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「壁にぶち当たったんなら、右にでも左にでも行けばいい。
それでも行くところがないんなら、無理することないさ。
今はそこでじっといればいいんだ。君にはまだ戻っていける道があるんだから。
だから今は、安心してそこにいればいい」
福沢は少し身体をぴくりとさせた。
T型定規を差し出すと、素直に受け取った。そして大切そうにそれを抱えると、柄の部分をそっと指でたどった。
もう言葉は一言も発しなかった。
テレビも消え、夜のしじまの中に部屋はすっかり包み込まれていた。
階下で、何かがことりと音を立てた。
きっとお母さんが心配のあまり胸がつぶれそうになりながら、僕が降りてくるのを今か今かと待ちわびているんだろう。
僕は両腕を組み目を閉じた。
長い長い沈黙の時間だった。永遠にそれが続くように思われた。まるで宇宙の中に、彼とたった二人だけで取り残されてしまったような感じがした。
ふと彼が息を吸い込む音が聞こえた。
目を開けると、彼がこちらを向いている。
「おい、カツ。こいつでいったい何回ぶん殴られたことだろうなあ」
しみじみとしたようにそう言う。
「お前はいつも嬉しそうにしてたじゃないか」
「そんな風に見えてたのか」
福沢はそうつぶやくと、また口をつぐんだ。
部屋はまた静寂に包まれ、夜がしんしんと更けていくのが感じられた。




