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「根津先生も、同じことを言ってました……」
「そうだったのか」
教頭は感慨深そうに頷いていたが、すぐに僕の表情に気付いた。
「どうかしたのかい」
「僕にはどうしても理解できません。先生自身は、どうしてそのとおりにできなかったんでしょうか。あれほど僕たちにそう言っておきながら」
「分からない」
教頭はそう言ってただ肩を落とすばかりだった。
「私もそのことが悔しくてたまらない。根津先生ほどの人がなぜあんな男に――。
そしてそのことに、私はなぜ気付いてあげられなかったのかと。
思うに、先生は自分で自分が今どこにいるのか、見えなくなったんじゃないだろうか」
「でも、それなら……」
「自分が今歩いているのが、真っ直ぐな道なのか、T字路に突き当たったのか、
それとも袋小路に陥ってしまったのか。
おそらく根津先生にはそれさえも見えなくなってしまったんだ」
僕はそれでも納得できずに、うつむいた。教頭もそれっきり黙りこんでしまった。
すると校長がその場の雰囲気を変えるように立ち上がった。
「男女の間には、それほど深い闇があるということさ」
彼はそう言うと、今度は僕の肩をポンと叩いた。
「君は高校生だから、まだそんなことは理解できないかもしれないけれども……。
しかし、やはり女をあんな目に遭わせてはいけないとは思う。
君はそんな大人にならないよう心がけることだね」
「校長。この子なら大丈夫ですよ」
教頭が笑った。
「しかし君、もう少し学校の成績の方は何とかならないかね。
紙の上での勉強はやはり大事だよ。人生勉強と同じくらいね」
僕は早々に校長室を退散することにした。