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ソティラス (後編)  作者: 明智 倫礼
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隔離された街

 アジュラ帝国軍陸軍大佐、ロイエール マイヤーは父の見舞いのため、アンダル地区を訪れていた。ここは別名、隔離された町と呼ばれている。この地区へ入るためには、入口で厳重なチェックを受ける。そして、宇宙服のような頑丈な防御スーツとヘルメットの装着が義務付けられていて。ロイエールも漏れず、動きづらい服装で、病院を目指していた。


 ロイエールの父は軍の優秀な副司令官だった。次期最高司令官とも言われていた。だが、十二年前の、チュクエ・ダガ戦争で、一番の激戦区へ行き、重傷を負った。意識不明のまま時は過ぎ、不幸は重なった。


 十年前の中央カラン戦争で、入院していた病院近くにカンラ爆弾が落とされ、カンラム病となった。カンラム病とは、カンラというエネルギー物質を、ある一定上浴びると、発病するもので、軽度でも遺伝子情報が破壊される。重度だと即死。あたり一帯の木々や草花、地面までもがカンラム病になり、木々は枯れ、二度とその大地には植物は生えない。


 それでも、カンラ爆弾を使用した戦争は続いた。たくさんの人が死に、生き残っても、重いカンラム病で苦しむこととなった。カンラ爆弾の影響は大きく、三年で人口は半分にまで減少。だが、国家間の争いは、激化していき、その後、一年で三分の一まで減った。


 この時、たった一国だけが生き残った。それは、シュタイン マリダナ皇帝が治めるアジュラ帝国。


 しかし、カンラ爆弾の乱用で、惑星シュジュに異変が起き始めた。大地震が頻発して起き、あちこちの火山が活性化。帝国軍研究チームの調査結果は、カンラの使用が惑星そのものに悪影響を及ぼし、惑星として形を保てなくなり、一年以内に惑星は爆発すると。


 シュタイン皇帝は軍議を開き、新しい惑星へ早急に移住することを決定。市民は混乱するかと思われたが、アジュラ帝国軍の働きによって、速やかに脱出。一行は幸運にも二ヶ月ほどで、今の居住地、惑星マッカロニーを発見。カンラの使用、所持は禁止されたため、上陸時すべてのカンラ物質は厳重に破棄された。


 あれから七年、戦争のなくなった軍隊は大工と化し、街は急速に整備された。


 ここ、アンダル地区は、カンラム病を発症した人々が暮らす街。病気がうつらないよう、厳重に警備され、空気中も地中も、防御壁で囲まれ、カンラが外へ漏れ出ないよう設立された。その中にある病院の廊下を、ロイエールは歩いている。すれ違う看護師たちは、彼の胸のバッチを見ては、一旦立ち止まり、頭を下げて通り過ぎてゆく。彼がマイヤー大佐であること。彼の父親は元副司令官。軍事国家のアジュラでは、頭を下げられるのも、当然と言えば当然。


 ロイエールは父の病室へやって来た。自分が唯一の家族だが、息子でさえ中へは入れなかった。酸素マスクに、たくさんの管。硬く閉じられた目。全く動く様子のない四肢。


 ロイエールは病室の窓から、以前来院した時と何の進展もない父を見つめる。父は立派な軍人だった。優しさと厳しさをあわせ持っていた。小さい頃から、ロイエールは剣術を教え込まれ、今では右に出る者はいないと言われている。彼はずっと目を閉じたままの父を見つめ、ある言葉を思い出す。


『剣術は身を守るためのものであり、人を傷つけるものではない』


 幾度となく言われた。ロイエールは今でも、その教えを忠実に守っている。


「ーーこれは、マイヤー大佐」


 不意に男の声が聞こえ、ロイエールは現実に引き戻された。彼が顔を病室から廊下へ向けると、自分と同じような重装備の人物が。胸の名札には、ナズル アレンと書いてある。この病院の院長だ。半分鏡のように、外の景色が映り込む、ヘルメットの丸みを帯びたガラス面の中に、ヒゲを生やした顔があった。口元はいつも微笑んでいて、今日もそうだった。ロイエールは両足のかかとをぴしっとつけて、丁寧にお辞儀する。


「父がいつも世話になっております」


 ナズルは相づちをし、


「大佐、大切な話がありましてーー」


 そこで、ロイエールの無線機から、のらーり、くらーりとした声が聞こえて来た。


「私ですよ〜」


 ロイエールは誰だかすぐにわかり、眉をひそめた。


「申し訳ありません」


 院長に一言断って、無線機の向こうの相手に、面倒くさそうに、


「何だ?」

「皇子とユライ様が、至急城へ戻るようにおっしゃっていますよ〜」


 皇族からの呼び出し。ここは、帝国。皇帝陛下から二番目に偉い人間からの呼び出しだ。なぜ、こんな重要なことを、人をはぐらかすように、この男は言うのかと、ロイエールは思いつつ、


「わかった、すぐ戻る」


 短く言って、無線を切った。ロイエールはナズルに向き直り、


「皇子のご命令で、至急城へ戻ることになりましたので、失礼いたします」


 足をそろえ、丁寧にお辞儀をし、ロイエールは足早に廊下を歩いてゆく。話が途中だったが、院長は残念がるでもなく、怒るでもなく、二メートルもある、スマートだが、必要な筋肉が鍛え上げられている、ロイエールの後ろ姿を見送った。


 清潔感を表す白い廊下をしばらく歩いていくと、ロイエールの前を、よく知った顔が横切った。軍人らしい体格のいい、四十代後半の男。黒髪の短髪。何故かよどんでいる瞳。彼の名は、ナダ ギセンガン。帝国軍、最高司令官。ロイエールは敬礼しようとしたが、ギセンガンは気づかず、廊下の角へ消えた。


 ロイエールは歩くスピードはそのままに、首を傾げた。ギセンガンに家族は誰もいない。貧しい家に生まれ、生きていくため、軍に入隊を志願。その後、瞬く間に成長し、数々の軍功を上げ、一兵卒から、たった六年で、最高司令官へとのし上がった。


 ロイエールはギセンガンの消えた廊下へ差し掛かったが、最高司令官の姿はもうなかった。彼は前方へ顔を戻し、


「友か部下の見舞いにでも来たのだろう」


 つぶやいて、病院をあとにした。


  ★ ★ ★


 高級な一人がけの椅子がふたつ。マホガニーのテーブルを挟んで、二人がけの、これまた高級なソファーがひとつ。そこに、三人の男が腰掛けていた。


 二人がけのソファーの入り口から奥側には、天使の笑みを浮かべた美青年が。細身で、ホリゾンブルーの癖のある少し長めの髪。コバルトブルーの聡明な瞳の持ち主は、イサナ マルティッシュ、二十八歳。皇子の教育係兼、腹心である。先ほどの、ロイエールへの電話の主だ。


 彼の斜め向かいの左には、ピンクがかった銀のサラサラヘアは、肩につかにほど短い。軍服に身を包み、胸には皇室の紋章に似たバッチを刺している。イサナよりもさらに細身で、兵士には向かない体躯。格好いいというより、可愛らしい顔をしているが、ターコイズブルーの鋭い眼光が、それを打ち消している。いつもよりもさらに、鋭さの増した視線をイサナに、さっきからずっと向け続けている。彼の名は、ユライ マルガッテ、二十四歳。皇子の父の妹の嫡男。つまり、皇子の従兄弟。彼は軍所属の研究チームの技術者で、研究に没頭して、携帯の電源など、他者との連絡手段を一切断ち切ってしまう、少し変わり者。PCオタクで、あまりよくないが、ハッカーの腕は帝国一。


 そして、ユライの左隣、部屋の一番奥に座るのは、この部屋の主、ヤシュ マリダナ、二十五歳。アジュラ帝国の皇子。青みがかった銀の膝より長いサラサラストレート髮が、マントのよう。黒の切れ長な瞳には苦渋の色が浮かんでいた。彼の母親は彼を産んですぐに亡くなった。病弱だった父も母親の後あとを追うように他界。彼の祖父、現皇帝、シュタイン マリダナは御年おんとし七十九歳。ヤシュが次期皇帝になる日は、そう遠くない。


 部屋中に張り詰めた空気が漂っていたが、イサナだけはお花畑を散歩する天使のように微笑んでいた。トントンと、ドアがノックされた。ドアの両脇で見張りをしていた兵士の一人が、


「殿下、マイヤー大佐が見えました」

「入れ」


 ヤシュの返事に応え、ドアが開き、軍服姿のロイエールが姿を現した。イサナはニコニコしながら、


「ロイエール、一杯いかがですか?」


 部屋の奥にある、色とりどりの酒瓶が並んだ、バースペースを指差した。そんな余裕などないことは、さっきからわかりきっていることで、イサナの言動に、ユライのきつい言葉が。


「貴様、帰れ!」

「おや? そんなこと、私に言ってよろしいのですか〜?」

「っ!」


 おどけてみせたイサナに、ユライは苦虫を潰したような顔をした。彼はみんなに報告したいことがあって呼び出したのだ。帰れはさすがになかった。ヤシュはあきれたため息をつき、


「こんな時に、酒を飲んでる場合ではなかろう」


 どんな非常事態でも、天使のように微笑むイサナはいつものことだが、ヤシュとユライの真剣さが、ロイエールは気になった。イサナの隣に、彼は腰掛け、


「何かあったのか?」


 この四人は小さい頃から知っていて、互いのことは熟知しており、今では親友と呼べる仲だ。ヤシュの部屋の中だけは、上下関係なく、タメ口。ロイエールの問いかけに、ヤシュが、


「ユライ、お前が説明しろ。お前が発見したのだから」


 ユライはテーブルの上にあらかじめ用意していた、PCを手慣れた感じで、パチパチと操作する。宙に浮かぶ画面上に、円グラフと、数式、専門用語がずらっと並んだ。ユライは手を止めて、


「この惑星について、チャニカ数式とウエアブ関数、カターー」

「結果だけでいい」


 他の三人には全くわからない専門用語で、最初から長々と説明しようとしたユライを、ヤシュは素早く食い止めた。ユライは気まずそうに咳払いをし、またいつもの不機嫌な顔に戻った。そして、衝撃の言葉を口にする。


「この惑星、マッカロニーの寿命は、あと五十年と三ヶ月だ」

「何!?」


 この中で一番落ち着きのある、ロイエールが珍しく驚いた。彼の右隣から、のんきな声が、


「その頃、私は七十八歳ですね。生きているでしょうか〜?」


 ユライは口元をニヤリとさせ、


「貴様は長生きしないから、安心しろ」


 毒舌を吐かれたのに、ニコニコのイサナは肩をすくめて見せる。


「おや? ユライは冷たいですね〜」


 彼らのやりとりは日常茶飯事で、それを止めるのはヤシュの役目。


「争ってる場合ではなかろう」


 ユライはイサナに射殺しそうな視線を送ったが、イサナは天使の笑みで、攻撃を無効化した。いつものことなので、ロイエールは気にせず、


「陛下はご存知なのか?」

「いや、まだ申し上げていない」


 ヤシュの返事で、会話は途切れてしまった。あと五十年で、この惑星は住めなくなってしまう。あまりにも短すぎる時間だ。親から子、子から孫へという流れが途切れてしまう。だが、事実は事実なのだ。腕の確かなユライが言ってきたことなのだから。


 イサナはすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲み、窓の外の明かり、ひとつひとつに目をやった。そこには、皆それぞれの暮らしがあった。


「このことを知ったら、人々は混乱するでしょうね〜」


 四人の間に、再び沈黙が下りた。


 カンラを使用した戦火の中、家族や愛しい人を亡くし、カンラム病と闘い続け、いつ、自分が死ぬかもしれないという恐怖と闘いながら、今日まで、生き延びてきた国民。生まれ育った惑星は、カンラの乱用で住めなくなり、脱出を余儀なくされ、飛び立った直後、彼らの目の前で惑星は爆発し、粉々に砕け散った。


 それでも、人々は生きるため、新しい惑星を探した。運良く、二ヶ月たらずで、マッカロニー星へ移住することができた。あれから、七年。戦争はなくなり、穏やかで平和な日々を送っていたところでの、この結果だ。国民の心や体の負担は目に見えていた。


 やがて、ヤシュが口火を切った。


「私とユライで、陛下に報告する」


 ロイエールとイサナはうなずいた。


「おそらく緊急軍議が開かれよう。ロイエールはいいとして……」


 ヤシュの視線は、軍とは全く関係のないイサナへ向けられた。


「お前はどうする?」


 イサナは気軽な感じで、


「私は街へ行ってきますよ」


 ユライはこの非常事態に、遊びに行こうとしているイサナに、


「貴様、また、女をはべらせに行くのだな?」


 皮肉たっぷりに言われたイサナは、天使の笑みで、


「はべらせてはいませんよ。何故か、彼女たちが集まってきてしまうのです」


 彼の言っていることは本当で、何故か異性が寄ってきてしまい、全く知らない人からプレゼントまでもらってしまう。彼はそういう体質なのだった。イサナは何か思い出した風に、ポケットから、


「そういえば、昨晩、見知らぬ女性から、このようなものをいただきましたよ」


 一枚のチラシのようなものを、テーブルの上へ置いた。宇宙を背景にした、いかにも手作りみたいなもので、『心病める者、来たれし』と書いてあった。宗教というものが存在しない、軍事国家のアジュラ帝国。見せられた三人は不思議そうな顔をした。


「……?」


 その様子を見て取ったイサナは、何を聞くでもなく、何をするでもなく。紙をポケットにひらひらと戻し、さっと立ち上がって、ドアまで歩いて行き、


「ボンニュイ〜!」


 三人を置き去りにしたまま、廊下へ出た。のんびりとエントランスホールへ向かいながら、


「私の取り越し苦労だとよいのですが……」


 他の三人はまるで知らないそぶりだった。それが、イサナには気にかかった。

 

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