呼びかける声
マディス学園では、ソティラス第一班が意識を取り戻していた。だが、的だけは以前目を覚まさず、心拍数も乱れており、予断を許さない状態。彼だけは、アルフたちが持ってきたシールドで隔離され、その周りには、ソティラス、アルフたち、ヤシュたちなどが顔を揃えていた。
ギャラクシムが目をさましてから、だいぶ経っているのに、アステルダムはまだボロボロと嬉し泣きをしていた。
「よかった……本当に良かった」
姉に抱きつかれながらギャラクシムは、まだ目を覚まさない的をじっと見つめていた。やがて、彼は口を開いた。
「的にも……」
「え……?」
アステルダムの涙が不意に止まった。
「的にも家族や友達もいるだろうに……」
ギャラクシムは悔しさで顔を歪めながら、言葉を続ける。
「……こんな遠く離れた惑星で死ぬーー」
「まだ、死ぬって決まってないわよ!!」
アステルダムのツッコミと共に、ギャラクシムの頭はハンマーでガツンと殴られた。ネガティブになっていた自分に気づき、
「病み上がりだって!!」
いつも通りに戻って、文句を言った。ミザリオは涙目になりながら、
「的くんのおかげで、ぼくは呪文を間違えなくなったんだ」
そこで、治癒力の高い天使を召喚。
「我 エフティヒア デオス プロセフホメ アゲロス クソルキ アナクフィシー」
魔法陣がすうっと現れ、優しい笑みの天使が光と共に召喚された。翼を広げたかと思うと、的を優しく包み込んだ。心拍数が安定し始めるが、時々、止まりそうになるのは相変わらずだった。
シャータは空を仰ぎ見、
「神よ、どうか、この者を救いたまえ」
祈りを捧げ、呪文を唱える。
「我 エレオス アナクフィシー」
赤と紫の光が的の中に溶け込んでいった。神の光だ。何もできないでいる、防御のギルは悔しそうに、
「自分の魔法が強ければ、こんなことにーー」
ギルの右肩に手が置かれた。振り向くと、真剣な眼差しをしたアルフがいた。
「敵はカンラを使いやがったんだ。知らねえもん、防御すんのは無理だろ」
アルフに励まされて、ギルはぎこちなく微笑む。
「そう……だね」
カンラ。名前も存在も、セフィスの地上地たちは誰も知らなかった。自分たちが倒れた原因の説明をつけても、最初は、ちんぷんかんぷんだったくらい。ギルの魔法がどんなに優れていても、得体の知れないモノから、身を守るのは困難。クピルが不意に言った。
「クリティア、ジュラン 、アステルダムは、疲れているでしょうから、やすみなさい」
第二班の彼らは、第一班の治療のため、魔力を使いすぎ、今は疲労困憊だ。それでも、彼らは
「いや、まだーー」
目をつぶったままの的を治そうとして食い下がる。マサガガが珍しく、頼もしい声で、
「まだ、戦いは終わっていない、力は残しておくように」
「……はい」
クリティアたちは魔力を使うのをやめ、教室からフラフラと出ていった。ギャラクシムは的を気遣いながら、
「的が目を覚ます前に、敵が攻めてきたら、俺が代わりに攻撃に回る」
「その時は、私たちが補助に回るわ」
クピルとマサガガ、教師ふたりは力強くうなずいた。
★ ★ ★
一方、的本人は夢を見ていた。
暗闇。
自分の輪郭さえ、溶け込んでしまうほどの闇。
歩いている。
どこへ行くのか、どこへ向かって行くのか、わからないが、自然と足が動いている。
しばらくすると、微かな光が現れた。
そっちへ行くのだとわかる。
だが、行ってはいけないと心が警告している。
しかし、歩みは止まらない。
暗闇から星空へ、景色がすうっと変わった。
水の流れる音が耳に届く。
いつの間にか、川が目の前に流れていた。
的は思う。
三途の川だと。
これを渡れば、もう二度と、家族にも、友人にも会えなくなる。
わかっているのに、歩みが止まらない。
行きたくない。
渡りたくない。
涙がこぼれてくる。
ソティラスたちみんなが、そして、一年近く会っていない、親友の理有が頭に浮かぶ。
的の右足はとうとう、川の中へ。
感覚はなかった。
自分は死ぬんだ、そう思った。
今度は左足が川へ入る。
涙がぽたぽたと川面に落ちてゆく。
そうやって、川の向こう岸へ、少しずつ近づいてゆく。
ソティラスのみんなと戦わなくては。
理有と仲直りしなくては。
後悔が胸を締め付ける。
あと一歩、踏み出せば、もう現世には戻れない。
右足が引き上げられ、地面を踏もうとした時、
「……的!」
突然、声がした。
歩みは止まり、うつむいていた的は、顔を上げた。
すると、そこには、いつも見ていた風景が広がっていた。
満天の星。
赤と紫の月。
生い茂る木々。
導くように並ぶ灯草。
的が、この一年近く見てきた風景。
だが、ひとつだけ違うことが。
遺跡の入り口に、白いフード付きのローブを着た人物が。
顔はよく見えない。
「……的」
この声は知ってる。
的の涙はピタッと止まった。
忘れもしない。
いや、忘れるもんか!
「……理有!!」
叫んだ瞬間、的は真っ白な光に包まれた。
★ ★ ★
的の心拍数はゼロになったまま、四分が経過していた。アルフは必死に、
「的!! ……的!! ……目ぇ覚ませって!!」
的の肩を揺すって、こちらの世界に呼び戻そうとしていた。シャータとアステルダムはふたり寄り添って、大粒の涙をこぼし、ギャラクシム、イグジ、ギルは悔しそうに唇を噛み締めていた。ミザリオ、クリティア、ジュラン 、アサシは肩を落とし、無言のまま的を見つめている。クピルはマサガガの腕の中で、泣くのを必死にこらえている。マジョルカは懸命に的を蘇生させようとしていた。そこへ、アルフの叫び声が、
「的、死ぬなって!! 地球に帰んだろ? ダチと仲直りするって言ってたじゃねえか!」
アルフの目から一粒の涙が、的の頬へ落ちた。その時、もう絶望的だと思っていた心拍数が動き始めた。奇跡だった。これを奇跡と言わずして、何と言おうか。
的はすっと目を開けた。まるで、夢から覚めたように。
「……的っっっ!!!!」
アルフはぐしゃぐしゃになった顔で、一命をとりとめた的を出迎えた。酸素マスクをしている的は、聞き取りづらい声で、
「……肩、痛い」
第一声は、アルフへの文句だった。
「……あぁ?」
アルフは我に返り、的の意識が戻ったことを知る。他の人たちもほっとするやら、泣けるやらで、しばらく、落ち着かない時が過ぎた。
眠っていた間に起きたことを、的は全て聞かされた。オルタカ自身がカンラを体内に持っていることも、ヤシュたちが何者かも、そして、ギセンガンの死も。まだ、戦いが終わっていないことも。
最後に、アルフは自信満々で、
「オレも、攻撃に加わるからよ」
「え……?」
的は何かの聞き間違いかと思った。平和で、学術中心のエガタで育ってきたアルフが、戦いに赴くなどあり得ない。人差し指で、鼻の横をさすりつつ、アルフは得意げに、
「魔法、使えるようになったんだって」
「えぇっっっ!!!!」
的はびっくりして、飛び上がったが、すぐさま、
「痛っ!」
身体中が軋み、マジョルカに叱られた。
「まだ、起き上がってはダメよ。さっきまで、生死を彷徨っていたんだから」
布団をかけ直された的は、
「あ……あぁ……!」
苦痛に顔を歪めつつ、アルフに疑いの眼差しを向けた。それを受けたアルフは、
「弓矢で敵やっつけたんだって」
「嘘」
「マジだって!!」
「…………」
的はアルフに穴が開くほど、凝視して一言。
「見るまで信じない」
「あぁっ!!」
頑なな的の態度に、アルフはびっくりして飛び上がった。
「いやいや、マジだって。なぁ? コウテイ」
話を振られたヤシュは、くすくす笑いながら、
「ひとまず、休んだほうがいい」
言われると、的はすぐにまた眠りに落ちた。




