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ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
10/15

呼びかける声

 マディス学園では、ソティラス第一班が意識を取り戻していた。だが、的だけは以前目を覚まさず、心拍数も乱れており、予断を許さない状態。彼だけは、アルフたちが持ってきたシールドで隔離され、その周りには、ソティラス、アルフたち、ヤシュたちなどが顔を揃えていた。


 ギャラクシムが目をさましてから、だいぶ経っているのに、アステルダムはまだボロボロと嬉し泣きをしていた。


「よかった……本当に良かった」


 姉に抱きつかれながらギャラクシムは、まだ目を覚まさない的をじっと見つめていた。やがて、彼は口を開いた。


「的にも……」

「え……?」


 アステルダムの涙が不意に止まった。


「的にも家族や友達もいるだろうに……」


 ギャラクシムは悔しさで顔を歪めながら、言葉を続ける。


「……こんな遠く離れた惑星で死ぬーー」

「まだ、死ぬって決まってないわよ!!」


 アステルダムのツッコミと共に、ギャラクシムの頭はハンマーでガツンと殴られた。ネガティブになっていた自分に気づき、


「病み上がりだって!!」


 いつも通りに戻って、文句を言った。ミザリオは涙目になりながら、


「的くんのおかげで、ぼくは呪文を間違えなくなったんだ」


 そこで、治癒力の高い天使を召喚。


「我 エフティヒア デオス プロセフホメ アゲロス クソルキ アナクフィシー」


 魔法陣がすうっと現れ、優しい笑みの天使が光と共に召喚された。翼を広げたかと思うと、的を優しく包み込んだ。心拍数が安定し始めるが、時々、止まりそうになるのは相変わらずだった。


 シャータは空を仰ぎ見、


「神よ、どうか、この者を救いたまえ」


 祈りを捧げ、呪文を唱える。


「我 エレオス アナクフィシー」


 赤と紫の光が的の中に溶け込んでいった。神の光だ。何もできないでいる、防御のギルは悔しそうに、


「自分の魔法が強ければ、こんなことにーー」


 ギルの右肩に手が置かれた。振り向くと、真剣な眼差しをしたアルフがいた。


「敵はカンラを使いやがったんだ。知らねえもん、防御すんのは無理だろ」


 アルフに励まされて、ギルはぎこちなく微笑む。


「そう……だね」


 カンラ。名前も存在も、セフィスの地上地たちは誰も知らなかった。自分たちが倒れた原因の説明をつけても、最初は、ちんぷんかんぷんだったくらい。ギルの魔法がどんなに優れていても、得体の知れないモノから、身を守るのは困難。クピルが不意に言った。


「クリティア、ジュラン 、アステルダムは、疲れているでしょうから、やすみなさい」


 第二班の彼らは、第一班の治療のため、魔力を使いすぎ、今は疲労困憊だ。それでも、彼らは


「いや、まだーー」


 目をつぶったままの的を治そうとして食い下がる。マサガガが珍しく、頼もしい声で、


「まだ、戦いは終わっていない、力は残しておくように」

「……はい」


 クリティアたちは魔力を使うのをやめ、教室からフラフラと出ていった。ギャラクシムは的を気遣いながら、


「的が目を覚ます前に、敵が攻めてきたら、俺が代わりに攻撃に回る」

「その時は、私たちが補助に回るわ」


 クピルとマサガガ、教師ふたりは力強くうなずいた。


  ★ ★ ★


 一方、的本人は夢を見ていた。


 暗闇。

 自分の輪郭さえ、溶け込んでしまうほどの闇。

 歩いている。

 どこへ行くのか、どこへ向かって行くのか、わからないが、自然と足が動いている。

 しばらくすると、微かな光が現れた。

 そっちへ行くのだとわかる。

 だが、行ってはいけないと心が警告している。

 しかし、歩みは止まらない。

 暗闇から星空へ、景色がすうっと変わった。

 水の流れる音が耳に届く。

 いつの間にか、川が目の前に流れていた。


 的は思う。

 三途の川だと。

 これを渡れば、もう二度と、家族にも、友人にも会えなくなる。

 わかっているのに、歩みが止まらない。

 行きたくない。

 渡りたくない。

 涙がこぼれてくる。

 ソティラスたちみんなが、そして、一年近く会っていない、親友の理有りあるが頭に浮かぶ。


 的の右足はとうとう、川の中へ。

 感覚はなかった。

 自分は死ぬんだ、そう思った。

 今度は左足が川へ入る。

 涙がぽたぽたと川面に落ちてゆく。

 そうやって、川の向こう岸へ、少しずつ近づいてゆく。

 ソティラスのみんなと戦わなくては。

 理有と仲直りしなくては。

 後悔が胸を締め付ける。

 あと一歩、踏み出せば、もう現世には戻れない。


 右足が引き上げられ、地面を踏もうとした時、


「……的!」


 突然、声がした。

 歩みは止まり、うつむいていた的は、顔を上げた。

 すると、そこには、いつも見ていた風景が広がっていた。


 満天の星。

 赤と紫の月。

 生い茂る木々。

 導くように並ぶ灯草あかりそう

 的が、この一年近く見てきた風景。

 だが、ひとつだけ違うことが。

 遺跡の入り口に、白いフード付きのローブを着た人物が。

 顔はよく見えない。


「……的」


 この声は知ってる。


 的の涙はピタッと止まった。


 忘れもしない。

 いや、忘れるもんか!


「……理有!!」


 叫んだ瞬間、的は真っ白な光に包まれた。


  ★ ★ ★


 的の心拍数はゼロになったまま、四分が経過していた。アルフは必死に、


「的!! ……的!! ……目ぇ覚ませって!!」


 的の肩を揺すって、こちらの世界に呼び戻そうとしていた。シャータとアステルダムはふたり寄り添って、大粒の涙をこぼし、ギャラクシム、イグジ、ギルは悔しそうに唇を噛み締めていた。ミザリオ、クリティア、ジュラン 、アサシは肩を落とし、無言のまま的を見つめている。クピルはマサガガの腕の中で、泣くのを必死にこらえている。マジョルカは懸命に的を蘇生させようとしていた。そこへ、アルフの叫び声が、


「的、死ぬなって!! 地球に帰んだろ? ダチと仲直りするって言ってたじゃねえか!」


 アルフの目から一粒の涙が、的の頬へ落ちた。その時、もう絶望的だと思っていた心拍数が動き始めた。奇跡だった。これを奇跡と言わずして、何と言おうか。


 的はすっと目を開けた。まるで、夢から覚めたように。


「……的っっっ!!!!」


 アルフはぐしゃぐしゃになった顔で、一命をとりとめた的を出迎えた。酸素マスクをしている的は、聞き取りづらい声で、


「……肩、痛い」


 第一声は、アルフへの文句だった。


「……あぁ?」


 アルフは我に返り、的の意識が戻ったことを知る。他の人たちもほっとするやら、泣けるやらで、しばらく、落ち着かない時が過ぎた。


 眠っていた間に起きたことを、的は全て聞かされた。オルタカ自身がカンラを体内に持っていることも、ヤシュたちが何者かも、そして、ギセンガンの死も。まだ、戦いが終わっていないことも。


 最後に、アルフは自信満々で、


「オレも、攻撃に加わるからよ」

「え……?」


 的は何かの聞き間違いかと思った。平和で、学術中心のエガタで育ってきたアルフが、戦いに赴くなどあり得ない。人差し指で、鼻の横をさすりつつ、アルフは得意げに、


「魔法、使えるようになったんだって」

「えぇっっっ!!!!」


 的はびっくりして、飛び上がったが、すぐさま、


「痛っ!」


 身体中が軋み、マジョルカに叱られた。


「まだ、起き上がってはダメよ。さっきまで、生死を彷徨さまよっていたんだから」


 布団をかけ直された的は、


「あ……あぁ……!」


 苦痛に顔を歪めつつ、アルフに疑いの眼差しを向けた。それを受けたアルフは、


「弓矢で敵やっつけたんだって」

「嘘」

「マジだって!!」

「…………」


 的はアルフに穴が開くほど、凝視して一言。


「見るまで信じない」

「あぁっ!!」


 かたくなな的の態度に、アルフはびっくりして飛び上がった。


「いやいや、マジだって。なぁ? コウテイ」


 話を振られたヤシュは、くすくす笑いながら、


「ひとまず、休んだほうがいい」


 言われると、的はすぐにまた眠りに落ちた。

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