最も恐ろしい作戦
回復した的に、さっそく魔法を見せようと、アルフたちはマディス学園の練習場へ来ていた。得意げに、呪文を唱えようとして、
「我 グノスィーー」
「ちょっと、待って」
的の不機嫌な声が遮った。アルフは集中力を解いて、
「あぁ?」
不思議そうな顔を向けた。的はイラついている様子で、
「何で、俺と一緒?」
「あぁ? 一緒じゃねえって」
「同じ、グノシーだ!」
「違えって!」
アルフと的はもめ始めた。彼らのケンカの原因は、神の加護が最大限に受けられる、名乗っていいと神託を受けた名前。それが、同じ『知識』を意味するものなのだ。元々、使っていた的は、あとから来たアルフに使われて、カチンと来ていた。だが、アルフは真面目な顔で、
「だから、グノスィだって。的のは、グノシーだろ?」
「え……?」
的は意味が理解できなくて、一瞬固まった。アルフは的確に指摘する。
「発音、違えって」
「ん?」
「オレのは、グノスィー。的のは、グノシー」
「グノス……」
アルフに倣って、言ってみようとするが、日本人の的には難しかった。そのため、子音が擦れる音だけが鳴り響く。
「違えんだって。『知識』と『隠れた知識』のふたつがあんだって」
「…………」
言えないし、習ったことないし。不満だらけだったが、セフィス人のアルフが言うなら、従うしかなかった。納得のいかない的を置いて、アルフは気合いを入れて、呪文を唱えた。
「我 グノスィ デオス プロセフホメ トクス エピセシー!」
トゲトゲ頭の少年の手に、突如光る弓矢が現れた。彼はそれを慣れた感じでつかみ、弦を大きく後ろへ引いて、最大限のところで、ぱっと離した。シュッと音を立て、光る矢は遠くへ飛んでいき、ドカーンッ! と防御壁にぶつかった。
「ほらな」
アルフの得意げな声が、練習場にこだました。隣で見ていた的は、口のへの字に曲げ、
「威力なさすぎだ」
ソティラスたちに混じって、数々の戦いをかいくぐって来た的からすれば、たとえ、神の加護を最大限に受けていても、実践の少ないアルフの攻撃は劣るのだ。的に門前払いされそうなアルフは、めげずに、
「いやいや、それでも戦力にはなんだろ?」
「足手まとい」
「だから、ならねえようにするって!!」
「それでもーー」
的がさらに文句をつけようとすると、ロイエールが足早に入って来た。
「お前たち、作戦会議だ」
アルフと的は視線を交わし、ロイエールとともに練習場を出ていった。
★ ★ ★
学園内の一番広い教室。
ソティラスたち、マサガガとクピル、アルフとマジョルカ、ヤシュたち、彼の部下、隊長数名が集まっていた。敵の詳細を話し合っていると、突然、アルフの声が響いた。
「そのオルタカってやつ、どんくらいもつんだ?」
今までに、把握できないほどカンラを体内に取り込んで来たオルタカ。いくら突然変異をはいえ、やはり体は蝕まれていた。そのため、動くこともままならず、敵は完全に足止め状態。
「いつ、カンラを制御できなくなっても、おかしくない」
PCオタクのユライが応えた。動けるようになるもの、いつだか予測がつかないのだ。しかも、暴走する危険性がある。
「あぁっ!?」
アルフは椅子から立ち上がって、
「って、今すぐ、仕掛けねえと!」
今にも教室を飛び出しそうなアルフ少年に、
「待て」
ロイエールの重たい声がのしかかった。
「おう?」
「座って、アルフ」
マジョルカに腕を引っ張られ、アルフは座り直した。
「さっきも話したが、敵の数はこちらの三倍近く。まともに当たっては、勝ち目はない」
ロイエールの説明に、アルフは食ってかかる。
「けどよ、時間もねえんだろ?」
「…………」
それっきり、全員黙ってしまった。
この惑星を、自分たちもろとも、数千名の命を、一瞬にして奪う。恐ろしい人間兵器が、敵の大将だ。だからといって、放っておくだけの時間の余裕もない。何か手を打たなければ……。そう考えるが、なかなかいい案が浮かばない。みんなが真剣に考える中、一人ニコニコしている人物がいた。ヤシュは、その人の名を口にする。
「イサナ、お前、いい案があるのであろう?」
「おや? バレてしまいましたか〜」
おどけて見せたイサナ。ロイエールとユライは必死に止める。
「そいつに聞くな」
「どうして、ダメなの?」
クピルは不思議そうな顔をした。ユライとロイエールは同時に、
「負ける可能性が高いものを選ぶからだ!!」
「えぇっっっ!!!!」
セフィス人たちの驚き声が、学園中にこだました。なぜ、失敗することをわざと選んでくるのか、まったく理解不能である。そんな恐ろしい策略家は、天使の笑みで、
「うふふふ、今回はそんなことはしませんよ〜」
「はぁー……」
この場にいた全員が、盛大なため息をつく中、ヤシュだけは少し笑い、
「話してみろ」
イサナの最も恐ろしい作戦が披露され始めた。
★ ★ ★
再び、練習場。
納得しない的を前にして、アルフは何度も光る矢を放っていた。彼のセンスは良く、矢を射るたびに、威力は増していったが、やはり、ソティラスのメンバーにはとても追いつかない。的は冷たく、
「連れて行かない」
アルフは元気をなくして、
「んー、けどよ、戦力は多いほうがーー!!」
神の助けか、野生の勘か、何かひらめいた。
「的、いいこと思いついたぞ!!」
「え……?」
誰もいないのに、何故か、アルフは的の耳元で、ごにょごにょと、
「…………」
全部聞き終えた的は、
「えぇっっっ!!!!」
珍しく驚き声が、練習場にこだました。
「それならいいだろ?」
「そんな、突然ーー」
的が反論しようとすると、ロイエールの低い声が響いた。
「時間だ、行くぞ」
的とアルフは真剣な眼差しになり、最後の決戦に向けて、ふたりは歩き出した。




