ここで、オルタカの両脇の地面に光る魔法陣が現れ、


「アミナ!!」


 そこから、巨大な天使が二体、具現化した。翼を大きく広げ、オルタカを囲むようになった。オルタカは唸り声を上げ、


「神に刃向かうとはっ!!」


 恐れ多くも、神の使いである天使に向かって、オルタカはカンラを放った。だが、天使二体はいとも簡単に、カンラの力を吸収し、浄化してしまった。マジョルカはコンピュータを作動させたまま、ソティラスたちの元へ走り込んで来た。


「下がって来てるわ」


 宙に浮かぶ画面の、棒グラフがみるみる下がってゆく。オルタカの視線が不意に、マジョルカへ向けられた。


「危ない!」


 的は叫んだが、攻撃担当の彼が守れるわけもなく、ギャラクシムが、


「アステルダム!!」

「我 ステマ デオス プロセフホメ アミナ!」


 補助魔法の使い手、アステルダムは防御の呪文を唱え、オルタカの放った光は、危機一髪、弾き飛ばされた。


「マジョルカ!」


 アルフはオルタカに背を向けそうになり、ギャラクシムに叱られる。


「敵に背を向けるな! アステルダムが守ってる、安心しろ」

「お、おう……」

「それで、俺たちの防御は?」


 イグジが心配そうな顔で、ギャラクシムに聞いた。


「この俺だ」


 ギャラクシムは得意げに、自分を指差したが、的とイグジは盛大にため息をつき、


「死んだ……」

「終わった……」


 ギャラクシムは攻撃は得意だが、防御は不得意。彼らは今までの戦いで、それをよく知っていた。アルフは何とか、この場を盛り上げようと、


「何だ? あぁーっと、あれだ!! 前、イグジが言ってた……何とかは防御? ……だろ?」


 話を振られたイグジは、肩を落としながら、


「攻撃は最大の防御ね」

「おう、それだ、それ!」


 アルフがイグジを指差すと、


「デオス プロセフホメ アミナ!」


 ギャラクシムの防御壁が張られ、アルフはニヤリとし、


「よし、行くぜ!! 我 グノスィ デオス プロセフホメ ヴェロス ヴロヒ カタストロフィ!!」


 いつもと違う呪文を唱え、光る矢を雨のように降らせるが、オルタカの右手一振りで、消え去ってしまった。


「あぁっっ!! 効かねえ!」


 やはり、オルタカの覚醒は凄まじかった。アルフは驚き、目を大きく見開いた。その横で、イグジがボソッと、


「俺の技とかぶってる……」


 剣を雨のように振らせるイグジの技と完全にかぶっていた。彼は気を取り直し、敵と対峙する。


「我 スリアンヴォス デオス プロセフホメ スパフィー ヴロヒ カタストロフィ!!」


 いくつもの光る剣が天から、オルタカに降り注いだ。にわか仕込みのアルフとは違って、威力があった。オルタカは光に包まれた。全員がやったと思ったが、後方から、


「まだよ、まだ生きてる!!」


 コンピュータの画面上には、生体反応が表示されていた。マジョルカの叫び声と同時に、光は消え失せ、何のダメージも受けていないオルタカが立っていた。的は一歩前へ出る。


「今度は俺が……。我 グノシー デオス プロセフホメ ロンヒ エピセシー!!」


 槍が機関銃のように、オルタカに集中した。今度こそ誰もがやったと思った。がしかし! 光が消え失せると、またもや、オルタカは無性だった。蛇のような目を釣り上げ、


「人間のくせに、神に逆らうとはっ!!」


 両手を使い、ふたつの光ーーカンラをイグジに向けて、オルタカは放った。


「グフッ!」


 防御魔法で守れられていたはずのイグジが血を吐き、地面にどさっと倒れた。


「イグジっ!!」


 的は叫んだ。人の幸せを願い、みんなのためにと人形や首飾りを作っていた、人想いの優しいイグジが、こんなところでやられるなんて……。


「ギャラクシム!!」


 アルフは怒った顔を彼に向けたが、ギャラクシムの額は汗でびっしょりだった。今の攻撃は、全ての防御壁に向けられたもので、クピル、マサガガ、アステルダム 、ギル、アサシの防御担当は全員、倒れていた。


 的は悔しくて仕方がなかった。自分にこの世界のことと、魔法を教えてくれたクピルとマサガガ。魔法のできない自分を助けようとしてくれたアステルダム 。美味しい魚を食べさせてくれたギル。一緒に草原で風にあったったアサシ。みんなを守れなかった……。


「くそっ!」


 ギャラクシムが吐き捨てるように言った。それと同時に、オルタカは次の一撃を放つ。救護活動をしているヤシュたちと、治癒をしていたシャータ、ジュランに向けて、カンラを放った。


「危ない!」


 的は叫んだが、ヤシュたちも血を吐き、地面にひざまずき、どさっと倒れた。神様に人々の祈りを捧げる、心優しきシャータ。人のことを優先して治療をするジュラン 。自国の問題を何としても止めようと、セフィスへやって来たヤシュたち。優しい人たちがどんどん倒れてゆく……。


 ギャラクシムは双子の姉、アステルダムが気になって、ちらっと目をやった。その隙を、オルタカは見逃さなかった。


「ギャラクシム!!」


 アルフの叫び声と、


「危ないっ!!」


 的の声が聞こえたと思った時には、


「グヘッ!!」


 ギャラクシムは血を吐き、地面に倒れていた。いつも、強気だった彼。彼に助けられながら、的はここまでやって来た。それなのに、それなのに……。的は悔しくて、唇をかみしめた。


 司令塔の彼への攻撃は凄まじく、天使でオルタカを制御していたクリティアとミザリオも吹き飛ばされ、動かなくなっていた。的は視界の端に、彼らを映しながら、ふたりとの思い出をたどる。


 この世界に来て、初めて自分に声をかけてくれたクリティア。必ずカチンとくることを言ってくるが、以外と素直なミザリオ。自分を危険から守ってくれたのに、恩返しができなかった……。


 これで、的とアルフを守る盾はなくなり、共に戦う仲間もいなくなった。的とアルフはマジョルカを守る形で、オルタカと対峙する。


「お前たちも地獄へ、すぐ送ってやる。安心しろ」


 オルタカは両手を前へ出し、カンラを放とうとした。的はオルタカを見つめたまま、アルフに、


「ふたり同時攻撃だ!」

「よし!」

「我 スパシー」「我 スパスィ」

「デオス プロセフホメ」

「ロンヒ 」「ヴェロス」

「エピセシー!!」


 光の槍と矢が、オルタカ目がけて飛んだ。だが、願い虚しく、光が消えると、オルタカはびくともしていなかった。マジョルカが悲痛な様子で、


「また、力が増して来ているわ!!」


 すでに倒れているみんなを見渡し、そして、倒せない目の前のオルタカを見て、的は涙をこぼした、悔しくて、悔しくて。憎しみや恨みで、人を殺して来たオルタカ。そんな彼に、勝てないとは情けない。そう思い、視線を下へ落とそうとすると、アルフが的の肩を叩いた。


「的、最後の手があんだろ?」

「……?」


 アルフの自信に満ちた瞳を、的はじっと見つめ返した。


「さっき言ってた、あれだって」

「あぁ……うん」


 練習場で、アルフが的に、ごにょごにょと何か言っていたことのようだ。一度も練習したことのない技。だが、もうあとがない。このまま何もしないで、死んでいくよりも、せめて、セフィスの人々が生きていけるよう努力しよう。的は心に決めた。


「やろう!」

「おし!」


 ふたりは再び呪文を唱える。


「我 スパシー」「我 スパスィ」

「デオス プロセフホメ スリアンヴォス」

「ロンヒ 」「ヴェロス」

「エピセシー!!」


 的とアルフは同時に、槍と矢を放った。練習はしなかった。がしかし、顔がそっくりなのが原因なのか、呼吸はぴったりで、槍と矢は重なり、大きく頑丈な武器となって、オルタカの心臓に刺さった!


「うぉーーーーーっっ!!!!」


 強烈な唸り声を上げ、光に包まれたかと思うと、イサナが心配していたことが起きてしまった。 オルタカは力を制御できなくなり、自分もろとも、大量のカンラを浴びせ、地面に倒れた。的とアルフ、マジョルカは眩しさに目を伏せると、身体中に痛みを感じ、地面に突っ伏した。


 相討ちだった。


 アルフは最期の時を迎え、声を絞り出し、


「情けねえな……みんなも……自分も守れねえで……っ!」


 彼は目を閉じ、動かなくなった。アルフとはもめたことも多々あったけど、理有と同じくらい気の合う友達だった。もう話すことができないなんて……。


 的は視界の端に映った、砂色の髪を見つけた。衝撃で的の隣に飛ばされて来たマジョルカ。自分の命を懸命に救ってくれた彼女。それなのに、守れなかった……。


 そこで、的は理有の言っていたことーー 一年前の、あの言葉を思い出した。


『宇宙の果てを見つけたって、神様の手のひらの上だって忘れるなよ』


 的は力なく、目の前に広がる雪をつかみ、涙をこぼす。


「理有、今わかったよ……。人は非力だ……。神様に生かされてる……っ!」


 視界が真っ白になり、もたげていた首が力を失った。雪の冷たさを感じる。天文学も神様が人に与えたこと、理有にもう一度会って、伝えたかった。だが、もうすぐ、自分はセフィスの土となる。


 神様、どうか……力をお貸し……ください……。


 的の目は、彼の意思に反して、勝手に閉じてゆく。その時だった。夜しかないセフィスに、太陽の光が降り注いだのは。薄れてゆく意識の中で、的は、


 六十年に一度、太陽神イリョスがセフィスを照らす日。

 そうか……今日は八月三十一日な……んだ……。


 的は完全に意識を失った。戦いに倒れた彼らに、暖かな光が降り注いだ。

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